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幕間 恐怖公

リリーは息を潜め、見つからない様に祈った。

こらえようとしても身体の震えが止まらない。

本当ならば泣き叫びたいような状況である。

ひどい血の臭いも気にならないほどの恐怖と混乱と絶望だった。

仲間の死体がリリーの上に折り重なっている。彼らの死体に紛れ悪魔とも言える存在が去ってくれることを祈る他ない。

生存者は自分くらいだろう。


街を出るときに物騒な噂は聞いていた。

だが自分たちとて、各地を巡業して来たのだ。

一座の男たちは旅する者として、よく出没する魔獣や弱い魔物とならば戦える。

今はもういなくなってしまった幼い魔法使いがいた時は、彼女に頼りっぱなしではあったけれど。

夜を避け、昼にだけ街道を通り移動する。

それだけで恐ろしい魔物と遭遇する可能性はかなり下がる。

だから今回もそうしたのだ。


街では、夜に旅人が襲われる、と聞いていた。朝になると街道に死体が山積みとなると言う。

ここはマルクト王国の辺境だ。リリー達はイェソド帝国からクレーテ山を迂回し遠回りする形でマルクト王国へ入った。山に出る魔物を警戒したからだ。

この帝国との国境は先王の弟であるゲティングズ公爵の領地である。

謎の殺人事件の発生を受けて、ゲティングズ公爵は私兵に命じ徹底した巡回を始めた、という情報も聞いていた。

犯人が魔物であれ人であれ騎士たちが巡回してくれるならば、間もなく解決するだろう。

既に何度か騎士たちは魔物や魔獣を倒したという。

とは言え、無駄な危険は犯すべきでない。

そのため朝に出発し、夕方には目的地の街に着く予定であったのだ。


途中までは順調だった。

この調子ではかなり早い時間に目的地へ着くだろうと皆で話していたくらいだ。

だが、とある橋にかかった時に一人の者が気づいた。

この橋は先ほども通ったと。

その声を聞き幌馬車の中で談笑していた者も顔を出す。

道を間違ったのだろうと言う者もいたが、馬車を操る者は一本道の街道でそんな事はあり得ないと言い張った。

止むを得ず馬車を操る者が交代する。

他にも幌馬車から顔を覗かせ、進行中、外の景色を眺める者がいた。リリーもその一人だった。

そんな中でまたしばらく進む。いい加減幌馬車の中から外を眺める事にも飽きた頃、御者が叫んだ。


『またあの橋だ!』


全員が外を覗き込んだ。そしてその光景に言葉を失う。

そこには先ほどの橋がかかっていたのだから。

後続の仲間の幌馬車も止まり人が降りてくる。街道脇の立木をはじめとする風景を見回した。

間違いなく先ほどの橋だった。

あまりの奇妙な出来事に、一座の面々は恐怖をおぼえた。

どう考えてもおかしい。

そこで彼等は話し合った。

だが意見は二分する。

一方は、他の旅人が来るまでここで待ってはどうかと。

また一方は、とりあえず進むべきだと。

どちらの意見も一理ある。

このまま闇雲に進んでも同じ事の繰り返しかも知れない。

だが、ここでずっと待っても誰も来なかったらどうなる。夜になれば危険だ。

ましてこの街道では夜に人が殺される事件が多発しているのだ。

そこで座長は幌馬車の御者を務めた青年たちに聞いた。


『ここへ辿り着くまで他の旅人を見たか?』


その問いを受けて青年たちが顔をあわせる。そして全員が首を振った。

結果、座長が出した指示はこのまま進むことだった。


そして何度も繰り返される同じ道。

頭がおかしくなりそうだった。

実際御者を務めていた青年が一人叫びながら街道の脇にある深い森へと走り込んだ。

大声で皆が止めた。だが彼は立ち止まることも振り返ることもなく森へ消えた。

森は危険だ。昼でも薄暗く、道も分からない。魔獣や魔物が出る確率も街道より高いのだ。

座長は彼を探すことも戻るのを待つこともせず、そのまま進ませた。

どんどん時間だけが経つ。

陽は傾き、とうとう夜になった。

またあの橋の元へ着いてしまった。もはや何度目かなどと誰も数えていない。

絶望が心を占める。

そんな時だった。御者が橋の先を指差す。


『見ろ!人だ!』

『騎士さまだ!』


その声を受けて幌馬車から他の者も顔を出す。ゲティングズ公爵の私兵達であろう。

噂で聞いた巡回に違いない。

これで安心だ。

そう皆が喜びを露わにした。

近づいて来る騎馬隊。まっすぐに駆けてくる。


だが近づいて来ても、その馬の速度を落とす気配がない。

皆が訝しんだその時だった。

まっすぐに駆けて来た先頭の騎士が御者の首をはねた。

そしてそのまま駆け抜け、反転してまた戻ってくる。他の騎士たちは馬から降りて、剣を抜いた。

ある騎士は持っていた袋から何かを一座の前に放った。

それは森の中へ駆け込んだ青年の首であった。


そこからは一方的な殺戮だ。

まず馬車の馬を殺された。

それを見た者たちは我先にと幌馬車から飛び出し、その場から走り去ろうとする。

彼らはその格好からして明らかに盗賊などでない。金品を差し出して何とかなるとは思えなかった。

そして若い女であっても躊躇なく殺していく。娼館などへ売るという考えもないようだ。

リリーも他の娘たちと逃げ出した時に斬りつけられた。

だが後ろにいた娘二人の身体が邪魔となり傷は浅い。

二人の娘が上に折り重なる形で倒れ込んだ。そして今に至る。

幸いリリーを斬ったものは、彼女が死ななかったことに気づかなかったのだろう。

とどめを刺すことなく、他の生きているものの方へ向かったのを感じた。


神様。どうかこのまま。

私に気づかず去ってくれますように。


何度となく繰り返した祈りを心の中でまた叫ぶ。

もはや周りは人の断末魔の叫びもしない。

騎士たちは誰一人しゃべらない。静まり返る中、彼らが歩き回る足音や鎧の音だけが聞こえる。

土を踏みしめて近寄る足音がリリーの耳に飛び込む。


こっちに来ないで。気づかないで。


そんなリリーの心の叫びも虚しく、足音はすぐそばで止まった。

次の瞬間、リリーの頭部に激痛が走り、身体が持ち上げられる。髪を掴まれて起こされたのだ。

痛みに耐え、目を開ける。

恐怖で声にもならない声が口から漏れる。

片手に剣を持ち銀の鎧をつけた長い茶色の髪の男が目の前にいた。

まだ若い男だ。こんな状況でなければリリーは美青年だと思っただろう。

その青年に一人騎士が駆け寄り声をかけた。


「若様!申し訳ありません」


青年は面倒くさそうにその騎士へ告げる。


「良い。それよりも全員仕留めたか確認せよ」


そう言うなり、剣でリリーの胸を貫いた。




夜が開け昼過ぎた頃、街にまた噂が広まる。

またも死体の山が見つかった。

街道の途中にある川、その川にかかる橋の上で。

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