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勇者の俺はシングルファーザーしています   作者: 足軽三郎
第一章 子育て一年生
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ただの散歩のはずなんだけど

「よいしょっと」



 投石器のように中央部分が幅広くなった布(スリングと呼ぶんだそうだ)を一つ肩からかける。それとは別におんぶ紐を背中に回し、腹の前で結ぶ。体の前側のスリングにエリーゼ、背中のおんぶ紐にシュレンを落っこちないように注意深く入れる。そうすると、赤ん坊二人に前後を挟まれた俺の出来上がりだ。



 寒くなってきたので、この小さな二人も一丁前に赤ん坊用の外套を着ている。まるで服の塊に挟まれる勇者だ。なんて図だ。



「うわあ、いつもながらカッコわりいなあ俺......」



 自分の姿を想像し、絶望のため息を漏らす。それを見ながらメイリーンはクスクスと笑った。もちろん悪意はない、多分。



「カッコイイですよ、パパ。ねえ、シュレンちゃん、エリーゼちゃん?」



「「だあだあ」」



 メイリーンの呼び掛けに双子が同時に答えた。こんな時だけ息はピッタリだ。おまえら、大きくなったら覚えとけよ。





「寒くなってきましたからお気をつけて」



「帰ったら熱いお茶と朝のおやつにしましょうねー」



 メイリーンとアイラの声に見送られて、俺は家を出た。

 空気が冷たい。その冷たさが身を引き締め、僅かに身震いする。履いたブーツの踵がザクリと霜柱を潰した。



 (いつもの散歩コースでいいよな)



 双子が寒さにびっくりしたように一声あげた。だが泣きはしない。雨の日を除けば毎日散歩してるもんな、今更びびらねえか。



 季節は冬。シュレンとエリーゼが生まれてから六ヶ月が経過した、冬の朝のひとこまだ。




******




「よく晴れてるな」



 冬場は空気が乾燥する。晴れの日は尚更だ。赤ん坊の喉にはあまり良くないので、あらかじめ持ってきた水筒から水を少し二人の唇に垂らす。背中側のシュレンにあげるのはちょっと難儀だが、まあなんとかなる。



 びっくりしたようにかわいい声をあげる二人に「じゃ行くぞ」と短く声をかけて、俺は歩き出した。

 ここは家から徒歩で十分ほど離れた場所だ。リールの町の外れの方であり、住宅街になっている。そもそもそんなにでかい町じゃない。なので住宅街といっても、家の密度はまばらだったりするんだが。



「おはようございます、勇者様!」



「シュレンちゃん、エリーゼちゃんおはよおー」



 家の周りをまめに掃除している老人や、この寒さもものともせずに遊ぶ子供達が挨拶してくる。最初は俺が勇者だからか遠慮してがちがちだったが、何度か顔を合わせると割合普通に接してくれるようになった。



「うい、おはよ。勤勉だねえ、おやっさん」



「そらあ、体動かさないとボケるからねえー」



 ワハハッと豪快に笑って返事をする老人。この分なら、あと十年は大丈夫じゃないだろうか。



 その間にもちびっこ達が、俺のそばに寄ってくる。お目当ては赤ん坊二人だ。



「ねー、ウォルファート様ー、シュレンちゃんのお手々握らせてー」



「エリーゼちゃんのほっぺた、ぷにぷにしたいよお~」



 数人の子供達はいずれも五、六歳といったところだ。もう二年も経過すれば子供といっても、貴重な労働力として農作業や家業に駆り出される。今が一番楽しい時と言えるかもしれない。



 そんな子供達のリクエストにはなるべく応えてやりたいが、条件というのがあってだな。



「おう、ただし手を洗ってからだぞ。汚れた手で触ると、赤ん坊ってすぐに病気になるからな、早く洗ってこい」



 俺の声に子供達は顔を見合わせた。寒いので水に触りたくないのだろうが、さすがに勇者の命令だ。「うん!」と元気よく答えると、全員だっと走り始めた。あの方向には町外れを流れる川がある。そこで洗おうというんだろう。俺も川沿いが散歩コースなので、彼等のあとを追うことになる。



「いつもすいませんね、勇者様」



「いいって、こいつらも嬉しそうだしな」


 老人に答えながら、シュレンとエリーゼの様子を見る。可愛がられて満更でもなさそうに、双子はニコニコしていた。

 風邪ひかれると面倒なので、防寒対策の為に微量に出力を抑えた暖火(ウォーム)を唱え寒気を払う。

 最近攻撃呪文をぶっ放す機会が無いからこんなしょぼい呪文ばかりだ。あー、鬱憤が溜まるぜ。



「おい待てよ、おまえらー。どーせ俺らもそっち行くんだからさあ」



 さっさと行ってしまった子供達の背中に声をかけて、俺は川の方へ歩き出した。







 川まであとちょっとという場所まで来た。住宅街は終わり、枯れ草が生えた地面からひょろりとした木々が小さな林らしきものを形成する。そんなひなびた風景の中をリズミカルに歩いている時だった。



 ピキ、と前方、つまり、川の方から嫌な気配を感じる。それとほぼ同時に「うわあー!」と慌てふためきながら戻ってくる子供達の姿を捉えた。

 俺が歩く土手から川までは緩めの斜面になっているので、斜面を駆け上がり戻ってきた子供達の姿が地面から沸いて出たように見える。



「おい、おまえらどうした!?」



 その慌てっぷりとただならぬ様子に、俺は思わず声をあげた。それに一瞬遅れて反射的に、俺が武装召喚(アポート)出来るよう準備を整える。バタバタとまるで倒れるように子供達が冬枯れの斜面を駆け、草を掻き分けて懸命に走る姿。



 そしてその向こうに立ちのぼるどす黒い気配。



 (ちっ、間違いねえ! 魔物が侵入してきてやがる!)



 一瞬子供達をカバーするために、全力疾走しかけた。

 だが出来ない。前に抱えるエリーゼと背中のシュレンが俺の全力疾走の衝撃をまともに受けたら、と思うと足が止まる。仕方なく、とろとろと欠伸が出そうな速度で小走りに走った。



「う、ウォルファート様っ! た、助けて、助けてえ!」



「落ち着けっ、まだ誰もやられてねえよな?」



 何とか子供達が俺のところまでたどり着く。恐怖のせいか、全員息を切らして顔を青ざめさせていたが、人数は減っていない。とりあえず一安心。けれど悪いことに斜面の下、川の方から漂う気配がより濃く、数も増えていた。



 いきなり俺の雰囲気が怖くなったからか、スリングで抱えるエリーゼが「びゃああ!」と泣き出した。

 それに呼応するように背中のシュレンも弾けるように「ふえええー!」と泣き始め、正直いらっとくる。

 ぜえぜえと息を切らせる子供達を庇うように前に出ながら、声をかける。



「相手の姿見たのか?」



「は、はい!」



 一番年長の男の子が声を張り上げた。相手に聞こえるだろうと思ったが、どうせこちらの姿はもう見られているだろうし、今更かと思い直す。 

 この間にも警戒は解かない。武装召喚(アポート)のみならず、無詠唱での攻撃呪文の準備までは整っている。



「猿、黒褐色の大きな猿です、それが川に馬を引きずり込んで食べているのを見て!」



「マジかよ。ガリードエイプじゃねえか、それ」



 川の方を見る。もう斜面にまで差し掛かっているので、少し視線を落とした。バシャバシャと小さく音を立てながら流れる川が、茶色い木立の向こうに見えた。その青い水の流れにどんよりとした感じの血が混じり、警戒心をそそる。



 キシャ キシャ



 そして微かに聞こえる耳障りな音......いや、これは奴らの、魔物の歯から漏れる声だ。捕食対象を見つけた愉悦が混じっていると感じたのは、多分勘違いじゃない。



 キシャッ......パシャン



 そいつ、いや単体じゃねえからそいつらだな、が動いた。川の水に浸っていた馬の死体がドロリとした血を流す。そしてゴロリと転がる。

 多分、放牧されていた農耕馬だろう、首にかけられていた識別札はちぎられている。深々とした噛み跡が一つ、それに腹のあたりに爪によるひきちぎり肉をこね回し貪った跡が見えた。



 黒褐色の剛毛を全身にまとった、やたら腕の長い猿型の魔物の姿が俺の視界に入る。存分に新鮮な肉を貪っていたから子供達を後回しにしたようだが、奴らの注意がこちらに向いているのは確かだ。



 パッと見たところ、三体が川の向こう岸で馬の死体に食いついている。だがそれとは別に、二体がそいつらの頭上に隠れているのが気配で伝わってきた。戦うか逃げるかの判断を立てつつも、逃げる手は諦めていた。



 俺の前と背中にいる双子、こいつらがいたんじゃ逃げきれない。それに恐怖で足ががくがくしている子供達をガードしつつじゃ、やっぱり逃げきる自信は無い。

 赤ん坊なりに嫌な気配を感じたのか、あるいはただ単に腹でも空いたのか、一際シュレンとエリーゼが泣き声を上げた。こうなるのは覚悟していたが、やはり心臓に悪い。



 (まさかよお、ガキ抱えたまま戦闘なんて)



 二人の泣き声に刺激されたのか、ガリードエイプの群れが俺の方を見た。どんよりと黄色く濁った双眼の視線が五対、俺の方に集中する。



「悪い冗談だっての」



 素早くエリーゼとシュレンの二人を、足元の柔らかい草の上に置く。

 それと同時に、獰猛な猿共は川の水をけたたましく蹴散らしながら、あるいは木の枝を器用につたいながらこちらに向かってきた。



******



 大魔王アウズーラは確かに半年前に俺が倒した。そして、それと共に奴が率いていた魔王軍は勢力を格段に落とし、その主力の多数が討ち取られた。これにより各地にある城塞都市や町が組織的に襲われることは無くなった、それは間違いない。



 だが、それは魔物の脅威がゼロになったのと同義じゃない。魔王軍に元々所属していない野生の傾向が強い魔物が、人里近くに出没することもある。加えて秘境と呼ばれる奥地に赴けば、今でも準神級の強さを誇る竜の一匹や二匹にお目にかかることもある。



 だから冒険者は食いっぱぐれず、エルグレイが今も各地で攻撃呪文をぶっ放しているわけで。



 だからこのリールの町のようなさほど大きくない町も、自衛の為に鉄びし付きの冊と丸太でその周囲を囲い、ついでに重要箇所には防御呪文の常時発動による結界を張っているわけで。



 そしてそこまでしても、たまには侵入してくるやり手の魔物もいるわけだ。



 ガリードエイプ。成人男子とほぼ同じ程度の身長ながら強靭な腕力、握力を武器とし家畜や人を襲う肉食の猿だ。



 そんなに強い魔物じゃあない。しかし、意外に身近に出没するせいか初心者冒険者(ルーキー)の恐怖の的になっている。個体差はあるがレベル15にもなれば楽勝の相手だ。



 だから俺も顔をしかめたものの、そこまで心配はしていなかった。いくらシュレンとエリーゼをかばいながらといっても、普通に戦えば五匹いても楽勝だ。

 少なくともガリードエイプには遠距離攻撃はない。距離を詰める前に久しぶりに武装召喚(アポート)で呼び出したミスリルのショートソード六本を使い、奴らを串刺しにしてそれで終わり。



「と、思っていたけどな。潜んでいた奴を見逃すたあ、俺もやきが回ったか?」



 目論みは外れた。「召喚(アポート)」の掛け声一つで冬の冷たい空気よりも尚、冷たい煌めきを発するショートソードを六本呼び出した。

 そこまではいいが、それを攻撃に使えなくなったんだ。

 なんでかって? そりゃ予想していた事態が変わったからだ。それも劇的に。



 こちらに突っ込んでこようとしていたガリードエイプ達が、途中で立ち止まる。枝を伝っていた二匹もぶらりと枝からぶら下がり、バシャリと着水した。底の浅い川だ、容易に足が着く。



 ズン、と足音がした。



 メキリ、と向こう岸の木が裂かれる音が聞こえた。



 川向こうの河原の奥は藪になっている。それが、メリメリと内側から膨れるように弾けた。



 現れたのはやはりガリードエイプ。だが、そのサイズが問題だ。他の五匹が平均的な170cm前後なのに対し、こいつはざっと350cm、約二倍はある。当然体重は二倍じゃきかない、縦横高さが二倍ならば体重八倍の理屈だ。



 ウオオオオォ!! とその巨大なガリードエイプが吠えた。

 本気で気配を探っていたわけではないが、今まで俺の気配読みに引っ掛からなかったのが不思議な程の獰猛な闘気、それがそいつの巨体からほとばしる。

 俺の胴体より太い腕を振り上げた。開いた口から鋭い牙を剥き出すその姿は、通常のガリードエイプとは段違いの迫力だ。



「おっと、やべえな。シュレンとエリーゼに悪影響だ」



 咄嗟に闘気でシールドを張る。いきなり現れた巨大ガリードエイプの醜悪な魔気がゆるりと漂ってきたが、きっちり遮断。

 そりゃそうだ、俺が預かった子供だ、こんなところで指一本触れさせはしないさ。



「まさか変異体のおでましとはね。やっぱり大魔王の悪戯ってやつかい?」



 俺の呟きが聞こえたわけでもなかろうが、巨大ガリードエイプ--エイプキングと呼ぼうか--は、にたりと笑った。五匹の普通サイズの奴らが下僕のように、その周囲をうろつく。



 大魔王討伐後、初めての実戦だ。しかも赤ん坊二人守りながらとは、中々洒落の利いた戦いになりそうだぜ。

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