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期待が高まるじゃねえかよ

 闘技会とはそもそも何かと聞かれれば人によって答は違うだろう。ある者はルールある戦いの中で優劣を決めることというだろう。またある者は勝てば名誉と賞金が得られる戦いというだろう。違う者に聞けば出場者が戦う様を観客が眺めて楽しむ悪趣味なお祭りと皮肉をこめていうかもしれない。



 ならば俺にとっては何か。上手く答えられるかは分からないが強いて言うならば誰が強いかということを公的に認知する機会だろうか。

 一応レベルという基準で個人の熟練度は測ることが出来るが実戦の強さとレベルの高低が綺麗に比例するかどうかはまた未知数だったりする。だから武器や防具の使用制限など一定の条件はつくものの、公明正大に万人に分かる形で誰が強いか決めようというのはある程度意味はあるだろう。



 そんなことを考えながら風呂に入った時に俺はシュレンとエリーゼに今回行われる闘技会のことを話してやった。セラ? 一緒には入らないよ。色々まずいだろ。



「というわけで俺、チャンバラやることになったんだ。応援しろよ」



「シュレンもやりたい! けんで殴る、ぽこぽこ」



「エリーゼそれよーちえんでやったらケビンないちゃった。せんせーにおこられたー」



 そう、これがうちの双子の反応だ。とりあえず二人ともやる気満々みたいだが子供の部は無いのでお留守番となる。あとケビンはご愁傷様だ。子供のおふざけではあるけど、あの可哀相な父親に会う機会があったら謝っておくか。



 もうじき五歳になるシュレンとエリーゼは赤ちゃんの頃から比べると随分大きくなった。身長は100センチを超え、全力で走ってきて頭が腹に当たると「ぐえっ」と声が出そうになる。実際セラは時々やられてたまに廊下の隅でくたばったりしている。そう、あと痛いのがふざけて家具によじ登ってそこからダイブしてくるやつだ。あれは頭と頭が当たるとほんとにクラクラする。



 一度危ないからやめさせようとしたんだが子供というのはどうしても危ないことややんちゃなことをやりたがる。いたちごっこという言葉がぴったりの親の躾と子供の悪ふざけのレースは今日も続いているのさ。



 今もほら、風呂の湯をふざけて飲もうとしたり「かめさん、かめさん」と浴槽に四つん這いになって歩こうとしたり色々とやってくれる。いつになったら静かに入ってくれるのだろうか......まあセラやメイドが手伝ってくれるからそんなに大変じゃないけど。



「ウォルファート様ー、呼びましたー?」



「お背中流しまーす♪」



「呼んでねえよ! 帰れよ!」



「「えー、つまんなーい」」



 うん、こんなメイド二人でもちゃんと働く時は働いてるからいいんだ、別にと俺は自分に言い聞かせる。な、泣いてなんかないぞ!




******




「でさあ、ラウリオ。物は相談なんだけどな」



「嫌です」



「まだ何にも言ってないよ?」



「冗談ですから」



 昼休みの暇潰しも兼ねて俺はラウリオと軽く剣を合わせていた。勿論怪我しないように実剣ではなく木刀で力も五割程度に加減してだ。軍事府には兵士の鍛練をするための訓練場がありその片隅を借りている。



「お前性格悪くなったなあ。前はそんな切り替えし言わなかったろうに」



 喋りながらも俺は手を休めない。軽く右、左と打ち込みラウリオの剣先を牽制する。ほー、手加減しているとはいえよくついて来るな。左右の連撃を木刀で上手く捌き、逆に俺の左足を狙ってきた。



「そりゃもう勇者様に鍛えられましたからね!」



「言うねえ。じゃ剣の腕の方はどうだい」



 にっ、と俺は笑う。一段階動きのレベルを上げる。力を五割から六割へ、大抵の相手はここでついてこれなくなるがお前はどうだ?



 ガシィ! と二本の木刀がぶつかり合う。と思う間もなくまた離れ再び激突する。近い間合い、遠い間合い、そして更に遠い間合いから俺もラウリオも加減を効かせた範囲で全力で剣を振るう。ハッ、中々やるな。ちゃんとついてきてるじゃないか。



「--ウォルファート様のおかげですよ。僕が自分の殻を破れたのは」



 言いざまラウリオの右からの横薙ぎが俺を狙う。下から受けて上に弾く。打ち終わりを狙ったがこれはあっさり防がれた。



「大したことはしてねえよ。ちょっとアドバイスしてやっただけだろ」



 すっと俺は間合いを詰めた。周囲の兵士達が足を止めて俺達二人の練習を見ているのが分かる。もっとも本当の意味で全ての攻防を把握出来ている奴は一人もいないだろうがな。



 パアン! と甲高い音が弾けラウリオが後方に飛ばされた。軽い打ち込みからそのまま俺が力で押し込んだんだ。まだこういう技術はお前には無いだろ。



「ちぇいっ!」



「悪くねえ!」



 躊躇が微塵も無い鋭い踏み込みからの俺の左肩を狙った袈裟懸けが急に空中で軌道を変えた。逆、右の二の腕を狙った横一文字の斬撃は意表をつかれかけたがそれを止める。ちっ、重いな。しかしいつの間にお前こんな技を使えるようになってやがったんだ? 相当柔軟な筋肉とバランス感覚が無いと使えないぞ、こんな技。やりやがる。



 笑みがこぼれた。嬉しかったからな。ラウリオが腕を上げたことが。俺とそこそこ剣を合わせられる相手が出来たことが。

 追ってくる木刀をかわしそのままラウリオの右側に回りこむ。よくついて来るな、しかしそろそろ終わりにするか。



「はっ!」



 打ち込む。奴の動きの先を読みつつスピードのレベルは上げずに無駄を無くす。動きと動きの隙間を無くす。より精密に、より正確にそれこそ指の一本、髪の毛一筋に至るまで神経を張り巡らせて俺は連撃を叩きこんだ。



 ラウリオも必死についてくる。潔く攻撃を捨てて防御一辺倒にしたのは正解だ。それでも遠慮なく行かせてもらうがな!



 二十合は打ち合っただろうか。木刀にもかかわらず空中で火花が生まれては消えて行く中、俺の連撃の一つがラウリオの木刀を叩き落とす。はっ、少し息が上がっちまった。いつのまにか聞こえなくなっていた周囲の雑音がまた戻ってくる。どうやら想像以上に集中していたらしい。



「......参りました、負けです」



「いやー、強くなったぜ? 俺以外なら大概勝てるだろうよ」



 膝を着いて肩で息をするラウリオに比べたら俺の消耗は大したことないが、この言葉は嘘じゃない。一対一という条件ならばラウリオに勝る人間など殆どいないだろう。遠距離から攻撃呪文を連発されたりしたらやばいだろうけど、よくここまで腕を上げたと称賛したくなる。



 周囲の兵士達からも「やっぱ勇者様つえー」「でもラウリオさんもいい勝負してたぜ」という声が聞こえてきた。分かるかお前ら。ラウリオ・フェルトナーがどれだけ努力してきたかさ。あの無名墓地(ネームレスセメタリー)の戦いをきっかけにこいつは限界を超えたんだ。



 ふらふらと立ち上がるラウリオに手を貸してやりながら「トーナメントでは本気でやろうぜ」と言ってやったら「番狂わせしてみますよ」といい笑顔で返されちまった。全く頼もしいくらい生意気になったもんだよな。




******




 イヴォーク侯がトップを張る総督府の主導で闘技会の件は徐々に煮詰められていく。参加条件は基本的に誰でも。ただし魔法の使用は禁止であり使える武器はあらかじめ用意された刃を潰したロングソード、槍、斧、ダガー、両手持ちの大剣(グレートソード)の中から選ぶ。希望者は簡素な鉄製の鎧や盾も借りることが出来る。



 首から上を狙うことは禁止であり、狙った時点で反則負けだ。胴体が標的だからといって必ずしも命の保障は無いが武器の攻撃力低下と合わせて考えればリスクは激減していると考えて差し支えない。

 危なくなれば審判が試合を強制的に命じることもあるという。これくらい備えがあれば十分だろう。



「その肝心の試合なんですけど、どうやって勝敗が着くんですの?」



 双子と一緒に知育玩具をやりながらセラが聞いてきた。赤、緑、青、黄色に塗られた多数の木片を同じ色同士に集めて陣地を作るという遊びだ。陣地はどんな形にしてもよく、発想力と手先が鍛えられるらしい。



「参ったというか失神した方が負けだ。一本勝負、分かりやすいだろ? お、シュレンは青を集めてるのか」



「んー、シュレン青色好きなの。ケビン君はねー、赤が好き」



「エリーゼ、黄色がいいなー、ちょーだい」



 好みが出てるなあ。ケビンか、あの父親は元気しているんだろうか。そんなことを考えているとセラが俺の方をじっと見る。



「何だよ? 心配すんな、危ないことにはならねえよ」



「そうですよね、勇者様ですもんね。大丈夫ですよね」



 一応そう言いはするものの、まだ顔は不安そうだ。ふっと伏せた顔に銀色の髪がかかり、セラの顔が見えなくなった。あるいは見せたくなかったのかもしれない。けれど双子と遊びながら彼女は明るく言った。



「私、応援しますね! きっとたくさんの方がウォルファート様の勇姿を見にいらっしゃいますわ。その方達に負けないくらい私とシュレンちゃんとエリーゼちゃんで応援しないといけませんもの!」



「おー、任せとけよ。俺が人前で戦うなんて中々見ること出来ないんだからな。シュレンもエリーゼも楽しみにしとけよ?」



「パパー、シュレンも出たいよお」



「エリーゼもお手伝いとか出来るもん!」



 おいおい、どうやら全員応援してくれるらしい。シュレンとエリーゼには「大人しく観客席にいろよ」とたしなめるのは忘れなかったが嬉しいことには変わり無い。



 闘技会は一種のお祭りという側面もある。出場者はその力と技を存分に披露し、観客はそれを声を限りに応援するという非日常はそれだけで心浮き立つものになる。決まった経緯がどうであれ、セラや双子が見て楽しめるような戦いぶりを見せてやるかと殊勝にも俺は決めた。



「よし、やってやるか。なんせ優勝したら100,000グランの賞金だぜ? そりゃもうやる気も出るよなあ」



「またそんな風に悪ぶって。私はウォルファート様が自分らしく暴れて怪我せずに帰ってきたらそれだけで十分ですよ」



 あれ、半分は本気だったんだけどセラには笑われてしまったな。しかしこいつ時々可愛いこと言うよな。











 時間は人間が何を意図しようとも着実に過ぎていく。王都では日増しに闘技会の話題が持ち切りになり、人々の口の端にそのことが上ることが増えていった。

 俺も、ラウリオもそれなりに真剣に闘技会に向けて鍛練を重ねる一方、出場しない俺の友人達はもうそれは好き勝手に言ってくれてやがる。



「本命がウォルファート様は外せないけど対抗がなあ、北の狼ですかね」



「あたしは当日決めるからね! だって人間だもん、何があるか分からないじゃん?」



「僕、敢えてラウリオさん本命にしようかな......いや、やはり優勝はきついか」



 あーもう、エルグレイもアニーもロリスも好き勝手なこと言ってやがるぜ。三人がワイワイやってる横ではアイラが「ラウリオさんの優勝が決まってその場で私にプロポーズなんかされちゃったりして。キャッ、恥ずかしい!」なんて阿呆な戯言を言ってたりする。聞いてるこっちが恥ずかしいっつーの。



「おい、お前ら。誰に賭けようが勝手だけどせめて応援だけはしろよ? いやほんと負けてくれ、とか冗談でも言うなよ」



「「「「当たり前じゃないですか、笑顔が素敵で優しくて格好よくて優勝候補筆頭のウォルファート様!」」」」



「何でそんな長い台詞が完璧にハモるんだよ、怪しいぞお前ら!」



 はー、全くさあ。俺って色んな人が周りにいてなんだかんだ楽しくやれてるよなあ。セラも双子もいるし、エルグレイ達は普段はあんなでも俺を慕ってくれるしな。



 なあ、ベリダムさんよ。俺、こいつらの前で恥かきたくないからさ。もし当たったら全力で返り討ちにしてやるよ。

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