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次元の狭間 1

フィアレインはキノコを探していた。

今日の夕食のおかずにするのである。

だが見渡す限り生えているのは、例の毒キノコだけであった。諦めて赤に白の水玉模様のキノコをとる。

イェソド帝国で皇帝に報奨金をもらって以来、まだ収入はない。

あと数日もすれば港町につくらしいが、船に乗るのでお金が要ると言うシェイドの一言に節約生活である。

キノコを袋に詰め込んだ。

そして立ち上がる。野営地に向けて急いだ。

お腹が空いている。早く食事を作ってもらおう。

足早に樹々の間を縫って歩いていると、背後から声をかけられる。


「おい」


自分へ話しかけているのだろうか。

くるりと振り向いたが、誰もいない。

首を傾げ、また歩き出す。


「おい、無視するな!

下だ、下!」


やはりまた声をかけられる。

訝しみ振り返る。そして下を見た。

何やら毒々しい紫色のヘビがいる。毒蛇だろうか。

よくよく見るとヘビの目は赤色だ。

もしやこれは魔族か。

普通のヘビは当然話しかけてこないだろうし、きっと間違いない。

フィアレインはさっと目を逸らす。関わらないのが一番である。


「何かフィア疲れてるみたい」


と一人呟き、野営地へ急ぐ事にする。


「ちょ……無視するな!」


背後からヘビが飛びかかる気配がした。

ヘビって飛びかかる生き物なのだろうか。いや、そもそもこれの正体は別物だから仕方ない。

ささっと身を翻し、ヘビをかわす。

攻撃を躱され、地に落ちかかったヘビの尾の部分をがしっと掴んだ。

そしてそのままブンブン振り回す。


「や……止めろ!」


あえて無視して散々ヘビを振り回し、そろそろ目を回しただろうという頃合いを見て地へ放る。

煩かったのが静かになったから、確実であろう。

だが少し考え直し、目を回しているヘビをもう一度持ち上げる。

そして手近な所にあった細い木にヘビをしっかりと結んでやった。

これならば追って来れないだろう。

まあこれは普通のヘビじゃないから確実では無いが。

そして仲間の元へ急ぐべく、早足で歩き始めた。


すでに野営地の準備が出来ていた。

キノコの入る袋をシェイドに渡す。


「大丈夫だったか?遅かったから心配してたんだが」


キノコを小さく切って鍋に入れながら聞いてくる。

一応あのヘビのことを言うべきかもしれない。


「変なヘビに話しかけられて」


それを聞くなりシェイドの顔が引きつる。

そうだろう。普通のヘビはしゃべらない。

イェソド帝国以来、高位魔族にはあっていない。これは良い兆候だと思っていたところなのだ。


「それで……どうしたんだ?」

「とりあえず振り回して捨てといた」

「そうか」


シェイドは何やら落ち着きなく周囲を見渡している。


「どしたの?」

「いや、追ってくる可能性もあると思ってな」


確かにそれは一理ある。だがそうなったら仕方ない。

打つ手がないのだから。


「木に結んで来たよ」


と伝えると、そうかと頷いた。

シェイドは鍋をかき混ぜながら深々とため息をつく。

どうやらウコバクに殺されかかったのがトラウマになっているらしい。


「出来た!ルクス呼んでくれ」


フィアレインは頷き、ルクスを呼びに行った。


三人で火を囲む。

一行の恒例節約メニュー毒キノコ入りの粥を食べながら、次に行く予定の大陸の話をシェイドに聞かせてもらう。

話を聞きながら匙で粥を掬い、口へ運ぶ。

粥に入った干し肉の塩気が程よく美味しい。

ちなみにこの干し肉は先日ウルススを退治した際の礼としてもらった物だ。


「砂漠って砂ばっかりなんでしょ」

「ああ。昼は暑い、夜は寒くて住むには厳しいな」


だが、そんな所にも人は住むと言う。

その大陸では火の神の教団と水の神の教団が主流らしく、二つの教団の信徒の数やその勢力はほぼ拮抗だそうだ。

どちらも光の神の教団に次ぐ規模を持っている。

ちなみにこちらの大陸よりも強い魔物が多いそうだ。だから教団も武闘派揃いだと言う。

シェイドが旅をしていた時は、そんなに魔物も多くなかったそうだが、今となっては分からないと言った。

こちらの大陸でも増えているのだ。向こうでも何かしら問題が生じてもおかしくない。

シェイドとルクスは何やら向こうの大陸の砂漠の国の王様の話をしている。

どうやらその国の王様はお妃様が何十人もいるらしい。そんなにいて名前覚えられるのだろうか。


「まさに男の夢ってやつか?」

「ははっ。シェイド殿は初心だな。まだ女人と言う生き物を分かっておられん」

「そうなのか?」


うんうんとルクスはいつもの胡散臭い笑みで頷いた。


「良いかな、シェイド殿。

自分に想いを寄せる複数の女人が仲良くやれるなどあり得ない。

嫉妬に狂い、いがみ合うものよ。

そして憎しみあった末の女人同士の争いに巻き込まれ、下手すると男も恨まれる。

まさに愛すればこその憎しみであろう」


何やらシェイドが青くなる。


「仮にだ。

その女人が男に愛などなく、何らかの打算たとえば政略的なもので側にいるとしても問題は起こる。

それは女同士の序列の中で劣りたくないと言うプライドや政略的な問題から生じるのだ」

「何か薄ら寒い話だな……」

「それが現実よ。

自分の側にはべる女人たちが仲良くやれるなど男の幻想に過ぎん。

ゆめゆめ気をつけられるがいい」


シェイドはルクスに、アンタ一体過去に何があったんだよ等と聞いている。

だがフィアレインはそれどころではない。

何故なら目の前の樹々の間に先ほどのヘビがいたからだ。

闇の中でも光る赤い瞳。気付かなければ良かったのに気づいてしまった。


「おいっ!

さっきはよくも無視してくれたな!」


話し込んでいたシェイドとルクスが不思議な顔をして周囲を見回す。

周りに人などいないのだから、当然である。

仕方なくフィアレインはヘビを指差した。

その指差す方向を見て、二人は凍りつく。


「フィア……」

「さっきのヘビ」


ルクスにも既にヘビの話はしてある。

向こうの意図が分からぬ限り、こちらもどう出たら良いのか分からない。

三人は黙り込みヘビを見た。


「大変だったんだぞ!

結んであるのを解くのは……しかも、しっかり結びつけやがって。

ま、まあ、それはいい!」


フィアレインはここまで追って来たヘビの真意が分からない。

まさか卵でも欲しいのか。

ふとそう思いつき、アイテムボックスの中に一つだけ保存魔法をかけたコッコの卵が残ってたのを思いだす。

そしてそれを取り出した。

ヘビによく見えるように卵を掲げる。その間にもどんどんヘビはこちらに近寄ってくる。

シェイドとルクスがこちらを見た。正確に言うと持っている卵を見ている。


「これあげるから、魔界に帰って」


その時既にフィアレインの側にまで来ていたヘビが動きを止める。

そして声を荒げた。


「ふざけるな!

卵で釣ろうなどと、あのお方の使い魔である俺様に失礼極まりないぞ!」

「ふーん。要らないの?」


どうやら自分は間違っていたらしい。

アイテムボックスに再び卵を仕舞おうとするも、慌ててヘビが言葉を続けた為やめる。


「待て!誰も要らんとは言ってない……。

仕方ない献上品として受け取ってやろう。

そこへ置いておけ」


何やら偉そうなヘビの指示に従い、地面に卵を置く。

ふと隣を見ると、二人は厳しい表情でヘビを見つめていた。

肝心のヘビ自身は白い卵をその舌で舐め、おお極上のコッコの卵よ、等と呟いている。


「で?

魔界のあのお方とやらの使い魔が俺達に何の御用で?」


シェイドの一言に己の役目を思い出したのだろう。

慌ててヘビは三人へ向き直る。


「そうだ。

先日のウコバクの一件でメフィストフェレスがした報告をあのお方はたいそう気に入られた。

そこでだ。

お前たちへの詫びと笑わせてくれた礼として、宝を与えてやろうとのお心遣いである」

「宝?」


思わず三人は顔を見合わせた。


「そうだ。

正確に言うと宝を手に入れられる機会を与えるとも言うな。

あのお方は遊び心に満ちておられる故」


三人の今思っていることは一緒だろう。

胡散臭い。

大体魔族からの贈り物など足もとをすくわれるのがオチでないか。彼らは人の欲望などにつけ込むのだから。


「何か怪しいな」


シェイドの一言に頷く。


「怪しい?疑っているのか?

まあ仕方ないだろうな」

「魔族は人の欲につけ込むものであろう」

「確かに否定はせん。

だが、あのお方は人間とは関わらん。そういう事は下々のやる事だ。

だから甘言でお前達を陥れるなどありえん。

それに俺の話を聞いていたか?

あのお方は宝を手にする『機会』をやると仰っているのだ」

「機会?」


何やら思いもしない方向へ話が進んでいる。

とりあえずこちらに害意がないのが分かって良かったが。


「そう。

この近くに生える木の洞が次元の狭間の一つと繋がっている。

その次元の狭間はちょっと特殊な場所でな。

そこには主神の作ったお宝が置いてある。

その内容は武器や防具、特殊な魔法道具などだ。

とても普通にしていたら手の入らない代物が隠された場所と言うわけだ」


三人は黙り込む。

とても良い話だ。だからこそ恐ろしいし変なのだ。

シェイドが三人を代表して口を開く。


「そんな凄いお宝なら、アンタ達魔界の連中が使えばいいんじゃないか?」


そこなのである。

そんな素晴らしい代物が目の前にあるのに他者にやろうとするだろうか。

普通ならば自分で手に入れ、使うのではないか。


「なるほど。

言葉を変えよう。

我々にはさほど珍しくもない品であるが、お前たちには貴重な品々だ!

これでどうだ?」

「どうだって言われても……」

「堕天した者には堕天前に主神からもらった物がある。

それを気にせず使う者もいれば、あのお方にお作り頂いた物を愛用する者もいる。

我々はその次元の狭間まで探しにいく必要はないのだ。

それにあの空間は、あのお方が管理しておられ、入ろうと思って入れる場所じゃない」


シェイドはしばらく黙り込み何か考えているようだ。

ヘビも返事を待っている。

フィアレインはシェイドの意向に従うつもりであるので、口を挟む気はない。

ルクスとて同じだろう。

魔の者から何かもらうなど!と叫ぶほどの信仰心はなさそうなのだから。

一応、聖職者なのだが。


「やっぱり、遠慮する」


シェイドは顔をあげ、きっぱりと言い切った。


「何?この期に及んで何だと言う?」

「いいか?一つだけハッキリ言っておく……。

俺はな、旅立ちの時に闇の神の教団から装備と軍資金をもらった。

闇の神の教団からの贈り物ならば、闇の神の贈り物と同じだろう。

その内容はな!

青銅の剣!

革の鎧!

革の盾!

そして資金として300ペイだ!

銀貨も金貨も入ってない!銅貨びっしりの袋で!」


それは、魔物を倒し世界を救う勇者の旅立ちにはあまりにも貧相でないか……。

そこらの傭兵ギルドの駆け出しじゃないのだから。

そもそも青銅の剣で魔物と戦えるのだろうか。

何やら気の毒になってきた。

それはフィアレインだけでないだろう。

ルクスも我が光の神よ!と嘆いているし、目の前のヘビも何とも言えない視線をシェイドに注いでいる。

これが人間なら、こいつ可哀想にと顔に書いてあるだろう。

この勇者の不運と金欠は出発の時から始まっていたらしい。


「自分に加護を与えた神からもそんな仕打ちをされたこの俺が、魔族の言葉になど乗るわけがない!」


きっぱりと言い切って、ぜえぜえと荒い息をする。

余程、興奮してまくしたてたのか。

このお人よしのシェイドにもたえかねる仕打ちだったのだろう。

ヘビは方法を変えることにしたらしい。


「なるほど。どうあってもお前たちはあのお方のご厚意を無駄にするつもりか?」


何やら脅迫めいてきた。

それにフィアレインはさっきから気になっていたのだ。

礼として何かやるならば、こいつに持ってこさせれば良いと。

それにこのヘビは、あのお方は遊び心に満ちていると言っていたではないか。

その遊び心とは、この三人をその場所へ放り込むことなのでないか。

だとすると、その場所は安全な場所じゃない。


「俺は、別に……」

「いい、言うな。聞く気もない。

一つだけ言ってやろう。

人間風情があのお方の申し出を断れるなど思うな!」

「それはもはや礼ではなかろう」


思わずルクスがぼやいたのをヘビは無視して続ける。


「いいか?

明日お前たちはここから少し入った場所にある木の洞から、次元の狭間へ行くんだ。

断ればどうなるかな。

お前たちの命どころか世界の命運も怪しいだろうよ。

勇者のくせに、世界を危険にさらす気か?」


どうやらヘビは脅してでも三人をそこへ放り込む事にしたようである。


「さて、どんな地獄が人間世界を襲うだろうなぁ。

楽しみだな。ま、その時お前たちは生きては……」

「わかった!わかった!

行けばいいんだろ!行けば!

くそっ人の足もとを見やがって……」


シェイドはヤケになって叫ぶ。


「おお!そうか!

では明日、この俺がその木まで案内してやる。

朝迎えに来るからな。滅多な事は考えるな」


そう一方的に告げると、ヘビは卵とともにその場から消える。

転移魔法だろう。

三人への間に重い沈黙がおりる。

樹々が風にざわめく。

焚き火の音、鳥や虫の声しか聞こえない。


「すまん……」


ポツリとシェイドが呟いた。


「仕方ないであろう。

ああ言われたら断れまい」


フィアレインも頷いた。

抵抗する術などないのだから仕方ない。

何よりもシェイドの青銅の剣発言はかなりの衝撃であったが。

一行は明日に備えて早く寝る事にした。

どんな恐ろしい場所へ行かされるか分かったものじゃないのだから。



翌朝、朝食を食べ終えた後に宣言通りヘビが現れた。

そして三人を連れ、樹々の中へと入る。

しばらく歩いた場所に、その木はあった。

三人はその木を思わず見上げる。


「これ、いかにも怪しいだろ……」


その木は銀色に輝き、根元には大きな洞がある。

どう見ても人間世界の代物でない。


「え?あーまあ、これな。

ここに生えてたもんじゃない。

お前たちを次元の狭間に入れる為にあのお方が用意したものだ」

「じゃあ別に入り口はこんな木の洞とかじゃなくていいのに」


と、思わずフィアレインは言ってしまう。

魔族が魔界と人間世界を行き来するように、空間を開けば良いだけだ。

何故木の洞?


「言っただろう。あのお方は遊び心にあふれている。

この方が雰囲気があって良いと仰せだ」


入る前からげんなりする。

フィアレインは木に近づいて、洞を覗きこんだ。

何やら地下に向かい奥行きがある。急な斜面の奥に光が見えた。

その時、グラリとバランスを崩したのを感じた。

覗き込みすぎたのと、地面に落ちている朝露に濡れた落ち葉に滑ったのと両方だろう。


「フィア!」


シェイドとルクスの叫び声が背後で聞こえる。

フィアレインは耐えきれず洞の中に転がり込んでしまった。

そして視界が暗転した。

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