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二年半ぶりの対峙

 夕暮れというのは不思議な時間だ。太陽がその座を月と星に明け渡そうとするこの時間は人によっては聖が魔に転じる時間と呼んで忌み嫌っているくらいだ。それまで明るい陽光の下にさらけ出されていた風景も、夜の闇の中では見せる顔を変える--それがまるで変身のようにも見えるというのは分からないわけじゃない。



 (何でこんなことを今思い出したんだろうな)



 通りから一本入った路地で俺は頭に浮かんだ考えを笑う。はっ、分からなくはねえ。沈みかけた太陽の赤い光を斜めに受けた二人の人影がこの世の物と信じたくないからだろう。それこそ魔が支配する夜から染み出した存在だと。



 直接会うのは二年半と少しぶり。そのあとワーズワースから捨て台詞のような形で手紙を一方的に受け取ってからだと約二年か。目の前にいる二人のうち長い黒髪をターバンから僅かに垂らす男の方は全く変わりがないようだが、ちびの方は結構背が伸びてやがる。



 ふん、まあいいや。俺の命を無謀にも狙いに来たなら返り討ちにしてやる。二人相手じゃ分が悪いが暴れている内に誰か気づくだろ。



 コツン、と小さく石が鳴る。小さい方が路上の石ころの一つを蹴飛ばしたんだ。イライラを隠すようにも見えるし、その口許が微妙に歪んでいる表情からは嘲笑しているようにも見えた。



「初めてさあ、僕達王都に来たんだけどね。人間っていい暮らししてるよね」



「あん?」



「全くさあ、ここは僕や義父(とう)さんの普段の生活に比べたら天国だよ。特にお前みたいな貴族階級ときた日には--」



 ふん、と鼻を鳴らしたアリオンテがまた一つ石を蹴った。俺の横を通過した石がガッと鈍い音を立てて転がる。おいおい、今のは危ねえだろ。



「--問答無用で捩じ伏せてはいつくばらせたくなる」



「若様、抑えて下さい。今日は喧嘩を売りに来たのでは無いでしょう」



「じゃ何の用件なんだよ? 金でも貸してくれっていうなら貸さねーぞ」



 アリオンテを止めるワーズワースの顔が俺の言葉に険しくなる。おー、気に障ったか。



「愚弄するなよ、ウォルファート。今日は単に貴様らの様子を観察に来ただけだ。あの時の手紙にも三年後と書いただろう。まだ時は二年しか経っていない、ふやけた生活をしている内に数も数えられなくなったか」



「はーん、わざわざご足労いただきありがとうございました。おかげさまでそこそこいい生活させてもらってますよ、勝者の特権て奴でね。そちらさんは苦労なさってるようでおあいにくさまだ」



「ほんっとお前さあ、この状況分かってんのか!?」



 小さな肩を怒らせてアリオンテが俺を睨む。だけど俺は怯まない。もしこいつらが本気で俺を殺ろうってなら問答無用で俺が気付かない内に攻撃呪文を叩きこめば済む話だ。それをしないってことは本当に今日はやる気はないんだろうな。どうやって魔族のこいつらがまんまと忍び込んだのかは謎だが、そんなことはこの際どうでもいい。



「おやー坊ちゃん、口が悪いねえ。あー、分かってるとも、お前らずっと俺の動きを見張っている内に人間達が住む王都ってのがどんなもんか見たくなったんだろ? 闘技会なら色んな人間が見に来るから紛れれば意外に簡単に侵入できるしこれ幸いと色々見て回ったんだろ? はっ、そりゃあ細々と追っ手から逃れるような生活してりゃあ華やかな場所の一つも見たくならあな」



 俺の早口に圧倒されたのかアリオンテが怯む。よし、大魔王の子供と言っても所詮子供だな。そのまま俺は矛先をワーズワースに転じる。



「男手一つで子育てご苦労様です、ワーズワース殿。お前の性格だ、"飛び出すな軍馬は急に止まれない"とか"部屋の汚れは心の汚れ片付けましょう今すぐに"とか標語作って部屋に貼ったりしてんだろ? ダメダメ子育てはもっとおおらかにしないと」



「き、貴様何故それを知っている!?」



「やっぱりうちだけなんだ、そんなこと言われるの......普通じゃないじゃん、義父さんの嘘つき!」



 ワーズワースが狼狽し、おまけにアリオンテから疑惑の視線を浴び更にギクッとなった。ふう、とりあえずこいつらがここで逆上して襲い掛かってくる事態は回避出来たか。減らず口の一方で俺もプレッシャーから冷や汗がたらたら流れているんだぞ。



「そ、それは若様が大人になった時に行儀作法も知らない無作法な魔族にならぬようにですね!? 私も心を鬼にして厳しくしているだけなんですよ!」



「僕が大人になるまで何年あると思ってんの!? 子供時代の思い出が廃材で作ったテーブルで生活標語の写生だけとか僕嫌だからね!」



「......廃材ってまた苦労してんな。魔王軍の財宝とか持ちだしたりしてんだろーに。買えよテーブルくらい」



 うん、ワーズワースとアリオンテの生活がどんなもんなのか大体想像出来た。打倒勇者を誓いつつ清貧生活を送っているようだ。あのアウズーラの息子と元魔王軍副官がそんな貧乏暮らしとは敵ながら涙が出てくらあ。



「だろ? 僕も書きづらいからテーブル買ってって何度もお願いしてるんだけどさ、まだ使えますって拒否られるんだよ!」



「いいですか若様! 我々が打倒この男を成し遂げる為には軍資金が必要なんです! テーブル一つ買えばそれだけその夢が遠退くでしょう、そうこの王都を侵略して支配下に置くという大願成就の為にも今は我慢が」



「テーブル一つで傾く夢なら所詮そんな程度なんだよ! 男ならもっと大きくガツンと儲けないと......ってこんなことしてる場合じゃないんだよ!」



「ふーん、しばらく見ない内に自分ツッコミのスキルは覚えたみたいだな。で、なんだ。その言い方からすると俺の首さえ取ればいいって考えは改めたんだな。いいぜ、魔族らしくって」



 まるで漫才みたいなやり取りの中に聞き捨てならない単語が含まれていた。俺とこいつらだけの因縁ならまだいい、他の連中は影響はあるにせよ命までは取られない。だがもし魔王軍が再編されて人間を攻撃してくるとなれば話は別だ。



「ここでてめえら二人を討ち取り禍根を絶つ、と言いたいところだが流石に分が悪いわなあ」



「それはこちらもお互い様だ。互いに手が出せんだろうよ」



 俺とワーズワースの言う通り、お互い今戦う訳にはいかない。俺は二対一という不利な状況を覆すだけの手は無いし、おまけに王都の真っただ中だ。もしここで戦えば近隣住民に被害が出るのは避けられない。そして王都の真っただ中だからこそアリオンテとワーズワースも戦いを仕掛けられない。俺に勝てる確率は高いが、騒ぎが発生すれば付近の住民が駆けつける。袋叩きにあえばいくらこの二人でも無事では済まない。



 それを分かっているからこそ、こいつらは俺に声をかけてきたのだろう。互いに手が出せない状況だと両方が知っていると見込んでだ。



 シン......と沈黙が舞い降りる。別にこいつらに話すことなんてない。あの大戦時にこちらが被った被害を考えれば今すぐぶちのめしてやりたいがこの場では無理だ。ほんのちょっとだけこの義理の父と子がどんな生活をしているのか興味が無くもないけれど。



「お前さ、闘技会出てるんだよな」



「ああ。明日の本戦からな。なんだ、それ目当てか?」



 アリオンテの問いに答える。アウズーラの息子は意外にも素直に頷いた。



「勇者の他にも強い奴がいるのかと調べに来てやった。僕の障害になりそうなら早めに潰したいからな」



「そんなことべらべら喋っていいのかよ。こっちはその気になれば」



「その気になれば何? 王都中を火の海にして僕らと戦うのかな。まさかそこまで馬鹿じゃないよね」



「っ、てめえ......おい、ワーズワース。お前の育て方が悪いからこんな生意気な性格になったんじゃないのかよ」



 思わず話を振ってしまったがあの野郎、プイと視線をそらしやがった。畜生、ごまかしやがって。



「心配するなよ、この大会の間は誰にも手は出さない。大人しくすると誓おう。そもそも僕らも観戦とアルバイトで忙しいんだ、余計なことしてる暇はない」



「アリオンテ様、バイトの件は!」



 ワーズワースの注意にアリオンテがしまったというような顔になる。だが俺のプレッシャーに渋々口を割った。



「観客席に立てた店舗で売り子やってんだよ。唐揚げやらポテトやら焼きソーセージやらな。お前も三倍の価格なら売ってやるぞ」



「いるか馬鹿! しかしお前らまじ苦労してんな、同情なんかしてやらねえけどさ」



「同情する暇があるなら精々無様な戦いを見せないように注意するんだな。もし負けてみろ、盛大に笑ってやる」



 くそ生意気なアリオンテに言い返したらワーズワースに憎まれ口を叩かれた。畜生、貧乏魔族共め。お前らの度肝を抜いてやるから覚悟しとけ。

 とりあえずもういいや。この場で話すこともないしと思い「じゃあな。俺行くわ」と立ち去りかけた時にポケットの中でカサリと音を立てた物に気がついた。



「おい、ワーズワース。いいもんやるよ」



 そう言ってポイと俺はそれを放った。「ぬっ、貴様やる気......いや、違うな。なんだ、これは」と唸りながらワーズワースが俺がほうり出した物を路地から拾い上げる。



「紙切れ? 一体何の真似だ」



「王都の飲食店の割引券(クーポン)だよ。てめーらこそ俺と戦う前に栄養失調で倒れてんじゃねーぞ。特にそこのチビ。野菜食わないと背伸びねえからな、覚えとけ」



「な、何だとお前! 僕はチビじゃない、取り消せ!」



「アリオンテ様、ウォルファートの言う通りです。野菜はちゃんと食べましょう。せっかく割引券(クーポン)も貰いましたしね。ほら、見てください。五割引き当たり前で中にはタダ券まであるんですよ!」



 うん、俺いいことしたな。貧乏な親子に施しを与えてやったんだからこれは間違いなくいいことだ。その親子が俺を付け狙う魔族というのはとりあえず置いておくとしようか。割引券(クーポン)を後生大事に懐にしまい込んだワーズワースが「一応礼は言っておく。ほら、若様も」と促した。



「えー、やだよ! 何で僕をチビ呼ばわりした奴にさあ!?」



割引券(クーポン)の恩があるでしょう。御父上の仇でもそれはそれです。ちゃんと施しには礼を言った上で使わせてもらい、その上で奴の首をいつかは挙げるんですよ!」



 なんか緊迫感があるのか無いのか分からなくなってきた。無料でもらった割引券(クーポン)をやっただけでそんなに嬉しいのか。この調子じゃ魔王軍再興なんてしばらくは夢のまた夢だろう。



「い、一応ありがとうとは言うがこの借りはすぐに返すからな! ウォルファート、調子のんなよ!」



「はいはい、じゃあねっと。お、丁度いいや、最後に聞いておくぜ。お前ら予選見てただろ。誰が一番強そうに見えた?」



 渋々という感じで礼を言うアリオンテにひらひら手を振りながら不意に俺は聞いてみる気になった。魔族の目から見たらまたちょっと違うかもしれないからだ。先に答えたのはアリオンテだった。



「一人白い仮面着けたのがいたけどそいつ以外は別にー? 義父さんは?」



「若様と同意見ですね。私の目から見ても全然底を見せていない不気味さがあの白い仮面の男にはある。だがそれでも--」



 一度ワーズワースは言葉を切った。さっきまでの調子はどこかに消え、殲滅騎士と俺達に恐れられていた時の雰囲気が甦る。



「--気配だけでも貴様とベリダムとかいう男が抜けてはいるな。精々気をつけるんだな」



「ふん、ご忠告どーも。じゃあな、騒ぎ起こすなよ。変な真似したら本気でしばくからな?」



「あっかんべーだ!」



 うわあ、生意気なガキだな......俺思わずアリオンテの頭掴んで振り回したくなったぞ。すぐにワーズワースに「こら若様! 品が無い!」とたしなめられていたけどこりゃ育てるの苦労しそうだわ。




******




 衝撃の再会を果たした翌日、闘技会は本戦を迎えた。ここからはシード選手である俺や辺境伯、ラウリオらが参戦する。元々前評判の高い出場者が出てくるので観客席のボルテージも上がりっぱなしだ。



 主催者サイドから一人ずつシード選手が紹介される。大声自慢の兵士が喉も裂けよとばかりに声を張り上げ紹介すると観客達が「わあああーっ!」とノリ良く反応してくれるんだ。いいね、闘技会ってのはこうでなくちゃな。



 次々に紹介され、六人目はラウリオだ。黒褐色の短めの髪を夏の風になぶらせてあいつが進み出るとそれだけで観客席から黄色い声援が飛ぶ。おー、羨ましいねえ。けどラウリオの奴はもうアイラに売約済みだぜ?



「イヴォーク侯の子飼いの剣士、ラウリオ・フェルトナー! 満を持して参戦です! 二年前の無名墓地(ネームレスセメタリー)攻略クエストでは勇者様に次ぐ副将の重責を果たしたこの人がいったいどのような戦いぶりを見せてくれるのか!?」



 おお、すげえ煽りだな。爆発的な歓声が観客席から聞こえてくるぞ。ラウリオの奴、人気あるんだなあと思いつつ俺は大人しく自分の出番を待つ。あとは二人。俺とその隣で黙したままのベリダム・ヨーク辺境伯のみだ。と、その時ベリダムが俺の方を見た。鋭い金色の煌めきを放つ目が爛々と輝いている。



「楽しみですな、ウォルファート・オルレアン。こうして公の場で貴方と白黒つける機会を私がどれだけ待ち望んだか......!」



「猛るのは勝手だが俺とあんたは反対ブロック同士だ。決勝までは当たらねえ。足元掬われるなよ、辺境伯さん」



 せっかくの俺の忠告も不敵な笑いで受け流しベリダムはさっと一歩前に出た。まるでそのタイミングを主催者側が待っていたかのように紹介の声が飛んだ。



「先の大戦では陰の勇者として大活躍! 北の狼の名を欲しいままとする男は餓狼の牙を対戦者に突き立てる! その圧倒的な実力を見せてくれ、ベリダム・ヨーク辺境伯!!」



「「「おおおお、待ってました陰の勇者あああ!!」」」



「「「ベリダム様こっち向いてええ!!」」」



 ちっ、さっきのラウリオへの歓声なんか目じゃねえくらいだな。ベリダムの奴、余裕たっぷりで手なんか振ってやがる。けどな、そんな顔してられるのも今の内だけだ。






 一瞬観客席がシン、と静まり返る。俺が一歩踏み出した時だ。夏の朝日がキラキラと空気を照らす中、俺は更に二歩前に出て他の出場者に並んだ。

 空気がじわりと圧力を増すのが分かる。ああ、そうだよ。よく分かってるな、観客席の皆さんは。真打ちってのは最後に出てくるもんだということを。








「説明不要! 最強とはこの人のことだ、あの大魔王アウズーラを倒した伝説の勇者の戦いぶりを目に焼き付けろ! 大陸中にその名を轟かせるはご存知ウォルファート・オルレアン公爵だあああっ!!!」



 紹介に地鳴りのような歓声が重なる。気温が少し上がったかと錯覚するほどの熱気を感じる。ふっ、当然だろ。最強の座に立つのは一人で十分さ。勇者の称号は伊達じゃないと証明してやろうじゃないか。



 (見てろよ、セラ、シュレン、エリーゼ)



 そう思いながら軽く手を挙げると更に歓声が降り注いだ。さあ、初めようぜ。俺もたぎってきたみたいなんでな。

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