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親には親がいるわけで

 少し視線を上に転じれば、白っぽい花びらが重なるように咲いていた。雪か、と見間違えるばかりの花の名は、スーセイという。人が住めるような地域ならどこでも見られる、良く見知った花だった。



 (あー、もう冬も終わりだな)



 公園に設けられた遊歩道を歩きながら、俺はぼーっとそんなことを考えていた。スーセイの花は春の訪れを告げる花だ。確かに空気も緩まり、水に触れれば仄かに暖かさを感じられるようだ......と今更ながら思う。



「待って、シュレンー。はやすぎー」



「びゅーん」



「こらー、こけますよ、二人ともー」



 眼前では追いかけっこに興じるエリーゼとシュレンがいる。セラがたしなめても全く聞く気もなさそうだ。やれやれ、子供ってのはどうしてこう落ち着きが無いんだか。



「あんれ、あの子供らは勇者様んとこのお二人じゃあね」



「ほんまに可愛いのう」



 左手から聞こえてきた間延びした声、そちらを見るとニコニコと笑う老夫婦の姿が目に入った。歳の頃はよく分からないが、七十歳は超えているように見える。

 俺の方に会釈してきたので、曖昧な笑いと共に「どうも」とだけ返す。



 話しかけられるかな、という予想に反し、その上品な老夫婦はすぐに向こうへ行ってしまった。見知らぬ二人の子供がすぐに駆け寄ってきて、二人に纏わり付く。「じいちゃん」「ばあちゃん」とか聞こえてきたから、どうやら孫の面倒を見ていたのだろう。



 祖父母と孫の関係か。そういえばシュレンとエリーゼには--





「パパ! ぐるぐる棒やってー!」



「あたしもあれ好きー!」



 けたたましい双子の声に思考を中断された。ハイハイ、と今ひとつ気合いの入らない声で答えつつ、俺は二人の所へ歩く。出番らしいな。



 歩きながらさっきの老夫婦の方を見ると、孫二人の手を引いていた。微笑ましいもんだな、と思いつつシュレンとエリーゼを見る。この二人、実親がいない割には恵まれた生活をしていると思うんだけど。




 --じいちゃん、ばあちゃんていないんだよなあ。



 考えても仕方ないんだがな。




******




「おじいちゃん、おばあちゃんの思い出ですか?」



「おねーちゃーん、ウォルファート様がいきなり変なこと聞くよー」



「いつものことじゃないの、アニー」



 その日の夜、うちに来たラウリオ、アニー、アイラにちょっと聞いてみたらこれだ。「祖父母の記憶ってあるか?」と聞いたらこれだ。何でこれが変な質問なんだよ!



「......今日たまたま公園でな、孫連れた老夫婦を見てだな」



 まあいい。何で聞くかという背景を話すと、三人とも耳を傾けてくれた。セラは双子を寝かせに行っている。そのうち戻るだろう。

 茶を飲みながら、ラウリオがまず口を開く。



「うちのおじいちゃんもおばあちゃも、もう亡くなりましたからね。僕が十五歳の時です」



「今でもよく覚えてるかい?」



「ええ、優しかったですし」



 そう答えると、ラウリオはちょっと懐かしむような目をした。思い出を振り返る時、人はよくこんな目をするものだ。



「両親とはまた違うんですよね。親と違って、ちょっと距離が離れる分だけいいとこどりというか。上手く言えないんですけどね」



「やっぱりおじいちゃんやおばあちゃんてそうですよね。私も似たような感じかな」



 ラウリオの後をアイラが継いだ。アニーが「幾つだっけ、おじいちゃん亡くなったの?」と聞くと「私が八歳の時ね。だからあなたは六歳だったわ」と答える。



「私が生まれた時には、もう祖母は父方も母方もいなかったんですよ。唯一、父方の祖父だけが両親と同居していたんです」



「だよね。でもあたし、時々おじいちゃんに叱られていたような気がする」



「それは、あなたがお店の物をつまみ食いしたりするからでしょ。覚えてない?」



 うん、アニー。それはお前が悪いよ。お前のおじいちゃんは当たり前の躾をしただけだ。

 なるほど、やっぱりこうして聞いてみると分かるよ。それなりに祖父母の思い出というのは、皆持っているんだな。



「了解、ありがとう。ちょっと参考になった」



「ねー、ウォルファート様。今こういうこと聞くのって、シュレンちゃんとエリーゼちゃんと関係あるよね?」



「そうだな。いや、あいつら親はいないというのは今更だけど、祖父母もいないなあと思って」



 アニーの言う通り、昼間の光景からの思いつきだ。残念ながら、俺の祖父母は俺が生まれた時には亡くなっていた。だから俺自身には、おじいちゃんやおばあちゃんの思い出という物が無い。



「聞いてもどうしようもないことだが、あの二人におじいちゃんやおばあちゃんがいたら、また違っていたのかなーと思っちまってな。残念ながら、シューバーの親戚筋とは連絡とれずで分からないままなんだが」



 そう、もう今更だ。そもそもそれを知っていれば、俺も双子を抱えることはしなかったはずだ。

 今まで親の不在の影響を考えることはあっても、祖父母の不在の影響までは思い至らなかった。けど、これもそれなりに重要なんじゃなかろうか。



「それは、でも今考えても仕方ないような気はしますよ」



「アイラさんの言う通りですよ。勇者様一人で、実の親と祖父母と両方カバーするくらい存在感ありますから!」



「うん、ほら、あたしみたいにおじいちゃんに怒られるような子もいるしね? いなくたって何とかなるって」



 三人とも、一応俺が真剣に考えていることは分かったようだ。ちょっとアニーの言葉はどうかと思うが、気持ちは伝わる。

 俺自身、別に深刻に考えているわけではないので「いないならいないで何とかなるよな」と笑った。そう、今までも何とかなったし。



 そんな和やかな雰囲気に浸っている時、部屋の扉がギィと開いた。「失礼します」と小さな声で言いながら、セラが滑り込むように入室する。



「お疲れ様。二人とも寝たのか?」



「はい。もう五歳後半ですから寝かしつけも楽ですよ」



 そう答えながら、アイラ達に「祖父母のお話ですか?」と尋ねる。聞こえていたらしい。答えたのはアニーだ。



「うん、今日ウォルファート様が公園でね、孫を連れた老夫婦を見かけたんですって。それで」



「ああ、なるほど。そうかあ、おじいちゃんやおばあちゃんですか......」



 そう呟いたセラの右目がチラ、とこちらを向いた。何か聞きたい、そんな気配がある。



「何だよ?」



「いえ、ウォルファート様のお父様やお母様がいたら、双子ちゃんのおじいちゃんおばあちゃんに当たりますねと思ったんです」



 微笑と共にセラが放った一言に、俺は曖昧な表情しか出来なかった。それを敏感に察したのか、ラウリオが口を挟む。



「あの、もしかして既に亡くなられて......」



「あっ、えっ、すいません。私その可能性は考えていなくて」



「ちげーよ。絶対元気してるよ、うちの親は」



 狼狽するセラをなだめてやる。俺は今自分がどんな顔をしているか、容易に想像できる。苦虫噛み締めたような面ってやつだ。そうに違いないさ。

 案の定、アニーとアイラが食いついてきやがった。



「そういえばさあ、ウォルファート様のお父さんとお母さんの話って聞いたことないよねー。別にあたしもあえて聞かなかったけど」



「言われてみればそうね。勇者様のご両親といえば、国を挙げて讃えても良さそうなのに」



「う、うん。あれだ、そのなんだ。俺もちょっと親とは色々な」



 言葉を濁しつつ、俺は酒のボトルを手にした。すぐにセラが「お酌いたしますわ」と横からそれを奪い取る。よく出来た奴だ。

 俺が話題を変えたいことを察したのか、ラウリオ達は顔を見合わせている。この話題はここまで! という暗黙の了解がその場に出来た。



 そう思ってホッとしていたんだけどな。



「そう言われたら、あたし俄然勇者様のご両親に興味沸いちゃったな! 秘伝、息子を勇者にする方法! とか聞いてみたいし。ねえ、セラちゃん?」



「そうですねえー。私は単純にお礼を言いたいなあと。勇者様がいなかったら、絶対私、死んでいましたもの」



「いやいや、もうこの話題止めよう、止めよう。俺の親はいるけど田舎にいるし、絶対出てこねえし、会う機会ないからさ。もういいじゃん? なっ?」



 アニーの奴が振り出しに戻しやがった。俺が必死になればなるほど、場の空気はそっちに向かっていく。



「僕もちょっと興味ありますよね。何たってウォルファート様を育てた方とくれば、さぞご立派な方に違いないですし」



「ラウリオさんもやっぱりお会いしたいです? 実は私もなの」



 いいか、ラウリオ、アイラ。今すぐその考えは捨ててくれ。後生だから。

 そう思いつつ、俺は既に十五年は会っていない両親のことを考えた。懐かしくなくは......無いんだが、それ以上になあ。やっぱ顔を合わせづらいんだよな。



 あー、身勝手と言われるだろうけど。あんまり会いたくは無いなー。




******




 後から思えば、この日の会話は一種の虫の知らせだったのかもしれない。





 数日後、春の鮮やかな太陽も眩しいある日。普段は軍事府勤務につき太陽なんか拝むこともない俺だが、今日は違う。何故か王立幼稚園グランブルーメに出張講師として呼ばれているのだ。



「イヴォーク侯~、俺も忙しいんですけどー」



「いやいや、問題無いでしょう。ちゃーんとギュンター公の許可は取りましたからな」



 いやさあ、そうじゃなくてさあ、俺の仕事が滞るっつーの。しかし、そんな文句を言っても始まらない。講師といっても話す相手は園児じゃない。園児の親だ。



 俺がシュレンとエリーゼを引き受けてからどんな形で子育てしてきたかを話した上で、俺なりの子育て論を話して欲しいと頼まれたんだ。最初は拒否したが、上司のギュンター公から「是非行くべきだよ」と言われたら嫌とは言えないわな。宮仕えの辛さだ。



「ケビン、ほら、勇者様が来てくださったぞ! お前も勇者様のありがたい話を聞いて立派な大人に......う、ママが生きていたらどんなに喜んだか、ウウウ」



「パパ、泣かないでー。元気出してー」



 俺さ。事あるごとにケビンのパパとケビンのやり取り見てるんだけどさ。何年同じことを言っているんだろうか。心配になってくるわ。



 とはいうものの、特別講師としての講話(いんちきくさいはなし)は、予想よりすんなり終わった。双子を引き受けて最初は苦労したことも、今ではいい思い出だ。あ、ちなみに園児達は退屈だろうということで、最初の挨拶の後は庭に遊びに行った。あくまで講話の対象は大人なわけだ。ケビンのパパ、目論み外れてご苦労様です。



「と、ここまで色々言ってきたんですけど。俺自身、親が何かなんて良く分かってないんですよ。ただ一つ言えるのは、シュレンとエリーゼがいなかったら--」



 講話もいよいよ締めくくりという段階になった。一度言葉を切って、俺は皆を見渡す。窓から明るい春の陽射しが差し込み、部屋の空気は軽やかだ。



「--酒に入り浸って、今頃は肝の臓を痛めて、挙げ句の果てに変な女に性病移されてたと思うんですよね。正直。はい、つまり子育ては忙しい。忙しいから、変なことに手を出す暇もなくて体にいい! ということです、終わり!」



 うん、綺麗に締めくくった。我ながら完璧だと自画自賛したよ、俺は。あれ、でも何で皆、下向いて肩震わせているの。ねえ......何で笑ってんの?



「ウォルファート様ああああっ!!」



「はうっ!?」



 気がつけば、俺は目を吊り上げたセラに首根っこ捕まれていた。










「そんな怒ることねーじゃん。思ったことを言って何がわりいんだよ」



「だって、だって、恥ずかしいですうう! せせせ性病だなんて、幼稚園ですよ、あそこは!」



「いや、そういうことする場所は幼稚園とは一番縁遠いだろ。何言ってんだ、お前」



「あそこって幼稚園のことですよ! 話していた場所がって言いたかったんです!」



 いやあ、なんかセラがえらい剣幕だから俺ちょっと引いちゃった。いいじゃんなー、俺が時々お姉ちゃんのいる店行ってることは皆知ってんだしさあ。笑いの一つくらい取っても罰あたらねえだろうよ。



 ハイハイ、とセラをなだめながら何となく面倒くさくなって、俺は幼稚園の門の方を見た。講話は終わったし、ぼちぼち帰れねえかなと思ってたんだよ。



 けどさ。そこに立つ人影見た時に、俺は心臓止まりそうになった。どーにも冴えない茶色と黒の上着を着た二人組だ。ボッサボサの髪は二人とも薄い茶色で、どう見てもグランブルーメに縁のある貴族には見えない。片方はややがっしりした体格で、もう片方はちょっと細い。



 そう、場違いな二人なんだ。見た目から判断すればな。けどそれだけなら、俺はこんなに驚かなかったさ。



「あの? ウォルファート様?」



 セラが肩をぽんぽんと叩く間に、その二人組は幼稚園の門のところまで来た。衛兵に止められるが、その視線はまっすぐ俺を向いている。



 えっ、と喉から声が漏れた。そうさ、忘れるわけないよなあ。いくら十五年も会ってないにしたって--



「ウォルファート! おめ、なっがい間、村を放り出してなーにを遊んどんだか!?」



「いっつのまにか勇者だなんて呼ばれて! 調子のってんだべ、こら!」



 二人の声が庭に響く。これを俺への暴言と受け止めた衛兵が「やめんか! 勇者様へ何を言う!」と取り押さえかけたので、俺は慌てて声をあげた。



「おーい、いいんだ! いいんだよ! その二人さあ、俺の両親なんだよ!」





 なあ。おやじ、おふくろ。心臓に悪い再会は止めてくれよ?

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