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ベスト8

 昨日、つまり二回戦までは俺も鎧は着けていなかった。軽量化の魔力付与(エンチャント)もかかっていない鎧など、邪魔になるだけと思ったからだ。俺に当てられる相手もいないだろうと思っていたしな。



 だが今日はそれでも敢えて装備している。そろそろ相手の攻撃力が馬鹿にならないだろう、と踏んだからな。魔法で強化されていない単なる鉄の防具でも、あるのと無いのでは全然違う。特に今回のように刃が潰された武器くらいなら、十分止めてくれるだろう。



「よろしくお願いします、ウォルファート様」



 対峙する相手--ライラードがそう言いながら構えた。奴の獲物は槍だ。濃い茶色の髪を短く揃えたその容貌は平凡だが、中々どうして。構えだけ見ても上級者だとすぐ分かる。



「こちらこそだな。ま、互いに気張って行こうぜ」



 俺も相手に合わせて構えを取る。昨日と同じロングソードを右手に、大きな長方形の形をしたタワーシールドは左手だ。品質の差はあるが普段のスタイルと同等、それだけ慣れている。二刀流でも良かったが、結局はバランスを重視した結果だ。



 シン......と闘技場の空気が静まった、と感じたのは一瞬。俺とライラードが戦う前の挨拶として軽く互いの武器を合わせた瞬間、審判の「三回戦第二試合、始めっ!」という声がその静寂を引き裂いた。



 槍か。思い出すね、どうしたってあいつの事をさ。もっとも、あいつと比べたらどんな槍使いだって見劣りしちまうけどな。



 ライラードが前に出た。鋭い先制攻撃を俺に繰り出してくる。まずは様子見ってことか。その攻撃を丁寧に俺は盾で受ける。重いな、中々やるじゃないか。流石にベスト8となると格が違うか?



 数発受け流して、こちらが軽く剣を振るう。序盤だ、互いにまだ本気じゃないが、直ぐにそれは終わりを告げた。



「行きます......!」



 ライラードが唸る。鋭い突きだ、その突き終わりを狙って俺は踏み込みかけたが、素早く身を捻った。相手の槍が突き終わりから更に一段伸びたからだ。面白い技を使うなあ?



「パパ、あぶなーいー!」



「こわいよー!」



 観客の喧騒に紛れて、シュレンとエリーゼの声が聞こえてきたような気がする。おいおい、心配すんなよ。全然大丈夫だって。



 突きだけじゃない、払いも来る。上、下と打ち分けた後はまた突きか。やる、堂々としたもんだ。しかし、その全ての攻撃を盾で受ける、流す、あるいはそれすらせずに俺はかわす。かわせる。



 ああ、そうだな。俺は高揚しているのか。このくらいのレベルの相手なら俺もそろそろ本気を出せる、それが分かるからだ。何発目か、もう数えるのも面倒くさくなってきた槍撃を剣で受け止めた。鋼同士が軋む音が止まない内に、またライラードの槍が迫る。



 いいのか? そう何度も同じ攻撃を見せてもな。



「二段突きか、いいもの見せてもらったぜ。しかし攻められ続けるのは--」



 連撃を仕掛けた相手が二呼吸ほど置いた隙に、俺は前に出る。槍の攻撃が止んだ訳じゃない。だがそれまでの勢いが攻め疲れのせいか、少し止まったんだ。ちょっと仕掛けてやるよ。



「--趣味じゃないんでな!」



「ぬうっ!?」



 槍の穂先が慌てて俺に襲いかかる、だがそれを盾で捌いた俺は既に自分の間合いに入っていた。一瞬で判断を切り替えてライラードが槍を短く持ち直したのは中々だが、しかし強引に剣を叩きつける。



 一撃。まずライラードの防御が崩れかける。更に一撃。奴の膝が落ちそうになる。俺は完全にパワーでまくっていた。お上品な剣術よりも時には単純な力押しの方が効果があるもんだ。



 ガキン、ガキンと剣を振り下ろす度に相手の体勢が崩れていった。まるで海の波に晒された砂の山のように。



「く、ぐあ、あああっ!」



 何発目かの斬撃を堪え切れず、鎧で受けたライラードが槍を旋回させた。その暴風のような一撃を俺は跳躍して回避する。うん、体が軽い。調子はいいようだな。



「どうした、ライラード。息が上がってるぜ」



 俺の声に答える様子も見せない、か。槍をそれまでの両手で突きを出す構えから、体を横向きにして頭上に持ち上げるような構えに変えやがった。穂先が体の前の方、やや下がり気味になっている。幾分膝をたわめたライラードの姿勢から、これがこいつの本気と俺は判断した。



 サラ......サラ......



 俺とライラードの間には闘技場の地面しかない。その地面にまばらに散らばった砂が微かに動く。風じゃない、二人の放つ闘気でだ。

 ある程度練達した武人がその呼吸を源に生み出す圧力、それが闘気だ。魔力を消費して使う攻撃呪文ほどの破壊力もバリエーションも普通は期待出来ない。だが、それも達人クラスともなると馬鹿に出来ない程の攻撃技を生む原動力になる。



 パチン、パチンと今度は砂ではなく、小石が弾けた。

 俺が全身から放つ白銀の闘気、それに対してライラードが放つ赤い闘気がハッキリと物理的な圧力を持ってぶつかりあっている証拠だ。



「闘気技で勝負ってのも乙なもんだな」



「は、はは、よく言いますよ。俺はこうして張り合っているだけで一杯一杯なのにね」



 俺が踏み込むと、それに押されたようにライラードが一歩後退した。奴が言うように、俺が完全に闘気の質も量も上回っている。奴が言うように、逃げずに戦意を維持しているだけでもギリギリなんだろう。

 しかし、くじけないってことはまだ一撃くらいは俺に叩きこむ覚悟はあるんだろう?



 俺の推測は正しかったらしい。ライラードが前傾姿勢を取る。俺が放つ闘気の圧力に吹き飛ばされないよう、ありったけの体力と気力を振り絞っているのが分かる。そうか、じゃあこちらもそれに応えるとするか。



「おおああああっ! 突貫剛槍(ピアッシングランス)!」



 潔いな、ライラード。全闘気を一撃に込めた捨て身の攻撃か。真っ赤な闘気を帯びた槍の穂先を見れば、こいつが刃を潰したナマクラなんて誰も信じやしないだろうよ。



 これを回避など不粋。



 これを捌くなど無情。

 


 そう、ライラードの捨て身の一撃が発動してからこれだけの事を俺は考えていた。実際は思考より前に体が反応していた。



 鋭敏になった神経が体を動かす。逆袈裟に引いた構えから放つ剣撃は、奇しくも相手と同じくやや上からの打ち落とし。俺の放つ白銀の闘気を乗せた一閃は、真正面からライラードの赤い槍を受け止める。



鋼砕刃(ブレイク)!」



 自然と声がほとばしった。




******




 ドンッ! と鈍い音を立てて相手が転がった。気がついた時には、それしか見えていなかった。砂塵が舞い、ぶっ飛ばされたライラードの体に砂埃がかかる。



 軽い衝撃が手元に残っている。ふう、闘気技を闘気技で返すなんて何年ぶりだ? 普段使っているバスタードソード+5ならもっと闘気を上乗せ出来ただろうが、ただの剣ならこんなもんか。



 ライラードの槍が真っ二つに折れている。無残に転がったそれはもはやただの鉄の棒。「わりいな」と俺は密かに地に転がる槍に呟いて、くるりと身体を翻した。



「ライラード・デルク、失神によるダウン! 勝者、ウォルファート・オルレアン公爵!」



 審判の声が闘技場に広がると、観客からの歓声がそれに続いた。直ぐに主催者側の兵士達が、ダウンしたライラードを運んでいく。ただの気絶だ。血一滴すら零れていない。打撲だけだからそのうち気がつくだろう。







 パチパチパチ



 場違いな拍手の音に顔を上げると、金色の目とかちあった。



「何か用かい、辺境伯さん」



「お見事ですね、ウォルファート様。闘気技をあそこまで精密に威力を制御出来るとは......中々お目にかかれない」



「勝ったことじゃなく、拍手の対象はそっちかよ」



 軽く毒を吐く。何故だか分からないが、こいつは気に入らない。一々頭に来るんだよな。



「勝つのは当たり前でしょう。もし、このトーナメントで貴方を止めるとしたら私か--」



 言葉を切ったベリダムが視線を横にやった。その先に黙然と佇む白仮面の男--ビューローはこちらを気にしてもいない。白い長衣も相まって、彫像のような雰囲気がある。



「--あのビューローくらいでしょうからね」



「へえ。予選から気になってたけどさ、随分あんたとあの白い奴、親しそうだな。どんな関係か教えてくれないか」



「隠す必要もないですね。私が彼の主人、それだけのことです。貴方とラウリオ君のそれと似たようなものだ」



 分かってみれば何だ、というような答えだ。ベリダムに名前を挙げられたそのラウリオは、今まさに闘技場へと歩き出している。ベスト8第三試合は奴の出番、そして最後の第四試合にベリダムの出番だ。



「俺は別にラウリオの主人じゃねえよ。剣は教えてやったけどな」



 あいつの名誉の為にそれは言ってやらなきゃな。イヴォーク侯にも悪いし。それに付け加えてもう一言。



「あと言っておくぜ。もしあんたが俺しか眼中に無いってなら認識改めな。ほら?」



 俺は顎をしゃくってベリダムを促した。ちょうど闘技場の中央でラウリオと対戦相手が向かい合っている。まだ試合は始まっていないが、見る人が見れば分かるだろう。雰囲気や身のこなしから判断すれば、ラウリオ・フェルトナーが卓越した戦士だということが。



「なるほど......少しはやりそうだね」



 髪をいじりながらベリダムは視線をラウリオに集中させていた。まるで抜け目ない狼が狩りの獲物を観察するかのように。




******




 ベスト8第三試合。勝者、ラウリオ・フェルトナー。



 同じくベスト8第四試合。勝者、ベリダム・ヨーク辺境伯。



 波乱を期待した観客には物足りないだろうが、順当に全てのベスト8の試合が終わった。「勝つべき人が残ったね」というギュンター公の言葉が、主催者側の率直な意見だろう。そして「興行的には大成功です」というイヴォーク侯の言葉もまた、主催者側のもう一つの率直な意見に違いない。



 闘技会三日目は合計七試合を消化予定している。ベスト8で四試合、準決勝(セミファイナル)で二試合、最後の決勝(ファイナル)で一試合だ。つまり、ベスト4に絞られた時点でもう後は三試合しか無い。

 準決勝第一試合は俺とビューロー。第二試合がベリダムとラウリオだ。さて、どうなることやらな。



「いよいよ大詰めって感じよね! あー、あたし疲れちゃったなー」



「いやあ、見ている僕もハラハラドキドキでお腹が空きましたよ。というわけで奢ってくださいよ、ウォルファート様」



 うん、ちょうど今は昼休みで休憩だからさ。アニーとロリスが昼ご飯を食べるのは勝手なんだけどさ。お前らさ、見てただけだよな? 何にもしてねえよな!?



「何故君達、俺にたかるのかな!?」



「えー、だって賞金入るんでしょ? あぶく(グラン)は身につかないから使えって教わったでしょ、ウォルファート様」



「そうですよ。将来有望な退魔師(エクソシスト)の僕が餓え死にの憂き目にあっても、それでいいんですか? いやー、知らなかったなー、勇者様がそんな無情な人だなんてー」



 酷いと思わないか。闘技会とはいえ、身を張って戦っている人間に何でこいつらはこんな残酷なことが出来るのだろう。あれか、あるところからは毟れ、とでも思っているのか。



「いいか、まだ俺は試合があってだな。優勝するかどうかもまだ分からないわけ。で、やっぱりちょっとナーバスにもなってるわけ。分かるな、これ以上言わなくても?」



「奢って奢ってー。あー、カッコイイなー、ウォルファート様はー」



「僕のような可愛い女の子に好かれて幸せですよ、勇者様は! 応援するから奢ってくださいよー」



 駄目だ。アニーもロリスもちっとも聞いてやしない。右袖をアニーに引っ張られ、左袖をロリスに引っ張られて「分かったよ......」と仕方なく答えるとさ。

 何故かセラに「いいですわね、ウォルファート様は! 女の子にチヤホヤされて!」と冷たくされる有様だ。どうせえと言うんだ、この状況を。



「パパー、はい、お昼ー」



 しかし救世主はいた。シュレンがタイミングよく、昼飯らしきソーセージを挟んだパンや揚げた芋を持って来てくれたんだ。「あっ、シュレンの相手しなきゃ! という訳で悪いな、お前ら」と子供を盾に俺は二人の女子を追い払う。



「えー、そんなー!」



「ああ、僕の唐揚げが逃げていく......」



「駄目ー、お姉ちゃん達! パパ、エリーゼに買ってくれるの!」



 がっくりと肩を落とす二人にエリーゼが追い撃ちをかける。容赦ねえ。あれ、そういえばさ。



「なあ、シュレン、エリーゼ。このお昼どこで買ってきたんだよ」



「「あっちのお店ー!」」



 二人が指差した方向を見る。あ、まさかこれってさ。あいつらから買ったの?



「紫色の髪したちっちゃい人がおいでって言ってくれてー」



「黒い髪の人が山盛りにしてくれたー」



 シュレンとエリーゼの簡潔な説明に、俺は何とも言えない気持ちになった。畜生、アリオンテとワーズワースめ。毒なんか入れてないだろうな? 子供をだしに俺を断れなくして一服盛ろうなんて小細工、流石にしないだろうけれど。







 あー、なんか昼休みの間に午前の緊張感がどっか行ったぞ。しっかりしろ、俺。あとさあ、こいつもだよ。



「てめーもアイラといちゃついてんじゃねーよ、ラウリオおお!?」



「痛っ、暴力反対!」

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