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あるハーフエルフの生涯  作者: 魔法使い
蠢く者たち
36/86

ハーフエルフ

まるで空が燃えているようだ。

真っ赤な夕焼けを見ながらそう思った。

周りには何人かの傭兵が座り込んでいる。隣でずっと魔法を使っていたグレンもだ。

もっとも彼は片足を立てて座っているものの、その視線は海にあり未だにマーマンを警戒している。

フィアレインはふとこちらに向かってくる人影に気付いた。

シェイドとルクスだ。

グレンもやって来る二人に気付いて立ち上がる。


「上陸して来た連中は全部片付けた」

「そう。こっちも片付いたと思うよ。

ずっと見てたけど近づいて来る影もないしね」


シェイドはグレンに頷いた。

やっと終わりだろうか。とんでもなく長くかかった気がする。

もうお腹もぺこぺこだ。もっともアスタロトから強奪した串を二本食べた自分とは違い、シェイドもルクスも何も食べてないからそんな事は言えないが。

そんな事を考えていると波止場に向かって一人の人間が駆けて来るのが見えた。


「町長の使いかな。さっき知らせをやったんだ」


シェイドはその人物が近づいてくるのを待った。

駆けて来た人物は一礼し、話し始める。


「お疲れ様でした。

外にミノタウロス討伐へと行っていた兵達も戻って参りましたので、あとの警戒は我々が行います。

どうぞ皆様はお休みください」


その場にほっとした空気が流れる。さすがに長時間に渡る戦闘に皆疲労していた。

座り込んでいた傭兵たちが立ち上がり、それぞれ去って行く。

町長の使いがシェイドに尋ねた。


「ところで勇者殿は今夜どちらにご滞在ですか?

後ほど御礼をもって伺いますので」


シェイドは唸る。

昼食を食べた後、泊まる場所を見つける予定だったのだ。まだ宿は決まってない。


「いや……それがまだ」

「じゃあ僕が泊まってる宿にしなよ」


背後で声が聞こえた。振り返るとそこにまだグレンがいる。


「なかなかいい宿だよ。食事も悪くない。何より安いしね」


安い、その一言にシェイドの目が輝いた。節約は大切だ。

たとえ報酬を受けとる予定があったとしても。

これから泊まる所を探すのも面倒だと言うのもあり、グレンの言葉に従う事にしたようだ。


「じゃあ、そこにするかな」

「そ、じゃあ……」


グレンは町長の使いに止まっている宿の名前と場所を伝えた。

それを聞くと町長の使いはまた急いでその場を去り、戻って行く。

その後ろ姿を見送り、グレンは三人に向き直った。宿まで連れて行ってくれるらしい。


「じゃ、行こうか」



その宿は大通りから二本ほど入った小さな通りに存在した。緑色の扉が目印のようである。

大きくもなければ小さくもない、と言う規模だ。古いが小綺麗であり、なかなか良さそうな雰囲気である。

幸いな事に部屋は空いていた。

グレンは宿の女将を一行に紹介すると、また食事時にでもと言って階段を昇っていった。

三人は部屋に入ると、それぞれ座り込んだ。


「なんか到着して早々に災難だったな」


シェイドの呟きに頷いた。


「そういえば、ミノタウロスの一群はどれ位の規模であったのだろうな」

「ああ……さすがにマーマン程の大群じゃあないと思うぞ。

ただあいつらずる賢いし、武器も装備してるから一体一体の厄介さはマーマンより上だけどな」


ミノタウロスとは首から上が牛でそれ以外は人型の魔物だと言う。そういえば、魔界健康ランドでそんな魔物を見た気がした。

フィアレインは二人が話しているのを聞きながら、ブーツとケープを脱ぎ、部屋履きに履き替える。

その時、扉をノックする音がした。

今一番扉に近いのはフィアレインである。なのでトコトコと扉に近づいて行き、問い返す。


「誰?」

「お届けものです」


扉の向こうから男の声が返ってきた。もしや町長のお礼とやらかも知れない。

閂を外し、扉を開けようとしたその時だ。

背後からシェイドが鋭い声でフィアレインを押しとどめる。


「待て!」


だがしかし、その時すでにフィアレインは扉を細く開いてしまっていた。

シェイドの制止に慌てて扉を閉めようとしたが、出来ない。

細く開いた扉の隙間に靴が差し込まれており、閉じる邪魔をされている。

背後からシェイドが急いで近づいて来る。

フィアレインは気付いた。その細い扉の隙間から入ってくる気配に。

この靴の主、間違いなくアスタロトである。そう気付いた瞬間、自分の迂闊さに腹が立った。

こんな安易な罠に引っかかってしまった。

扉の向こうでしてやったりという顔をしていそうなアスタロトを思い浮かべただけで腹が立つ。

シェイドは扉の隙間に向かって言い放った。


「間に合ってる。押し売りはお断りだ。お引き取り願おう!」


フィアレインは全体重をかけて扉を閉めようとした。

だが間に挟まる靴は微動だにしない。

向こうから忍び笑いが聞こえた。


「この私が靴を扉で挟まれた程度で引き下がるとでも思ったか?」

「くそ!」


シェイドは舌打ちし、剣を抜いた。フィアレインは巻き込まれないよう、身体の位置を少しずらす。

だが剣がアスタロトの脚を斬りつけようとした、その瞬間。

部屋の窓際から声がした。


「やれやれ。この程度にしておくか」


扉が勢い良く閉まる。

慌ててフィアレインとシェイドは振り向いた。

窓際にアスタロトが立っている。転移魔法で入って来たのだろう。


「人間らしい事をしてみようかと思ったが、なかなか面倒なものだ」

「不法侵入であろう」


思わずぼやいたルクスの言葉にアスタロトは笑う。


「だから、最初は人間を真似して普通に入ろうとしたではないか。

それを阻止したのはお前たちだぞ」

「どこが普通に、だ!」


何だ、私は間違っていたのかなどと言いながら首を傾げるアスタロトに三人は警戒する。

先ほどあんな魔物の襲撃があったばかりなのだ。

どんな用事か知れたものでない。


「何の用だ?」

「なにお前たちに面白い話をしてやろうと思っただけだ」


思わず三人は顔を見合わせる。


「魔界からこちらにとある物が落ちて来てしまった。

それは魔物を呼び寄せるのだが……」

「それって……」


思わず漏らしたフィアレインの呟きにアスタロトは頷いた。


「そう。落ちたのはこの町だ。

だから魔物が押し寄せた。

とは言え、それは全ての魔物を呼び寄せると言う訳でない。

引き寄せられやすい魔物とそうじゃない魔物がいる。

つまり今回の場合、マーマンは引き寄せられやすい魔物だった訳だ。

この近辺のマーマンが全てここに押し寄せたのだから」


三人は思わず黙り込む。では、またその何かに引き寄せられて魔物が押し寄せるのでないか。

三人のその考えを読んだように、アスタロトは続けた。


「この町でそれを回収し破壊するか魔界に戻せば話はそこで終わる。

だがな、肝心のそれがこの町からなくなったようだ。

どこに行ったかは私も知らん」


魔物を際限無く呼び寄せる危険な物、それがどこかへと消えた。

その事実に背筋が寒くなる。

全員が黙り込む。

重苦しい沈黙の中、ルクスが口を開いた。


「ちなみにその物とは何なのだ?」

「ん、ああ。それはな。まあ何だ、言いづらいんだが。

アムブロシアと言う果実だ。小さな赤い実が中に詰まっている果実でな」


果実と言う言葉に思わず三人は顔を見合わせる。

そんな小さな実一つにあんな大群が呼び寄せられるのだろうか。


「滅多に食べられる代物じゃないからな。

だから低位の魔族の中でもある種の魔族は、それが近くにあると強く引き寄せられる。

そんな赤い実の一つがここに落ちたのだ」

「何でそんなのがここに落ちたの?」


フィアレインは思わず聞いてしまう。

また空間の歪みでもあるのだろうか。いや、マーマンの襲撃の際に注意深く観察したがその気配はなかったはずだ。


「実はな。あのお方がお前たちの珍道中を見るべく水鏡で人間界を覗いていた。

アムブロシアを食べながら」


何やら嫌な予感がする。これ以上聞きたくない。

シェイドとルクスも厳しい表情をしていた。


「そうしたらだ。ちょうどお前たちがこの町に着いた頃、あのお方はアムブロシアの一粒を水鏡にうっかり落とされたのだ」

「……」

「……」

「……馬っ鹿じゃねぇの?」


思わずシェイドがこぼした悪態に頷く。

そんな食べこぼしのせいで厄介ごとに巻き込まれるなど冗談ではない。

それに小さな果実一粒などどうやって探すと言うのか。この町から消えたというが、獣か何かに食べられでもしたのではないだろうか。

思わずそれを言うと、アスタロトは微笑む。


「残念な事にあれは人間世界の空気に触れれば、その形を変える。朽ちることもない。

人の目には美しく赤い宝玉に見えるだろう。

そしてその輝きは弱き人の心を狂わせると言う」

「厄介だな。責任もって回収しろよ!」

「回収?あのお方はご自分の食べこぼしを拾って来いなどと仰る方でない」


どうでもよいと言いたげな姿に不審が募る。それならば何故アスタロトはここにいるのか。


「じゃ、何でここにいるの?」

「言っただろう。休暇だと。

お前たちに教えてやったのは……気まぐれと暇つぶしだ」


シェイドはうんざりした様にアスタロトから視線を外した。

アスタロトはその様子を満足気に眺め、そしてその場から突如消えてしまった。

その場に残された三人は深々とため息をついた。

魔物を呼び寄せるだけでない。人の心を狂わせると言っていた。

シェイドがポツリと呟く。


「放っておく訳にはいかないよな……」



三人はとりあえず食事をとろうと言う話になり、宿の一階にある食堂へ向かった。

三人とも色々な事に疲れ果てていたのだ。

マーマン襲撃にアスタロトの訪問、あのお方とやらの食べこぼし事件、どれもこれもウンザリである。

しかも三人とも昼食も食べ損ねているのだ。


「ああ、やっと来たんだ」


グレンが軽く手を振る。三人はそちらに近付いて座った。

彼はすでに食事を始めている。これもまた美味しそうな海鮮料理だ。


「随分ゆっくりしてたね」

「ああ、招かれざる客が来てな」


シェイドの一言にグレンは少し首を傾げた。

だがそれ以上は聞いてこなかった。


「ま、食べなよ。ここの料理はなかなかだよ。

僕はこの町に来たら必ずここに泊まってる。

初めて来たのはあの女将が生まれるずっと前だけどさ」


その一言に三人は忙しく料理を運んでいる女将の顔を見つめてしまう。

どう見ても四十代だろう。

ルクスがまじまじとグレンの顔を見て言った。


「グレン、お前はいくつなのだ?

見たところシェイド殿と同じか年下に見えるが」


グレンはそれを聞いて噴き出した。面白そうに笑う。


「あのねぇ。僕はハーフエルフって言ったよね。

今年で七十二歳になるよ。

ま、ハーフエルフの寿命は五百年って言われてるからね。

まだまだ若いうちだけど」

「七十二歳か……」


シェイドの顔が少し引きつる。

ハーフエルフは長寿だとは知っていても実際に会ったことがなかったらしい。

フィアレインは女将が運んで来てくれた料理に手を付けた。

とりあえず海鮮のスープからだ。肉とは違う旨味が野菜にもしみて美味しい。


「そっちの子は?」


フィアレインはちょうど串焼きを手にしたところだったが、グレンの声に三人が自分に注目していることに気付く。

だが構わずオクトープスに噛り付いた。

シェイドが苦笑して代わりに答えてくれる。


「六歳だ」

「え?まさか君の子なの?」

「ち……違う!何でそうなる!」


慌てふためくシェイドにグレンは頷く。


「そうだよねぇ。その子、ハーフエルフかも知れないけど、僕ら普通のハーフエルフとは違うもんね。

で?目を見る限り魔族との混血?」


フィアレインは薄紅色の殻に包まれヒゲと複数の脚を持つ謎の海の生き物の塩茹でと格闘しているさなかであった。

とりあえず適当にグレンに頷く。

確かにほかのハーフエルフ の話を聞きたい気もあるが、今はこれの殻を剥くのが最優先だ。

女将はまず頭を取れと言っていた。慎重に頭を毟り、ほかの部分に移る。


「僕はさ、アルフヘイムの近くにあるハーフエルフの村で生まれたんだ。

そこにはさ、けっこうな数のハーフエルフがいる。

僕みたいなハーフエルフ同士の子どももいれば、人間とエルフの間に生まれた子もね。

村自体はかなり昔からあるんだよ。

でもさ、魔族とエルフの混血って聞かない。

そもそも皆その二つの間に子どもが出来るのかって驚くよ」


チラリもグレンはフィアレインを一瞥した。

何となくこの先彼の言いたいことが分かる。

シェイドもルクスも黙ってグレンの話を聞いている。


「だってさ、エルフはエルフ至上主義でしょ?それはみんな知ってる。

ただ、その中でも何の気まぐれか人間と子ども作る者もいるわけさ。

でもおかしいだろ?

エルフからしたら遥か格下の人間なんかよりも、同じ様に寿命もなく強い魔力持ってる魔族の方がまだ近い存在なんだから。

それに神に敵対してたって部分でも相通じるところのある魔族とエルフだよ。

それなのに長い歴史振り返ってもそういう存在は知られてない。

それとも、知られてないのは人間や僕たちだけの間のことなのかな?」


フィアレインはやっと殻をむき終わった海鮮をとりあえず皿におく。

グレンの最後の問いかけは自分に向けられたものだろう。

海鮮の汁で汚れた手を、ルクスが渡してくれた布で拭いた。


「わかんない」

「えぇ?君のどっちかの親は何にも言ってないの?」

「ただ……ヴェルンドがフィアは特別だって」


ヴェルンドの名前を聞いた途端グレンの顔が嫌そうに歪んだ。


「え……君まさか。あのいけすかないヴェルンドの子どもなの?」


思わぬ問いに慌てて首を振る。


「だろうねぇ、あのエルフ至上主義の筆頭みたいなお偉い純血様が他の種族と交わったりしないよね」

「知り合い?」


グレンはポンポンと自分の剣を叩く。その表情は渋い。


「僕の装備さぁ。全部あいつに頼み込んで作ってもらったんだよ。

ある交換条件でね」

「交換条件?」


シェイドの問いにグレンは首を振った。


「あいつの話は極力したくない。

食事がまずくなる!

で、話戻すけど。特別って何?」

「わかんない」


わからないなとグレンは首を捻っている。


「まあ、なにはともあれ。

そういう事実が知られてないから、僕らの間で魔族とエルフの間に子が出来るなんて思われてなかった。

なのに君はこうしてここに存在している。

これはどういう事なんだろうね」

「もしかしたら、魔界とかアルフヘイムに住んでて出てこないだけかも知れないだろ?」


思わず口を挟んだシェイドにグレンは笑った。


「優しげに聞こえるけど、本人の為にならないんじゃない?

別の種の間に生まれた者の身の置き場のなさや苦しみは人間の君には分からないだろ?」

「確かに俺は人間だ。

だけど人間の中でただ一人の勇者だ。望まない責任や役割を与えられたただ一人の存在だ。

この世にただ一人って辛さはアンタより知ってるよ。

少なくともアンタには他にも同じハーフエルフいるだろ?

確かに少数派なのは認めるし、人間からもエルフからも受け入れられ難い存在なのも認めるが。

だから、何の確証もないうちに、お前はこの世で一人だなんて言うなよ」


何やら自分のせいで変な雰囲気になってしまった。

グレンの言いたいことも分かる。

だからグレンに顔を向けた。


「フィアね、多分自分が一人だって分かってるよ」


ちゃんと分かってる。現実に目を背ける気もない。

ただどこかで期待する心はあった。

グレンと会い、自分の期待が失われたとわかっても仕方ない事だと受け入れられる。

もちろん悲しくはあるけど。

でも良いのだ。一人ではあるけど孤独ではない。そういう意味で自分とシェイドは同じなのだ。

グレンは黙ってフィアレインの顔を見つめた。何か言おうとして口を開きかけ、そしてまた閉じる。

ルクスが横からフィアレインの頭をポンポンと軽く叩いた。まるで慰めるように。

グレンは俯いた。そして自分の皿に気付く。

はっと顔をあげフィアレインの皿を見る。

そして呆然とつぶやいた。


「君……僕のオクトープスこっそり全部食べたでしょ……」


フィアレインはささっと串を隠し、目をそらした。


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