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母と息子

キラーフロッグ討伐を終え村を後にして数日。

一行は順調に南下していた。

ちょうど夕暮れ刻に小さな村にたどり着いた。

村の中は何やら騒がしかった。

人々が家の外に出て何やら集まって話している。

中には呆然と地面に座り込んでいる者もいるくらいだ。

その様子を眺め回しながら、村の入り口から奥へと向かう。

住人等の視線が集まってきた。

あまりの様子に居心地が悪い。

シェイドが人々を見渡して、誰にともなく聞いた。


「村長はいるか?」


村人たちがある方向を向く。

そちらから一人の老人が歩み出てきた。


「儂ですが、どう言ったご用件ですかな」


村人達が固唾を飲んで見守っている。何とも異様な光景だ。

そんな中でシェイドは自己紹介をし、今夜一晩宿を求めていることを告げ、更に村に入った時からの疑問を投げる。


「何かあったのか?」


村長は難しい表情で頷く。

そして村の裏手に広がる森を指差し説明を始めた。


「ここから奥へ行ったとこに開拓村があるのですが。

そこが魔物に襲われたとかで、住人が逃げて来とるのです。

だが、ここもそこからはあまり離れとりません。

このままでは危険ですんで、近くの街までひとっ走り人をやって領主様の兵に来てもらおうかと思ったんですが。

なんせもう夕方。

それに近くと言っても軽く一日はかかりますんで、どうしたもんかと」


そこで周りで聞いていた者の中から


「あんの業突く張り領主がこんな小さい村に兵なんか出してくれるわきゃねぇ。

税ばっかり取りやがって!」


と苛立たしげな声が聞こえる。

フィアレインは周囲の期待を込めた眼差しに気付いた。

どうやら勇者の出没は渡りに船だったらしい。

村長がすがる様な眼差しで更に一歩シェイドへ歩み寄る。


「勇者様どうかお助けください。

この様な時に勇者様が我が村を訪れるとは、まさに神のお導き。

なにとぞ、なにとぞ!」


しっかりと手まで握られたシェイドは当然断れる訳もない。

村長へ向かって頷く。

周囲の住人たちから歓声があがった。


「じゃあ、その村が襲われた時の事とか詳しく教えてもらってもいいだろうか?

もう陽が暮れる。

このまま森に入るのは危険だ。

今夜は俺たちが寝ずに村の守備にあたる。

だから安心してくれ。

明日、陽が昇ったら森に入ることにしよう」

「わかりました。

では逃げて来た者に説明させましょう。

どうぞ今夜は我が家へお泊り下さい」


村長は背後に立っていた男に声をかける。


「勇者様方に説明を。

ああ……今すぐでなくて良い。

後で来てくれ。

勇者様、お疲れでしょう。

まずは夕食をご用意させていただきますんで、その後にでも」


シェイドは頷いた。

一行は今日も朝から移動してきて流石に疲れている。

しかも昨日は野営だったから尚更だ。

暖まり、くつろいで食事をとりたい。

まして今夜は徹夜で、明日は森に入り討伐なら尚更である。

村長の申し出を有難く受け取り、その後について村のなかで一番大きな家へと入った。



村長の妻が湯の支度をしてくれたので、交代で身体を洗わせてもらう。

全員が湯浴みを済ませた頃には夕食の準備が整っていた。

森で狩ったという獣の肉を野菜や芋と一緒に煮込んだ料理とパン、川魚を焼いたもの、鳥の卵のスープと何やら豪華である。

煮込み料理は肉の処理が良かったのだろうか、野生の獣の臭みが殆どなく食べやすい。

その肉は脂がのっており食べ応えがある。

ルクスは


「うむ……酒が欲しくなるな」


と残念がっていた。

魔の気配は近くに感じられない。

だがいつ襲撃があるか分からないのだ。

外では男たちが火を絶やさずに複数で見張りに立っている。

それにしてもと、フィアレインは心配になった。

夜通しの警戒体制と言うが自分は起きてられるだろうか。

交代制と言うが自分は寝たらなかなか起きないと、仲間の二人から太鼓判を押されているのだから。

いつも野営の際の火の番には、自分の代わりにゴーレムをあてている位なのである。


「フィア、起きれなかったらどうしよう……」


パンを手に項垂れ呟くと、シェイドとルクスが笑った。


「なかなか起きないからなぁ」

「まあ、その時は我々で何とかしよう」


何やら子どもであることを理由に二人に甘え負担をかけている様で申し訳ない。

実のところ、もう既に眠いのだ。

今日は朝早すぎた。

それにお腹いっぱいになって、部屋も暖かく、これはもう寝ろと言っている様なものでなかろうか。

襲われた開拓村から逃げてきた男が呼ばれ、一行に事情を説明しに来てくれた頃には椅子に座って眠りかけていた。

うつらうつらしていた所シェイドに肩を叩かれる。


「眠そうだな。

先に寝とけよ」


シェイドが村長の妻に寝床へ案内してくれるように言う。

断ろうと思ったが、思い直す。

そもそもいつも自分はこの手の重要な話を聞き流しているのだ。

いてもいなくても関係ないだろう。

シェイドもルクスもそれを分かっているからこそ、先に寝ろと言っているのだ。

フィアレインは立ち上がり、村長の妻の後に続く。

早目に寝て、早く起きようと思って。

案内された小さい部屋に入り、湯たんぽを受け取る。

寝る前に用を足そうと思い、厠の場所を聞いた。

案内してくれると言う申し出を断り、寒いので外套を羽織り一人で外に出る。

用を足して、厠から出たところで、小さな影が目に入った。


「何あれ……」


どうやら見張りの目をかいくぐり、誰か森へ入ろうとしているらしい。

見つからぬ様に灯りも持たずにいることと、その影の小ささからも見張りからは見つかりにくいだろう。

このような時にあえてこっそり森へ入るとは何事だろうか。

そして人間の目には暗闇で見えぬだろうが、半身は魔の者であるフィアレインにとって暗闇など何の障害にもならない。

その影の正体は人間の少年だ。

フィアレインより少し年上かもしれない。

少し考えたが、少年が森の中に消えたのを見て、そのまま後を追う。

シェイド達に知らせに行けば見失うだろう。

それにいつ襲撃があるか分からぬ状況なのだ。

誰かしら村には残らねばならない。

騒ぎにならぬようフィアレインも少年を倣い、こっそりと森へ入った。


森へ入ると小さな灯りが見えた。

どうやら少年が隠し持っていたらしい灯りだ。

そちらへ向かい駆ける。

すぐに少年には追いつけた。


「ねえねえ」


少年がびくりと飛び上がり、慌てて振り返る。

そんな怖がるなら夜中森なんかに入らなければいいのに、とフィアレインは思った。

警戒するようにこちらを睨む少年に近づいた。

やはりフィアレインよりも大きい。


「な……なんだよ!」

「何してるの?」

「お前に関係ないだろ!」


フィアレインはふと思った。

確かにそうだ。自分には関係ない。

そして頷く。


「うん。

じゃ、さよなら」


そうだ。関係ないではないか。

影の正体も分かったし、帰って寝ようか。

そう思い踵を返す。

この少年は開拓村から逃げてきた人間であろう。

何かしら理由があって夜中なのに村に戻ろうとしてるのだろうと分かった。

村へ戻ろうと歩き出したフィアレインの外套の裾を慌てて少年が掴む。


「ちょ……ちょっと待て!」


思い切り後ろから引っ張られて首が絞まる。

苦しいから正直なところやめて欲しい。


「苦しいから、手離して。

何?」


慌てて手を離した少年に聞き返す。


「どこ行くんだよ?」

「フィア、眠いからもう寝るの」


少年はがっくりと肩を落とす。

どうしたのだろうか。

何やら少年は、変な奴とか呟いている。


「まあいいや。村の連中に俺のこと言うなよ」

「何で?」

「何でって……大騒ぎになるだろ」


確かにそうだと思い頷く。

ふと気になって聞いた。

そこまでしてこの少年は何をしたいのだろう。

明日には自分達が開拓村へ向かうのに。

それを少年に伝えると、彼は俯く。そして言った。


「母ちゃんと妹が村にいる。

俺が川辺に行ってる時に村が襲われた。

他の連中が逃げて来て、一緒にここまで連れてこられたんだ。

勇者様が村に行くのは明日の朝って聞いたから……。

それまで待てないと思ってこっそり出て来たんだ」


フィアレインは少年には酷であるが、おそらく彼の母親と妹は殺されている可能性が高いと思った。

とは言え、あえてそれを少年に言うつもりはない。

言っても、きっと納得しないだろう。

魔物の跋扈する夜の森に一人で入るような少年である。

どう見ても、魔物と戦えるようにも見えない。

少年はそれでも村へ行き、家族の安全を確認したいのだ。

フィアレインはここ数年思い出すこともなかった己の母親を思い出した。

何か考えるより前に言葉が口から出てしまう。


「フィアが一緒にいってあげる」


思わぬ申し出だったのであろう。

少年は目を見開きフィアレインを見つめている。


「一緒にいってあげる。

フィアは勇者の仲間の魔法使いだから魔物が出ても大丈夫」



二人は並んで森の奥へ進む。

少年はセトと名乗った。

父親は亡く、母の兄が父親がわりらしいが、昨日近くの街へ買い出しに出ており村にはいなかったと言う。

予想通りセトは年上で十歳だった。


「フィアは六歳」

「え?妹と同じ位かと思った。

ちっちゃいなお前」

「……妹いくつ?」

「……三歳」


思わずむっとする。

先日など少し背が伸びたのでないかと浮かれていたのだが。

それを二人に言ったら、ルクスはいつもの胡散臭い笑顔で頷き、シェイドは気まずそうに目を逸らした。

あれが答えか。

セトは慌てて話題を変える。


「魔物出ないな」


暗闇の中聞こえて来るのは沢の水の音と鳥の鳴き声。

おそらく魔物がいるとしたら、村の中でまだ死体を漁っている可能性が高い。



しばらく無言で進み、セトは立ち止まる。

フィアレインは既に見えていた。

樹々の先に村の姿が。

ボロボロになった家屋と地に倒れた人々の死体も。

咽せるような血の香りが少し離れたこの場所まで届く。


「母ちゃんとエノスを探さないと……」


エノスとはセトの妹らしい。

セトは真っ青になりながらも村へ駆けて行く。

フィアレインも慌ててその後を追った。

セトは迷うことなく、転がる死体にも目を向けず走る。

おそらく自分の家に向かっているのだと思った。

フィアレインは魔物の気配を感じていた。

民家の中に入り込んで、それぞれ獲物を楽しんでいるようだ。

まだ出てくる気配は無いが、時間の問題だ。

とある家の前でセトが立ち止まる。

中は静まり返っている。

フィアレインは思った。

中を見せない方が良いのでないか。

おそらく散々食い散らかされ、その後玩具のように扱われて遺体の状態は酷いだろう。

ここまで来て、それも今更な話だが。

その時中で物音がした。


「母ちゃん!エノス!」


慌ててフィアレインはセトの腕を掴んで止める。

中には魔物の気配がある。


「なんだよ!」

「魔物が中にいる」


いつ外へ出て来てもおかしくない。

背後から襲われてもおかしくない状況だ。

もうこの村には生存者はいない。

セトだってこの様子を見れば分かるだろう。

ただ信じたくないだけで。

セトはフィアレインを睨み叫んだ。


「だったら尚更助けないといけないだろ!

離せ!」


セトはフィアレインの腕を振り切ろうとするが出来ない。

人間の子どもの力など自分からすれば大した力でない。

フィアレインは周囲の魔物の気配に気を配りながら、言った。


「助けるってどうやって?

セトには魔物をやっつける力ないじゃない」


ジタバタと暴れていたセトがその一言で凍りつく。

その時、轟音とともに目の前の家の壁を突き破り、何かが飛び出して来た。

フィアレインはセトを背後に庇う。

現れたのは立てば天井を遥かに超えるほどの巨大な熊の魔物、ウルススだった。

口元は血でべったりと濡れている。

ウルススは魔獣ではない、魔物だ。怪力かつ凶暴で、巨体に似合わぬスピードを持つ。

こちらに向かって突進してこようとした瞬間、フィアレインは用意しておいた魔法を放った。

巨大な火の玉が真っ直ぐウルススへ飛び、直撃して燃え上がる。

目の前のウルススが灰になるのを見届けず、別の民家から飛び出してきた他のウルスス達へも火の玉をお見舞いした。

次々と魔物達が燃え上がり、灰になる。

セトはフィアレインの背後で震えていた。

魔物が恐ろしいだけでないだろう。やっと周りの状況を見たのだ。

ここまで駆けて来るときは目に入らなかった惨状を。

燃え上がる炎に照らされ浮かび上がるのは、バラバラにされ、食い散らかされた死体。

内臓が引っ張り出されたり、脳が露わになっているような死体ばかりだ。

ざっと二十頭ほどだろうか。向かってきたウルススを全て倒し、辺りには沈黙が戻る。

フィアレインは周囲の魔の気配を探る。

どうやらこれで全部のようだ。

そしてガタガタ震えるセトの方を向く。


「中、見てこようか?」


セトは言葉もなく頷いた。


「じゃあ、ここで待ってて。

このすぐ近くには魔物はもういないから」


家の壁にもたれ、うずくまるセトをおいて家に入る。

床にはウルススが歩き回った足跡、血の海、壁にまで血飛沫が飛んでいる。

フィアレインの足元に頭髪のついた頭部の一部が転がっていた。

奥に二人の人間の死体が転がっている。

小さな子どものほうがエノスだろう上半身を喰われ破られた腹から内臓が出ている。

母親の方は殆ど喰われ、頭の一部くらいしか残っていない。

フィアレインは少し悩み、子どもの死体と先ほど見た頭部の一部から少しずつ髪を切り取った。

そしてそれを持って、外へ出る。

セトが虚ろな目を上げた。

黙って髪を渡す。

震える手でそれを受け取り、セトはまた顔を膝に埋め、うずくまった。

全てを拒絶するように。




***

シェイド達一行は村人たちに見送られ、更に南へ向けて出発した。


あの後、大変だったのだ。

フィアレインがいなくなったことに気付いたシェイドとルクスの元へ、セトがいなくなった事に気付いた開拓村の大人たちが駆け込んで来た。

そこで大体事情を察したらしく、捜索隊を組んで襲われた開拓村にやってきた。

一行は座り込む二人を保護して村まで戻ったのだ。

フィアレインはその後散々シェイドとルクスに説教されてしまった。

あまりに長い説教に途中で寝かかった為、やっと開放してもらえた位である。

その翌日、三人は森へ入って調査を行った。

ある程度奥まで入っていったのだが、特に空間の歪みもなく、他にウルススもいなかった為そこで調査を打ち切った。

近くで魔の気配も感じない以上、他にできる事はないのだ。



フィアレインは一度村を振り返った。

あれから一度もセトを見ていない。

それにしても、と思う。

何故自分はあの少年に力を貸してやったのだろうか。

別にあの少年自体に興味もなかったにも関わらず。

考えても答えは出なかった。

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