表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/160

避暑地ってありますか

 闘技会が終わった後、俺は三日ほど休みをもらった。お疲れさまという慰労の意味と、この休みの間に気持ちを立て直してという意味があるようだ。

 とにかく、休めるのはありがたい。ギュンター公に感謝しつつ、俺は一日目と二日目を堪能した。



 (シュレンとエリーゼは日中幼稚園。セラは何も言わない限りは、放っといてくれる。とくれば)



 何のことはない。単純に暇だった。だが、準決勝(セミファイナル)決勝(ファイナル)のニ試合は結構神経を使った。時には何もせず、体と心を整えることも必要なのだろう。



「やっぱりきつかったですか、ウォルファート様? ごゆっくり」



 普段はうるさいメイド達も、今回ばかりは静かだ。アニーとアイラが一度顔を出したものの、煩くしては邪魔と思ったのだろう。すぐに帰っていった。



 そろそろ夏も本格化するなあ、と三日目の朝を、のほほんと過ごしていた時のことだ。



「今年の夏季休暇、どうしようか?」



「そういえば......去年はどこへも行けませんでしたよね」



 俺はセラと顔を見合わせた。

 シュレイオーネ王国では職業に関係なく、夏の間にまとまった休暇を取ることが習わしになっている。

 別に法律で定められているわけではないが、期間はまちまち。数日から一ヶ月近くまで、それは個人の都合による。



 普通はこの夏季休暇を利用して、どこか旅行などに行くものだ。しかし、去年は俺が双子に「血のつながりがない」と告白した為、家の雰囲気が旅行どころでは無かった。

 そのため、夏季休暇は四人して難しい顔で家に篭るという、何とも締まらない過ごし方だったんだ。


 

 だからこそ、今年は絶対にどこかに行かねばならない! それなのにである。


 

 しまった、という顔の俺にセラが尋ねてくる。



「そのお顔ですと、特に計画があるわけではないのですよね?」



「無いねえ。今から決めないと駄目だな」



「私詳しくないのですが、どこか当てはございますか」



 セラの問いに、俺は無言で答えた。俺だって詳しくないんだ。もっとも適当に決めても、そこは公爵特権で宿の一つや二つは簡単に取れるだろうけど。



 どこにしようか、どこにすべきかと考えた。

 けど、無い知識を頭の中で検証しても何も出ては来ない。他人に聞くか、と方針を変える。



「今日はイヴォーク侯が休みのはずだから、聞きに行ってみるか」



 俺のアイデアにセラは微笑で同意してくれた。ふう、助かった。二年連続でどこへも行けないなんて、考えたくもないしな。




******




「おお、ウォルファート様じゃないですか。どうぞどうぞ」



 わざわざ出迎えてくれたイヴォーク侯は、相変わらず上機嫌だ。俺とセラの突然の来訪にも驚かず、すぐに客間に案内してくれる。 この人も闘技会運営で忙しかったので、その代休中なのだ。どうも暇していたようだが、それをわざわざ口に出すほど俺も馬鹿じゃない。



「お休みのところ、すみません」



「お邪魔致しますわ、イヴォーク侯爵」



「いや、お恥ずかしい話ですが、時間を持て余していましてね。どんな用件でも歓迎ですよ」



 俺の気遣いを返せ。俺とセラの二人の挨拶に、開けっ広げにイヴォーク侯は答える。侯爵閣下が堂々と暇! と言い切るのもどうなんだろう。

 もっとも平日の昼間など、他の人は働いているわけだから暇なのも仕方ないかもしれないが。



「あらあら、それでうちにご相談にいらっしゃったのね。そうよね、夏季休暇は大切ですもの」



 一緒に話に加わった侯爵夫人が、大袈裟に頷く。俺は「そうなんですよね。去年が去年だったし」と話を合わせた。

 この二人とギュンター公は去年の夏の事を知っている。だから話は早い。



「避暑地といっても、いろいろありますからな。王都から近いか遠いか、比較的高額か安価か、豪華か素朴かなどいくつか選ぶポイントがあります」



「そうよ。それにね、ウォルファート様。避暑地ってどこもそれなりに人が来るのよね。特に貴族が好む避暑地って、別荘が数箇所に固まって建てられていたりするのよ。そういう場所がいいのか、それとも数は少ないけど、あまり人がいない場所がいいのかというのもあるわよね」



「は、はあ」



 イヴォーク侯と夫人の熱弁に、俺は曖昧に答えるばかりだ。避暑地一つ選ぶだけでも、選択の基準が色々あるんだな。とにかく、セラと検討してみることにする。



「なあ、セラ。お前、こういうところがいいとか希望あるか?」



「ウォルファート様と双子ちゃんが一緒なら、何処でも結構です」



「......うん、ありがとう。けどな、それだと何処にも決まらないんだけど」



 駄目だ。セラの我を通さない性格が、こういう場面では裏目に出る。



 (どうすっかなー、別に金には困ってないから値段は気にしないし、あ、けどあんまり遠いと、行くだけで疲れちまうしなあ。他の貴族に囲まれて、色々気を使うのも使われるのも何だかなあー)



 せっかくの夏季休暇だ。存分に楽しみたい。

 俺は賑やかなのは好きだが、シュレンとエリーゼが一緒の場合は別だ。あいつらが他人に迷惑かけないかどうか、気にしなければいけないので人は少ない方がいい。



 それに下手に公爵位持ちなので、他の貴族方が挨拶に来る可能性も高い。尊敬されるのはいいことだとは思うが、ひたすら人に会うだけの休暇など願い下げだ。



 そんな考えが顔に出ていたのだろう。夫人に笑われた。



「ほんと、ウォルファート様って考えが顔に出やすいのですね。休暇先で貴族同士のお付き合いなんて疲れる! そう書いてありますわ」



「!? い、いや、そんなことは......あります。すいません」



「正直ですな」



 夫人に突っ込まれ慌てる俺を、イヴォーク侯が笑う。

 普通にしていればそれなりに腹芸もこなすけど、本質的に苦手なんだよなあ。ほんとはさ、自分に味方してくれる貴族探したりとかするんだろうけど。



「でも正直なところが、ウォルファート様のいいところですわ。もう馬鹿がつくくらい正直で、水商売のお姉さんの店に寄ったら未だにバレバレですし」



「セラ、余計なこと言うなよ。確かにそうだけどさ」



 ジト目でこちらを見てくるセラを牽制する。い、いいじゃん。たまにしか行かねえし、男には息抜きも必要なんだよ。



 そんな風に脱線しまくっていたせいで、夏季休暇中の避暑地がまるで決まらない。あーでもない、こーでもないと小一時間ほど話した後に、俺が「あー、どっかいいとこないかなあー」とぼやいた時だった。



「そうだ! いい場所がありますよ、ウォルファート様! 閑静、近い、しかも無料、いいことずくめの場所があります!」



「え! いやあ、でもさー、イヴォーク侯がそういう時って裏がありそう」



「そんなことありませんよ。パルサード(うち)が所有している、小さな別荘があるんですよ。最近行ってませんが、管理はしてます。あそこなら無料で使っていいですよ」



 イヴォーク侯の思わぬ申し出に、俺とセラは顔を見合わせた。



「どう思う?」



「まずはお話を聞いてみては。せっかく、お話をいただいているのですし」



 確かにそうだよな。

 もういい加減考えることに疲れた俺は、半ば聞き流すようにしてイヴォーク侯の話を聞いていた。よっぽどでなければ、もうそこでいいや。



 夫人からは「ちゃんとお聞きください、ウォルファート様」とたしなめられたけど、イヴォーク侯の別荘なら悪いところじゃないだろう。




******




 半分は流れで、後の半分はもう俺が面倒くさいからという理由で、今年の夏季休暇はイヴォーク侯の別荘へ行くことになった。

 王都から東へ馬車でゆっくり行って半日、確かに遠くは無い。近郊と行って差し支えない丘陵地帯の端に、村があり、そこに別荘があるという。



「避暑地っつーか、要は村の中の一軒家じゃねーか」



「それ、イヴォーク侯もちゃんと言ってましたよ!?」



「別に悪いとは言ってねえよ」



 呆れたような顔のセラをなだめながら、夏季休暇取得の段取りを考える。終夏の中頃でいいだろう。残暑がそろそろきつい季節だ、暑い王都を抜け出すにはちょうどいい。



「小川もあるみたいだし、水遊びできるよなー。あいつら、喜ぶぞ。セラ、お前も水遊びくらいするだろ?」



「え、わ、私、まともに泳いだことないです......そ、それに水着になるの、ちょっと恥ずかしいですよ」



 何故か顔を赤らめるセラだが、今更な気がする。しょうがない、こういう時は俺がビシッと言ってやろう。



「えー、お前、俺と一緒に風呂入ったこともあるのにさー。今更水着がどうとか--ふべしっ!?」



 いったー、何なんだよ。顔に鞄ぶつけられたぞ!? しかもセラの奴、プリプリ怒って、「ウォルファート様の意地悪!」なんて言ってやがるし。全く、今更だろうが。これだから女ってわからねえなあ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ