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狐一匹、子供は二人

 うちの屋敷の庭は広い。冬に入り木々が葉を落としたこともあり、尚更広く見える。そんな敷地は今、積雪で白く染まりところどころに隠し切れない黒い土が見えていた。その黒い部分を何やら白い影がさっと過ぎる。



「走ったー! 速いねー!」



「狐さーん、あそぼー!」



 その白い影を追い回しているのは、外套に身を包んだ黒髪の男の子と金髪の女の子だ。楽しくて仕方ないと言わんばかりに満面の笑みであっちこっち走り回り、その白い影の主--この前拾ってきた雪狐だ--を捕まえようとする。だが小さくても野生の獣だ、そうおいそれと捕まる訳が無いだろう。



「あらもー、シュレンちゃんもエリーゼちゃんも狐さんに夢中ねえ」



「それはそうよね、だって可愛いもん」



 双子に何か危ないことが無いか、二人のメイドが見張っている。彼女らがそう話すのも分かる気はする。

 確かにあの雪狐は可愛い。俺達に保護された時には心身とも衰弱していたが、餌と水を与えて手当してやると、数日でよちよち歩けるようになった。その姿の可愛さ足るや、周りの人間の注意を一身に集めるに十分だ。



 そう、俺の意見なんか簡単に跳ね返されてしまう程に、皆ぞっこんというわけだ。



「キュー、キュキュッ!」



 双子に追われるのに疲れたのか、雪狐が立ち止まった。血の滴のような赤い目をキュッと細めてから身を縮め、ピョンと飛び上がった。その着地点はシュレンの頭だ。防寒用の帽子の上に軽々と着地し、その上で丸くなる。



「あー、シュレンずるいー! あたしも、あたしもー!」



「やーだー、僕のところにきたんだもーん。ねー、ルル」



 悔しそうにじだんだを踏むエリーゼに対して、シュレンは得意そうだ。その頭の上で、ルルと呼ばれた雪狐は一声「キュー!」と鳴いた。太いもふもふした尻尾がふわっと跳ねる。



 すっかり仲良しだ。うん、そう、これが続くのであれば俺も何も言わないんだが。何も動物を飼うことに反対なんじゃあないんだ。



 (後でつれーぞ)



 笑顔の双子とルルをメイドに任せる。俺は渋い顔のまま屋敷に戻った。雪で冷えたつま先が冷たく、その不快さに顔をしかめたまま。




******




 あの盛大過ぎる雪合戦の日の思わぬ拾い物、それは一匹の小さな小さな雪狐だった。まさに新雪のような真っ白な毛皮は触るとふわりと手が沈んだ。小犬くらいしか無い体のサイズも相まって、シュレンとエリーゼは夢中になった。



「かわいいー、エリーゼ連れていくんだー」



「えー、やだー! シュレンもー!」



「はいはい、駄目ですよ二人とも! 騒いだら怖がっちゃ......か、可愛い!」



 二人をたしなめていたセラまでこの様だ。全く女子供ってのは小さくて可愛い生き物見るとすぐこれだ、節操が無いぜ。



「お前らこんなちっこい頼りないのがいいの? もっとでかくて強そうな犬の方がいいんじゃね?」と俺がせっかく言ってやったのに白い目で見られる始末だ。

 エリーゼは「パパ分かってない! バツ!」とXマークを両手で作ってこちらに見せる。セラも表立っては言わないが「ほら、ウォルファート様。この子可愛いですよ?」と暗に俺の案を否定してきた。



 (何だよー、お前ら後で泣き見るぞ?)



 けど、俺はこの時点では余裕だった。三人に加えてメイド達がこの雪狐に、いつのまにかルルという名前をつけ餌をやるようになっても、全然余裕だった。何故かって?



 そりゃ簡単だ。野生の動物がいつまでも人に懐く訳は無い。というより、雪狐はその名前が示す通り完全に冬の動物だ。春から秋深くまでは、雪が残る高山や氷河が残る地域にわざわざ引っ越していく生き物なのだ。つまりこんな王都で本来飼える動物じゃない。



「な? だからお前ら、あんまりルルと仲良くすんな。どうせ春までしか一緒にいられないんだ、仲良くなったら別れが辛くなるぞ」



 俺はわざと突き放したように言ってやった。ルルと遊ぶ双子がちょっと不安そうな顔をしたけど、とりあえず今はこの新しい友達に夢中らしい。抱き抱えて庭の雪山に放り投げたりしている。ルルは見事な反射神経でくるりと一回転。雪山の上に着地し、そのままツツッと滑り降り、雪から顔を覗かせていた黄色い花を一輪くわえて持ってきた。



「ほら、見てください、ウォルファート様。ルル賢いですよ!」



「うん、そーだねすごいね頑張れ雪狐ふぁいとー」



 セラが嬉しそうにルルを指差すが、俺は一向に気乗りがしなかった。どのみち住む世界が違う生き物なのだ、情がかかるとしんどい。本当なら今すぐ王都の外へ首根っこ捕まえて放り出すところなのだが、せっかく双子が自分達から面倒を見ると宣言したのだ。二人の教育も兼ねて、飼うのを黙認していた。



「ルル、こっちこっち!」



「キュー」



「あー、エリーゼの方にも来てよー」



 シュレンとルルが遊んでいるところに、エリーゼが絡む。ま、この冬だけなら別にいいかと考えた。いつ頃ルルを野生に戻すかと、二人と一匹の姿を見ながら思案する。こんな俺は結構薄情な人間なのだろう。









「てわけで、今シュレンとエリーゼはあの雪狐に夢中なのさ」



 俺はくい、と顎をしゃくって部屋の隅を示した。早めの夕ご飯を済ませた双子は、ルルに餌をやっている。普段は庭の片隅に住んでいるルルだが、夕ご飯から双子が寝るまでの間だけは屋敷の中に入れることを俺が許可していた。

 シュレンもエリーゼも「一緒に寝たいー」と懇願したが、これは断固として認めなかった。何でも許していては示しがつかない。



「うーん、可愛いですから、双子ちゃんの気持ちも分かりますよ。でもウォルファート様の考えも分かるなあ。私からは何とも言えないかな」



「あたしも子供の時、犬が飼いたいと泣いて頼んだ覚えあるよ」



 俺が話していたのは、夕ご飯を食べに来ていたアイラとアニーだ。二人とも立場としては中立というところか。「お茶をお持ちしましたわ」と、セラが自ら全員にソーサーに乗ったティーカップを渡していく。寒い冬には何よりの贅沢だ。



「私も最初は可愛い! と浮かれていました。けれど、野の獣を飼い続ける訳にはいかないですよね。今は反省しています」



「いやいやいや、無理ないよセラさーん。だって雪狐でしょ? もふもふだよ? あのピンと尖った耳に鳴き声がキューだよ? そりゃ惹かれない方がおかしいわよ」



「まあ俺も可愛いのは認めるし、害は無いから置いておいたんだがな」



 セラをなだめるアニーの言葉に、俺は一言付け足した。紅茶を啜る。子供というのは何故動物が好きなのだろうと考える。



「やっぱあれかね、自分より弱い小さい生き物を側に置いて優越感に浸りたいからかね。子供が動物飼いたがるのって」



 そう、俺は素直に自分の意見を言っただけなのだ。けど女三人はこれに真っ向から反論してきた。



「そんなひねくれた見方しなくてもいいじゃないですか、ウォルファート様。素直に可愛い物は身近に置いておきたいからってだけですよ」とアイラにたしなめられ。



「力関係が常に適用されるなんて、ウォルファート様は殺伐とされすぎています。お可哀相です」とセラに泣かれ。



「双子ちゃんがルルに夢中だから嫉妬しちゃってるんでしょ? やだなあ、男の嫉妬はみっともないですよー」とアニーには何故か笑われた。



 くっそう、納得いかねえぜ。

 子供の世界なんて力が全て的な部分あるだろ。ま、大人にも権力やら財力やら腕力やらで人間関係決まる部分はあるけどさ。一応本音と建前ってやつが存在するからな。



 とにかくそんな風に冬の夕べは更けていったのさ。外は凍てつくような寒気に覆われているが、屋敷の中は暖かい。雪狐と引き離す時に双子が泣きわめくだろうなと憂鬱にはなりはしたが、それもまた成長の糧になると思えば必要経費だ。

 特に問題は無いよなあ、と思うことにした。お茶を飲み干し、俺は椅子の背もたれに寄り掛かりながら「うーん」と背伸びをした。




******




 それからニ週間後、そろそろ冬も終盤に差し掛かろうかという季節になった。この時期になると冬季で野菜が取れず高値になるわ、用水路の水は凍るわで色々と大変だ。

 毎朝ベッドから起き上がるのが苦痛で堪らない時期でもあり、俺は苦手だ。



「ホットワインが美味いくらいしかいいことがねえ」とセラに愚痴ると「もー、飲みすぎたらお体壊しますよ!」と頬を膨らませたあいつに怒られた。

 ついでに飲みかけのグラスを取られてしまった。

 俺立場弱いな、そうだ、久しぶりにお姉ちゃんのいる店ではっちゃけてくるかなんて楽しい妄想に浸ったりもしていた。



 そんなある日、真面目な俺は軍事府で今日も働いていた。二年前の今頃は無名墓地(ネームレスセメタリー)の攻略隊のメンバー選抜や訓練に勤しんでいたが、今は特にそういう特殊なことも無い。

 ごく普通の通常勤務、即ち定期報告、定期的な冬季訓練、予算の見直し、人事評価などを淡々とこなすのみ。平和なのはいいことだけどたまには刺激が欲しいぜ、と贅沢な悩みを噛み潰す。そして今、俺は業務の合間のつかの間の午後の休憩を楽しんでいた。



「はー、肩凝ったあ」



 軍事府には職員共通で使える休憩室がある。そこの椅子に座り肩をぐるりと回すと、見えない疲労が溜まっているのが分かった。あー、だりい。そうなんだよなあ、朝から会議と書類仕事で同じ姿勢していたんだ。普通に目は疲れるし肩も凝るわ。

 そんなお疲れ気味の俺だが、軍事府の若い連中から見るとやはり勇者に見えるようだ。



「お疲れ様です、ウォルファート様!」



「おー、そんな畏まらなくていいぞー」



 ビシッと踵同士をぶつけて最敬礼してくれるのはいいが、やり過ぎは体に毒だ。俺も別に若手を萎縮させたい訳じゃねえし、いやほんと。



「はっ、では失礼させていただきます!」



「右に同じく!」



 駄目だ。肩に力が入りまくっている。

 おっかしいなあ、俺どっちかというと話の分かるいい先輩だと思うんだけど、そんなに怖いかあ? ちっと聞いてみるか。



「ちょいちょい、そこの二人。君達、俺がざっくばらんな性格なの知ってるよね。何でそんな畏まってるのか教えてみ」



 俺はのほほーんとした様子で二人を促してみた。二人は顔を見合わせどうしようか、と悩んでいたようだが、意を決したかのように片方が話し始める。



「あのウォルファート様。先の雪合戦大会で参加された貴族の方々をたたきのめし、雪の上に正座させたというのは本当でありますか?」



「自分を標的にした罰として、彼らを裸足にして雪の中を歩かせて帰ったともお聞きしましたが」



 噴いた。



「ゲッホ、ゴホッ! だ、誰がするかそんなこと! というか誰が言ってやがったんだ?」



「え? 誰と言っても何となく噂で......」



「雪合戦で負けた貴族の方々が顔を付き合わせて、どんよりした顔でおっしゃっていて......」



 困惑したような顔の二人から話を何とか引き出す。

 要は雪合戦ですら俺一人に敵わないのかと、貴族達が悲観的になったようだ。彼らがぼそぼそ話しているのを聞いた連中が、勝手に話に尾鰭を付けたらしい。

 しかもご丁寧なことに「戦勝記念として、白い子狐をさらい屋敷にほうり込んでいる」という噂まで立っているんだそうだ。



「デマだデマだ大嘘だ! 一人俺だけ狙われて泣きそうなのに、そんな噂信じるな、マジで、いやほんと! おまけにあの狐は--」



「「やはり狐をかっさらっていったのは本当なんですか! 実は狐汁にして食べてしまったとかー!!」」



「人の話は最後まで聞けよ、オイ!?」



 もうやだ、何で俺の周りはこんな騒がしいのばっかりなんだとため息をつきつつ、二人の誤解を解いていく。最初は半信半疑だった二人も、俺の熱の入った弁解に次第に納得してくれたようだ。



「そうだったんですか、ウォルファート様。俺達誤解していました」



「ですよね、勇者様がそんな酷い仕打ちするわけないですよね」



「おう、分かればいいんだよ。全く」



「「銀髪の大人しそうな美少女と金髪の勝ち気そうな美少女と青いショートカットの美少女に挟まれて、至極ご満悦ということは良く分かりましたよ!」」



「全然分かってねえよ!」



 駄目だこいつら。早く何とかしないと......








 休憩に行って何故か更に疲れて戻ってくる羽目になった。ん、執務室の前に人がいる? 来客らしきその二人がこちらに振り向く。そのうち一人は良く見知った顔だ。



「あれ、アニー。何でお前ここにいんの」



 いつになく真面目な顔の彼女は答えるより前に、さっと頭を下げた。その横の栗色の短い髪が印象的な女が、深々と頭を下げながら代わりに答える。年はアニーより少し上だろうか。



「ご多忙のところ申し訳ございません、オルレアン公爵閣下。火急の用件につき、冒険者ギルドからの使いで参りました。私、ミランダと申します。こちらのアニーの先輩格に当たります」



 口調も言葉の内容も真剣だが、何よりこのミランダさんの目が真剣だよな。分かった、まずは用件をお聞きするか。

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