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魔に堕ちる者 4

ウァティカヌスは燃えていた。

一行は今大神殿の正面に転移魔法で移動を完了したところだ。

ルクスをはじめ僧兵達は呆然となる。

立ち尽くす彼らにシェイドが怒鳴る。


「ぼさっとするな!急ぐぞ!」


ハッと我に返ったルクスが背後の僧兵達に振り返る。


「猊下をお守りせねば!あとは消火を!」


その時駆け寄ってくる僧兵がいた。顔は煤だらけである。


「勇者殿!魔の者が!火を放ち、大神殿へと雪崩れ込んで……」

「分かってる。大神殿の中は?」

「申し訳ありません。私は外を守っておりましたので中の事は……」

「よい。中にも僧兵達はおり、猊下をお守りする者もおる。

そして猊下ご本人も優れた聖魔法の使い手でいらっしゃるのだ。

魔の者に簡単に屈する事はあり得ない。我々もこれより急ぎ向かう。

それよりも火を消せ!

被害が広がる!」

「はっ!今、水の神の司祭たちの力を借り消火にあたっております!」


ここウァティカヌスは光の神の教団の本拠地であるが、その広大な敷地内に他の神々の小神殿も存在する。

そもそも各教団は己の信ずる神へ仕え、眠りについた主神の復活による人間世界への完全な救済を求めているのだ。

よって各教団との協調を重視した昔の光の法王により、各神の神殿を誘致したのである。

シェイドに言わせれば闇の神の教団の場合、ここにあるのは小神殿どころか小さな祠程度のものらしいが。

水の神の教団は火の神の教団と並び、光の神の教団に次ぐ規模である。

よってここに駐在する司祭の数は少なくはない。

他の神に仕える聖職者たちも魔法は仕える。消火は任せて大丈夫だろう。


「行くぞ」


シェイドの掛け声に頷く。

幸い大神殿には火は放たれていない。

中からは魔の気配が複数する。

この中で最も強い魔の気配、そこにアカマナフはいるはずだ。

全員武器を構え、大神殿へと駆け込む。

中へ入った瞬間、ブラッディウルフが飛びかかって来た。

シェイドの剣が一閃し、その首をはねる。

更に襲ってくる別のブラッディウルフ達をルクスのメイスがなぎ払い、フィアレインの火魔法が焼き払う。

一行は立ち止まる事なく、敵を倒しながら駆け抜ける。

まだ雑魚しか現れず、人型の敵には遭遇していない。

ふと先導するシェイドに続いて駆けながら、フィアレインは疑問に思った。

執事の話では私兵を連れてアカマナフはウァティカヌスへ向かったと。

おそらくその私兵達も公爵のように異形化されている可能性が高い。

だがアカマナフ本人はどうなのだろうか。

この強い魔の気配。これはアカマナフ本人なのだろうか。

それともアスタロトに魔封石のような物をもらい、強力な魔物を呼び出しているのか。

そもそも魔獣のように、人も魔に染まると高位魔族に近い存在へとなれるのであろうか。

だが所詮は人間なのだ。

理屈から言えば魔に染まったとて、その力は知れているはずなのだが。

果たして自分たちはアカマナフと戦うのか、それとも別の存在と戦うのだろうか。

次から次へと現れる魔物は全てブラッディウルフだった。

使役できる魔物の種類には制限があるのかも知れない。

その殆どは先頭を駆けるシェイドとルクスに倒されている。

強い魔の気配はもう近くだ。



そこは中庭であった。

法王であろう老人を守る様に僧兵達が円陣を組んで、武装した兵達を率いた青年と向かい合っていた。

長い茶色の髪を一つに結んでいるその青年こそがアカマナフだろう。

その場に駆け込んで来た勇者一行に気づき振り返った。

そして全員を見渡す。その瞳は青かった。


「我が父は足止めも出来なかったようだな」

「お前が公爵を変えたのか?」

「そう、偉大なる我が神のお力を借りて」

「他の王族を殺したのも、王妃の事件もお前の計画か?」


シェイドとアカマナフは睨み合う。

フィアレインは二人の会話よりもアカマナフの連れている兵達に注目した。

頭から爪先まで全身鎧で姿を固め剣を手にしているが、あの中身は公爵と同じだ。

その顔や身体を覆い尽くす防具を剥ぎ取れば、あの血肉で形成された軟体動物のような中身が現れるだろう。

皆がシェイドとアカマナフの会話に耳を傾け、アカマナフの配下にいたっては主の指示がないため控えている有様である。

そう彼らは無防備にそこに立っているだけだ。

これは良いチャンスなのでなかろうか。


「そう、全て私のしたこと。

私が自分にふさわしい椅子へと座るため。

だが問題は忌々しい教団だ。

私の王国の邪魔となる存在には消えてもらおうと思ったのだ。

それに私には私の神がいるのだから」

「そんなんで、国民がお前に従ってついてくると思ってんのか?」


何で二人はこんなことペラペラ喋ってるのだろう。

この隙に攻撃すれば良いのに。


フィアレインは自分の思いつきを実行すべく魔法を準備し始める。

あの兵達の中身が軟体動物もどきならば、氷魔法が良いだろう。

ルクスがそうしたように、僧兵たちが氷漬けとなったのを叩き壊してくれるはずだ。


「人は己の身が一番可愛い。

我が身の危険を犯してまで私に背くものか。

屋敷の使用人たちがそうであったようにね。

君たちは我が家の執事にも会っただろう?」

「救いようのない人間だ。いや、もはや人であることを捨てた愚かな生き物であろう!

猊下お下がり下さい!この者は我々が!」


ルクスの声に法王と彼を守っていた僧兵達が後退する。

その様子を眺めアカマナフは嘲笑う。

何とも不愉快な笑い声だ。

フィアレインはもう構築が整った魔法をその場にいた敵全員へ向けて放つため意識を向ける。


「私は己に相応しい力を手にいれたのだよ。

もはや私は人ではない。お前たちが跪くべき……」


アカマナフはそれ以上続けることが出来なかった。

とっさに退いたとは言え、完全には逃げきれず片足が凍りつく。

彼の配下の兵達はそれぞれ氷柱に氷漬けとなっていた。


シェイドとルクスがフィアレインを振り返る。

アカマナフも魔法を放ったフィアレインを見て怒鳴った。


「不意討ちとは卑怯者め!」

「お前が言うな!」


思わずシェイドが突っ込みを入れる。

フィアレインは呆れて口がふさがらない。ずっと皆が自分の演説聞いてくれると思ってたのだろうか。

いや案外そうかもしれない。

こいつは自己陶酔が激しそうだ。

アカマナフは両手を空に伸ばし叫んだ。


「我が神よ!私に力を!」


やはり自己陶酔が激しい。芝居がかっていると言うのか。

だがそんなアカマナフに変化が現れる。

彼の足元に魔方陣が浮かぶ。禍々しい力を発しながら光る。

そしてアカマナフから発せられる魔力が膨れ上がり、彼の青い瞳が赤へと変化した。

片足の氷漬けが溶けて彼を解放する。

そしてアカマナフは空へと舞い上がった。その背中に生えた大きな漆黒の翼で。


「私はもはや人でない。我が神の力を受けて、高位魔族となったのだ!」

「くそ!ルクス、フィア援護頼む!他の連中は氷漬けの奴らを叩き壊せ!」


その場の全員が驚いたようにアカマナフを見上げている。

そしてフィアレインもまた驚いた。

何故翼が生えるのだ。高位魔族になったとか偉そうに言ってるのに何故翼?

アカマナフを地上へ落とすため雷撃を準備しつつ、思わず叫んだ。

これは聞かずにはいられない。

後でもいいのかも知れないが、どうにも我慢ならなかった。


「何で翼が生えてるの!」


聖魔法の槍をアカマナフに放ちながらルクスが答える。


「高位魔族となったからであろう」


アカマナフがルクスの魔法を避ける。だがそこをフィアレインが放った雷撃が襲い地上近くまで落ちてくる。

その機を逃さず、シェイドが斬りつけた。

血飛沫をあげながらもアカマナフはシェイドへ己の剣で斬りかかる。

それをシェイドは後ろへ飛んで避けた。


「だから!何で高位魔族に翼が生えてるの!」


フィアレインはルクスの答えに納得がいかない。

そしてまた高く舞い上がろうとしたアカマナフへ雷撃を放つ。

一本目は避けられた。連続して放った二本目は身体をかすめる。三本目で直撃し、その身を地に叩きつける。

そこを狙ってシェイドが斬りつけるが、僅差で避けられる。

だが避けたアカマナフにルクスの聖魔法の槍が刺さった。


「何故と言われても……。

古来より言われておろう。天使は白き翼、堕天使は黒き翼を持つと……」


アカマナフはよろめきながら片手を振るい自分の魔力を使って、刺さった光の槍を消滅させた。

フィアレインはルクスの答えを聞いて更に驚いた。

人の想像とは凄い。

おそらくアカマナフの背中の翼も彼自身の思い込みによる産物だろう。

そしてそんな姿をあの性悪な堕天使アスタロトは陰で笑いながら眺めていたに違いない。

面白いから本当の事は教えてやらない、と。

天使や高位魔族に翼が生えているなんてヴェルンドから聞いたこともないし、そんな事実もないのだ。

もしそんな事実があるなら、自分のこの背中にもそんな恐ろしいものが生えてるだろう。

もし神の使いに翼が生えているなら、その主たる神は鳥の頭でもついているのだろうか。

改めて人間の想像力に感動して、思わず言ってしまう。


「翼なんてないもん!

そんなの生えてたら天使でも高位魔族でもなくて、鳥人間だもん!」


アカマナフに斬りかかっていたシェイドが思わず笑った。

思わぬことを言われたアカマナフ本人はシェイドの剣を避け、上空へ舞い上がる。


「聞いたか、アカマナフ。

お前は高位魔族じゃなくて、鳥人間だと。

ハルピュイアやらセイレーンあたりのお仲間だな」


アカマナフはフィアレインの雷撃を避けつつ、シェイドの馬鹿にした声に顔を赤くした。

そして怒りに顔を歪める。

どうやらプライドの高い彼には屈辱であったらしい。

そのまま上空で叫ぶ。


「私を馬鹿にした事を後悔するといい!

我が神よ!私に更なる力を」

「言う事がいちいち小者くさい奴よ」


思わずルクスがぼやいた。

だが、その時。アカマナフは赤い光に包まれる。先ほど彼に力を与えた魔方陣と同じだ。

次の瞬間、今までとは比べものにならない目にも止まらぬスピードでアカマナフは三人へ向かって舞い降りる。

その手には強力な魔力をまとわせて。

闇属性の魔法だ。それを三人へ向かい放った。

シェイドは右へ、ルクスは後方にいたフィアレインを抱えて左へと避ける。

魔法が直撃した場所は大地が抉れている。


「あ、ありがと」


ヨロヨロと起き上がる。

ルクスの腕から血が流れている。少し掠めたのだろう。

見るとシェイドも先ほどの斬り合いで負ったのか、身体中から血を流している。

上空からまたアカマナフは三人を見下ろし笑った。


「私は無限に神の力を借りられる。お前たちの敗北は明らかだ」


二人へ治癒魔法を使う。

傷は癒えた。だが失血により確実に体力は削れている。

二人が通常の人間より遥かに高い体力を持つと言っても、延々と繰り返していれば、限界は訪れる。

そう人間は完全な生き物でない。肉の器に縛られた、有限の生き物なのだ。

ふとフィアレインは思いつく。

今アカマナフは何と言った?

自分は神の無限に借りられる、と。

だが彼はアスタロトや自分とは違う。どんな力を借りようとも、所詮は借り物。

その身体も肉の器を持つ、有限の人間に過ぎない。

無限の力などに耐える代物でないのだ。

シェイドに出会ったときの違和感がそれだ。

彼は人を超える力を与えられている。だから普通の器ではダメなのだ。

その特別な力に耐えうる特別な器。

だからすぐに常人でないと分かったのだ。

このままアカマナフが身に余る力を使い続ければ、その先に待つのは自滅だ。

だから必要以上に恐れることはない。

自分たちも通常通り攻撃する。こちらも消耗するだろうが、その頃にはアカマナフも自滅するだろう。

奴にうっかり殺されないようにだけ気をつければ良いのだ。

シェイドとルクスを見る。二人の目には絶望はなかった。

アカマナフの自滅の可能性に気付いているか、いないかは分からない。

大声で聞いて奴に気づかせるのも癪だ。

だから二人が戦意を無くしてない以上、今は余計なことは言わなくてよい。


「フィア、私もシェイド殿と前衛に出る。援護は頼んだ」


小声で言い、メイスを構えなおして、ルクスが前方へ駆ける。

シェイドが地を蹴るのと同時だ。

フィアレインはまた雷撃でアカマナフを撃ち落としにかかる。

これはただの人間だ。恐れることは何もない。




***

アカマナフは半身が溶け崩壊し、仰向けに倒れている。

もはや死ぬのは時間の問題である。

あの後三人は猛攻撃に出た。

フィアレインの魔法で地に叩きつけられた身体にシェイドが斬撃をくらわせ、シェイドの剣が離れると、ルクスのメイスが襲う。

お互いの攻撃の隙を補い合うように斬撃や打撃、時に魔法を繰り出した。

三人にとって幸運だったのは、アカマナフが魔法の扱いに慣れてないことである。

どんな高い魔力があろうとも、上手く魔法を使いこなせなければ脅威にもならない。

三人は連携し、アカマナフに魔法を使わせる余裕を殆ど与えなかった。

そしてとうとう彼は倒れたのである。

アカマナフを見下ろして、シェイドは魔法を発動させる。

アカマナフは残された赤い右目でシェイドを見た。


「お前はただの弱い人間だ。魔に堕ちる弱い人間に過ぎない」


シェイドの魔法がアカマナフを焼き尽くす。

火柱が収まったその時、そこには何も残らなかった。


アカマナフの配下たちはフィアレインの魔法で氷漬けにされた後、僧兵達に粉々に粉砕されている。

大神殿内の魔物も間も無く駆逐されるだろう。

火の手が見えないから火事も司祭と僧兵達の手で鎮火されたのだろうか。


シェイドがフィアレインを見てぎょっとした。


「フィア!腕が片方ないぞ!」


そう言えば先ほどアカマナフの放った風魔法で左手が飛んだ気がする。

後でくっつけようと思って忘れていた。

ルクスも駆け寄ってくる。


「治癒するか?」

「腕、どっか行っちゃったから探して」


キョロキョロ見渡すが、それらしい物は落ちてない。

遠くへ飛ばされたのだろうか。


「さ……探すって。くっつくのか?」

「うん。だから探して」


たとえなくなっていても腕を作ることは出来るが、面倒くさい。それなら取れたのをくっつける方が楽だ。

探す間に腕の再生は済むという考えもあるが、とりあえず二人には探してもらおう。


「ちょっとあの子の腕見なかったか?」

「ともに探せ。この辺にあるはずだ」

「う……腕ですか?」


一応自分でも腕の再生をはじめながら、シェイドとルクスが僧兵達に声をかけるのを眺めていた。




***

あっと言う間に夜だ。

今日は怒涛のような一日だった。

公爵邸へ行き、その後大神殿へ戻り、また戦闘。

結局あの後腕は見つからなかったので自力で再生した。もしかしたらもう消滅してたのかも知れない。

人間とは違って死んでも肉体は残らないのだから、身体の一部も一緒だ。


大神殿内の被害はさほどでもなかった。

法王も生きている。

それもこれもアカマナフの勿体ぶった演説好きのお陰だろう。

そのお陰で勇者一行が戻る時間を稼げたのだから。

ある意味、外の火災の被害の方が大きいかもしれない。

何やら後処理とかでシェイドもルクスもバタバタしており、結局夕食も一人で食べるはめとなった。

明日の朝には話せるだろう。

その時にこそ、ちゃんと聞くのだ。


神様には鳥の頭がついているのかと。

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