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お呼びじゃないんですけど

 闘技場を四つに割っているとはいってもそれなりに広く、戦う場所としては十分だ。観客達はどのリーグ戦を見るか迷いつつもワイワイと盛り上がっている。血が出ないように武器の刃は潰され、おまけに樹脂がその上から塗られているためこれで切られても切断はほぼ不可能だ。俺がやったとしてもぶん殴るだけになるだろうな。よし俺も観戦しようそうしよう。だけどその前に。



「焼きとうもろこし三本とあとチーズ乗せパン、あとエール、冷えたやつ一つ頼む」



「ありがとっしたー!」



 ええ、俺達も適当に観戦に回っているんだけどいきなり横で食い気を見せているちびっこ二人がいるからまずは買い食いになってしまう。「パパ、あれ欲しい!」「お腹すいたー!」と二重奏で言われたら買ってしまうわな。勿論エールは俺用だ。出番無いから気楽なもんだ。



「お、おおう......さすがウォルファート様、飲みながら観戦ですか。余裕ですね」



「どうせ今日は出番ねーしな。エールくらいいいだろ」



 そう、俺もちょっとくらい我が儘言ってもいいだろう。ぐい、と木のコップに入ったエールを空けるとさっきのトウガラシ入りの水でヒリヒリした舌が冷えてましになっていく。っかー、生きてるっていいよなあ。おっと、飲んでるだけじゃなくてちゃんと観戦しないとな。



「なー、ラウリオ。俺、あの白仮面に目つけてるけど他にめぼしそうな奴いたか」



「まだ始まったばかりなんで何ともです。あ、けどあの人とか強そうですね」



 ラウリオの視線の先にいるのはなるほど、制限内最大のサイズの斧を抱えた巨漢だ。いくらあの武器で切断は無理とはいっても単純に殴られるだけで吹っ飛ぶだろう。頭をツルツルに剃っているのも迫力を増している。

 今回の闘技会の出場者であらかじめ名前が発表されているのはシードの八人だけなので俺も名前は知らないが、本戦まで出てくれば明らかになるだろうよ。



「ねー、セラー、なんであの人髪の毛ないのー?」



「エリーゼ眩しい! 帽子かぶせたいなあ」



「お前らいらんこと言うなっ! あっ、すいません、うちの子がええ、格好いいなあーと!」



 もうさ、シュレンとエリーゼには口に猿ぐつわ噛まそうか。心臓に悪いわ。最前列の席だからあの禿の兄ちゃんに睨まれたじゃないかよ。「む。勇者ウォルファート様のご子息なれば問題ない」と笑って見逃してくれたからいいけどな。「へえ、怖そうな見た目ですが人格者ですね」とエルグレイが呟く。こいつもそこそこ人を見る目はある方だ。



「お前の目から見てどうだ、あのスキンヘッド」



「強いと思いますよ。でもラウリオさんやあの白仮面程じゃなさそうかな」



「俺や辺境伯には......言わずもがなか」



 大体俺も同意見だ。力と体力はありそうだがそれだけかな。あとは呪文の使えないこの戦いにおいてキーとなる闘気の扱いにどれだけ長けているかは実際見てみないと分からない部分が多い。



 そうこうしている内にいよいよリーグ戦が始まった。さて、集中して見るとしようか。




******




「ウォルファート様、あの白仮面の人の出番ですよ」



「おう」



 エール片手に何戦か見ているとセラがちゃんと教えてくれた。彼女が手を振った左側を見るとなるほど、前の戦いが終わった出場者が引き上げ代わりにあの橙色の髪をなびかせた白仮面とその対戦者が出てきたところだ。



「ねえ、勇者様。あの仮面の人強いの?」



「多分な。アニー、見といた方がいーぜ。明日まで間違いなく残る」



 アニーに声をかけながら俺は視線を謎の白仮面に集中させる。顔の前面を覆ったフルフェイスは表情を完全に隠しており、視線も口許も分からない。目と口のところに黒い切れ目が入っているだけの簡素な仮面だ。顔に傷があるなどの理由で仮面を被る者がいないわけではないが相手の視線が読めないと攻撃が読みづらいという部分はある。



「ラウリオさん、あの仮面は被っても防具扱いで反則にはならないんですか?」



「事情があって被る方もいますからね。それに仮面を被ると視界が塞がれたり息がしづらいという不利な部分もありますから」



「ラウリオの言う通りだ。あの仮面があるからって有利にはならねえよ。審判が何も注意しねえってことは魔法の道具でも何でもないんだろうしな」



 アイラとラウリオに答えている間にいよいよ白仮面は武器を引き抜いた。うん、何の変哲もないロングソード片手持ちだ。盾は使わないらしい。唯一特徴があるとしたら左利きってことくらいか。



 始めっ! と審判の声がかかる。相手は槍使いらしく右手に槍、左手に盾という重武装だ。リーチは相手の方があるがさてどうするか見物だな。



 相手の方がまずは仕掛ける。中々鋭い槍捌きで牽制し自分の間合いの中に入らせない。まずは常套手段といったところか。いきなり強引に行かないあたりは慎重派らしい。

 もっとも俺がよく知るあの男なら--魔槍を振るう奴ならば牽制ですら必殺の一撃になりうるのだが。



 四発、五発と槍使いが攻撃を繰り出していく。それを白仮面は左半身で巧みにかわしていく。危なげがない。槍の男の攻撃もまあまあいい感じなのに、それを苦もなく回避している。だが--何だ。何か違和感を感じる。更に二発ほど白仮面が攻撃をかわした際に俺はその違和感に気づいた。



 (攻撃する気が無い?)



 いや、そんなはずはない。だが俺が見ている限り槍の穂先を叩き落としバランスが崩れたところを攻め込めるタイミングが二回は少なくともあった。そりゃ戦っている当事者では無いので実はそんな隙は無かったのかもしれないがそれにしても消極的過ぎる。



 ヒュン、ヒュンと槍が舞う。いくらよけられるとは言っても間違ってもらうリスクはあるというのに何故あの白仮面は全く攻撃を仕掛けないのか分からない。ラウリオも「あそこ決められたんじゃないかなあ」と不審そうに呟いている。



 観客席が余りにも一方的に槍使いが攻める展開に焦れはじめる。素人が見ればただ単に白仮面が押されて逃げ回るだけにしか見えないだろう。剣もただ飾りみたいにぶらぶらと左手から下げているだけで槍と打ち合う訳でもないとくれば確かにやる気が無いようにも見えるがな。



「ちっ、かれこれ十分近くも余裕で守りに入れる方が異常なんだよ」



 俺は軽く毒を吐いた。守りに徹するというのは言うは易いが相手に攻められまくるのは心理的にはきつい。いくら実力差があっても武器が迫ればやはり怖いし、咄嗟に攻めに出てもおかしくない。なのにけして温くはない相手の槍をただ淡々と回避しつづける作業を行うあの白仮面は間違いなく強い。



「く、はあっ!」



 焦れたのか槍の男が強く踏み込む。かわされても盾がある以上、守りは大丈夫と判断したのだろう。攻勢を保ちながらも相手に痛手を与えられないというのは焦る。故に分かるし悪い手では無かった。



「けど相手が悪かったな」



 俺の独り言が終わるや否やの間についた勝負。まさに一瞬だった。槍の男の会心の一撃をそれまでののらりくらりとした動きが嘘のようなスピードで白仮面の男が避ける。そのまま抜群の体捌きで体を入れ替え相手の膝裏に軽く一撃。たまらずもんどりうったところを槍を踏み抑え、剣を突きつけたのだ。



「勝負あり! 勝者ビューロー!」



 審判の宣言が闘技場に響いた。すぐに他のリーグ戦の喧騒に紛れて消えちまったが俺の耳にははっきりと白仮面の名前が刻みこまれた。ビューローね。覚えとくぜ。



「ウォルファート様、あの男避けつづけていたのはまさか」



「そのまさかだろうよ。本戦を見据えて観客席にいるシード組に手の内を見せたく無かったんだろう。焦って槍の奴が隙を見せるのを待ってやがったんだ」



 ラウリオに答えてやるとそれを聞いていたアニーとロリスが顔を見合わせた。「そんなこと出来るの?」「僕には無理ですよ。余程実力差と自信が無いと難しいです」という会話を聞き流しながらどうしたもんかと考える。



 あのビューローって奴がもし辺境伯の手の者なら......さしずめ秘蔵っ子ってところか。油断ならねえなあ、ベリダム・ヨークは。




******




 全ての予選が終わったのは夕方近くだった。シュレンとエリーゼは途中で退屈してしまったのでセラ達が交代で外に遊びに連れて行ってくれた。ふー、助かるぜ。俺一人で連れて来てたらとても観戦どころじゃなかったからな、というか育児を理由に参戦を諦めてたか。



 俺達の予想通り白仮面はあっさりリーグ戦を勝ち抜き予選を突破した。他にはあのでかい禿、もといスキンヘッドの斧使いも予選を勝ち抜いていた。妥当なところだ。



「ちらほら強そうなのもいますが目立って強いのはそうはいないですね」



「僕も同意見ですね。あの白仮面が突出している感じ」



 闘技場を後にしながら俺達はダラダラと俺の屋敷に向かって歩いているところだ。一番前を歩くエルグレイとロリスの会話が聞こえてくる。双子は疲れたのか不機嫌になって「「あついー!」」と騒いでいる。これだと明日は留守番していた方がいいかもとは思ったがそう言うと「やだー、パパ見てる!」とシュレンに言われ、エリーゼには「負けたらかっこわるいからそんなこと言うんでしょ!」と思い切り生意気な口調で反撃されてしまった。



「んなわけねーだろ、分かったよその代わりあセラの手焼かせてんじゃねーぞお前ら」



「あの私は別に大丈夫ですから。ね、エリーゼちゃん、そんなこと言ってたら嫌われちゃうわよ?」



「大丈夫だもーん、エリーゼ、パパ好きー」



「ほんとかこらー?」



 セラがフォローに入ってくれて助かるぜー。今更だけどあの時双子の母親役に彼女を採用して大正解だったよなーと俺は明日のことより今の双子のことを考えていた。本戦を前に何とものほほんとしてると言われたら言い返せないが、がちがちに緊張しているよりは余程ましだろ。



 鼻唄なんか歌いながら街角を曲がった時だった。その時はたまたま俺が最後尾になっていたんだ。ポン、と急に肩を叩かれたのを感じた時には"え?"と驚いた。何故かって俺に気配を感じさせずにそんなこと出来る奴がいること自体が驚きだろ。



「久しぶりだな」



「二年と半年ぶり? 僕待ちくたびれちゃったよ」



 背後から届く深みのある男の声には聞き覚えがあった。その少し下の方から聞こえる子供らしき声も記憶の片隅に引っ掛かっていた。



「......あ、悪い! 闘技場に忘れ物したから取りに戻るわ。先帰っててくれ!」



 俺は先を行くセラ達にそう言ってすっと街角に姿を隠す。俺の動きに合わせるように肩に手を置いた奴とその傍らに控える小さな人影もピタリと背後についたままだ。多分、いや、間違いなくこの二人は自分達の姿を他の人間に晒さず俺に声をかけることの出来るタイミングを計っていたんだろう。後ろを振り向いて「では先に行きますねー」と答えたセラや他の連中の目には映らない絶妙の距離の取り方と位置取りだった。






 そろそろ夏の夕方のこの時刻、建物の影も長くなる。そこに滑りこむように俺は移動し、目の前の長身の男と小さな人影の二人を睨んだ。ターバンで髪を包み軽快な旅装をしている姿は俺の記憶にある服装ではないが、俺がこいつらを忘れるはずがない。



 こいつらが俺を忘れる訳がないのと同じ理由で。



「で、何のようだよ。ワーズワース、アリオンテ」



 小さな人影は赤い光を放つ双眼をこちらに向け、長身の男は緑色の目で俺を軽く睨んだ。そうだなあ、友好的な間柄って訳にはいかねえもんな。むしろ俺達、不倶戴天の敵同士ってやつだし? 全く何なんだろうな、こんな時に限ってさ。

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