戦い済んで気が抜けて
「パパ、元気ないねー」
シュレンが俺を見上げた。子供なりに心配そうな顔だ。「そんなことない、大丈夫だ」と俺は無理矢理笑顔を作る。
「パパ、強いねー。ゆうしょうしたもん」
シュレンの隣を歩くエリーゼからそう言われ、「そうだな。剣折れちゃったけどなー」と俺はまた無理して強がる。ほんとは今は、余り子供の相手はしたくないんだ。何だか疲れちまってな。
「ほーら、シュレンちゃんもエリーゼちゃんも。今はウォルファート様はお疲れなんだから、後にしてね? 早く帰ってご飯にしましょうね」
「「はーい」」
セラがたしなめてくれたお陰で、少し静かになった。俺の後ろを歩いていたラウリオが「疲れましたねー」と声をかけてくる。「うん」とだけ振り返らずに答えた。
多分ラウリオも疲れているだろう。傍らにいるアイラが心配しているのが伝わってくる。
全ての試合が終わり、出場者全員にすぐさま回復薬が与えられた。疲労回復効果のある特別製にもかかわらず、体も心もしゃっきりしない。
理由は明白、これ以上無いほどに。単に試合で神経がささくれたから、というだけじゃない。
「あっ、馬車来たよ!」
「ふう、やっと帰れますね。僕は応援し過ぎで疲れましたよ」
「僕も応援しすぎで魔力を消耗......」
「何で勇者様やラウリオさんより、ロリスさんとエルグレイさんが疲れているんですか!?」
アニーが言う通り、二台の乗り合い馬車がやって来た。ロリスとエルグレイのぼけにアイラが突っ込む。俺達に付き添ってくれた護衛の兵士達が、思わず吹き出していた。
カラン、カランと車輪が石畳を鳴らし、馬車が俺達の前に止まった。それに乗り込み席に腰を落ち着けると、どっと疲れを感じる。
走り始めた馬車の窓から外を見る。夕日が差し込み、王都は華やかな赤に染まっていた。
恐らく多くの住民が、今日の試合を振り返りながら夜を過ごすのだろう。あの試合は凄かった、と闘技会の話を酒の肴にしながら、杯を交わす様子が目に浮かぶようだ。
「なあ、セラ」
「はい、何でしょう?」
「俺、一応優勝したんだよな」
気の抜けたような俺の言葉に、銀髪の娘は小首を傾げた。少し間を置いてから「ええ。辺境伯様とダブル優勝ですよ」と答える。
「だよな、一応最低限の目標は達成したか」
そう、成績だけ見れば悪くない。期待されていたぶっちぎりの優勝では無かったが、一応は勇者の称号に見合う戦績は挙げた。だからもうちょっと、晴れ晴れしてもいいはずなんだけどな。
(くっそ、ベリダムの奴があんな能力さえ持ってなきゃなー)
考えても仕方ない。それは分かっているんだけど、やっぱ気になるよなあ。あー、すっきりしねえな。
カタコトとあまり速度を上げずに走る馬車。その中で俺は双子を膝に乗せながら、どこかボーッとしていた。
******
「おやすみなさーい、パパー」
「エリーゼもねるー」
セラに連れられて双子が部屋に消えて行く。一日中、野外で試合を見ていたので子供の体力にはきつかったのだろう。夕ごはんもそこそこに寝てしまった。
「寝ちゃいましたね、双子ちゃん」
「その方がいいよ。正直俺も、今日は子供の相手してやる気持ちの余裕が無いわ」
「そうですね、僕もちょっとないかな」
エルグレイに俺とラウリオが疲れた声で答えた。軽い晩餐だけ共にした後、アニー、アイラは自分の家に既に帰った。邪魔しちゃ悪いと気を使ったらしい。
「......ところで、ロリスは何でそこで寝てるんだ」
そして俺の視線は部屋の片隅に移動する。うつらうつらしているロリスは、全く目覚める気配が無い。「帰るのがめんどくさくなったんでは」とラウリオが身も蓋も無い事を言う。まあいいか、放置だ。嫁入り前の娘がだらし無いとは思うが......
ロリスを除けば、今この部屋にいるのは俺、エルグレイ、ラウリオの三人だけだ。慰労会というには些か侘しいメンバーだが、そもそもそういう目的で集まったんじゃない。
話題は自然と今日の闘技会のこと、それもベリダムのことになった。
「やっぱりあの技、僕の骨喰だったんですか」
「ああ。技の発動寸前に奴がそう言っていた。完全に同じような軌道だったし」
渋い顔のラウリオに、試合を思い出しながら答えた。難しい技では無いが、それでもベリダムがラウリオの技を盗んだことには変わりない。それも一度も練習する機会も無く、だ。
「模倣眼力師ですか、あの辺境伯が。にわかには信じ難いですが、うーん」
「絶対そうさ、エルグレイ。有り得ない話でもないだろ? 奴が自分でそれっぽいことを言っていたしな」
「ああ、いえ。僕が信じ難いというのはそれ、つまりベリダム・ヨーク辺境伯が模倣眼力師であるかどうかでは無くてですね」
エルグレイが少し言葉を選ぶようにしながら話す。俺とラウリオは飲み物片手に聞いていた。
「彼が今になって模倣眼力師の力を使って、何をしたいのかってことですよ」
「え? それは当然、ウォルファート様の技を自分の物にする為じゃないんですか」
ラウリオが聞く。
「それはそうです、でも更に技を覚えても使う機会なんてありますか? 魔王軍は今から大体五年前か、その時にウォルファート解放軍が駆逐しましたよね。もう魔物が組織だって襲うことは無いはずです」
「ああ、そう言われてみれば。使う機会が無いだろうってことですか」
「うーん、そりゃさあ、お前の言うことも分かるけどさあ。自分が知らない技があって、かつそれが有用かもしれないと思ったらとりあえず覚えたくなるんじゃね? 使う使わないは別にして」
ラウリオに続いて、俺は意見を述べた。いや、確かにエルグレイの言いたいことも分かるんだよ。国王陛下にまで手回して、こんな闘技会開いてまでして新しい技を覚えたとしても。
それを使う機会がほとんど無いのは事実なんだ。ベリダムが始終前人未踏のダンジョンに挑み、強敵と戦う機会があるってなら話は分かる。けど、あいつは北方地域の領主様だ。そんな暇なんか無い。
たまに腕試しにクエストに出かけたとしても、リスクを考えて近場で済ますだろう。時間ももったいないし。
けど、根っからの武人ならとりあえず取り込めるもんは取り込んでおけ、と考えてもそんなに変じゃないとは思う。
俺がそう言っても、エルグレイは「ふーん、どうせ使わないのにですか? イマイチ解せないんですよね」と納得出来ていないようだ。
「じゃあ発想を変えて、使う機会があるだろうから新しい技を習得したくなった、という前提は?」
ラウリオは、多分何気なくそう言ったのだろう。しかし、一つの可能性に気がついて俺は顔をしかめた。
強力な技を使う機会......つまり、それ相応に強力な相手を想定してのこと。
ただでさえ強いベリダムが"強い"と考える相手。それがもしいるとしたら。
「俺狙いってことか?」
「あるいは、このシュレイオーネ王国全体?」
俺とラウリオは顔を見合わせ、次の瞬間、小さく笑った。どう考えても現実味が無い。個人の決闘レベルならともかく、俺もベリダムも国の重要人物だ。魔法が解禁され、かつ武器は何でもありのルールで戦うことなど許されない。
「それに辺境伯が謀反というのも、現実的ではないですよね。いくら北方に領土があるとはいえ、国全体で見たらね」
「国土の中の割合で言えばどれくらいです?」
エルグレイがラウリオに聞く。うーん、と考えてから「一割行くか行かないか?」とラウリオは答えた。
「確かに凄いですよ。彼より広大な領土を所有する領主はいない。けど、謀反となれば国全体への反逆だ。叩き潰されておしまいです」
「うーん、じゃあないか......考え過ぎですかね」
腕組みしながらエルグレイが唸る。水色の目を半ば閉じつつ、小さく舌打ちする彼に俺は「飛躍しすぎだと思うぞ。勇者の名を巡って、俺と真剣勝負したいというところまでは良しとしてもさ」と話しかけた。
そう、謀反とか簡単に言うが実際は現実的ではない。中央貴族が集まり政権を握るシュレイオーネだが、実はそれなりに軍備にも力を入れている。まだ散発的ながら魔物の脅威が残っていること、夜盗や山賊が馬鹿にならないことなどが理由だ。
ほんとは軍隊なんか解体して、その労働力と費用を他に回せれば一番いいんだろうな。けど、中々そうもいかない。現実は厳しいぜ。
「辺境伯に野心があるのは、有り得る話ですけどね。それが直接的な脅威にはならないんじゃないかなあ」
「そうそう、考え過ぎだって。北方地域ってでかい山脈やら川が入り組んだ地域あるじゃん。人が踏み込めないさ? あの辺を統合しようとしてんじゃねえの」
ラウリオに相槌を打ちながら、俺はエルグレイを見た。「そうですね。確かに国を相手どるのは無理でしょうね」とようやく彼も表情を緩める。
「ただ、俺に敵意は持っているみたいだけどな。いやあ、怖かったのなんの」
「え、そんなにでしたか? 辺境伯ってちょっと勇者様意識しすぎですよね」
「あの仮面着けたビューローとかいう人、確か辺境伯の部下だってウォルファート様は言ってましたね。技を盗むることも含めて、実力では自分達が上って知らしめたかったのかな」
ベリダムのことを思い出す俺に、ラウリオとエルグレイが意見してくれた。ようやく今頃になって少し気分が晴れてきた。
技を盗まれたのは残念だが、そんなもんくれてやるよ。精々俺の関係ないところで有意義に使ってくれ、ベリダム・ヨーク。
俺は酒瓶を棚から取り出した。普段は飲まない、ちょっと癖のある蒸留酒だ。淡い黄色のその酒を、俺も含めた全員のグラスに注ぐ。
「お。飲んじゃいますか、ウォルファート様?」
「打ち上げですか。戦ってないけど、僕も御相伴に預かってもいいんですか」
ラウリオとエルグレイはもう飲む気満々だな。よしよし、もう反省は終わりにしよう。
「たまには女の子抜きで一杯やろうぜ? 野郎だけの話ってのも悪くないだろ」
「そうですね! あ、聞いてくださいよ、最近アイラさんがですね!」
「い、いきなり惚気話かー」
ラウリオが身を乗り出したのと対照的に、エルグレイはちょっと後ずさる。「お前はそういう浮いた話無いのかよ?」と突くと、「あるような無いような......」とぼそっと答えやがった。
人のコイバナほど面白いネタってないよなあ。
「で、相手誰? どこまでイッたの? ねえ、昔からの仲じゃん、教えてくれよー」
「ちょっ、ウォルファート様!? 何かいろいろと卑猥な感じの聞き方ですよね!」
「ほんっとさあ、付き合い出したらさあ、女ってさあ~」
問い詰める俺に、エルグレイはたじろぎ視線を反らせた。その横で、早くもへべれけになったラウリオがクダを巻き始めている。酒癖酷いなこいつ。いいぞもっとやれ。
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ドンチャン騒ぎは深夜まで続き、そこで俺達はあえなく沈没しちまった。こんにちは、二日酔い。さようなら、まともな思考。いやあ、たがが外れたように飲んじまったな。
ま、いいか。何たって俺、優勝したし。祝勝会みたいなもんだし?
だからさあ、ロリス。一人寝ていたお前を忘れてたのは謝る。謝るからさ。頼むから怒るな。頭に響く。
「信じられないくらい酒臭いんですけど!? しかも僕をのけ者にして、くううう~~~」
「いいじゃん、別に。男には男だけで飲みたい夜もあるんだよ......ウッ、やべえ頭痛い」
「ちょっ、大丈夫なんですか! メイドさーん、メイドさーん!」
あ、やめろよ、ロリス。でかい声出すとシュレンとエリーゼが起きてくるだろ。俺、二日酔いのまま、あいつらの遊び相手するの無理だからな




