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蠱毒 5

フィアレインは思わずその場に座り込んでしまった。

シェイドとルクスは倒れ伏したまま微動だにしない。

あの出血の量だ。

早く治癒魔法をかけなければ、死んでしまう。

二人は人間なのだから。

そう分かっているのにも関わらず動けなかった。


「次から次へと楽しいねぇ」


間近で声がする。

あまりに呆然としていたので見知らぬ高位魔族が近付いて来たのにも気付けなかった。

我に返り、見上げる。

短い赤い髪の男だ。

笑いながらこちらを見下ろしている。

そして芝居がかった口調で言った。


「良いところへ。

半分は同族のお嬢ちゃん。

見ろ、この光景を。

より優れし者へと帝位を譲ると宣言された皇帝陛下。

その希望に沿って殺し合う息子たち。

最後に生き残った者が次の皇帝陛下だ」


不愉快な笑い声をあげて男が指差す。

その先では二つの巨大な虫がぶつかり合う。

片方はハサミの生えた甲虫、もう片方は蟻だった。

ではこの人間の顔を身体の一部にくっつけた虫が皇子たちなのか。

突然二つの虫の身体がドロドロと崩壊し、また別の虫へと形を変える。

今度はバッタによく似た虫と蜂である。

皇子たちはこの目の前の魔族と契約したのだろうか。

なぜ二人揃って化け物となっているのかが分からない。もしかしたら契約したのは父親の皇帝の方なのだろうか。

だが、今はそんな事はどうでもいい。

シェイドとルクスを助けないといけないのに、助けられるのは自分だけなのに恐怖のあまり立てないでいる。

目の前の魔族が怖いのではない。

二人が死ぬかもしれないのが恐ろしい。

ならば早く助けないと。でも動けない。矛盾している。

目の前の男が自分へ手を伸ばすのをまるで他人事の様に見ていた。

だが男の手が自分に届くその直前、男の身体が後方へ吹っ飛んだ。

男は激しく壁に激突する。

フィアレインは自分の目の前に突然現れたメフィストフェレスが宙に浮いているのを見た。

名も知らぬ魔族が自分へ攻撃をした者の顔を見て驚く。


「いけませんね、ウコバク殿。

実によろしくない」

「メフィストフェレス……」


ウコバクと呼ばれた魔族がメフィストフェレスを忌々しげに見て呟く。

メフィストフェレスは倒れているシェイドとルクスの方を見て、フィアレインを振り返った。


「おやおや。そんな所で座り込んで。

良いのですか?

このままでは彼らは死んでしまいますよ?」


面白そうに笑うメフィストフェレスの様子にフィアレインは気付く。

この性悪な魔族はウコバクがここにいるのを知っていたのだろう。

そしてそこへ三人を転送すればウコバクに殺されかかることも。

あえて後からやって来たに違いない。

フィアレインはじっとメフィストフェレスを睨む。


「もしかして……。

腰でも抜けたのですか?

情けないですね」


あっと思う間もなくメフィストフェレスに首根っこを掴まれ、倒れている二人の所へ投げ捨てられる。

衝撃とともに床に叩きつけられ、鼻腔に血の匂いが飛び込んだ。

何とか血の海の中を這い、二人に近付いた。

視界にメフィストフェレスがまるで虫ケラを見るような目でこちらを見ている姿が入る。

それを無視して二人に治癒魔法をかけた。どちらもギリギリの状態だ。


「う……」


僅かに呻いてシェイドが少し顔を上げる。


「シェイド!大丈夫?」

「あんまり……」


シェイドは何とか上半身を起こすが立ち上がれない。

その隣のルクスも何とか起き上がり壁に背を預けて座る。

だが立てた膝に肘をつき、その手の平で顔を覆い俯いている。

ルクスの方がシェイドより重傷であったのだ。

そうは言っても二人とも出血量が多く体力を消耗している。

シェイドがメフィストフェレスの方を見て呟く。


「あいつは……」

「メフィストフェレス」


フィアレインの答えに目を見開いた。


「ごめんね。後で話すね」


その一言にシェイドは気怠げに頷いた。

メフィストフェレスはそんな三人の姿を見て笑った。


「これはこれは勇者殿。

ご無事でなにより。

改めまして自己紹介を。

私はメフィストフェレスと申します」


完全に目の前のウコバクを無視して、こちらに向かい優雅に一礼する。


「無事じゃねぇし」


吐き捨てる様にシェイドが言った一言にメフィストフェレスは微笑んだ。


「おい」


その時、先ほどから無視され続けていたウコバクが苛立たし気に声をかける。


「ああ……!

ウコバク殿、申し訳ありませんね。

貴方の存在を忘れておりました」

「てめぇ……」


二人の不穏な空気にシェイドは首を傾げ、厳しい表情で口を挟む。


「おい。

皇子二人はウコバクとやらと契約してたのか?」

「いいえ。違いますよ」


ウコバクより前にメフィストフェレスが応える。


「じゃあ、お前と契約してたのか?」

「まさか!

私は関係ありませんよ」

「それじゃなんなんだ?

契約してたのは皇子じゃなくて皇帝陛下か?」


メフィストフェレスは首を振って否定した。


「誰も契約などしておりませんよ、誰もね。

そんな事より良いのですか?

そこの虫二匹放っておいて」


メフィストフェレスにからかう様に言われ、シェイドはよろめきながら立ち上がる。


「うるさい。

お前に言われずとも、やるべき事はやるさ。

ルクス、大丈夫か?」

「ああ、すまない」


シェイドの手を借りてルクスも立ち上がる。

二人とも消耗しきってはいるが、元人間の虫二匹を倒すくらいは大丈夫だろう。

メフィストフェレスは満足気に三人を見て、そしてウコバクに視線を戻す。


「さて、ウコバク殿。

あのお方は大変お怒りでいらっしゃる。

あのお方だけじゃありませんよ。

ベルゼブブ様もたいそうご立腹で」

「お前に何が出来る」


ウコバクはメフィストフェレスを睨みつける。

フィアレインは仲間割れのような二人の雰囲気に疑問を持った。

いや、そもそも仲間でないのかもしれない。


「さあ、何が出来るのでしょうね。

折角なので、その身をもって知られては如何ですか?」


次の瞬間、ウコバクは吹き飛んだ。

その身体はフィアレイン達の横手にある窓ガラスを突き破った。

窓の外は庭園だ。

ウコバクは庭園の上空で態勢を立て直すが、その時すでにメフィストフェレスが目前まで迫っていた。

フィアレインは視線を室内へと戻した。

人外同士の戦いは放っておき、フィアレインはシェイドに聞く。


「あの二人何で虫になっちゃったの?」

「わからん。

俺たちが見たのは突然あの二人の身体を食い破って体内から虫が現れたのだけだ」

「人の顔ついてるよ」

「あれじゃあ、もうオマケみたいなもんだろ」


確かに虫の顔が人の顔なのでない。

虫の身体の一部に人の顔がくっついているのだ。

あれでは虫が本体と言って差し支えない。

外では激しい魔力がぶつかる気配がする。

目の前の虫同士の力は互角で勝負がつかない。

シェイドが二人を見て言った。


「虫退治でも始めるか」


三人は武器を構える。

フィアレインは二つの虫へ闇属性の炎をぶつける。

二匹の虫がもがいたそこへシェイドが駆け寄り、片方へ斬りつけ、更にその勢いを利用してもう片方にも斬りつける。

ルクスはシェイドに続けてメイスで二匹を順番に殴り、一旦後退する。

更にそこへ虫達を雷撃が襲う。

虫がまたドロドロと崩壊を始める。

崩壊が終わったあと、そこに残ったのは身体のあちこちを欠き、骨すら露わになった二人の人間の死体であった。

皮肉なことに、虫の身体のお飾り状態であった顔をだけは全くの無傷だったが。

フィアレインは窓の外に目を向けた。

先程まで感じられた強い魔力がぶつかる気配が消えた。

勝負がついたのだろうか。

これでメフィストフェレスが負けてたら笑えない。

そうなると今度は自分たちがウコバクに狙われるのだから。

窓の外にメフィストフェレスの姿が見えた。

その片手には既にその身が崩壊し消滅しかかっているウコバクの身体がある。

どうやらあの使いっ走りは勝ったようだとフィアレインは安心した。




***

フィアレインは不愉快な気分で目の前に浮くメフィストフェレスを見ていた。

おそらく仲間の二人も同じ気分だろう。

表情から何となく分かる。


帝都を訪れてから数日が経っていた。

あの後、大変だったのだ。

皇子二人は死に、目の前でとんでもないものを見た皇帝は茫然自失となっていた。

帝都を襲っていた虫の大半は消えた。

とは言え、やっと腰をあげた帝国兵や僧兵達と力をあわせて、帝都内に残っていた虫達を駆除してまわる必要はあったけれど。

何故かまた人間のフリをしているメフィストフェレスも一緒に。

よほど人間のフリが気に入ったのだろうか。


メフィストフェレスの話ではウコバクがいなくなった今、帝都だけでなく帝国中の虫達も大半が消えたと言う。

三人は何故ウコバクがメフィストフェレスに殺されなければならないのか分からなかった。

あのお方がお怒りと言っていたが、それが何故なのかメフィストフェレスの口から語られることは無かった。

魔界の事情は分からない。

だが、とりあえず勇者のお役目は果たせたと言うことだろう。


そしてやっとこの性悪魔族が魔界に戻るのだ。


「勇者殿、まずはおめでとうございます」

「そりゃ、どうも。

でも釈然としないな。

ウコバク倒したのアンタだろ。

俺の名誉にされても困る」


今回シェイドは虫を退け、その元凶となった魔族を倒したと言われ帝国中で讃えられることとなった。

メフィストフェレスは笑う。


「良いでありませんか。

勇者は希望なのでしょう?

希望、希望……良い響きですね。

人は希望に満ちていれば、己の墓穴を掘られるシャベルがたてる音も、心ある者が開墾に励む美しい音色にすら聞こえる生き物です。

人は己の見たい物だけを見て、聞きたい物だけを聞くのですから」


どう考えても嫌味にしか聞こえない。


「それに皆様には大変お世話になりました。

あのお方にも良い土産話が出来ます。

み……皆様の……プッ、ククク……愉快な珍道中をあのお方にお話しすれば、この私の地位もあと十万年は安泰という物です。

それを考えれば安いもの。

それでは皆様、御機嫌よう」


勝手に言いたい事だけを言い、メフィストフェレスは魔界へ空間を開き去って言った。

三人はしばらく無言で立ちつくす。

やっとのことでシェイドが口を開いた。


「なぁ……。

なんか俺たち、あいつに思いっきりバカにされた気がするんだが」


フィアレインとルクスが思わず頷く。

何が愉快な珍道中だ。

どこが可笑しいのか言ってみろ、とフィアレインはふて腐れた。




***

三人は虫の問題が一段落ついたので、宿を神殿から帝都内の宿屋に移した。

神殿に泊めてもらうのはタダだが気が抜けないとシェイドは言う。

それに今は懐が暖かい。

皇帝から報奨金が出たのだ。

袋の中には金貨が入っていて、フィアレインとシェイドは両手に金貨を掴み、小躍りした程である。

ルクスはいつもの胡散臭い笑顔で自分たちを見守っていた。


「シェイド殿、次はどちらへ向かうのだ?」


ルクスは城から貰った酒を飲みつつ言った。

今三人は軽い宴会の様なものを宿の部屋で行っている。

テーブルの上には屋台で買ってきた美味しそうな食べ物や宿の主人に頼んで作ってもらった料理が所狭しと並んでいた。

フィアレインは鳥肉の串焼きを取り、頬張る。

ハーブの風味が鳥肉の旨味と絡み合い絶妙だ。肉は柔らかく、皮の部分もパリパリしていて美味しい。

シェイドは果実酒を水で割った物を飲みながら燻製肉をつまむ。


「そうだな。

とりあえず南へ向かおうと思う」

「南か……」

「ああ、そこで船に乗って別大陸に移動するのも視野に入れている。

前にも行ったけどまた様子見ておきたいんだ。

この大陸は光の神の教団で一枚岩だが、他の大陸はそうじゃないしな」


最近高位魔族まで出没するし、とため息をついている。

確かにこちらの大陸に出るなら、他の大陸に出てもおかしくない。

それにこちらの大陸へ戻ろうと思えば、フィアレインの転移魔法で一瞬で戻れるのだ。

シェイドはどうも空間系の魔法に適性がないらしく、何度も教え練習したが未だに転移は出来ない。

やはり魔法にも得手不得手があるのだ。


「南の国へは距離があるからな。

今日は飲んで食ってゆっくりしよう」


と言うシェイドの一言に頷く。

フィアレインはスープを飲みながら思った。

二人が無事で良かったと。

だがその反面、運良く生き残れるなんて事は続かないだろうと不安もこみ上げてきていた。

アスタロトが引き下がってくれたように、メフィストフェレスがウコバクを倒してくれた様に上手いことは続かない。

運任せには出来ない。

いつか必ず死ぬだろう。

ではどうしたら良いのか。

フィアレインにはその答えは分からなかった。


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