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また来ようね

 疲れた。いや、何がって根掘り葉掘り聞いてくる双子に対応することがだよ。



 やれ、ほんとのパパとママの名前はから始まり、顔や体格、果ては癖やどんな食べ物が好きだったかとか。

 自分達に似ていたかとか、何をしていたのかとか。はっきり言って俺が答えられることなんか、ほんのちょっとしかない。それでもシューバーについては、数年来の付き合いがあったからまだ答えられる。



「問題はなあ、エイダの方なんだよなあ」



「お、お疲れ様です」



 ぐったりと机に臥した俺を、セラが慰めてくれた。シュレンとエリーゼはまだ聞き足りなさそうだったが、見かねたメイド二人が「森に虫取りに行きましょう!」と助け舟を出してくれた。そのおかげで一息つける。



 しかしなあ、考えてみれば、今まで自分の本当の親について聞かれなかったことが不思議だ。去年の誕生日直後だから、もう一年以上経過している。その間、二人からこのことについて聞かれたことは無かった。



「やっぱり気にしてるよな」



「普段はほとんど顔には出さないんですけど......」



 セラが申し訳なさそうな顔になる。いや、お前は悪くないだろ。



「幼稚園に迎えに行く時って、他のお母さんとかいるだろ。あいつら、羨ましそうに見てたりする?」



「いえ。去年あの件があってからは少し、そういう素振りもありましたが。もう最近は無いです」



 セラの言葉通りなら、一応受け入れてはいるのか。もっとも、感情的には複雑なものが残ってはいるだろうけれど。

 これがシュレンだけ、あるいはエリーゼだけだともっと孤独感は強かったかもしれない。双子だから分かち合えるということだろうか。



 ハア、とため息をついた俺に、セラが飲み物を差し出してくれた。



「前にグランブルーメ幼稚園で、孤児院を訪問したことがあったんですよ」



「ああ、なんかあったな。話半分にしか聞いて無かったけどさ」



 俺の返事に怒ることも無く、セラはゆっくりと話し始めた。午後も遅くなり、窓からゆるりと入る風に前髪が揺れる。



「ご存知だと思いますが、王都の貧民街の片隅に孤児院は建設されています。当然、そこで暮らす子供の生活は楽な物ではありません」



 話を聞きながら徐々に思い出してきた。親を亡くした、あるいは貧しさ故に親から手放された子供達の増加が問題になったのが二年ほど前だ。治安や衛生上の問題に加え、道徳的にもよろしくない為に貧民街の一角に孤児院が建てられた。



 そこの運営費用は、全額シュレイオーネ王国の国庫から出ている。とはいうものの当然余裕などもなく、毎年の予算配分では主だった貴族が渋い顔をしながら、孤児院運営費の予算をぎりぎりまで削っている有様だった。



 これは一概に責められない。国の運営には金がかかるし、より金をかけるならば、今は直接的な利益が期待できる政策に使いたいという事情があるのだ。

 職を斡旋するための公共事業創出、商売を円滑にする為の商業区域の整備、各種補助金などがそれにあたる。それに比較すると、孤児院運営はどうしても優先順位が落ちてしまう。そういうことだった。



「私も幼稚園の先生から聞いただけですが、シュレンちゃんもエリーゼちゃんも孤児院を見てかなりショックを受けていたようですよ。私、帰宅してから言われました」



「なんて?」



「あの子達、パパとママいなくて可哀相だねって。おうちがあって良かったって言ってました」



「......そんなこと言ってたのか」



 親がいないのは自分達だけではない、というのを目の当たりにしたのは双子にとって大きかったのだろう。それに家があって、寝る場所と食事があるということが当たり前と思っていたのが覆されたに違いない。



 別に感謝して欲しいわけじゃないが、ちょっとは心に染みたら俺も嬉しい。孤児院の子には可哀相だが、俺に出来ることは精々寄附を増やすくらいだ。全員を救える程、俺は万能じゃないしな。



「普段は口にしませんが、シュレンちゃんもエリーゼちゃんもウォルファート様のこと、すごく好きですよ。いつもパパ早く帰ってこないかなー、って言ってます」



「何て答えてやればいいんだろうな」



「--何にですか?」



「シューバーとエイダのことをさ。少しずつ、俺はあの二人のことを忘れていっててさ。あんまり話せることも持ち合わせてない。特にエイダについては0に等しい有様だ」



 仕方ないと思う半面、悲しかった。



「なんだ、上手く言えないが......生活上の父親とはまた別にさ、血の繋がりを確かめたいって気持ちにどう答えてやればいいのか。俺も分からないんだよな」



「それは......」



「何かいいアイデア無いかなあ」



 椅子にもたれ掛かって、天井を仰いだ。目を閉じると、今まで苦心してシュレンとエリーゼを育ててきた日々が浮かぶ。全く最初は何だと思ったが、今では二人がいて良かったと思う。



 そういえばリールの町は今も変わらないだろうか。あの小さな貸家でメイリーンとアイラの手を借りて、赤ん坊の双子を面倒見たんだったなあ......



 (ん? もしかしたら、これって)



 不意に一つのアイデアが浮かび、俺は目を開いた。向かいに座るセラが「どうかされましたか」と問う。



「墓参り」



 俺の唐突な言葉に、セラは目をぱちぱちさせる。



「あいつらが生まれた町に両親の墓があるんだよ。シュレンとエリーゼの乳母をしてくれた人もいるし、一回墓参りしに行くか」



「あ、なるほど。分かりました」



 セラが微笑んだ。しかし数秒後には、その顔が困ったようになる。



「えっと、リールの町って王都から遠いですよね?」



「あの時は馬車で五十日近くかかったね。近くは無いな」



「すぐには無理ですねー」



 セラの言う通りではある。だけど、俺には他にいい考えが思いつかない。まずは二人に聞いてみるのが先決だよな。




******




 戻ってきた双子に墓参りのアイデアを話す。そもそも墓参りとは何か、というところから話さなくてはならなかったが、シュレンもエリーゼも理解は出来たようだった。



「うーんと、ほんとのパパとママにごあいさつ出来るってこと?」



「僕達行ってもいいのー」



 単純に嬉しそうなエリーゼに比べると、シュレンは少し複雑な顔だ。遠慮気味なのかと思い、声をかけてやる。



「行っていいんだよ。だけど、リールの町は遠いから今すぐにって訳には行かない。来年くらいに行けたらいいな」



 来年と聞いて「えー」という不満の声も出たが、これはまあ仕方ないよな。俺だって、早々簡単に王都を離れられないし。



「いやあ、勇者様はいいお父さんですな。中々そこまで、子供の気持ちを考えてあげるのは出来ませんですじゃ」



「ほんにまあ。イヴォーク候爵から勇者様が来るって聞いた時は、"どんな気位が高い、強面の方が来るんじゃ"と思うてたけど。ええ人で良かった良かった」



 うん、何故か老夫婦からもお墨付きを貰えたようだ。いいお父さんねえ。どうなんだろう。でも義理の子供を可愛がらない家もあるっていうし、それよりは遥かにましだよなー。



「パーパー、川遊びしよーよー」



「あたし、川の水で冷やしたスイカたーべたい」



 休む間も無く、シュレンとエリーゼに手を引っ張られる。親しみを持たれる父親って大変なんだぜ。



「セラ、お前も来るだろ。っていうか、お前この休暇中、全然泳いでないよな」



 俺が声をかけると、セラはビクッと肩を震わせた。「え、私やっぱり、泳げないし......それに水着はちょっと」とへたれたことを言う。



「泳ぐ練習しないと泳げないだろう。それに水着って言っても、あれそんなに恥ずかしいか?」



 普通の服とそんなに露出度変わらないんだけどな。確かに身体にピタッとなるけど、半袖シャツと膝までのハーフパンツだし。わざわざ言わないけど、あれなら下着の方が余程恥ずかしいさ。



「だ、だって濡れたら身体に張り付くじゃないですかー。ウォルファート様に見せるようなものじゃないですよ」



「何を顔を赤くしてるんだ、お前は。ほら、四の五の言わずさっさと着替えて」



 渋るセラを急かしていると、メイド二人から「あらあら、ウォルファート様ってば。素直に水着姿が見たいって言えばいいのに」と茶化された。いや、別にそんなのどうでもいいんですけど......と思っていると。



「だってセラ様、着痩せする体質ですもんねー!」



「そうそう、実は脱いだら凄いみたいな!」



「何言ってるんですか、止めてください、恥ずかしいです!」



 うん。とりあえずメイド達の標的になるのは、俺だけじゃないことも分かったよ。シュレンに「脱いだら凄いってなーにー?」と聞かれた俺は遠い目で答える。



「お前が大人になったら分かるよ......」



「エリーゼも脱いだらすごいー」



「それは幼稚園で言うなよ!? 言うなよ絶対!」



 いや、こういうのはお約束として絶対言うよなー。子供ってそういうもんだし。

 


 やれやれ。川に遊びに行くという本来の目的を忘れ、なんだかんだガヤガヤと俺達が過ごす時間は傍から見たら馬鹿みたいかも知れないが。



 こんなふうに笑えるってのは、きっといいことなんだろうさ。




******




「「ありがとーございました」」



「こちらこそ、ありがとうございます。良かったらまた遊びに来て下さい」



 シュレンとエリーゼの礼の言葉に、ホッフーク村の村長が相好を崩して答えた。やはり子供の笑顔というのは有効だ。



 村を出発する最後の日、村人全員が見送る中、馬車に乗り込む。特に良く面倒を見てくれた老夫婦からは「ほんとに楽しかったですじゃ」と礼を言われてしまった。いい人達だったな。



 そのまま馬車は走り出す。カタコトと揺れる馬車の窓から、双子はしばらく村を見ていた。名残惜しいのだろうか。



「楽しかったね、シュレンちゃん、エリーゼちゃん」



 馬車の中でそう問うセラに、双子は満面の笑みを浮かべる。夏の陽光に黒髪を輝かせたシュレンが「また来たい!」と元気よく答えた。

 最近長くなった金髪をいじりながら、エリーゼは俺の膝に乗ろうとする。おっと、危ない危ない。



「ねー、パパー。また皆で遊びに行こうね!」



「そうだな、そんでそのうち、ほんとのパパとママに挨拶に行こうな」



「うん!」



 やっぱり子供は笑顔が一番だな。いい親って何なのか分からないけどさ、子供がこんな風に楽しそうにしてるならそれで十分なんじゃないか? 帰ったらイヴォーク候に聞いてみるか。



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