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蠱毒 2

幌馬車の中の荷や死者の着衣から、彼らが光の神の神殿の下男であることが分かった。

フィアレイン達が向かっている街の神殿に所属するらしい。

シェイドとルクスの手によって丁寧に弔われた。


その夜、道中にあった小さな集落に泊まることとなった。

宿屋などはない。だが村長が自宅に泊めてくれた。

やはり最近、虫の魔物が急に増えたらしい。住人達も手を焼いていると言う。


「領主の兵は動かぬのか?」


ルクスの問いに諦めたような様子で村長が首を振る。


「全くもって何もありませぬ。

ご領主さまは戦に忙しいのでしょう」


シェイドとルクスが顔を見合わせている。マルクト王国国境の神殿で聞いた話を思い出したのだろう。

シェイドは村長が杯に注ごうとした酒を断る。そのかわりルクスの方がもう一杯飲んだ。

そういえばシェイドは酒が苦手らしい。反対にルクスは酒が好きだ。

フィアレインは焼きあがった川魚の串を持ち齧りつく。

内臓は苦いから避けた。


「ここのご領主は?」

「第一皇子殿下で」

「一体誰を相手に戦に励んでおられる?

領内が化け物だらけだと言うに」

「第三皇子殿下と次の皇帝の座をかけて争われとります」


シェイドとルクスが顔を見合わせる。

フィアレインは焼き魚を一度皿に置き、今度は汁の入った椀にスプーンを入れて掬った。

中身はキノコと穀物のようだ。


「長子継承でないのか?」

「まだだぁれも立太子されとりません。皇帝陛下のご意向だとかで。

一番優秀な息子に譲ると十年以上前ですかね、言われまして。

第二皇子殿下は御存知かと思いますが、出家なさりました」

「そりゃもめるな。我こそは次代の皇帝なりってか」


しかも皇子達はそれぞれ母親が違うらしい。母親の実家の意向も絡んでくるのだろうとルクスは付け加える。

呆れたようにシェイドは天を仰ぐ。


「とは言え、領主なのだ。

これだけ魔物が跋扈しておるのに知らん顔は出来まい。

皇帝になりたくば尚更だ」

「それがですな。

先日こちらに寄られた隊商から聞いたのですが……。

第三皇子殿下のご領地も似たようなご状況とかで」

「それなのに二人揃って戦争やってんのか……。

肝心の皇帝陛下はどうなってんだ」


おかしな話だと首を傾げる。

フィアレインはスプーンを置いてシェイドを見た。


「皇帝にも会いにいくの?」

「んーまあ、仕方ないからな。

次の街で神殿行って話を聞いてから、詳しく決めたい。

継承争いに巻き込まれるのはごめんだ」


勇者は人間同士の争い事には関わらないようにする義務があると語る。

そこに魔族が絡めば別だが。

旅立ちの前に神殿からかなり厳しく言われたそうだ。


「虫の大量発生は何とかしたい。

でもバカ皇子どもの戦争には関わらない。

この路線でいく」


村長はバカ皇子の一言に面白そうに笑った。


「虫をなんとかして頂ければ助かりますよ」

「まあそれには原因を探らねばなるまい。

もしくは各地を巡回し徹底に殲滅するかだ」


とりあえず今後の方針が決まったようだ。

とは言え、この虫の大発生は何なのだろうとフィアレインは疑問に思った。

魔界から出てきたのだろうか。

ふとメフィストフェレスの人を小馬鹿にした笑いを思い出す。

まさか奴が関係あるとは考えたくない。

少々気が重くなった。




***

一行は数日その集落に滞在した。

と言うのも民家を壊しながら地中から巨大な虫が現れ、村長に討伐を頼まれたのである。

ムカデの魔物、ヘルセンチペドだ。

あまりの巨大さに地中から現れた半身を呆然と見上げたくらいである。

自分たちが訪れた途端これだ。

何か虫寄せの香でも発してるのだろうか。

現れては消えを繰り返す厄介な化け物を退治して、集落を去る日には総出で見送ってもらった。

皆の見送りを背にルクスがシェイドに尋ねる。


「そう言えばシェイド殿、報酬はもらったのか?」


何やらシェイドは遠い目をした。


「いや……ほら、泊めてもらったし。飯も食わせてもらったからな……」


何やらモゴモゴ言っている。

やれやれとルクスがため息をついた。


「もらわなかったのだな……。

まあ、あの手の集落ではあまり現金そのものも無いかも知れぬが……」


二人の様子にフィアレインは少し落ち込む。

間もなく大きな街に到着し、さらにその後には帝都へ行くのに。

この調子ではしばらく買い食いを自粛せねばならぬだろう。それ以上にしばらく節約生活かもしれない。

宿代や食事代も必要なのだから。


「これも神の与えし試練。

そしてこれは救済の旅なのだ」


何やらルクスの言い聞かせるような言葉が白々しいが、一番落ち込んでいるシェイドを見ると何も言えなかった。



何日か馬に揺られ、やっと目的地の街へ到着した。

道中はしつこい位の虫と戦い、もはやうんざりだ。

まっすぐ神殿へ向かう。

何やら街には武装した人間が多い。


「あれが皇子殿下の私兵か?」

「それもだが、虫討伐に集まった傭兵たちもいる。

これだけ多ければ傭兵ギルドへの依頼も絶えぬだろう」


ふとフィアレインは遠くで風にはためく旗に目を奪われた。

その旗に描かれた絵にげんなりする。

それは明らかにムカデであった。

思わず呟く。


「ムカデ……」

「ん……ああ、旗印か」


シェイドもルクスも思わず苦笑する。


「下がりムカデか」


そもそも何であんな気持ち悪い生き物の旗など作るのだろう。

人間だってムカデを好いている者はいないのではなかろうか。

少なくともシェイドやルクスはそうだ。

この間など、小さな虫に宿る命も重要な命だと語っていた途中のルクスが、岩の間から現れた自分の指ほどの長さしかないムカデを即叩き殺していた。

あれは魔物じゃない。確実にただの虫である。なのにだ。

本当に人間はわからないとフィアレインはため息をついた。


神殿へたどり着く。何やら騒々しい。

入り口で訪問を告げると、すぐに奥へ案内された。

ここの責任者である司教が会うという。

何でも皇帝の使者が来たとかで忙しいそうだ。


「だからこのように騒々しいのか?」


ルクスが案内した者に聞く。

フィアレインは部屋を見渡した。壁に絵が飾られている。

白い翼の鳥人間の絵だ。


「いえ、実は帝都の神殿へ行っていた司祭が帰り道に魔物に襲われまして……」

「大丈夫なのか?」

「ええ、通りすがりのお方に助けて頂いたそうで」

「そりゃ良かった」


最近の虫被害に警戒して僧兵が二人付き添い、司祭本人も聖魔法の使い手であったらしい。

だが見上げるほどに大きなカマキリの魔物に取り囲まれてしまい、危ないところだったと言う。


「そこへ虫討伐の依頼を受けようと、この街の傭兵ギルドに来るつもりだった魔法剣士の方が通りかかったそうなのです」

「ほう。僥倖であるな」

「ええ、まさに光の神のご加護かと。

その魔法剣士殿はたいそうな手練れであって、瞬く間にお一人で全ての魔物を倒されたそうです」


それを聞いてシェイドが身を乗り出す。

フィアレインはなかなか待っても菓子が出てこないことに落ち込み、ひたすらチャを飲んでいた。

あれは大神殿だけの特別なものだろうか。


「へぇー!そりゃ凄い!

余程の経歴の持ち主だろうな」

「その剣士殿はどうされたのだ?」

「司祭達をここへ送り届けて下さいまして。

これから討伐へ向かわれる予定とかで、今は神に祈られております」

「ほう。信心深い」


うんうんとルクスが感心したように頷いたその時。

扉が開き、一人の壮年の男が入ってくる。


「お待たせして申し訳ない」

「とんでもない。

皇帝陛下の使者がお見えと今しがた聞いてました」

「そうなのですよ、勇者殿。

これは貴方にも関係のあるお話でしてね」


全員が首を傾げる。


「俺にも、とは?」

「虫の魔物の大発生については……?」

「知ってます。

ここに来るまで散々遭遇しましたし、立ち寄った集落でも聞きました」

「では話は早い。

実は帝都の中にまで虫が出るようになったのです」


思わず全員が顔を見合わせた。

帝都ともなれば城壁にも囲まれ、それなりの兵力でもって守られているはずだ。


「そこへ勇者殿が帝国を訪れたとの報が入り……。

帝都の神殿から陛下はお聞きになったのでしょう。

率直に言うと、陛下は勇者殿と神殿へ援軍を要請されておるのです」

「だが司教。

帝国兵がおりましょう。

勇者殿は分かりますが、教団兵までも?」

「確かにそうだな」

「率直に申し上げる。

陛下は体調が思わしくない。

寝たり起きたりの生活をここしばらくされておる。

そこで下々の者は陛下が長くないと考えておるのだ。

そして今、皇子殿下同士の戦にまで発展しておる。

皆、お二人の殿下の顔色をうかがい、二つの派閥に分かれる始末だ」

「嘆かわしい」

「まったく」

「それじゃ帝国兵はアテにならない、と。

だから俺らに頼む訳か」


分かった、とシェイドは頷く。


「そう言えば、帝都から戻ってきた司祭を助けた者の話は聞かれましたか?」

「はい。手練れのようですね」

「ええ。

実はそちらの方にもこのお話をしようかと思っているのです。

そして今回の虫討伐に加わって頂ければと」

「確かにそれは良いですな」

「今回、皇帝陛下より神殿へは寄進が、勇者殿皆様方には報奨金が出されます。

その方もギルドで依頼を受けようとされていた位ですので、この話をお受け頂けるかと」


報奨金の一言にフィアレインとシェイドの目が輝く。

ルクスは流石に変わらず真面目そうなちょっと胡散臭い笑みを浮かべているが。

何はともあれお金が手に入るのだ。

帝都の屋台巡りも夢でない。

また虫を相手にするとなるとうんざりだが、我慢できる。

脱貧乏生活だ。

最近の食事は酷かった。

後払いらしいから、しばらくは辛抱せねばならないが、あと少しの事である。


また扉が開き、別の人間が入って来る。

挨拶をして、司教に何やら耳打ちした。


「おお……。

勇者殿、先ほどのお方が受けて下さると」

「そうですか。良かった、助かります」

「司教、その方にご挨拶をさせて頂きたい」

「そうですな。ではご案内しましょう。

まだ神の間で祈られているそうですので」


全員で立ち上がる。

そして司教を先頭にして神の間へ向けて歩き始めた。



神の間には一人の青年が跪き祈っていた。

司教がその背中に声をかける。


「ファースト殿。

勇者殿ご一行をご紹介させて頂きたい」


青年は立ち上がった。

長身に軽く動きやすそうな鎧を身につけ、帯剣しており、背中に長い金髪を一括りにして流している。

そしてこちらを振り返った。

彼の姿が明らかになった瞬間フィアレインは目を見開く。


そこにいたのはメフィストフェレスだった。

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