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ウァティカヌス 2

ヒュドラとは九つの蛇の首を持つ巨大な魔物である。

毒の息を吐き、その太い首を一つ切り落とせばそこから二つの首が生えてくると言う厄介な相手だ。

基本は九つの首である。

だが個体によっては、何十という首を持っている事すらある。


シェイドの話はこうだ。

ここ一年ほどヒュドラが出没するようになった。

出没する場所はウァティカヌスの裏手であり、参拝に来る信徒たちにはまだ被害が出ていない。

だがこのヒュドラは神出鬼没である。

大体現れる場所は同じだが、ある程度ダメージを受けると逃げてしまうのだ。

僧兵たちが追っても姿を見失ってしまう。


「消えちゃうの?」

「らしい。どこかで見たような話だな」

「裏手って言うけど、いつもどの辺に現れるの?」

「聖なる泉レルネーの畔だそうだ」

「ふぅーん。魔物が出没するなら、その泉、聖なる泉じゃないんじゃない?」

「まあ……それはあんまり大きい声で言うな。

そこへは聖職者しか行けないらしい。

だから被害がある程度食い止められてる。

とは言え討伐に向かった兵たちがかなりの数喰われてるらしいが」


このヒュドラも魔界から空間の歪みを通って現れているのだろうか。

ただ一つ気になる点がある。

ヒュドラは同じ場所に現れるが、消える場所は追われた先だ。

と、言う事は消える場所は同じ場所でない可能性が高い。

その時々で追い立てられる場所は違うであろう。

そう考えるとクィーンハルピュイアのときとは違う。

クィーンハルピュイアは同じ空間の歪みから現れて、そこから消えたのだから。

まさか空間の歪みがいくつもウァティカヌスの裏手にはあるのだろうか?


その疑問をシェイドに投げ掛けると、神妙な顔で頷かれた。

どうも彼もその可能性を考えていたようだ。


「とりあえず現場を見せてもらった方が手っ取り早いと思ってな。

頼んどいた。

ま、教団側もとっとと片付けたいみたいだしな。

万が一奴に遭遇してもいいように、精鋭部隊を案内役も兼ねてつけてくれるってさ」

「精鋭部隊……」

「あんまり多すぎると狭い森の中で乱戦になったら面倒だよなぁ」

「ヒュドラって首をちょん切ってもまた生えるって聞いたよ」

「そうそう。だからどうするかな。

この間みたいに上手く魔界に返品出来るなんて考えると危険だしな」


とりあえず、とシェイドは何やら紙を広げる。


「何?これ……」

「ウァティカヌス裏手の地図」


シェイドが地図を指差し、ここがウァティカヌス、ここがレルネーの泉、と教えてくれる。


「この辺りで巨大なヒュドラと戦闘できそうな地形となると限られるな」


ヒュドラの身体は大きい。

狭い場所で戦おうとすれば間合いもとれないし、最悪味方の攻撃が当たる。


「戦いやすい場所に追い立てて戦闘に臨むべきだな」


シェイドは地図を更に指差し続ける。

ヒュドラ自身樹々の間を縫って移動は難しいだろう。

木をなぎ倒せば巨体を移動させることが出来るかも知れないが、少なくともこの一年僧兵に追われている時そのような行動には出ていない。

いつもレルネーの泉の畔で戦闘となる。

そしてある程度僧兵達を喰らい自分も傷を追うと、逃走を始める。

その先はレルネーの泉から伸びる道の先だ。

道は四本ある。

ウァティカヌスへ続く道。

また別の方角へ下山できる、一般には公開していない山道。

残りの二つの道はそれぞれ崖っぷちに通じている。

いつもウァティカヌスへの道は死守するので、ヒュドラは残り三つの何処かへ逃げる。

その途中で見失うのだと言う。


「じゃあ決まりだね」

「そうだな」


レルネーの泉の畔では戦わない。

逃走途中に消えられたら厄介だ。

空間の歪みの問題かも分からぬのに、それを封じれば良いとは言えない。

いつも消えるところがまちまちだと言うのが尚更それを証明する。

それ以上逃走出来ないであろう場所かつ広さのある場所。

それは二つしかない。

レルネーの泉の先にある崖の手前だ。

ここは泉の畔よりも広いようである。


問題はどうやって延々と首を再生させるヒュドラを仕留めるかだろう。


二人は思わず唸る。


それぞれの首が襲いかかってくるのだ。

流星召喚や彗星召喚の魔法を唱える余裕があれば、それが一番だろう。

一瞬で完膚なきまで叩き潰し、塵も残らぬ程消滅させられれば、ヒュドラと言えど再生できない。

ただそのタイミングがあるかどうかだ。

そこに全てを賭けるのは、あまりにも危険である。

何しろ魔法にも射程距離がありヒュドラの攻撃があたらぬ距離ならば、こちらの魔法も届かない可能性が高いのだ。


「首が再生するって言うから、つい首に注目しちまうが……。

真に重要なのはその首が生えてる胴体だろうな」

「たぶん。皆はヒュドラの首が攻撃してくるから、自分たちも首を攻撃しちゃうんだろうけど……」


それこそヒュドラの思う壷なのだ。

奴は首が増えれば有利になるのだから。


二人はしばらく計画を練った。

最後にシェイドが流星召喚の魔法を発動させるにかかる大体の時間を聞いて立ち上がる。


「あー……最大の問題は俺の鋼鉄の剣が折れないか、だな」

「聖銀の武器借りればいいじゃない」

「聖職者はメイスしか使わないんだよ。

まあ鋼鉄の剣よりは威力あるから、タコ殴りにしてやるか……」


とりあえず作戦は決まった。

シェイドは武器を借りるため部屋から出て行く。

ヒュドラ討伐に出るのはもうすぐだ。

ヒュドラが現れるかどうかは、また別の話だが。




***

しばらくしてシェイドは一人の男を伴い戻ってきた。

年の頃は二十代半ばから後半だろうか。

たくましい身体つきは歴戦の戦士のようである。

髪をすべて剃り頭を丸めているが、男らしい美しさのある顔立ちであった。


「こちらは一緒に行くことになった第一部隊の隊長さん。

大司祭様でもある」

「ルクス・ネーファンだ。

今回は私を含め15人の精鋭達で援護する。

よろしく頼む」

「フィアです」

「勇者殿から話は聞いた。

幼き身にありながら優秀な魔法使いだと。

私も聖属性の魔法と治癒魔法を使えるが魔法での援護を期待している」


しゃべり方は堅苦しいが、その雰囲気は実に親しみが持て安心した。

シェイドから崖の手前に引き入れ仕留める話は伝わっている。

あとはヒュドラが現れるのを待つばかりだ。



早速、討伐部隊は出発した。

大神殿からレルネーの泉までは徒歩で半刻ほどである。

山の麓からウァティカヌスの正門に至る表の道ほどは整っていないが、歩くに支障はない。

フィアレインとシェイドの二人は並んで歩いていた。


「何か気配感じるか?」

「ううん。まだ、なにも」


魔の気配にはシェイドより敏感だ。

シェイドも一般の人間よりは敏感だが。

まだ何も感じない。

魔物の気配も、空間の歪みすら。

計画ではヒュドラを誘い出す役割をシェイドがやる。

その後ろから追い立てるのが、残りの者の役割だ。

それが無理ならシェイドの元へフィアレインの転移魔法で転移し、全員で崖まで誘導する。


「全員でヒュドラに追っかけられるのは避けたいよな。

全員で崖側を背中にして戦うのは危なすぎる」


ルクスの話だと崖の下には沢があり、落ちればゴツゴツした岩の沢辺へと激突する。


「ヒュドラがどれ位の知能があるか分からないし」

「そうだよな」


そんな事を話していたら、あっという間にレルネーの泉に到着した。

さすがに聖なる泉の名を与えられるだけあり、神秘的だ。

だがどこか禍々しい雰囲気もある。

先ほどまで聞こえていた鳥の囀りも全く聞こえない。

とは言え、空間の歪みらしきものは感じられないのだが。

それぞれ警戒し、位置につく。

万が一、背後から現れても対応出来るように気を配りながら。

必ずしもヒュドラが現れる保証はない。

だが、何故だろう。

フィアレインもシェイドもヒュドラは現れるだろうと思った。

この空気はクレーテ山と同じだ。

問題はヒュドラがどこから現れるかだ。


水音がした。

今まで全く感じなかった魔の気配が現れる。

シェイドが叫ぶより先に、それは動いた。


泉に背を向けていた僧兵の上半身が、泉の中から突如現れたヒュドラの首の一つに持っていかれる。

下半身は臓物を撒き散らしながらその場に倒れた。

哀れな僧兵の上半身を噛み砕きながらヒュドラが睨む。

その首は二十を超えていた。

全員が武器を構える。

だが誰もまだ動けない。

大切なのはヒュドラを目的地まで追い込むこと。

シェイドは崖に通じる道の入り口から、ヒュドラへ火炎魔法をぶつけた。

首ではなく、あえて胴体を狙って。

ヒュドラは怒り、全ての首でおぞましい雄叫びをあげた。

僧兵の何人かは竦んで動けなくなる。

フィアレインは念のため事前に全員へ補助魔法をかけていた。

身体能力をあげる魔法。

そしてヒュドラは毒の息を吐くため、麻痺や毒を防ぐ魔法も。

だがそれでは恐怖心までは防げない。

ヒュドラは泉から完全に姿を現した。

話に聞いてはいたが見上げるほどの大きさである。

前足と後ろ足、四本の足で巨体を支え、そして歩く。

突然、その巨体からは信じられない速度でシェイドに突進した。

シェイドは身を翻し崖に向って駆ける。

後ろからヒュドラが追ってくるのを確認するのは怠らずに。

そしてその攻撃をかわしつつ、魔法で攻撃をし、自分へ注意を引き付けるのも忘れない。


「よし!

第一段階成功だ!

勇者殿を追うぞ!」


ルクスの掛け声に従い、僧兵たちはシェイドとヒュドラの後を追う。

このまま崖の前まで行ければ、あとは倒すだけだ。

その前に、ヒュドラが反転してこちらに向ってくる事だけは避けたい。


全員でヒュドラを追う。

シェイドは程よい距離を保ってヒュドラに追われている。

魔法攻撃だけでない。

時にヒュドラに肉薄し、教団から借りたメイスで胴体に攻撃を加える。

後方の者に意識を向かせないよう、戦いながら崖へと向かう。


「それにしても流石は勇者殿。

見事な戦いぶりだ」


ルクスは後を追いつつ感嘆の声を漏らした。

フィアレインは先を見る。

間もなく開けた場所に出るようだ。

最悪の場合には、後方の全員を連れて転移魔法を使う可能性もあった。

だが幸いにもそんな事態にはならなかった。

まさにシェイドのお陰であろう。


崖の前でヒュドラとシェイドが対峙している。


戦いはこれからだ。


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