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愛情と憎悪の狭間 1

シェイドはルクスとともに光の法王の元へ報告をしに行った。

フィアレインは与えられた部屋の椅子に腰をかけ、床までとどかぬ足をプラプラと揺らしている。


あのヒュドラを放ったのは何者か。

大神殿へ戻ってくる間にシェイドと話したが結論は出なかった。

エルフは人間へ一定の距離を置いている。

過去の歴史を見る限り、人間から仕掛けられた事への報復は完膚なきまでに行うが、エルフ側から何かを仕掛けてきたことはない。

もっともそれも個人レベルの話となったら断言出来ないのだが。

だから高位魔族の仕業とも、エルフの仕業とも断言出来ない。


結局考えても分からぬのだ。

その者がまた何かを仕掛けてくるのか、それともこれで終結なのかも。

フィアレインは考えを打ち切る。


そんな事より今は出された芋を食べよう。

訪れた時にも出された緑色のチャとイポメア芋の砂糖漬けだ。

食べ過ぎると夕食が入らなくなるから程々にしろ、とシェイドは出て行く時に言っていた。

何やら父親のようである。

やはり夕食も豪華なのだろうか。

フィアレインはまだ見ぬ夕食に心踊らせる。美味しい物を食べている時が一番幸せだ。


芋を頬張りながら、先ほどの戦いのことを思い出した。ヒュドラに吐き捨てられた時のことだ。

ああいう時こそ転移魔法を使うべきであろう。やはり自分はまたまだだと溜息が出る。

そもそも油断してヒュドラに囚われたことも問題だ。

シェイドとルクスにも手間をかけさせてしまった。

やっぱり頭で考えているだけでは上手くいかない。実際の戦闘の際に、その通り動けなければ意味がないのだから。

これは場数を踏むしかないのだろう。



扉が開いて、シェイドが入ってくる。どうやら報告は終わったらしい。

向かい側の椅子に座った。


「今夜はここに泊まる。

また厄介事頼まれちまったから、明日の朝出発だ」

「厄介事……」

「王城へ行ってくれだと。

ラルヴァが出て人が呪い殺されたらしい」


ラルヴァとは強い怨みや憎しみを持って死んだ人間の魂が魔の力を呼び込んで悪霊となったものだ。


「王城ってマルクト王国のだよね?」

「ああ。宰相様じきじきに法王猊下に嘆願書が届いたそうだ。

王様に挨拶がてら行ってこいってことらしい」


人は死ねばその魂は神の元へ戻り、また生まれ変わる。

ラルヴァは神に与えられしサイクルを歪める存在として、教団から忌み嫌われるのだ。

蘇生魔法も同様に禁忌とされているらしい。

フィアレインはラルヴァの事はとにかく、蘇生魔法については勿体無いと思う。

病死や寿命は不可能だし、他にも色々な制約があるものの蘇ることが出来るのは人間の特権だ。

エルフや魔族にとって、死は消滅なのだから。

そんな特権を放棄しても神を信仰する人間の気持ちは理解しがたい。


「その教団にとって忌まわしいラルヴァ討伐に僧兵は行かないの?」

「いや。さっきの坊主頭……ルクスが一緒だ」

「ふーん。……そうだ。

フィア、王都には行ったことがあるから転移魔法で連れていってあげられるよ」

「俺もそうしてもらえれば助かるけど……。

実はな、法王直々に王都への道中、魔物を討伐してくれって言われてるんだよ。

なんか最近数が増えてるらしくてな。

流石に雑魚ばかりらしいが」


疲れた様にシェイドは溜息をついている。

とは言え今回の依頼を受けるのは、それなりの見返りがあるらしい。

王城から戻るまでの間に、シェイドの剣を聖銀で作ってくれるそうだ。

既に借り受けている聖銀のメイスと防具も譲ってもらえた。

当面の装備の不安はなくなる。

王城とウァティカヌス往復の路銀も十分すぎるほど出してもらえるのだ。


「余ったお金返せとか言われないよね?」

「そう願おう……」


二人にとってはラルヴァよりもそちらの方が重大な問題だ。




***

翌朝、出発となった。

シェイドとルクスは並んで馬を進ませている。

またフィアレインはシェイドの前に座らせられていた。

大神殿を出る時に金の入った袋をシェイドはルクスから受け取った。

金の管理はシェイドに委ねられるようである。

昨日からの不安であった余った金について、返せなどけち臭い事は言わんとルクスは豪快に笑った。

それを聞いて感動していたシェイドに、見送りに来た聖職者たちが気の毒そうな視線を向けていた。

だがフィアレインは彼には言わずにおいた。

聖職者たちは、ご苦労様なさっておいでだとか、闇の神の教団は弱小だからとか小声で言っていたが。

幸いにしてシェイドには聞こえなかったようである。

もっともそれを身を持って知っている彼は気にしないかもしれないけれど。


馬に揺られながら三人は色々な話をした。

話をして感じたのだが、ルクスは聖職者であるが、フィアレインのような信仰心を持たぬ者へも寛容であった。異種族であることも余り気にならぬらしい。

むしろエルフの知識や魔法のことを聞いて喜んでいる。


特にヒュドラに使った真逆の属性を組み合わせた魔法など、彼の興味をそそったらしい。

エルフは自在に魔力をあやつり、自分の好きな様に魔法を作り上げる。

複数の属性を組み合わせたり、今まで無かった新しい魔法を発明したり、自由自在だ。

フィアレインが流星召喚魔法から爆発魔法へ切り替えた方法もそうだ。

魔法の構造をいじり別の魔法へと変えるのである。

フィアレインはまだ未熟だから難しいが、手練れのエルフならば流星召喚どころか彗星召喚魔法の発動も短縮できるだろう。


こちらも色々な聞かれたのだから、自分も逆に質問しても良いだろうと気になっていた事を尋ねた。


「どうして神様は人間を弱い生き物にしたの?」

「それぞれが助け合うようにだ」

「うそ……」

「うむ……宗教と言うのは建前が何より大切なのだ」

「聖職者のお前が堂々と言うなよ……」

「うん……」

「はっはっは。神の偉大なるご意志など我ら人間には分からぬものだ」


教団とは神の教えを広めるところではないのだろうか。

何やらルクスの言う事は白々しい。

とは言え、あまりに信仰深い人間だと付き合いづらいから、この方が良いのかも知れない。


「人は救いを求め神にすがる弱き生き物。

だがいずれ人が神を必要としない時代が訪れるであろう」

「そんな事言って大丈夫か?」

「それはそうと勇者殿」

「名前でいい……」

「シェイド殿。王都からウァティカヌスへ戻ればまた旅に出られるのであろう?」

「もちろん」

「その際には私も連れて行ってもらえぬだろうか?」


シェイドは驚いたようにルクスを見つめた。


「大司祭様で、教団の一つの僧兵隊を任されるほどの奴が何言ってるか分かってるのか?

その歳だと出世株なんじゃないのか?あれだけの大所帯なんだから」


ルクスは胡散臭いとしか言えない笑みを浮かべている。


「そう、多少は出世株かも知れん。

多少はな。あくまでもそれまでだ。

だがもし勇者と共に大きな手柄を立てることが出来たらどうなる?

教団は今回の勇者が己が奉ずる神の加護の者でないのを残念に思っている。

そこで私が勇者と共に大きな歴史に残るような手柄をたてれば、場合によっては法王の座にすら座れるかも知れん」

「危険な旅だし、その『歴史に残るような手柄』をたてられるかも分からないんだぞ」

「それも承知の上だ。

このままウァティカヌスにいても先は見えている。

ならば自らの力で可能性を掴むまで」


フィアレインとシェイドは思わず顔を見合わせる。

どうもルクスと言う人物。

信仰心もあまり無い上にかなりの野心家であるようだ。

シェイドは疲れたように空を見上げた。


「好きにしてくれ」


どうやら彼の同行は決定らしい。




***

元々王都へ向かう主要街道はそんなに魔物が出ない。

そのはずだった。

だが法王からシェイドが聞いた通り、魔物が増えている。日中にも関わらず襲われることもあった。

とは言えゴブリンなどの雑魚である。

男二人が前衛で戦う。

フィアレインは後ろで馬を見張りつつ魔法を使う。

流石に前衛が二人いるとかなり楽だ。

しかも彼ら二人とも魔法を使いこなせるのだから。

戦闘そのものより、馬の見張りの方がたいへんな位だ。そもそもフィアレインは馬になど乗れない。

逃げそうになった馬を魔法で無理矢理眠らせたことなど一度や二度ではない。

その度に二人から笑われ、ふてくされる事になった。

そんな事もあるが、それでも楽しかった。生まれてこの方こんなに楽しかったことは無いだろう。

何も隠さなくていい。そして自分を個として認めてくれる。

それだけでも幸せな事だ。

王都への着く頃にはそんな風に思う様になった。

相変わらず馬には逃げられそうになるけれど、過ぎるほどに楽しく幸せだ。




***

王都の門を潜る。

フィアレインにとっては王都は二度目だ。美味しい屋台が多かったことを覚えている。

残念ながら今回は寄り道出来なそうだ。

真っ直ぐ城に向かうことになった。

城に着いたら、大神殿の時と同じく丁重に通される。

城下から遠目に見ても立派な城だが、近くで見ると尚更である。

身なりの良い人間と何度かすれ違いつつ廊下を進み、部屋に通される。

国王とは謁見の間で会うそうだ。

ここでもフィアレインは一人で待たせてもらう事にした。別に王になど興味もないし、話はあとで二人から聞けばよい。

ただ一つ言えるのは、今この城の中は魔の気配など感じない。

その代わり城中が暗い雰囲気であるのが気になった。

もしかしたらラルヴァで人が死んだ事が既に噂となっているのかも知れない。


一人残されたフィアレインはここでも出されたチャと菓子を前に座っていた。

部屋を出ていくシェイドから自分の分も残しておいてくれと、重々頼まれてしまった。

仕方ない。三分の一ほど皿の脇へよけた。

ルクスは甘い物は好きでないらしい。彼の分は自分がいただく事にする。

大神殿のチャとは違う、赤茶色のチャだ。これは少し渋味のあるチャである。

先に菓子を食べる。

これは焼き菓子だ。何度かヴェルンドの土産で食べたことがある。

サクサクした歯ざわりとバターの良い香り、砂糖の甘みが美味しいお菓子だ。

あっと言う間に食べ終えてしまった。

皿の脇によけたシェイドの分をじっと眺める。

食べたらバレるだろうか。いや、彼は何個あったなどとは数えてないはず。

一個位なら。

悩みつつ手を伸ばしたり引っ込めたりを繰り返す。


その時扉が開いた。

驚いて思わず跳び上がる。

そんなフィアレインの様子を怪訝そうな顔で見て、シェイドとルクスは入って来た。

二人も椅子に腰掛ける。

早速とばかりに菓子に手を伸ばすシェイドの様子から、自分の企みが気づかれてないことに安心した。

クッキーを飲み込むと、シェイドは椅子の背にもたれ、ルクスを睨む。


「どうなってんだよ」

「さあ、私に聞かれてもな。

猊下への嘆願書が宰相からのものだった事を考えると王と意見が違うのだろう」


何やら様子がおかしい。


「ねぇ、どうしたの?」

「王様がな、ラルヴァに人が殺されたなんて言う事実はないって言い切るんだよ」


フィアレインはチャを飲んだ。

やはり渋い。

ささっと皿の焼き菓子を一つ摘み口に入れた。

ラルヴァなんてどうでも良いが、菓子のおかわりが欲しいと思いながら。

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