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閑話 とあるお方の退屈

何やら自分に話しかける声がする。

間違いなく己の従者であろう。また面白くもない話をくだくだとしてるに違いない。

今、自分は忙しいのである。


「うるさい!後にしろ!今忙しい!」


そう叫ぶと背後から呆れ果てた声が聞こえた。


「どこがです?勇者一行を見ているだけでありませんか」


その為に忙しいのだ。

どうやら従者には自分の思いが伝わらなかったらしい。

目の前の巨大な水晶玉が映し出す光景に身を乗り出した。


「そう!そこだ!そのまま真っ直ぐ行け!」


向こう側の勇者には聞こえていないであろうが、つい叫ぶ。

これはもう何度目の正直であろうか。


「まあ、無駄だと思いますけどね……」


背後の従者の呟きを無視して、目の前の水晶玉に映し出される勇者の一挙一動に注目した。

勇者は分かれ道となっている片側を覗き込んでいる。その覗きこむ先は行き止まりだが、その突き当たりの場所にはこれ見よがしに宝箱を置いてやった。

何故なら彼らに宝を得る機会を礼として与えると言ったからだ。

その為に神のゴミ箱ともいうべき空間へと放り込んでやったのだ。


『行き止まりか』


勇者はそう呟くと、もう片方の道を選び進んで行った。

宝には目もくれず。

思わず頭を抱え叫ぶ。これは何度目の叫びか。もはや覚えていない。


「だーかーら!何でそうなる!宝を取れ!宝を!」


もはや地団駄を踏むレベルだ。

だがこうしてはいられない。このままでは勇者は洞窟の出口へとたどり着くでないか。

そう思い、一計を案じる。

勇者の進行先にゴブリンを配置した。

そのゴブリンの右手には普通の棍棒、左手には見事な宝剣を持たせる。

これで大丈夫だ。

そして思惑通りゴブリンと勇者が対峙した。ゴブリンは右手の棍棒で襲いかかる。

勇者はその攻撃をあっさりとかわし、一撃でゴブリンを斬り捨てた。

地に倒れるゴブリン。

宝剣と棍棒が地面に落ちる。勇者はそれをじっと見下ろした。

何やら感慨深げにすら見える。


「そうだ!そのままその剣を手に取れ!」


だがその思いも虚しく、勇者は遠い目をして呟いた。


『棍棒か……。

あの日のことを思い出すな……』


そして何かの思いを振り切るように首を振って、先に進む。

地に転がる宝剣を完全に無視して。


「は……?意味がわからん」


そして背後に控える従者の方を振り向いた。


「メフィストフェレス。

お前には今の勇者の言動が理解できるか?」


従者はゆるく首を振って言った。


「私には到底あの勇者殿の言動は理解できませんが……。

ただ、一つだけ聞いたことがあります」


人間のフリをし彼ら一行に同行していた時に何やら聞いたらしい従者に促す。


「なんだ?話せ」

「はい。

それは勇者殿の旅立ちの日のことです。

彼は闇の神の教団から青銅の剣を渡されたとか。

その剣は隣町への移動の際に出会ったゴブリンとの戦いで折れ、彼は倒したゴブリンが落とした棍棒を拾い、しばらくの武器とされていたそうです」

「何だそれは……」

「彼は不運な勇者なのですよ。

そんな事よりも宜しいのですか?」


従者は何やら別の水晶玉を指差している。

慌てて振り返り、そこに映る映像を見た。

それは勇者を映す水晶玉とは別の代物で、勇者の仲間である僧侶を映し出していた。

彼は塔の中へと転送したはずだ。そこにもお宝を置いている。

僧侶は塔の中のある一室にいた。

その部屋は特殊な部屋である。

まず、入ってすぐの所にしか床はない。それ以上進めば下に落ち、待ち受けるのは死だ。

そして部屋の中央には宝が載っている床が浮いている。

仕掛けを解けば床への道が現れる様にしたのだ。

別にそんな難しい仕掛けではない。

他の部屋にこれ見よがしに置いてある石板の欠片を集めればよい。そして今僧侶の目の前にある台座に石板を完成させれば良いのだ。

僧侶は途切れた床の先にある宝箱を見て呟く。


『時間の無駄であるな』


そして踵を返し、塔の出入り口に降りるべく階段へ向かおうとした。


「こ……この面倒くさがりめが!」


腹立ち紛れに宝箱を彼のすぐ背後、台座の前に転送する。

宝箱が床に落ちる音を聞いて、僧侶は振り向いた。

そして無言で突如現れた宝箱をしばらく見つめる。


「よし!そのまま開けよ!」


思わず拳を握りしめ身を乗り出す。

だが僧侶は何とも胡散臭い笑顔を浮かべ、また前を向き階段へ向かった。

宝箱を開けもせず。


「何なんだ!あいつは!

折角目の前に出してやったのに!」

「少々わざとらしかったのでありませんか。

もっと自然にやらなければ」


忠告してくる従者を睨みつけ、また水晶玉に向き直る。

こうなれば仕方ない。この者は僧侶である。

神に仕える者として当然、困る者は見捨てられまい。

階段の途中に女を配置した。これは人間でもなく、魔族でもない。

己の魔力と泥で作り出した人形である。その人形を魔力で操り、階段に座り込ませた。

上から僧侶が階段を降りてくる音がする。もうすぐだ。

僧侶は女が座りこむ所まで階段を降りる。


「よし!

そのまま話しかけよ!」


そうしたらこちらのものだ。

出口まで連れて行ってくれと頼み、それが果たされた暁には礼として女から宝を渡すのだ。

だが、僧侶はそのまま声もかけず女の横を通り過ぎ、階段を降りて行く。


「ちょっと待て!

お前は聖職者だろう!

困っている女を話しかけもせず見捨てるのか!」


思わずまた叫んでしまう。

そして従者の差し出す杯を掴み、一気に飲み干した。

飲まずにはやっていられない。

仕方ない。女を操り僧侶へと声をかけさせる。


『あの……!

私迷って困っているのです!』


僧侶はゆっくりと立ち止まり、女の方を振り向いた。あの胡散臭い笑顔で。


『なるほど。

では祈られるが良いでしょう。

貴女の神に』


そう言うとさっさと階段をまた降り始める。

女の事など見向きもせずに。

それを見て、あまりの事に机を叩く。


「何なんだ!

聖職者のくせに神に祈れだけで終わりか!

お布施でも渡さなければ助けぬつもりか!」


確かに宝は渡すつもりであったが何やら腹が立つ。

背後から従者のため息が聞こえる。


「あの者に一般的な聖職者の良心を期待するのが間違いかと」


そんな情報は先に寄越せと腹立たしくなる。


「そんな事よりも……例の娘の方は宜しいのですか?」


従者に問われ、最後の一つの水晶玉に視線をやる。


「ああ。

こっちは手を打った。今真っ直ぐ魔女の家に向かってる」


本来ならばオウガの住処へと連れていかれ、そこで宝を見つけるはずだったのだ。

だが想定外に早く目覚め、逃げ出した。


「早速、魔女の家についたようですね」

「うむ」


魔女から釜茹でにされているピッグの子を助けさせて、その親ピッグから礼として宝を渡させる計画だ。

さすがに神に祈れなどとは言うまい。

水晶玉を見つめ動向を見守る。

だが娘は釜茹でされているピッグをのほほんと見つめ、助けない。

そして言った。


『湯加減はどうですか?』


思わず手にした杯を落としそうになった。

湯加減?

風呂じゃないぞ。

その後もムシャムシャと菓子を食べたりし、ピッグに喚かれてやっと助け出してやっていた。

ピッグは礼どころかあっという間に逃げ出した。

その後魔女の家から去ろうとした娘が家の扉まで戻ってきた。

そうだ、魔女の家の中に宝を用意すればよい。

一瞬で準備は整った。あとは娘が中に入り、見つけるだけだ。

娘が扉に手を掛ける。


「よし!そのまま中へと……。

は?」


娘は扉を開けたのでない。

扉を家から取り外して奪い去っていった。

後ろで従者が吹き出したのを聞く。


「あ……あの娘はよほどあの菓子が気に入ったようですね」


脱兎のごとく逃げる娘の姿にため息が漏れた。


「ご覧ください。

勇者殿も僧侶もそれぞれ脱出されますよ」


思わず唸る。

これ以上どうしろと言うのか。

その時ひとつ考えが浮かんだ。


「メフィストフェレス!」

「はい」

「魔界健康ランドの中で奴らを送り込むに相応しいのはどこのランドだ?」

「アケローン川ほとりのランドでしょう。

あそこは下位の者しか利用しません故」


従者の助言に頷く。


「なるほど。

そこへ奴らを転送する」

「魔界へ?

良いのですか?」

「良い。特殊パスポートを発行する」


そして勇者と僧侶がそれぞれ出た先に、娘が辿り着く先に魔界健康ランドへの転送装置を設置した。

もちろん本人たちには気づかれぬよう。

特殊パスポートの効果であの人間達も魔界の瘴気に毒されることはない。


「ですが……。

如何なされるのですか?」

「忘れたか?

特殊パスポートの特典を。

全館無料、クジ引きつきだ」

「なるほど。

クジ引きで宝を手に入れさせるおつもりですね」


他に手段はない。

ここまで来たら普通に渡させるのも腹が立つ。


「では一段落ですね」

「まだこれからだ!」

「それくらいになさって下さい。

これからサタナエル殿がお見えになります。

玉座の間へ」


渋々と立ち上がる。

だがこれだけは忘れてならない。


「水晶玉も持て」

「かしこまりました」


恭しく礼をする従者を置いて玉座の間に向かった。



相変わらずつまらない話ばかりだ。

退屈する。寿命がないなどロクなことじゃない。

あの勘違いエルフ共は選ばれし存在などと有難がってるのだろう。

かの神と言い、何故混沌より自然発生した連中はそんなおめでたい頭をしてるのか。

かく言う自分はそんなめでたい頭の奴に創り出されたのだが。

それを考えると虚しくなるのでやめた。

ふと水晶玉に目をやる。

クジ引きがはじまったらしい。


「では、私はこれにて」


目の前で一礼するサタナエルに適当に手を振って応える。

サタナエルが目の前から消えたら、今度は従者の方が目の前に現れた。


「報告がございます」

「それどころじゃない」


だが無視して従者は報告を始めた。やはりつまらない。

水晶玉に勇者が特賞を引き当てた姿が映る。

思わず立ち上がった。


「見よ、メフィストフェレス!

勇者が特賞を引いたぞ!」

「勇者殿が?

やはり彼は運が悪い……」

「早速、リントヴルムを送る。

連中も広い所へ転送して……」

「それは良いのですが。

彼ら死んでしまうのでは?」


その言葉に思わず笑いが漏れる。


「本当にそう思うか?」


答える事の出来ない従者を一瞥し、指示を出す。


「リントヴルムを奴らの元へ」

「かしこまりました」


従者は使い魔をリントヴルムの元へやった。

くそ、こいつが直接行けばつまらぬ話から解放されたものを。


「では。準備は整いましたので、報告の続きを行わせていただきます」


思わずため息が漏れた。



延々と続く従者のつまらん報告を聞く。

やはり世界はつまらないものばかりだ。壊してしまうべきか。

急にこの城を護る結界に強い魔力で干渉を受けたのを感じた。

誰かが無理矢理何かをこの城へ送り込もうとしている。

緊急事態であるが、何故か楽しくなって来た。

目の前の従者はまだ気づかない。


「聞いていらっしゃいますか?」


来た。思わず笑いがこみ上げる。

笑いながら自分を見つめる主を怪訝そうに見る従者の背後に突如それは現れた。

突進している状態で転送されたのだろう、突然止まることも出来ずリントヴルムは従者メフィストフェレスに向かっていった。


「え?」


リントヴルムに激突され吹っ飛ぶ従者を笑う。

あの取り澄ました従者がドラゴンに跳ね飛ばされた。

なかなかおもしろい光景ではないか。

そのまま止まれないリントヴルムは玉座の間をその巨体で破壊しながら進む。

そしてとうとう玉座を壊し、その背後の壁をぶち破って止まった。

当然己はとっくに玉座から避難している。

静まり返る玉座の間。

ボロボロになって倒れるリントヴルム。

瓦礫の下から何とか這い出たメフィストフェレス。


「よい格好だな!

メフィストフェレス」

「お褒めに預かり光栄です」

「あの連中に褒美をやれ。

まずリントヴルムと戦ったことに鱗一枚!

私を笑わせたことに鱗一枚!

お前の下らん話を止めたことにも鱗一枚だ!」

「かしこまりました。

ついでに彼らを送り返して参ります」


去って行く従者を見送る。

なかなか自分の思い通りには進まなかったが、よい見世物であった。

せいぜい今後も楽しませるがいい。

世界が終わるその時まで。

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