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愛情と憎悪の狭間 2

事の発端はひと月ほど前まで遡る。

王妃が城内の塔から投身自殺した。

そしてその十日後にまだ五才の幼い男の子が同じ場所から転落死した。

その幼子の母親が我が子はラルヴァに殺されたのだと騒ぎ立て、城の中に噂が広まった。


ちなみにこれは国王からでなく、宰相から聞いた話だと言う。

王は全くその話を認めていない。


「王妃さまもラルヴァに殺されたって話にはならないの?」

「可能性がゼロとは言えないな」

「だが城内の者は、当時王妃が置かれていた状況から自殺だと思っているのだ」

「皆が噂してるのは、そのラルヴァは王妃さまだってことなの?」


ルクスは頷いた。


「その当時、王妃はなかなか難しい立場にいた。

王と何年も前に付き合っていた貴族の娘が、自分は王の子を産んだと現れたからだ。

王妃は結婚して一年たつが子がなかった。

さらにその貴族の娘は上級貴族出身で、王妃は下級貴族出身であったから、自分の息子の方が王の後継者に相応しいと主張したのだ」

「なんか泥沼だな……」

「そうだ。

現王には兄上がおり、そのお方が王位を継がれると思われていた。

だが先王が亡くなる直前に兄上は亡くなられ、さらにその直後先王が……それが半年ほど前だ」

「王はその子どものこと知ってたのか?」

「いや。本来王の座につく予定でなかったお方だ。

子の母親も陛下の即位がなければ、名乗り出るつもりはなかったと言っている」

「それで王妃様は思い悩んで自殺した……と」

「そういう話になってる」


フィアレインには何やら難しい。

何故それで王妃がラルヴァになったと噂になるのか。

その疑問にルクスが答える。


「子の母である娘が部屋に王妃のラルヴァが現れたと騒いでたそうだ。

なんでも『子を失い苦しみながら生きろ』とな」

「でも、嘘かもしれないよね」

「そうだな。王も信じてないからこそ、噂を否定するんだろ」

「そもそも王と王妃は恋愛結婚で、かなりの愛妻家だった。

突然現れた男児を我が子と認めなかった程にな」


シェイドは冷めたお茶を飲み干して溜息をつく。

それはそうだろう。

ラルヴァが出る討伐してくれと言われてるのに、王からはそんな事実はないと言われる。

調査しようにも困るでないか。


「でも、魔の気配感じないよね。

ラルヴァて夜にならないと出ないの?」


死者が闊歩するのは夜だと言われているが、見たことがないので分からない。


「そうだ。ラルヴァは夜に現れる」

「ふぅーん。じゃあその男の子が死んだのは?」


シェイドとルクスは顔を見合わせた。

王の息子かも知れないと言われている人間が、一人でそれも夜中に出歩けるとは思えない。

母子は実家の力を借り、城の中の客間に滞在していたと言う。

一人でフラフラとしている幼子が城内を守る衛兵に見咎められず塔の最上階まで行けるはずがない。


「宰相にもう一度話を聞こう」


ただの殺人事件や転落事故ならば、勇者の力も教団の力も必要ないのだから。




***

シェイドは宰相の元へ再度話を聞きに行った。

後に残されたフィアレインは同じく残ったルクスに城内を案内してもらっている。


「どうしてルクスはお城の中に詳しいの?」

「言ってなかったか?私はマルクト王国の貴族の出だ。

現陛下の学友であったのだ」

「そうなんだ」

「だが私は三男でな。

だから教団に早くに入った。

いかに上級貴族でも三男ともなれば自力で身を立てねばならないからな」


フィアレインにはその貴族の事情というのはよく分からない。

だがとりあえず頷く。

あちこちを見せてもらった。やはり広い。

皆、こんな広い場所で暮らしたりして迷子にならないのだろうか。

窓の外に塔が見える。

あれが王妃と男の子が死んだ塔だろうか。


「ねぇ、あの塔なの?」

「そうだ」

「あんな高いところから飛び降りるなんて、王妃さまは本当に辛かったんだね……」

「そうだな……」


何とも言えない気分になる。

今まで色々な辛い事があった。

でも絶望しても自ら命を絶とうと思ったことは、フィアレインには一度もない。

自殺というのは、その通り自らを殺すことだ。よほどの強い感情がないと出来ないだろう。

絶望して流され生きていくほうが容易いとフィアレインは思った。

勿論その者により考え方の違いはあるだろうけれど。


ルクスが何か気づいたように、窓から身を乗り出す。


「どうしたの?」

「あれは……陛下」


ルクスの見つめる方を見た。

身なりの良い、二十代後半くらいに見える男が塔の入り口に向かって歩いていく。


「陛下お一人であの様な場所に……何故だ?」


フィアレインは違和感を感じる。

何か変だ。


「ねぇ、あの人歩き方変じゃない?」


まるで操られているかのような歩き方だ。

フィアレインの指摘にルクスは青ざめた。


「ルクスはあのおじさんの所行って!

フィアはシェイド連れて行くから!」


頷き駆け出すルクスに背を向けて、シェイドのいる場所にまで転移する。

転移出来る先は『知っている人』『行った事のある場所』が基本だ。

フィアレインは国王を知らない。

だからルクスを行かせた。

万が一昼にもかかわらずラルヴァが現れても、ルクスならば対処出来るはずだ。


城内のどこかの部屋に転移した。

突然目の前に現れたフィアレインにシェイドも彼と話していた中年の何やら偉そうな男も目を丸くする。


「王様が誰かに操られてるみたい!

塔に向かって行ったの!」


二人が青ざめて立ち上がる。


「ルクスに追ってもらったけど。

急いで!」


フィアレインはシェイドを連れて、今度はルクスの元へ転移を開始する。

何やら後ろで中年男が『私も連れていけ!』と喚くので、その偉そうな態度に腹を立てつつも、シェイドに頼まれ止むを得ず連れて行く。


三人が転移したのは恐らく塔の中の階段であろう。

そこにルクスが昏倒していた。

シェイドが揺さぶるが目を覚まさない。

国王も武術はある程度身につけているだろうが、屈強な肉体を持ち僧兵として戦ってきたルクスを昏倒させる程の力は持っていないはずだ。

魔法を使ったとしても同じ事。

そもそもルクスのような己の意思の強いタイプには眠りや操るような魔法は効きづらい。

シェイドは精神状態を元に戻す魔法を使った。

魔法で昏倒させられているなら、これで目覚める。ダメならば治癒魔法だ。

ルクスがゆっくり目を開く。

彼は覗き込む三人の姿に我に返り飛び起きた。


「陛下は?」

「分からぬ。後を追ってこの塔に入り、陛下の腕を掴んだところまでは覚えているのだが……」

「上に向かってるんだろうな。

フィア!転移で一番上まで行けるか?」

「無理だよ。てっぺんに行ったことないし。

あのおじさんもさっき見かけただけで、知り合いじゃないもん」


シェイドは励ますように両手をフィアレインの両肩に置いた。


「姿を見たことがあるなら、それはもう知り合いだ!

お前なら出来る!お前はやれば出来る子だ!」

「意味わかんないよっ」


その理屈で言うと世の中知り合いだらけではないか。

明らかな無茶ぶりである。

だがこのまま駆け上っても追いつけない可能性の方が高い。

フィアレインは目を閉じる。

何かに操られていた。ならば何らかの魔力を感じられるはず。

ついでに役に立つか分からないが、先ほど遠目に見た顔色の悪い男の姿を思い出す。


視えた。

地上から遥かに高い場所。

遠くの山々が見える。

腰のあたりまでしかない手すりに腰掛け遠くを見つめるその男が。


そこを目指して転移を開始する。


塔の最上階、そのテラスの出入り口に四人は現れる。

国王はやはり手すりに腰掛けていた。


「陛下!」


恐らく宰相であろう中年の男が国王を呼ぶ。

だが彼は振り返らない。

四人は近づこうとした。


だが、一歩たりとてその場から動けない。


魔の気配を僅かに感じたその時。

国王の座る手摺の向こう側、女が空に現れた。


「王妃様……」


中年の男の顔が蒼白になり、汗が流れる。


女は空に浮いたまま、国王の首に腕をまわし抱きついた。

そして囁く。


『私一人じゃ寂しいの。だから貴方も死んで』


国王の身体がゆっくりと手すりの向こうへ傾いた。

誰も動けない。

フィアレインは魔法を使おうとした。動けずとも魔法は使える。

だが、向こう側へ落ちていく国王の顔を見て、それをやめた。


国王が手すりの向こう側へ完全に消え、間もなく彼が地上に叩きつけられたであろう音が聞こえた。

中年の男がその場に座り込む。

全員動けるようになった。

だが誰も動かない。

下を覗くまでもない。

国王は死んだ。

ラルヴァとなった愛する女に連れられて、とても幸せそうな顔で死んだのだ。


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