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魔に堕ちる者 3

無事公爵邸のある街へと到着した。

隣国へ赴く者にとっての主要な経由地でもあり、本来ならば活気があってよい街だ。

だが街自体が何やら暗い雰囲気である。

神殿への報告のため先に街へと入っていた僧兵の話では、また人が死んだらしい。

被害にあったのはイェソド帝国から入ってきた隊商だ。しっかりとした護衛もついていたそうだが、その護衛と思しき人物も死体で発見されたそうだ。


一行はまっすぐと公爵邸へ向かう。

いつ戦闘になってもおかしくない為、ピリピリとした雰囲気だ。

ここへ到着するまでは他の僧兵達が魔物を倒したし、手前の集落でゆっくり休んだから三人とも万全の状態だ。

今回は三人とも常に行動をともにする予定である。

もちろん公爵本人と面会する時もだ。

伝令を送っていたため、既に一行の訪問は公爵邸へ伝わっている。

あとは先方がどう出るかだ。

間違いなく公爵はしらばっくれるだろう。

何故なら証拠はないのだから。

そして教団からの使者に手を出せば、法王は本格的に公爵を異端認定するに違いない。

そうなれば国王の座につくこともなくなるのだ。

今までの努力が全て無駄になってしまう。

だからこちらが何も掴めず諦めて帰るのを待つ、と言うのが一番考えられる手だ。

だがアスタロトとの契約という大きな切り札を公爵は持っている。

アスタロト本人が出て来ずとも、何かあると見るのが正しい。例えばヒュドラのように。

事実アスタロト本人も言っていたでないか。

アスタロト本人と戦うことがないとしても、フィアレイン達が生き残れるとは限らないと。

だからどう出るか読みづらい。


私兵に守られた門を潜る。

邸はまだ先だ。

遠目に見ても立派な邸宅である。

これが春先であれば、花壇にはさぞ美しい花々が咲き乱れているだろう。

ゆっくり馬を進め、やっと建物の前まで辿り着く。そして下馬した。

扉を開けたのは老年とも言える執事である。

あまり顔色は良くない。教団兵の訪れに恐れているのだろうか。

邸内も何やら重苦しい空気だ。

武装した教団兵の一隊が訪れたとなれば仕方ないことかも知れないが、あまりにも使用人達の怯え様はおかしい。

執事は三人を案内しながら語る。


「旦那様はしばらく前からお加減が良くなく臥せっておられます」

「そうなのですか?初耳です」

「領内のことはご長男アカマナフ様が仕切られておりまして……ご体調のことは表沙汰にはしていないのです。

今回皆様とお会いさせて頂くのに見苦しい姿で大変申し訳ないと……」


何やら歯切れの悪い口調で説明する。

公爵の体調不良など想像していなかった三人は顔を見合わせた。

もちろん執事の言うことが真実かは別だが。

所々に調度品が飾られた廊下をしばらく歩き、とある部屋の前に辿り着く。

どうやらこの部屋が公爵の自室らしい。

まだ魔の気配は感じない。だが油断は出来ない。

執事が扉を開け、三人を中へ入れる。入ってすぐの部屋には二つ扉があり、更にもう一つの部屋へ入る。

そこは公爵の寝室であった。

ベッドの上に横になっている人物がゲティングズ公爵であろう。

三人はベッドの傍に寄る。

だが公爵は起き上がることもしない。起き上がれないほど具合が悪いのだろうか。

執事は部屋から出て行った。


公爵はぼんやりとベッドの天蓋を見つめていた。

三人は異様な光景に戸惑ったが、とりあえず挨拶からとシェイドが口を開こうとした。

その瞬間、それまで感じなかった魔力と禍々しい気配が膨れ上がった。

公爵がカッと目を見開く。

その身体はブルブルと異様に震え始めた。

フィアレインは二人の後ろに下がり身体能力向上の補助魔法をかける。

シェイドとルクスは少しベッドから距離を取り武器を構えた。

公爵の震えが止まり突然立ち上がった。

そして次の瞬間、頭髪と眼球を残し、その皮膚はすべてドロドロと溶け始めた。

おぞましい叫び声をあげながら、どんどん公爵の皮膚は溶け筋肉や骨が露わになる。

バキバキと嫌な音を立て骨が粉々になり、ベッドの上に散らばる。

露わになった筋肉もドロドロと溶け始めたが、それは液体となることはなく、まるで足が何本もある軟体動物のように姿を変える。

もはや公爵は人としての原型をとどめていない。頭と胴体と足に分かれている位だ。

彼が公爵であった名残はそのてっぺんに生えている茶色の髪とギョロギョロ動く青い瞳だけであった。

まるで触手のようにも見える足で公爵が動こうとするより前にシェイドが動く。

王城へ行く前に教団に作ってもらう約束をしておいた聖銀製の剣が公爵の胴体を切り裂く。

公爵は叫び声をあげ何本も生えている足を振りかぶり叩きつけようとした。

それよりも前にルクスの持つメイスが振り上げられた足を粉砕する。血飛沫をあげながらバラバラと肉片が舞った。

その間にもシェイドが先ほど胴体を切り裂いた剣を振り切る前に翻して再度斬りつけた。

人であった頃ならば首の辺りだろう場所から斜め下へと切り裂かれる。

胴体斜め半分が切断され身体が二分された。

上半身部分はずるりと床に落ちる。

頭部と胴体の半分を失った。もはや残されたのは胴体の半分と足だけである。

だがそんな状態となっても尚、動き足を振り上げ攻撃をしようとする。

そこへフィアレインの氷魔法が発動した。

床から天井に向けて氷柱が貫く。

氷漬けとなった下半身部分がルクスにメイスで強打され、くだけ散った。


部屋が静かになる。

ゆっくりと公爵の上半身へ近づいた。

まだ僅かに眼球が動いている。

公爵の口が開いた。


「む……むす……」


何かを言おうとしているらしいが、分からない。

聞き取ろうと更に近づこうとした瞬間、公爵の残された身体は更にドロドロと溶けていった。

血と肉片が散った床に頭髪と眼球だけが残される。


「何か言おうとしてたね……」

「ああ、聞き取れなかった」

「アスタロトが公爵を魔物へと変えたのだろうか?」

「その可能性はあるが……」

「でも、あの人。姿は変わっても瞳の色は赤くなかったよ」


魔族は皆、赤い瞳だ。魔獣もただの獣からその姿を変えた時に赤い瞳へと変わる。

それが魔に染まった証とされるのだ。


「じゃあ公爵は魔に染まらず異形化したってことか?何か分からないな」


その時扉が開く音がした。

中を見て、執事がひっと声をあげる。

その顔はさらに青い。


「だ……旦那さま!何とおいたわしい……何故、何故このような……」


執事は耐えきれなかったのか床に崩れ落ち嗚咽をもらす。

三人は執事に近づいた。

シェイドが執事に話しかける。


「なぁ。アンタ知ってるんじゃないのか?

公爵が何故こうなったのか?

相次ぐ王族の不幸、領内の殺人事件についても。

公爵は死ぬ間際、何か言おうとしてたが聞き取れなかった。

一体何がどうしたんだ?公爵は魔族と契約していたのか?」


もはや公爵が物言わぬ屍となった以上、真相は別の人間から聞くしかない。

執事は何度か深呼吸した。


「若様が……アカマナフ様がおかしくなってしまわれたのです。

悪魔に取り憑かれたとしか思えませぬ。

旦那さまも若様に何かされたのか、寝込むようになり、あのような……」

「アカマナフはどこだ?」


執事は憔悴しきった顔で壊れたように笑った。


「若様はウァティカヌスへ行かれました。

審判を下すと仰って」


三人は顔を見合わせる。


「出発したのはいつだ?途中すれ違わなかったぞ」


嫌な予感が頭をよぎる。


「皆様がお着きになる少し前です。

すれ違わなかったのは……若様のお部屋に何か、偉大なる神の恩恵があるとかで……それで一瞬で移動出来るのだとか仰っておりました」


ルクスは思わず執事の胸倉を掴み怒鳴る。


「その様な重要な事を早く言わぬか!」

「何だ偉大なる神の恩恵って?」

「多分アスタロトが転送方陣でも作ったんじゃないかな?」

「ウァティカヌスへ急いで戻るぞ!」

「待て!攻め込まれているなら兵力が要る。待機させている僧兵達も連れていかねば」

「分かった、合流してからウァティカヌスへ転移だ。頼むぞ」


フィアレインはふと思いつく。おそらくあのアスタロトが作った転送方陣ならば、大神殿裏手のレルネーの泉に出るのではないか。

そうなれば神殿は思いがけない裏手から攻められて混乱するだろう。

そしておそらく、アカマナフが連れている兵は人間ではない。

急がなければならない。

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