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母と娘 2

しばらくフィアレインは母親の側に座り込んでいた。

徐々に死体は崩壊を始め、砂となり崩れていく。

その様子をじっと眺めていた。

エルフは死ねば、魔力と精神体によって構成されている肉体は砂となり、最終的に完全に消滅する。

肉体と言う器に魂が宿る人間とは違うのだ。


完全に母親が砂となり消滅したのを見届けてから、フィアレインは立ち上がった。

そして家の中を歩き回り、旅に出るのに必要な物資を集める。

一通り揃ったところでアイテムボックスを開き、すぐに使わないであろう物を全て放り込んで閉めた。

アイテムボックスとは名付けてあるが、箱ではない。

エルフや人間でも高い魔力のある者が使える術で、小さな自分専用の亜空間を作りそこに物を保管する空間魔法の一瞬なのだ。

ふとフィアレインは思い出して自室へ入り、ヴェルンドに貰ったグリモワールを二冊アイテムボックスに放り込む。

動きやすい服に着替えて、忘れ物がないか再度確認した。


部屋をぐるりと見渡す。

夕方ヴェルンドが戻ってきたらどう思うであろうか。

もはやフィアレインにはヴェルンドとともにアルフヘイムへ行く気は全くなかった。

母を殺してしまったと言うのもあるが、何より彼が信用できない。

彼の真意も目的も分かりかねるが、彼の側に自分の居場所はないだろうという確信だけはある。

たかだか三歳の子どもが一人で生きていける程世の中は甘くないというのは分かっている。

まして自分はハーフエルフで人間の地は一滴も入ってない。

最悪、魔族と言われ迫害されるかも知れない。

確かにエルフ特有の尖った耳はもっているが、魔族特有の赤い瞳と縦に長い瞳孔も持ち合わせている。

知識のあるものならば、魔族の血をもっていることを見抜くだろう。

なかなか人型の高度な知性を持つ高位魔族にお目にかかる機会はないとは言ってもだ。

とは言え、自分には強い魔力があり、ヴェルンドの教育によりそれを使いこなすことが可能である。

自分の身を守ること位は出来るだろう。

やすやすと死ぬことはないと思う。

だからここを出て、己の生きる場所を、これからどう生きるかを探すのだ。


山道に沿って山を下れば人間の集落がある。

とりあえずそこへ行こう。

目的地すらまだ決めかねるが動かねば何も始まらない。

自分の足でどれくらい掛かるか分からないからなるべく早く出発しようと、フィアレインは家の外へと踏み出した。

一瞬ヴェルンドが追ってくるだろうかと頭をよぎったが、その時はその時だと考え直し、不安を頭から追い出した。




***

夕暮れの中、赤い日差しに金髪を煌めかせながら男は佇んでいた。


「殺してしまったか」


彼以外誰もいない場所で一人呟く。

そうなる可能性はじゅうぶんにあった。むしろあの子が今までやらなかったのが不思議な位だ。

愛していたのだろうか。

自分を愛さない母親であっても。

ヴェルンドは物憂げに消滅した女に向けて呟く。


「こんなにあっさり殺されるなんて残念だよ、クローディア。

もっともっと君を苦しませてやるつもりだったのに……」


思わず溜息をつく。

ヴェルンドは知っていた。

クローディアが娘を忌み嫌っていることを。

その娘をヴェルンドが可愛いがることで嫉妬に狂うことも。

その結果、娘を虐待していることも。

全て知っていた。

いや、むしろそれこそが彼の目的であり、復讐だったのだから。


「死んじゃったら、もう苦しめてやれないじゃないか。

一人残された僕だけが苦しみながら、何の慰めもなく永遠に生きるなんて不平等だよ」


ここで隠れ住むクローディアを見つけたのは、本当にたまたまだった。

だがその悪夢とも言える偶然が、彼に復讐を囁いた。

ヴェルンドの婚約者であったクローディアの姉。嫉妬から姉を死に追いやったクローディア。

苦しめてやろうと思った。

ただそれだけだ。

クローディア本人は分かってなかっただろう。全ては自業自得。

自分の境遇、娘の存在すらも全ては己の招いたこと。


エルフは人間のような短命種とは違う。

簡単に他者を愛したり飽きたりしない。色恋は人間ように気軽ではない。

一度心に決めたらずっとその者を愛するし、先立たれてもその者を想いつづける。

だからこそ繁殖力の低さにもあいまって、人間ほど増えないのかもしれないが。

愛する者を失ったヴェルンドにとって寿命なき己の生はまるで呪いのようだった。


あの娘はどこまで行っただろうか。

もう人里までたどり着いただろうか。

どう考えても平穏な生涯を送れるとは思えないが、何か求めるものがあり一人で旅立ったのだろう。

もともとあの娘は自分を信用してないとヴェルンドはわかっていた。

あのクローディアの娘とは思えぬほど他者の心の機微に敏感だ。

だから姿を消したのだろう。


ヴェルンドはしばらくクローディアのものと思われる血痕を眺め、そして転移魔法でその場から姿を消した。

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