避暑地ってありますか
闘技会が終わった後、俺は三日ほど休みをもらった。お疲れさまという慰労の意味と、この休みの間に気持ちを立て直してという意味があるようだ。
とにかく、休めるのはありがたい。ギュンター公に感謝しつつ、俺は一日目と二日目を堪能した。
(シュレンとエリーゼは日中幼稚園。セラは何も言わない限りは、放っといてくれる。とくれば)
何のことはない。単純に暇だった。だが、準決勝と決勝のニ試合は結構神経を使った。時には何もせず、体と心を整えることも必要なのだろう。
「やっぱりきつかったですか、ウォルファート様? ごゆっくり」
普段はうるさいメイド達も、今回ばかりは静かだ。アニーとアイラが一度顔を出したものの、煩くしては邪魔と思ったのだろう。すぐに帰っていった。
そろそろ夏も本格化するなあ、と三日目の朝を、のほほんと過ごしていた時のことだ。
「今年の夏季休暇、どうしようか?」
「そういえば......去年はどこへも行けませんでしたよね」
俺はセラと顔を見合わせた。
シュレイオーネ王国では職業に関係なく、夏の間にまとまった休暇を取ることが習わしになっている。
別に法律で定められているわけではないが、期間はまちまち。数日から一ヶ月近くまで、それは個人の都合による。
普通はこの夏季休暇を利用して、どこか旅行などに行くものだ。しかし、去年は俺が双子に「血のつながりがない」と告白した為、家の雰囲気が旅行どころでは無かった。
そのため、夏季休暇は四人して難しい顔で家に篭るという、何とも締まらない過ごし方だったんだ。
だからこそ、今年は絶対にどこかに行かねばならない! それなのにである。
しまった、という顔の俺にセラが尋ねてくる。
「そのお顔ですと、特に計画があるわけではないのですよね?」
「無いねえ。今から決めないと駄目だな」
「私詳しくないのですが、どこか当てはございますか」
セラの問いに、俺は無言で答えた。俺だって詳しくないんだ。もっとも適当に決めても、そこは公爵特権で宿の一つや二つは簡単に取れるだろうけど。
どこにしようか、どこにすべきかと考えた。
けど、無い知識を頭の中で検証しても何も出ては来ない。他人に聞くか、と方針を変える。
「今日はイヴォーク侯が休みのはずだから、聞きに行ってみるか」
俺のアイデアにセラは微笑で同意してくれた。ふう、助かった。二年連続でどこへも行けないなんて、考えたくもないしな。
******
「おお、ウォルファート様じゃないですか。どうぞどうぞ」
わざわざ出迎えてくれたイヴォーク侯は、相変わらず上機嫌だ。俺とセラの突然の来訪にも驚かず、すぐに客間に案内してくれる。 この人も闘技会運営で忙しかったので、その代休中なのだ。どうも暇していたようだが、それをわざわざ口に出すほど俺も馬鹿じゃない。
「お休みのところ、すみません」
「お邪魔致しますわ、イヴォーク侯爵」
「いや、お恥ずかしい話ですが、時間を持て余していましてね。どんな用件でも歓迎ですよ」
俺の気遣いを返せ。俺とセラの二人の挨拶に、開けっ広げにイヴォーク侯は答える。侯爵閣下が堂々と暇! と言い切るのもどうなんだろう。
もっとも平日の昼間など、他の人は働いているわけだから暇なのも仕方ないかもしれないが。
「あらあら、それでうちにご相談にいらっしゃったのね。そうよね、夏季休暇は大切ですもの」
一緒に話に加わった侯爵夫人が、大袈裟に頷く。俺は「そうなんですよね。去年が去年だったし」と話を合わせた。
この二人とギュンター公は去年の夏の事を知っている。だから話は早い。
「避暑地といっても、いろいろありますからな。王都から近いか遠いか、比較的高額か安価か、豪華か素朴かなどいくつか選ぶポイントがあります」
「そうよ。それにね、ウォルファート様。避暑地ってどこもそれなりに人が来るのよね。特に貴族が好む避暑地って、別荘が数箇所に固まって建てられていたりするのよ。そういう場所がいいのか、それとも数は少ないけど、あまり人がいない場所がいいのかというのもあるわよね」
「は、はあ」
イヴォーク侯と夫人の熱弁に、俺は曖昧に答えるばかりだ。避暑地一つ選ぶだけでも、選択の基準が色々あるんだな。とにかく、セラと検討してみることにする。
「なあ、セラ。お前、こういうところがいいとか希望あるか?」
「ウォルファート様と双子ちゃんが一緒なら、何処でも結構です」
「......うん、ありがとう。けどな、それだと何処にも決まらないんだけど」
駄目だ。セラの我を通さない性格が、こういう場面では裏目に出る。
(どうすっかなー、別に金には困ってないから値段は気にしないし、あ、けどあんまり遠いと、行くだけで疲れちまうしなあ。他の貴族に囲まれて、色々気を使うのも使われるのも何だかなあー)
せっかくの夏季休暇だ。存分に楽しみたい。
俺は賑やかなのは好きだが、シュレンとエリーゼが一緒の場合は別だ。あいつらが他人に迷惑かけないかどうか、気にしなければいけないので人は少ない方がいい。
それに下手に公爵位持ちなので、他の貴族方が挨拶に来る可能性も高い。尊敬されるのはいいことだとは思うが、ひたすら人に会うだけの休暇など願い下げだ。
そんな考えが顔に出ていたのだろう。夫人に笑われた。
「ほんと、ウォルファート様って考えが顔に出やすいのですね。休暇先で貴族同士のお付き合いなんて疲れる! そう書いてありますわ」
「!? い、いや、そんなことは......あります。すいません」
「正直ですな」
夫人に突っ込まれ慌てる俺を、イヴォーク侯が笑う。
普通にしていればそれなりに腹芸もこなすけど、本質的に苦手なんだよなあ。ほんとはさ、自分に味方してくれる貴族探したりとかするんだろうけど。
「でも正直なところが、ウォルファート様のいいところですわ。もう馬鹿がつくくらい正直で、水商売のお姉さんの店に寄ったら未だにバレバレですし」
「セラ、余計なこと言うなよ。確かにそうだけどさ」
ジト目でこちらを見てくるセラを牽制する。い、いいじゃん。たまにしか行かねえし、男には息抜きも必要なんだよ。
そんな風に脱線しまくっていたせいで、夏季休暇中の避暑地がまるで決まらない。あーでもない、こーでもないと小一時間ほど話した後に、俺が「あー、どっかいいとこないかなあー」とぼやいた時だった。
「そうだ! いい場所がありますよ、ウォルファート様! 閑静、近い、しかも無料、いいことずくめの場所があります!」
「え! いやあ、でもさー、イヴォーク侯がそういう時って裏がありそう」
「そんなことありませんよ。パルサード家が所有している、小さな別荘があるんですよ。最近行ってませんが、管理はしてます。あそこなら無料で使っていいですよ」
イヴォーク侯の思わぬ申し出に、俺とセラは顔を見合わせた。
「どう思う?」
「まずはお話を聞いてみては。せっかく、お話をいただいているのですし」
確かにそうだよな。
もういい加減考えることに疲れた俺は、半ば聞き流すようにしてイヴォーク侯の話を聞いていた。よっぽどでなければ、もうそこでいいや。
夫人からは「ちゃんとお聞きください、ウォルファート様」とたしなめられたけど、イヴォーク侯の別荘なら悪いところじゃないだろう。
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半分は流れで、後の半分はもう俺が面倒くさいからという理由で、今年の夏季休暇はイヴォーク侯の別荘へ行くことになった。
王都から東へ馬車でゆっくり行って半日、確かに遠くは無い。近郊と行って差し支えない丘陵地帯の端に、村があり、そこに別荘があるという。
「避暑地っつーか、要は村の中の一軒家じゃねーか」
「それ、イヴォーク侯もちゃんと言ってましたよ!?」
「別に悪いとは言ってねえよ」
呆れたような顔のセラをなだめながら、夏季休暇取得の段取りを考える。終夏の中頃でいいだろう。残暑がそろそろきつい季節だ、暑い王都を抜け出すにはちょうどいい。
「小川もあるみたいだし、水遊びできるよなー。あいつら、喜ぶぞ。セラ、お前も水遊びくらいするだろ?」
「え、わ、私、まともに泳いだことないです......そ、それに水着になるの、ちょっと恥ずかしいですよ」
何故か顔を赤らめるセラだが、今更な気がする。しょうがない、こういう時は俺がビシッと言ってやろう。
「えー、お前、俺と一緒に風呂入ったこともあるのにさー。今更水着がどうとか--ふべしっ!?」
いったー、何なんだよ。顔に鞄ぶつけられたぞ!? しかもセラの奴、プリプリ怒って、「ウォルファート様の意地悪!」なんて言ってやがるし。全く、今更だろうが。これだから女ってわからねえなあ。




