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あるハーフエルフの生涯  作者: 魔法使い
蠢く者たち
35/86

マーマン襲撃

しぶしぶとスプーンを置き立ち上がる。

すでにシェイドとルクスは呼びにきた青年の後について扉に向かっていた。

その時フィアレインは一人の客と目があった。今までこちらに後ろ姿を向けていた客である。

何やら楽しげにこちらを見ているではないか。

その黒髪の青年の姿にフィアレインはげんなりした。

アスタロトである。

気配を消して後ろ姿だったから今まで気付かなかった。

赤い瞳を晒しているが平気なのだろうか。

思わせぶりに笑いかけてくるので、ついそばに近寄ってしまう。

今回の件はこいつのせいだろうか。


「何してるの?」

「休暇だ。美味い海鮮を食いに」


思わず彼の卓を見る。

海鮮の煮込みや焼き物の皿に酒の瓶。自分が食べたくて仕方なかったオクトープスの串焼きが二本皿に残っている。

何やら腹が立ってきた。


「マーマンは?」

「ん、ああ。あれは関係ないぞ。何だその目は?」


関係ないと言われてもなかなか信じがたい。

アスタロトは疑惑のまなざしで見つめるフィアレインに呆れた顔をした。


「まあ理解してもらおうとは思わんが。

良いのか?こんな所で油を売っていても?」


そうだ。こんな所でのんびりしていてはいけないのである。

その様子からもアスタロトが後で目の前に出てきて何かする可能性は薄いと思い、フィアレインはシェイド達を追う事にした。

もうすでに二人は店の外だ。

アスタロトはこちらに興味をなくした様に卓へと向き直り、スプーンを手にとって海鮮のスープを飲んでいる。

その様子を見て、またもや怒りがわいてくる。

自分は魔物退治に行くため、目の前の昼食を諦めたのに。

思わず両手を伸ばし皿の上に残った二本のオクトープスの串焼きを鷲掴みにした。

そしてそのままアスタロトに背を向け扉へと駆ける。


「ああっ!串焼きが!」


背後でアスタロトの悲痛な叫びが聞こえるが構ってはいられない。

その串焼きはどうしたとシェイドに詰問されるのは目に見えていても、齧りつくのはやめられなかった。


シェイドとルクスが扉の外でまっていた。


「遅かったな。どうしたのだ?」


シェイドはフィアレインが食べている串焼きに目をとめた。


「それは……?」

「盗ってきた」

「なっ……!」


思わぬ告白に目を見開きよろめくシェイドにルクスが呆れたような視線を送る。


「何やら娘に盗みを告白された父親のようだな。

シェイド殿、しっかりなされよ。

フィア、人の物を奪うのは良くないぞ」


フィアレインは咀嚼していたオクトープスを飲み込んだ。

これだけは言わねばならない。


「これアスタロトのだもん」


フィアレインの出した名前に二人は顔を見合わせた。


「あいつがいるのか?」

「うん」

「なぜ……」

「休暇だって。マーマンは関係ないって」


二人は厳しい表情で店の扉を見つめた。

もし今回の件にアスタロトが関係していたら厄介極まりない。


「関係ない……か。そのまま引っ込んでてくれればいいけどな」

「ああ。それよりも二人とも波止場へ急いだ方がよかろう」

「そうだな。あとフィア、いくらアスタロトが相手でも盗むのは良くないぞ」


二人は波止場へと向かい駆け出す。

フィアレインも一本目を食べ終え、二本目を手にしたまま二人の後に続いた。



波止場には既に武器を携えた人間が複数いた。

シェイドの姿を見つけ、一人の中年の男が寄ってくる。


「お久しぶりです。勇者殿」

「ええ、お久しぶりです。こちらにいる人たちは?」

「報を受けて、傭兵ギルドに急ぎ声をかけました。

もちろん勇者殿にも報酬をお支払い致しますので何卒よろしくお願い致します」


この男は領主にこの町を任されているそうだ。町長と言う所だろうか。

シェイドが怪訝な顔で目の前の男を見た。


「ご領主の兵はどうされたのですか?

町を守るのが彼らの仕事では?」


この港町は港の規模もそれなりに大きく町自体もなかなかの規模である。ならば当然、それを守る領主の兵が駐在しているはずだ。

男は海と反対側を見る。


「実は先ほど町の近くにミノタウロスの一群が現れましてね。

町の最低限の守備以外をそちらにまわしたところだったのです」


海からも陸からも魔物の群。三人は顔を見合わせた。

少しタイミングが良すぎるのではないか。それも自分達がこの地に来た途端である。

シェイドはマーマンの姿が見え隠れする波間を睨んだ。もう上陸まで時間はあまりない。


「分かりました。こちらは任せてください」

「傭兵の方にも勇者殿の事は伝えております。何卒よろしくお願いします」


そそくさと町長は波止場から去って行く。


「ここに駐在してる領主の兵がほぼ全員で行ったのなら、外は大丈夫だろう。

そう思うしかない。問題はこっちのマーマンだ」


シェイドは周囲の傭兵を見渡す。そんなに数は多くない。

だが彼らと協力してこのマーマンの大群を倒さなければならないのだ。


「そっちが勇者殿?」


突然背後から声を掛けられ振り返る。

そこには見事な装備で身を固めた長い真紅の髪に紫色の瞳をした青年が立っていた。

だがその装備や容姿などよりもフィアレインは彼の耳に目を奪われる。

わずかに髪の間から見えるその耳はフィアレインと同じである。

シェイドとルクスもそれに気づいたらしい。

シェイドが目を見張り、彼に尋ねた。


「エルフか?」


いや違う、とフィアレインは思った。この気配はエルフではない。

とすると、残る可能性はただ一つ。


「残念。僕はハーフエルフ。

傭兵ギルドで話聞いて来たんだ」


やはりハーフエルフだった。

フィアレインはハーフエルフを見るのは初めてだ。正確に言うと自分以外の、だが。


「僕はグレン。魔法剣士ってとこかな」

「俺はシェイド。こっちは光の神の教団の大司祭でもあるルクス。

それでこっちが魔法使いのフィア」


グレンがシェイドの紹介に従って三人を順番に見る。そして最後にフィアレインを見た時、僅かに目を見開いた。

だが、すぐにシェイドへと視線を移し聞く。


「それでどうすんの?」

「全部上陸するまで待つ訳にいかない。

ここから魔法で狙い撃ちして数を減らす。

間に合わずに上陸して来た奴は個別で撃退」

「ま、なぁんにも捻りがない策だけど。この人数じゃ仕方ないね」


グレンは周囲の傭兵たちを含めて全員を見回した。


「傭兵の中でも魔法使える人間がどれ位いる?」

「さぁ?今回こっからマーマン仕留められるレベルって言ったら本当に僅かだと思うよ」

「ねえねえ」


突然声を掛けてきたフィアレインにその場の者が全員で振り返る。

何やら全員に注目されるかたちとなってしまい居心地が悪かったが、そのまま自分の思いつきを口にした。


「メテオライトを」


言いかけた言葉はシェイドによって遮られる。

何やら聞いてた者全員の顔が引きつっているのは気のせいだろうか。


「フィア、町がなくなる」


じゃあミーティアならどうだろうか。町がなくなるの意味が今一つ分からないが……。


「ちなみに流星召喚もやめてくれ」


自分が口にする前に止められた。何故わかったのだろう。

シェイドが全員に声をかける。


「魔法使える者は前方へ、攻撃を開始する」



マーマンとはエラや鱗を持つ二足歩行の半魚人である。シェイドの話ではそれ単体では大した敵ではないと言う。

だが今回は異様な数だ。

魔法を使えるものは攻撃を開始し、使えないものは何処から上陸されても良いように備えている。

右隣に並んだシェイドから声を掛けられる。


「フィア、なるべく遠い奴らを狙ってくれ!」


フィアレインは頷く。

この中で一番魔法の射程距離が広いのは自分だ。

それよりも近い距離の敵を攻撃するのは他の人間にも出来る。

シェイドの指示は妥当だろう。

威力よりも範囲や攻撃数を重視した魔法が良いだろうと判断し、爆発魔法を使う。

魔力が集中し、強力な爆発がマーマンたちの中で起こる。衝撃波と熱風でマーマン達の身体がバラバラに散った。


「やるねぇ!」


声のした方向を向くと先ほどのハーフエルフの魔法剣士グレンである。

彼も無数の火の玉をマーマン達に絶え間なく飛ばして焼き尽くしていた。

爆音、閃光が周囲に轟く。


「来たぞ!」


離れた所で叫ぶ声がした。

見ると攻撃をかいくぐり上陸してきたマーマン達だ。この時に備えていた傭兵達が動く。

一番集中しているのはここだが、外れた所からも徐々に上陸して来てマーマン達の姿が地上に増えはじめた。

シェイドがその様子を見てフィアレインに向き直る。その間も耐えず魔法でマーマンを撃退しながら。


「フィア、ここ任せて平気か?」

「うん。大丈夫」


まあこれ位なら大丈夫だろう。マーマンは今のところ上陸出来るほど近づいて来れていない。

もし上陸してきたら新しい杖でタコ殴りにしてやればいいだけだ。

魔界健康ランドのくじ引きでもらった杖が活躍することだろう。


「そっか。じゃあ俺とルクスは上陸してきてる奴らの方へ行く」


シェイドは何か言おうとしてグレンの方を向いた。

だがグレンが話し始める方が早かった。


「僕はここに残って、この子と魔法でゴミ掃除でもしてるよ」

「そうか。頼んだ!」


シェイドとルクスが駆けていく。

その背中に向けて、攻撃力向上と回避、防御力向上の魔法をかけておいた。

そしてまたマーマン達に向けて爆発魔法を放つ。

うんざりする程の数がいるマーマン達に繰り返し魔法を使いながら、隣のグレンを盗み見た。

自分と同じハーフエルフを。

正確に言うと同じでないかもしれない。彼の半身は人間なのだから。

だが初めて会ったハーフエルフに興味をひかれるのは止められなかった。

あまりに見過ぎたのだろう。グレンが口を開く。


「何?さっきからジロジロ見て」

「ううん……初めてハーフエルフ見たから」


魔法を使いながらグレンがフィアレインを一瞥する。


「へぇ、そう。

ま、僕もハーフエルフは色々知ってるけど、君みたいな変わり種は初めて見るね」


変わり種、の一言に思わず俯いた。

同じハーフエルフでも自分は違うのだ。

彼に会った時に何となく分かってはいたが。

今までハーフエルフとはエルフと人間の中間の存在だと思ってた。でも違う。

人間より少し強く、少し長く生きれる位でエルフとはかけ離れている。

自分が同族と扱われないのも仕方ない。

彼らからすれば自分はエルフや高位魔族と大差ない存在だろう。

実は少し期待していたのだ。会ったこともないハーフエルフという種に。もしかしたら自分と同じような存在であるのではないかと。

何やら少し悲しくなった。


「ま、そんな話は後でしようよ」

「うん……」


ふと先ほどの疑問を思い出す。


「ねえ、何でメテオライトだと町がなくなるの?」

「え?ああ……通常の隕石とは違うけどそれでも津波起こる可能性がないとは言えないからねぇ。

にしてもメテオライトね。随分凶悪な魔法使えるね。

僕の知ってるハーフエルフで使える奴いないけど」


津波とは何だろうと疑問に思ったが、その後に続いた言葉に自分が特異であることを改めて思い知らされて黙った。

その後はひたすら魔法を使った。

余計な事を何も考えずに済むように。

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