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冬といえば雪合戦なんだよ

 ふわあ、と欠伸が出そうなところを俺は噛み殺した。開いた口の隙間からそっと忍び込んだ空気は冷たく、思わず身体が震えてしまう。仕方ないだろ、勇者っつっても俺も普通の人間だってことさ。



「ゆきだー! まっしろー!」



「すべるー、キャハハハ」



「ほら、寄り道しちゃいけませんよー。雪に隠れている溝にはまったりしますからね」



 俺の前の方にはズラズラと並んで歩く子供達--より具体的に言おうか。王立幼稚園グランブルーメ一期生の園児達と、引率する大人達がいた。

 園児に声をかけたのはイヴォーク侯だ。咋春の入園から十ヶ月程が経過した中冬の月の現在、全員一回り身体が大きくなったように見えた。頼もしいことだ、子供(ガキ)の成長ってのは速いもんだな。



「ウォルファート様。思うんですけど、身体が大きくなったように見えるのは、冬服着てもこもこしてるからじゃないですか?」



「あー......そうだね」



 俺と並んで最後尾を歩くラウリオの指摘に、生返事を返す。まあ確かにそれもあるよな。

 子供って大人に比べて頭が大きいから、どうしても丸っこく見える。それが冬服を着て着膨れすれば、どうしても毛玉が歩いているように見えるのも無理はないな。



 一応王都から出た野外なので、周囲をぐるりと警戒する。細い木々に張り付くように積もった雪と、白い地面から飛び出した茶色い草くらいしか辺りには無い。

 先発隊の兵士が道をならしてくれたので極端な積雪は既になく、鼻唄交じりの雪道の散歩といった風情だ。そりゃまあ、引率される園児達は全員が貴族の子弟だ。何かあったらまずいわな。



「パパー、雪にぽふってやったら、僕の形に穴があいたよー。たのしー」



「ああ、面白いなケビン! お前がこんなに活発な子供になったところを見ることが出来たら......天国の母さんもどんなに喜ぶか、ウウッ」



「パパ泣かないでー」



 ケビンとその父親はいつもどおりのようだ。ぱっと見たところそんなうだつの上がらない感じでもないのに、再婚しないのだろうか。他人事ながら心配になる、なんて言ったら皆から「ウォルファート様自身が未婚じゃないですか」と言われるのは目に見えている。だから敢えて言わないけどな。



「あの親子のところ、父一人子一人みたいですね。苦労されてるんだろうな」



「だな。けど、あれより苦労してそうな親子を俺は知ってるぜ。誰とは言わないけどな」



 ラウリオに答えながら、俺は顔にはらりとかかった粉雪を払う。脳裏に浮かんだのは、長い黒髪の父親と四本の腕を持つ子供の二人組の姿だ。人間でもないあいつらと会ってから二年以上が経過するが、全く目撃情報もない。どうやって隠れているのやら。



 誰のことかと聞きたそうなラウリオをいなし、しばらく行列の後ろを歩く。それは長くは続かなかった。やがて広々とした原っぱみたいな場所に出る。数日前まで降っていた雪は、この寒さの中未だに溶けず残っていた。その残雪が綺麗な長方形のフィールドに整えられているのは、先行した兵士達の苦労の賜物だろう。



「はい、着きましたよー。それじゃあ組分けしますから、皆縦一列に並んでくださーい。親御さん達も同じようにして下さいねー」



 イヴォーク侯の声が響いた。それを聞いてワッと沸き返るのは、子供とその付き添いの大人達だ。対照的にホッとした様子を見せているのは、この雪のフィールドを警護している兵士達だ。ああ、寒い中まじでご苦労様です。



「しかしさ、寒中雪合戦大会とか幼稚園でやることなのかよ。寒いんですけど?」



 諦めの悪い俺の独り言など、雪に目を輝かせている園児共に聞こえるはずもなかった。




******




「は? 雪合戦? わざわざ王都の外に出て?」



 グランブルーメからのお知らせを聞いた時、俺が間の抜けた返事をしたのは数日前のことだ。

 ばかすかと降っていた雪がようやく止んだ。やれやれと思いながら帰ってきたんだけど、シュレンとエリーゼが纏わり付きながら叫ぶ。



「そーなのー。今日園長せんせーがやるっていったんだー」



「父兄の皆さんにもお知らせだって、パパもきてー」



 二人揃って騒ぐのでイマイチ聞きとり辛かった。けど、セラが苦笑しながら渡してきた紙を読むことで理解は出来た。ああ、子供には楽しいことが発生したこと、同時に大人には面倒くさいことが発生したことをさ。



「イヴォーク侯ェェ......何で父兄参加ありの雪合戦なんか企画してんだ」



 要は簡単な話だよ。野外に降った雪を利用して、園児の遊びの延長で雪合戦大会をしようってことだ。

 しかも"父兄参加希望! どしどしお越しください!"とか気合いの入った文字で、イヴォーク侯直筆のサインがしてある。よっぽどの事が無い限り、ほとんどの親は参加せざるを得ないだろう。ああ見えてもイヴォーク・パルサードは侯爵位持ち、シュレイオーネ王国内で五本の指に入る名家なのだから。



「けど王都の外に出たら、この季節とはいえ魔物の危険はあるだろうに大丈夫なのか? 何か言ってた?」



「お迎えの時に聞きましたよ。兵士の方々を先行させて警備させるし王都からごく近いところだから、危険は無いと判断されたそうです。イヴォーク侯、凄い気合いの入り方でした。雪合戦用のフィールドもその兵士の方々に整備させてるらしくて」



「ふ、ふーん。じゃあやるしかないよね」



 力の入れ所を間違っているような気もするが、分からなくもない。何せグランブルーメに通う園児達は貴族の子供達だ。

 将来は王国を背負って立つ人材に育たなくてはならない子供達であり、その教育には必然的に体力強化も含まれる。



 だからまあ分からなくはないのさ。楽しみながら体力強化、結構なことだ。




******




「けど、この糞寒いのに雪合戦に付き合わされるとはなあ、何でだろーなー」



「まーまー、ウォルファート様。ぼやかないでくださいよ、やると楽しいですからな!」



 俺のぼやきに対して、イヴォーク侯が目をキラキラさせて答えた。元気だな、この人。うん、でもさ、熱意ありすぎじゃね? 

 そう、この雪合戦大会の参加者は園児だけじゃない。強制でこそないが、同伴した父兄も加わるのだ。



 今行われているのは園児達だけによる第一戦だ。ちび共がキャーキャー言いながら雪玉を放る様は、実に微笑ましい。

 しかし次に予定される第二戦は大人オンリー、第三戦は園児と大人の混合参加という形で一緒に雪合戦するという。一体何故......?



「雪合戦で戦闘に対する感覚を、大人も研ぎ澄ませるべきだからですよ。遊びでやってもらっては困りますよ、ウォルファート様」



「そんなシリアスなもんなんすか、これ!? 雪玉に石を仕込んで殺傷力上げたりとかしてないでしょうね!」



 真面目な顔でイヴォーク侯が言うから、俺は心配になってきた。遊びの一環と思っていたのに、ちょっと違うのかもしれない。



「は? むしろなんでやらないんですか? 氷系に限り魔法の使用もありですけど?」



「戦争かよ! 止めろよ、誰か死ぬぞ!」



 いや、ちょっとじゃなくて全然違うのかもしれない。園児達が喚声を上げながら雪玉をぽんぽん放っているのはいいさ。

 だがその脇では、大人達が鉄製のヘルメットを被り酷く真剣な表情になっている。よく見ればブツブツと何か呟いている者もいるじゃないか。



「くくっ、普段頭が上がらない高位の貴族様に一泡吹かすいい機会だぜ」



「父上、私この雪合戦で女をあげますわ。いえ、戦場には男も女も関係ありませんわね。ただ雪玉を武器とする戦士一人......!」



「ケビン、見ていろよ。パパ立派に戦ってくるからな。なあに、死ぬ気でやれば、パパだって勇者様の顔面に一発二発くらいぶつけてやれるさ!」



 すごく皆物騒なんですけど。特に最後に聞こえてきたケビンのお父さん、ほんと止めて欲しいんですけど!

 おかしいな、お知らせの紙にそんなこと書いていたかと慌てて懐から取り出した。目を皿のようにして読み直す。



 あった。すごい隅っこに小さく"大人は本気。死ぬ気でやること奨励"と書いてある。

 いかん、見落としていた。というかこんな小さい文字一々気に止めないぞ、普通。詐欺商法かよ。



「イ、イヴォーク侯。これさあ、冗談だよね? びっくりジョークで、ほんとは大人も和やかに雪玉投げるんだよね?」



「ウォルファート様」



「はい」



「......いつから遊びだと錯覚していた?」



「最初からだよ悪かったな!?」



 俺とイヴォーク侯が不毛な言い争いをしている間に、園児達だけの第一戦が終わった。シュレンとエリーゼも雪まみれになりながらも楽しそうに笑っている。こちらに向かって手を振ってきたので、俺も笑顔で手を振り返す。うん、多分俺の笑顔は引き攣っていただろうよ。



「ウォルファート様、ご武運を」



「やめろよ、ラウリオ。ていうかお前は参加しないんだな」



「はい、僕は園児の父兄でもないですからね」



 この時ほどラウリオが羨ましいと思ったことはない。しかし戦いの火蓋は切られたんだ、もう迷っている暇はねえ。

 園児達がフィールドの外に出て、一定以上の距離を取る。代わりにフィールドの中に踏み込んだのは、殺気満々の大人達だ。彼らからの流れ弾を防ぐために、兵士達が園児の前に壁となり立ちはだかった。



 白い雪が一面に覆うこのフィールドも、第二戦が終わる頃には流血で赤く染め上げられるのか。そんな不吉な予想が頭を過ぎる。いや、それどころか屍達が積み重ならないとも限らない。こいつは間違いない。ある種の戦争だ。



「よーし、今から第二戦開始ぃいいい! 方式は簡単、最後まで立っていた人間の優勝だー! 周囲全員敵と思えぇえー!」



「「「おおおおおー!!」」」



 どシリアスなイヴォーク侯の声に、全員が大声で反応した。パッと散開し、それぞれが身を隠すことの出来る起伏に回り込む。そしてすぐに早速雪玉を投げ始めた。

 ほとんどは本気で投げているとはいえ、大したスピードでもない。俺に向かって投げられた二、三球を余裕で回避する。お返しに挨拶代わりに当ててやった。



「「パパしゅごい、当てまくれー」」



「おー、まー見てろ」



 シュレンとエリーゼが応援してくれるので気を良くして、さらに二人ほど仕留めてやった。けれど風向きが変わったのはここからだ。



「諸君! やはりウォルファート・オルレアン公爵の戦闘力が突出しているようだ! 規則(ルール)変更、ウォルファート様以外の全員vsウォルファート様にするぞ!」



「止めろ馬鹿ー!」



「「「っしゃあああ! 目標勇者様ぁあああ!」」」



「ゆうしゃさまファイトー!」



「みんながんばれー!」



 イヴォーク侯のいきなりの規則(ルール)変更の宣告に、フィールドが沸き立つ。木霊するのは俺の悲鳴、他の参加者の喚声、そして周りの園児達の応援全てだ。こんなのが聞こえてきたら、仮に周りに魔物がいてもびびって逃げ出すだろうよ。



「撃てー、狙えー!」



「魔法ぶつけさせていただきます、すいません勇者様!」



「ケビン、パパは、パパは勇者様の首を取ってママの墓前に捧げるぞおおお!」



 こう、何でしょうか。



 まあ本気で倒す気で来るわけないと分かっていても。



 切なくなってくるのは、俺の心が弱いからでしょうか。



「なんてしみじみしてる場合じゃねえなあ! やったらあ、氷雪弾(スノーバレット)!」



 向かってくる奴には雪合戦でも容赦しねーぜ、火炎弾(フレイムバレット)の雪バージョン、対多数にはうってつけの攻撃呪文で応戦してやるよ。貴族の皆さんの衿元に雪詰め込んで後悔させてやっからな?




******




 すげー疲れたんですけど。ええ、ほんと。第二戦が終わった時には肩で息を切らしていた俺は、そのまま子供と大人混合の第三戦にも参加した。

 これは子供に配慮したのだろう。和やかにぽいっと雪玉を投げ合うだけの楽しい物だったから良かった。



 もっとも純粋に楽しむには、疲れ過ぎていたがな。俺は虚ろな目で雪玉を放ったり、逆に当てられたりしていたんだがな。



「たのしかったね、パパー。シュレンねー、いっぱい当てたよー」



 あーうん、凄い凄いねシュレン。黒い髪に雪がついて雪だるまみたいですけど、ちゃんと払って帰ろうな。



「パパ、あのね、エリーゼね。馬乗りになって他の子の顔に雪ぶつけたらその子泣いちゃったの! 勝ったの!」



「どどどどどどこの家の子にやりやがりましたか、エリーゼ!?」



 誇らしげに笑うエリーゼの肩を掴み俺がガクガクと揺らし詰問したりもしたのも、まあ些細な問題だと思う。多分。







 キュー。







「あん? 今何か聞こえなかったか?」



「ウォルファート様、あそこ何かいますよ」



 怪訝そうな顔をした俺に、ラウリオが答える。彼が指差した先には小さな白い--雪に溶け込みそうな色の白い何かがいた。

 最初は目の錯覚かと思ったけど、冬の弱い日差しで出来たそれの小さな影が動いたのに気づいた。多分子犬ほどの大きさしかない。酷く頼りなく見えたね。



「あー、雪狐か? あれ、でも何か変だな」



 俺がそう思ったのには訳がある。雪狐は冬を活動期とする動物だ。人の住む領域には普通近づかない。そんな警戒心が強い動物なのさ。それにさ、普通家族で群れて生活してるんだよな。

 なのに、何であれは一匹だけでふらふらしてるんだよ。



 俺達の視線が一点に集められているのに気づいたのか、兵士達がさっと武器を雪狐に向ける。普通ならこれで逃げていくはずの白い獣は、それでもそこに佇み続けていた。別に人を襲う動物じゃないし害は無いんだけどと、俺が放置を決めた時だ。



「パパ、あれ欲しいー!」とシュレンが叫んだと思えば。



「かわいいー! 連れてかえるー!」とエリーゼは目を輝かせた。



 ああ、そうさ。いくら何でもこれだけ騒げば逃げると俺は思ってた。だから無視していたんだけどな。



 ポテン



「--は?」



 その小さな雪狐は嘘みたいな軽い音を立てて、雪上に転がった。俺とラウリオが顔を見合わせた隙に、ダッと音を立てて双子が倒れた小さな獣に襲いかかる、いや、走って近寄った。そのままその小さな手で雪狐を抱き抱える。



 (おいおい、まさか)



「「気絶してるよー! おうちに連れてくー!」」








 そう、本当の問題ってのは、いつだって一番最後にやってくるのさ。

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