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最高レベルの試合ってやつだ

 決勝戦(ファイナル)は一時間後と主催者側から発表された直後から、俺はただ黙って待っている。準決勝(セミファイナル)までとは異なり、出場者が控えるテントの下じゃない。それとは別に闘技場に据えられた、簡易待合室のような場所だ。



 簡素な屋根と壁、それに土に直接座らずに済むように置かれたやや大きめの木の椅子。それらだけがこの部屋にある全てだ。扉もなく、俺の前面は開け放たれ闘技場が見える。



 さっきまでよりはいいな。日差しに加えて風もほぼ遮断されている。観客席からの雑音が緩やかに流れてくるが、それも煩いって程じゃあない。



 先程運ばれていったラウリオのことは、今は心配してはいない。即座に回復薬(ポーション)が投与され、さらに治療術士(ヒーラー)が回復呪文を唱えたからだ。今は安静にしている、とギュンター公が俺に教えてくれた。



「ウォルファート公。中立であるべき主催者なので、応援しているとは言えないが......良い決勝戦(ファイナル)を」



 ギュンター公の何とも回りくどい激励に「十分です」とだけ、俺は答えた。実際それ以上何が言えただろうか。言葉以上に、気持ちが。精神が走り出しそうな状態を俺はキープしていた。





 たかが一闘技会の決勝戦(ファイナル)でしかないとも言える。



 だが同時に、シュレイオーネ王国建国以来、初めての闘技会とも言える。



 ラウリオの敵討ちでもあり、ベリダムにとってはビューローの敵討ちでもある。



 勇者と陰の勇者、その二人がどちらが強いかを決める試合とも言える。





 暴れ出しそうな闘争心を、歯を噛んで押し止める。腹の底へゆっくりと押し止める。高ぶった証拠に心臓の鼓動が速くなった気がするな。いや、だがこれでいい。テンションはこんなもんだろう。無理に抑えなくてもいい。暴走さえしなければこのまま--試合開始の時間を迎えればいい。



 椅子に浅く腰掛けた俺は、視線を地面に落とした。試合開始までまだまだ余る時間は、自然に俺にこれから戦う相手のことを考えさせた。





*******




 俺がウォルファート解放軍を組織して、魔王軍と連戦していた時。ベリダムはヨーク家の家督を継いで、北方地域で魔王軍と戦っていたと聞く。それは自衛の為であり、俺みたいに民衆を救い出す為ではなかったようだ。



 とはいえ、結果として奴の活躍により、多くの人々が命を救われたことに変わりは無い。領土拡大の野心をあらわにしていたとはいえ、"陰の勇者"という呼び名は人々がベリダムに感謝している証拠だろう。



 俺も直接、奴と共同戦線を張ったことは無い。だが、別々に暴れることで、魔王軍の矛先を互いに逸らすという効果はあったんだろうな。そういう意味では表に出ない協力関係にあったとも言える。



 けれども、どうやら奴は俺を面白くは思っていないみたいだ。なまじ自分に自信があるだけに、しかもそれを支える功績も残しているだけに、ベリダムは今の自分の評価に満足出来ないんだろう。



 辺境伯と言っても、見ようによっては田舎の一地方領主に過ぎない。広大な領地を占めているだけでは、満たされない物もどこかにあるんだろうな。



 しかも、どれだけ活躍しても所詮、勇者の称号はこの俺、ウォルファート・オルレアンに与えられている。彼に与えられたのは"陰の勇者"という、名誉でありながらどこか薄暗い称号だった。

 それでは良しと出来なかったのか、ベリダム。





 態度は鼻につくし、はっきり言えばああいう尊大な奴は俺は嫌いだ。

 とはいうものの、それで奴の行動の全否定をするかというとそれは違う。

 違う気がする。



 戦って勝てるかというと、正直分からない。ワーズワース戦以来、久々の超本気モードで戦うべき相手には違いない。だからやる。憎くは無いが、思い切り本気でやる。



 試合だからな。殺し合いじゃないから、思い切りやるんだ。何となく分かるよ、ベリダム。お前、燻っているんだろ? 自分が一番強いという自負を見せたくて、見せつけたくてたまらないんだろ? 俺だけが日なたにいるのが、羨ましくてたまらないんだろう?





 だからさ。俺も全力でやるよ。勇者の称号なんかどうでもいいんだけど、お前がこだわるならさ。手加減無しで奪いに来いよ? 俺が全力で相手してやるからさ。




******




 木を粗く渡しただけの天井から陽光が漏れてくる。真っ暗というのもたまらないから、これくらいが丁度いい。部屋の片隅に置かれた冷たい水をすくい、パシャリと顔にかける。



 生き返ったようだ。さっきまで感じていた熱気が少しましになる。同時に高ぶる戦意も、ゾワリと肌の裏側に収まったようだ。血管が太くなったような錯覚もどこかへ消える。



 (ふう......待つのも楽じゃねえな)



 苦笑しながら再び椅子に座る。準決勝の試合で後になった方が体力的に不利にならないよう必要な配慮だが、いざ待たされるとなると色んな事を考えてしまうな。ベリダム、お前もそうだろうよ。



 戦う事を前にして、神経が張り詰めてゆく感覚はけして不快じゃあない。だが、この感覚を飼い慣らすのは結構難しいんだ。



 外を見る。日はまだ高い。この暑さの中で観客達もよく見る気になるな。シュレンとエリーゼが日に当たって倒れないか、ちょっと心配だが。セラや他の奴らが見てくれるから大丈夫か。



 その時、入り口の辺りに二人の兵士が見えた。遠慮がちに「そろそろ試合ですので、準備をお願い致します」と声をかけてきた。「ああ、分かった」とだけ答え、立ち上がる。



 装備はロングソードと盾でいい。鎧も着けておくか。準決勝(セミファイナル)とは違い、二刀流は選択しなかった。ベリダム相手に防御は軽視出来ない。









「流石に決勝ともなると、熱気が凄いな」




「はい。それも勇者様と辺境伯という試合ですから」



 兵士と軽口を叩きながら、闘技場中央まで案内された。恐ろしいまでの歓声と視線が俺に集中する。良かった、帰れとか罵声が飛んでこなくて。



 円形の闘技場を挟んだ反対側からは、ベリダムが進み出てくる。視線を外し周囲を見ると、観客席の中にセラやシュレン、エリーゼ達を見つけた。他の観客達の声に紛れて聞こえないが、多分「頑張れー」とでも言ってくれているのだろう。



 その視線を追ったらしい、兵士が「あちらにいらっしゃるのが、勇者様のご家族ですか?」と聞いてきた。



「ああ。俺と似てないだろ、あの双子。よく言われるんだ」



「似てはいませんが、あんなに熱心に応援されているのを見ていると、ちょっと微笑ましいです。さ、あちらです」



 兵士がキビキビと動く。俺はセラ達に軽く手を振ってから、その案内に従った。ともすれば、試合前から猛りそうだった心が少し落ち着いている。



 (家族、か。傍から見たらそう見えるか)



 顔が似ていなくても、血が繋がっていなくても。正式な婚姻関係にはなくても、どころか手すら繋いだことがなくても。



 昔の俺なら、例え試合とはいえ戦いの直前にこんなことを考えることは無かったな。だが今は試合へ向けた闘志の高ぶりと、それとは関係ない事が俺の中で共存している。奇妙な感じだが、不思議と悪くない。



「両者、向き合ってください」



「--待ちわびたよ、ウォルファート公」



「そうか。精々フェアにやろうぜ、辺境伯」



 審判の声の後、ベリダムと俺は短く言葉を交わした。互いが互いを意識しているのが分かる。ピリピリした空気が張り詰め始め、それと同時に闘技場全体のザワザワした感じが静まり始めた。



 世界がゆっくりと水に沈み、全ての音を包みこんでいくような......そんな錯覚を覚える。







 抜かれる二本の剣。



 挨拶として、軽くそれは交差され。



 また離れる。



 俺とベリダムの距離も一旦遠くなった。ぎりぎりまで鋭敏になった感覚が、戦いに必要な情報だけを拾い集めていくのが分かる。



 一拍の間を置いて「お待たせ致しました! それではこれより、シュレイオーネ王国第一回闘技会、決勝戦(ファイナル)を開始します!」と審判が叫び、開戦の鐘の音が高らかに鳴り響いた。




******




 さて、もうここから出るには勝つか負けるかするしかない訳だ。どうせなら勝って堂々と出て行きたいよな。



 そんなことを頭の片隅で考えながら、俺とベリダムは睨み合いだ。装備は完全に同じと言っていい。手にはロングソードに盾。体には鎧。違いと言えば、俺の盾が盾に長い長方形(スクエア)なのに対して、ベリダムのそれは菱形--一般的にカイトシールドと呼ばれる盾であるくらいか。



 本来なら、俺は魔力付与(エンチャント)で強化された装備を使うし、それは恐らくベリダムも同じだろう。ちょっとだけ"お互い自分の武装を使う許可を貰うか"という考えが頭の片隅をよぎったが、それはすぐに消えた。



 (殺し合いまでしたいわけじゃねえよ)



 俺やベリダムが本気の武装をして戦えば、それはもう暴風同士がぶつかるようなもんだ。どちらかが死ぬ可能性はかなり高い。少なくとも、俺はそこまではしたくない。ベリダムはどうか知らないがな。



 こんな思考がパパパパッと脳の片隅を過ぎる一方で、眼は戦う相手の動きを拾うことに集中している。まさにベリダムの一挙一動をセンチ単位で、いや、出来るならばミリ単位で捕捉していく。その視覚から拾い上げた情報を吸収し、幾多の戦場をくぐり抜けた俺の体は最適解へと動く。



 素人なら、恐怖に駆られて目茶苦茶に切りかかるか、あるいはひたすら守りに入る。



 そこそこの経験を積んだ戦士(ファイター)なら、自分の得意な展開へ引きずりこめるように考えて動くだろう。



 しかし俺やベリダムのように極限まで鍛え上げ、読み合いに長けるようになるとどうなるか。






 先に動いたのはベリダムだった。左足からか、だがその前の挙動--正確には視線の動きでそれは読めていたぞ。



 奴の左に敢えて踏み込む。距離が縮まる、ベリダムの気配がその分だけ近づく。今の俺の動きくらい、読めているよな。だからこれもあっさりと迎撃されるわけだ。



「おらよ!」



「ふっ!」



 俺とベリダムの気合いの声がほとばしり、互いのロングソードが舞う。お互い牽制の一撃だ、空中で火花を散らした二剣はそのまま離れた。この僅かな時間の間にも次の動きは何かと、俺はベリダムの動きから目を逸らさない。



 ベリダムも、多分俺と同じ作業をしているはずだ。相手の視線、微かな動き、呼吸音、果ては僅かな闘気の流れ......それらに加え、地面の様子や風の動きまでも総合的に捉えられるのがレベル60や70といった人外レベルの戦士(ファイター)だ。



 ましてや、この試合では魔法の使用は禁止されている。尚更相手の動きの把握に神経が割かれるのは、もはや必然だ。



 キュ、と砂が鳴る。先に仕掛けたのはまたもベリダムだ。やはりレベルで考えたら俺より下であることが念頭にあるのか。先手先手で主導権を握りたいらしい。



 そうだな、今度は右からだ。俺から見たら左側、盾のある方だから攻めても効果は薄いけれど。逆に言えば、攻められるリスクも低いからな。



 (読めてるんだよ、右手、そこから斜め上に切り上げる--)



 予想通り。速いし、強い。けれど先に読めていれば、受けるのは難しくは無い。



 俺の盾をベリダムの剣が叩く。ここで俺が前に出ようとする、とお前は考えるだろう。そこを狙ってカウンターか?



「っ!?」



 裏取るか! 敢えて一歩のバックステップ、そこから踏み込んでの逆横薙ぎだと--



 (--なんてな。お見通しだ)



 俺の目は節穴じゃない。バックステップの直前に、ベリダムが僅かに体重を後ろにかけていたのを見抜いていた。逆横薙ぎも体重移動だけで十分見抜ける。



 回避してもいいが、せっかくだ。後の先取らせてもらうつもりで、ベリダムの右へワンステップ。そしてそこからの打ち下ろしで右腕を狙う。



 いや、今度はベリダムが読んでいたか。俺がベリダムの右を取ろうとした時には、攻撃の為の剣を防御に回していた。

 俺が振り下ろした剣は呆気なくベリダムの剣に防がれる。重い衝撃が手に伝わってきた。並の握力だったら、これだけで手から剣が離れそうだ。



「やるなあ、ベリダム。ここまで完全に俺と互角か」



「それはこちらの台詞だ、ウォルファート。勇者の称号、伊達ではないな」



 剣を合わせながら、短い言葉を交わす。動きの読み合い、そしてそれを上回るべく攻撃と防御を重ねていく。

 剣と剣がぶつかり合う音、剣と盾がぶつかり合う音、盾と盾すら時にはぶつかり合う。



 何手先まで読めるのか。いや、読めたとしてもそれを封じるだけ動けるのか。体力は有限な以上、どこかで限界は来る。ハイスピードの攻防はジワジワとその速度を上げていく。目だけじゃ足りない。闘気まで動員して相手の動きを察知しないと、途端に後手に回りかねない。



 空が切り裂かれるイメージのほんの一呼吸後に、実際にベリダムの剣がついて来る。それを盾でかわして、押しのけた。



 いや、この防御もお前の想定内か。受けられた後に、しぶとく俺の左を取ろうとしてくるな。俺の右手に収まるロングソードの攻撃範囲から、安全圏を少しでも取って優勢に立ちたいのだろうな。



 だが、そうはさせない。楽にさせはしない。目も体もベリダムの動きにまだまだついていける。この戦いに短期決戦は無い。ならばせめて、存分に楽しむまでだ!



 鋭い呼吸音を唇から漏らし、俺は今日最速の斬撃をベリダムの盾に打ち込んだ。

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