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夏季休暇一日目です

 セラや双子を見ていると時々思うことがある。



 俺はあいつらがいなかったら、どうしていたのかと。多分双子の養育を押し付けられていなければ、もっと自由だったとは思う。けれど、同じくらい自堕落だったろう。



 そして、セラとはそもそも会ってもいない可能性が高い。アイラやアニーとも会っていないだろう。



 自分の今の人間関係は、シュレンとエリーゼが理由となって作られたものなのかもしれない。

 双子を押し付けられた時は「やってられるか、ぼけー!」と思ったのも、いい思い出だ。



 人生は一度しかない。だから俺は、俺の周りにいる人との関わりにも何か意味があると思う。

 いいことも嫌なこともあるけれど、それら全部引っくるめて大切な人間関係であり。

 そこから生まれる人生なんだ。




******




 (子供二人と養育係の女の子連れての夏季休暇なんて、五年前は想像つかなかったよなあ)



 街道を行く馬車の中、俺は欠伸をしながら考える。仕立てた馬車は二台、その内後方の一台が俺とセラ、シュレンとエリーゼ用だ。前の一台にはメイド二人と使用人が一人いる。



 全七日間の夏季休暇の内、イヴォーク侯の別荘で過ごすのは六日間だ。移動に半日--正確には四時間程度--かかるため、完全に休日と呼べるのは中間の四日間になる。



「パパとお出かけー! たーのしーねー!」



「エリーゼねー、泳ぎたいんだー。じゃっぼーん」



 シュレンとエリーゼは元気だ。元気過ぎてウザいくらいに......馬車の中だから静かにしてほしいと思うが、途中から諦めた。元気一杯の五歳児を抑えるのは無理だ。しかし、たまに他の子供はどうしているんだろう、と思うこともある。



「なあ、セラ。シュレンやエリーゼって行儀悪い? こんなもん?」



「こら、エリーゼちゃん髪の毛引っ張らないの! あ、すみません、うーん、取り立てて悪いとは思わないですけど」



「う、うーん。そうかあ、いやな。たまに軍事府で他のご家庭の話を聞くんだけどさ。やるところは五歳くらいから、ちゃんとした行儀作法を学ばせるらしいぞ。うちもやった方がいいのかなあ」



 ワイワイキャーキャーと騒がしい馬車の中で、俺とセラは何とか会話していた。暑さ対策に銀色の髪を後ろでアップにしたセラはうなだれる。白いうなじがこちらに見えるくらい。



「......すいません、ウォルファート様。私がちゃんとした行儀作法を知っていれば、双子ちゃんに教えてあげられるのに」



「いやいや、そういう意味じゃないから。そりゃ仕方ねえよ。もともとそれを承知で、俺もあの時お前に来てもらったんだし」



 セラが落ち込む理由が分かり、俺は慌てた。元々難民上がりの割には、セラは言葉使いも綺麗で教養もある。けど、当然貴族ではないのできちんとした行儀作法や、貴族同士のしきたりなどは知らない。双子に教えるなど最初から無理は話だし、俺もそれは期待していない。



「う、すいません。最近幼稚園で他のお母さん達に話しかけられても、粗相をしないかとか失礼な振るまいをしていないかとか、凄く気になっちゃうんです。私が失敗したら、ウォルファート様のご迷惑になってしまうからそれが怖くて」



「そ、そうか。ううむ、何と言ったらいいかな......」



「でも大丈夫です! 私、頑張ります!」



「根性だけでどうにかならねーだろ!?」



 どう見ても空元気のセラに突っ込みを入れつつ、ちょっと俺は反省した。そう、もう子供を家で見てさえいればいい時期は終わったのだ。シュレンとエリーゼが成長するにつれ、セラが他の家と接触する機会も増える。



 俺はセラの能力を過信し過ぎたかもしれない。賢いとはいえ、彼女だって知らない物は知らないのだ。シュレンとエリーゼの教育より先に、セラに学んでもらい自信をつけてもらおう。



「セラー、おしっこー!」



「えー、シュレンちゃん、ちょっと待ってー!」



「おーい、馬車止めてくれー! え、エリーゼも!?」



「パパ、もーれーるー! 嘘でーす、イヒヒー」



 うん。ちょっと真剣に考えようと思ったけど、小さい子供が目の前にいると無理だな。やめやめ、二人が寝てから話せばいいや。




******




「公爵閣下。ホッフーク村に到着しました。村の外れに馬車を止めます」



 御者の声に俺は薄目を開けた。野外で昼飯を食べた後だ、セラと双子は眠っている。日よけをめくり、俺は窓の外を見た。



「ああ、あれか。いや、なんか可愛らしい村だな?」



「はっ、ホッフーク村は景観保持の為に、無作為に家を建てることが禁止されております。家の外壁も最小限にしているので、全体に開けた造りであります」



 幾分堅苦しい話し方の御者によると、そもそもイヴォーク侯がこの村の領主だったらしい。その統治していた時期に、なるべく綺麗な村作りを進めていたそうだ。



 まだ魔王軍が幅を利かせていた頃の話だ。反対が無いわけでも無かったが、"戦線から遠いホッフーク村まで攻め込まれたらどうせ終わり"という、ある意味無責任な意見が最終的には通ったのだという。



「そんなこんなでこのホッフーク村は、小さいながらも景観が保たれた隠れ家のような避暑地なのであります」



「ほお。そりゃ俺にはありがたいな」



「イヴォーク侯の先見の明でありましょう。貴族の方々にはさほど好まれませんが、小金持ちの平民の方々などは農家に宿泊(ステイ)したりもします」



 イヴォーク侯の置き土産というわけか。あくまで農業がこの村の主な産業だが、ぽちぽちと観光客がくれば副収入にもなるだろう。



 そんな風に御者と話している内に、ホッフーク村の外れに着いた。前の馬車から下りたメイドと使用人は、既に荷物を下ろし始めている。



「おーい、着いたぞ。起きろ、セラ、シュレン、エリーゼ」



「んんー、んあっ!? もう着いたのですかっ!」



 跳ね起きたセラの髪の一部が、ぴょんと跳ねている。アホ毛と呼ぶらしいと俺は最近知った。「ほれ、早くしろ。エリーゼ頼むわ。俺はシュレン抱っこするから」と声をかけ、傍らのシュレンを抱える。



 ありゃ、結構重くなったなあ。今何キロあったっけな。




******




 御者に案内されたイヴォーク侯の別荘は、村の外れの方にあった。丘陵地帯の一部に森が生い茂り、その中にぽつんと建っている。それでも、別荘から村が簡単に見通せるような場所なので、森の中に埋もれているわけでもない。



「じゃ、こちらで失礼するのであります」



「五日後にまた迎えに伺います」



 二人の御者はそう言って去っていった。改めて別荘を見る。二階建ての小洒落た家だ。茅葺き屋根に木製の壁など、自然風味たっぷりな辺りはさすが別荘と言ったところ。



 管理人として住む老夫婦に案内され、早速別荘に足を踏み入れた。

 一階に四部屋、二階にも同じく四部屋ある。二階の一部屋は老夫婦が使っているので、俺達四人と使用人達三人でさっさと部屋を決めた。



 いや、訂正する。俺には選択権など無かった。



「公爵閣下ご一家はこの部屋ですじゃ! 綺麗に掃除しておいたんで、存分にお使いくだせえ」



「あ、あのさ、じいさん。一部屋だけ? 他には?」



 意気揚々と告げる管理人のじいさんは、俺の問いに目を剥いた。信じられないと言わんばかりの勢いでまくしたてる。



「そりゃあご家族でご旅行とくりゃあ、親子水入らずで皆一つの部屋が当たり前ではないですか。イヴォーク侯からもそう伺っとりますがー」



「あんた、気がきかんねえ。ほりゃ、公爵閣下は奥様と二人のお部屋がいいと言っとんよ。避暑地で解放的な気分になったら、そりゃあ三人目のお子さんも--」



「ないないないです、何にもないです一部屋で結構ですありがとうございました」



 ふう、管理人のばあさんめ、恐ろしいことを言うぜ。セラに聞かれなかったのがせめてもの救いだな......






 と、ここまで考えて、俺はふと気になった。



 セラと二人きりでも、別に何も起こりゃしないのだから問題ないんじゃないかと。



 俺は相変わらず普通の女には食指が動かないし、セラも別に俺を意識はしないだろう。着替え覗かれたりしたら嫌だろうから、あいつと二人きりはやっぱり遠慮はするけれど。その程度なんだ。



 俺は荷解きしているセラを見た。出会った頃から三年近く経過して、最近は女らしくなってきたと思う。いつまでも俺が手元に置くのも、ちょっと可哀相なのかもしれない。あいつにも将来を誓う相手が出来る可能性があるんだから。



「ねえ、セラー。おうち探検しようよお」とシュレンに手を引っ張られ。



「お人形さん出してー、はーやーく」とエリーゼにせがまれて。



 それでも笑顔を絶やさないセラは、公平に見ても気立ても良いし、器量良しだ。



「ふう、やっぱり子供ってこういう知らないお家が大好きですよね。そう思いません、ウォルファート様?」



「ん? ああ、そうだな。王都の屋敷とは大分違うからなあ」



 こちらを向いたセラに曖昧な笑顔で答える。俺と双子の都合だけで、セラ・コートニーをこのまま家に縛りつけていいのだろうか。不意にそんな考えが浮かび、ひんやりと頬を撫でていった。




******




「涼しいねー!」



 簡素な服に着替えたシュレンが、小路を走る。森に巡らされた小路は、子供には格好の遊び場だ。その後に、同じような服を着たエリーゼが続く。



「待ってーシュレン。はやすぎー」



「あらあら、二人ともはしゃいじゃって。転ぶわよー」



 セラが二人を追いかけていく。動きやすいよう、男装のセラの足は軽快だ。とりあえず任せておくか、と俺はゆっくりついていく。



 俺の手には一本の釣竿、それに袋にいれた羽虫が何匹か。そう、魚釣りの道具だ。別に魚を釣らないと今日の飯が無いとか、そんなハードモードじゃないけどな。御遊びとはいえ、夕食に自分が釣った魚が出てきたらそれは心躍るもんだ。



 程なく河原に着いた。シュレンとエリーゼは、さらさらと流れる小川に早速歓声を上げている。「浅瀬で遊ばせろよ」とセラに声をかけて、俺は釣竿を準備した。



「釣りって難しそうですけど、大丈夫ですの?」



「昔はよく釣ったもんだ。とりあえず挑戦しないとな」



 セラに答えつつ、針に虫を通す。まだ生きている羽虫は、羽根をブブブと震わせた。ちょっと残酷だが、生き餌の方が魚が食いつきやすいんだ。



「パパー、何してんのー」



「何って魚釣りだけど。見るか?」



「うん!」



 俺の側に寄ってきたシュレンは興味津々だ。そういえば魚釣りとか、連れていったことないな。王都では公園があるし、家の中には玩具がいっぱいあるからな......俺の子供時代とは雲泥の差だよ。



「エリーゼはやらないのか。今なら教えてやるぞ?」



「虫さん怖い......」



 エリーゼが顔をしかめて、セラの後ろに隠れた。普段強気でも、こういうところは女の子だなあ。



「了解。セラとそっちで遊んでろ。じゃシュレン、よく見ておけよ。この虫をつけた針をこうやって」



 軽くしならせた釣竿がヒュイ、と唸った。その動きだけでシュレンが「かっこいー!」と随分楽しそうな顔になる。


 

 ちょっと面映いけど、子供がいい顔するのを見るのはこっちも嬉しいもんだな。そういえば、俺もガキの頃に親父と遊んでもらった時があったが、やっぱりそれなりに嬉しかった。こう、母親とは違う何かっていうのが父親にはあるからか?



 この休暇中はとことん付き合ってやろうか。田舎暮らしもたまには悪くないし、何よりひ弱な子供にはなって欲しくは無いからな。

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