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真実を告げるってのは気が重いな

 シュレンとエリーゼの三歳の誕生日は賑やかだったなあと、俺は思い出す。あの時は無名墓地(ネームレスセメタリー)から帰ってきた直後だったんだよな。あれからもう一年か。そう思うと感慨深い。


 (今年も無事に誕生日会は終えることが出来ました、で終わらないんだよな)



 眠りについた双子の顔を見ながら、覚悟を新たにする。明日言うという決意はもう動かない。アニーとロリスが言ってくれたように、双子が動揺したとしてもさ。俺やセラや周りの人間が見守ってやれるはずだ。多少時間はかかるかもしれないけど、この四年間に比べたら軽いもんだ。



「おやすみ」



 去り際かけた声に応えたのは、スースーという寝息だけ。うん、まあ良く寝てくれ。明日の夜はなかなか寝付けないかもしれないし。



「今年も楽しかったですね、お誕生日会」



「そだな」



「来年も皆でお祝い出来るといいですよね」



「ああ。そうだな」



 セラへの返事がどこか上の空になっちまったけど、明日の事を考えていたから大目に見て欲しい。シュレンとエリーゼの仮の母親役は俺の心情を察したのか、青い右目を伏せて「私も寝ますね、おやすみなさいませ」と挨拶をしてくれた。というか、俺が部屋を出なくてはならないんだが。



 おやすみと声をかけ、自室に戻る。夏を迎えつつある夜の空気は奇妙な程心地好い暖かさだったから、瞼を閉じた俺を眠りに落とし込むのに時間はかからなかった。




******




「えー、シュレン。エリーゼ。よく聞くように」



 翌日、いよいよ例の件を告げることにした俺は、朝食後に二人に声をかけた。天気は生憎の雨、全くすっきりしない。

 今日言うということは使用人にも事前に言ってあるので、全員がそれは承知済み。だからか朝から何となく屋敷の中は緊張感があった。



「なーにー、パパ」



「お人形さんごっこしたいー」



 シュレンとエリーゼがこちらに近づいてきた。相変わらずエリーゼは去年貰った生体人形(バイオドール)が大好きだ。乱暴に扱ってもすぐに元に戻るからだろうか......いや、今はそれは置いておこう。



 膝を落として二人の目を見る。右手をシュレンの頭に、左手をエリーゼの頭に置く。ここまで散々悩んだからか、心臓はドキドキせず、それがありがたかった。



「いいか、一回しか言わないからな。パパはお前達の本当のパパじゃないんだ」



 双子が顔を見合わせた。髪や目の色が全然違うから普段は双子という感じはしない二人だ。でもこうして見ると、その横顔はそっくりだ。四歳児の頭では理解しきれないのか、首を傾げている。



「パパが......パパじゃなーいー? でもシュレンのパパ、ここいるよ?」



「エリーゼのパパ、パパだよねー? あれー」



「ああ、うん。分かりやすく言うと」



 何をどうこれ以上分かりやすく言えばよく分からないまま、何とか言葉を繋ごうとする。後ろからセラが小さな声で「頑張ってください」と言うのが聞こえた。



「お前らの本当のパパとママはもう死んでいるんだ。俺はすっごーくお前らが小さい時に、引き取って育ててきたんだよ。だから俺とお前らは実の親子じゃあないんだ」



 言葉の意味が全部は分からないとは思う。だが、子供なりに俺が真剣に何かを伝えようとしているのは理解したのだろう。

 二人とも困惑したように顔を見合わせ、いつのまにか手を繋いでいる。無意識に世界でただ二人、血の繋がった相手を求めているかと思うと切ない。



「パパ、パパじゃないの......? シュレンやだよー!」



「エリーゼ、パパがいー! パパじゃないのやだー!」



 二人はそう叫ぶとパッと背を翻した。「おい!」と声をかけたがそれでも止まらず、小さな二人は子供部屋へと続く廊下を駆けていく。その背中を目で追えただけだ。

 追わなければと頭では思ってはいても体がすくむ。足が動かない。くそ、何やってんだ俺は。こんな時にびびっててどうすんだよ!



「ウォルファート様はここに居てください。私が見てきますから大丈夫です」



「いや、俺が行かないと」



「双子ちゃん以上にウォルファート様が動揺されてますから。だから私に任せて」



 気丈に俺に言い放ち、セラがさっと廊下に踊り出た。それを見送るだけしか出来なかった俺は急に疲労感を覚えて、手近な椅子に座り込む。どさっと崩れるように座ったせいで、椅子が抗議の声をあげるようにキィと鳴いた。



 言ってしまった。



 俺は......取り返しのつかないことを言ってしまったんじゃないかという思いが喉を締め付ける。いや、いつまでも隠せるもんでもないし、仕方なかったんだ。

 ゆるゆると頭を振るが、それでも心は重い。メイドが気を利かせて持ってきてくれた冷たい水を一気に飲み干す。ようやく人心地が着いた。けれど、困惑と驚愕で目を見開いたシュレンとエリーゼの顔が、しばらく脳裏から離れなかった。







「ウォルファート様、ウォルファート様」



 疲労を覚え自室に戻ってから、どれくらい時間が経過しただろうか。日はさほど昇ってはいない。多分一時間は経っていないと思いつつ、聞き覚えのある声がした扉の方にノロノロと首を傾けた。



「セラか。どうなった? 二人の様子は」



 我ながら酷い声だ。元気の欠片もない。それでも厚い扉はそんな頼りない声を寛容に通してくれたのか、細く開いた隙間からセラが顔を見せた。沈痛な表情だが落ち込んではいない。



「ええと、先程泣き止みました。二人で子供部屋に逃げていって押し入れに逃げ込んでいたのですが、私がその前で粘っていると渋々ながら出てきてくれました。べそかきながらですが......」



「すまん。しんどい思いをさせたな」



「いえ。それはいいんですけど。良くないのは双子ちゃんの様子ですね」



 小さな声で呟きながら、セラは右手をすっと前に出した。彼女の小さな手の甲には、痛々しい赤い歯形がついている。

 まだ血が滲むその跡に、俺はギョッとなった。まさか......あの双子が?



「それ、シュレンが? エリーゼが? う、嘘だろ」



「エリーゼちゃんですね。抱き寄せようとした時に、思い切り噛み付かれました。泣く方は落ち着きつつありますけど、代わりに荒れてきたというか」



 セラの手にくっきりついた歯形を見れば、相当痛かったのは容易に分かる。エリーゼは活発な女の子だが、暴力を振るうような子じゃない。

 しかし、信じられないが真実なのだろう。この状況でセラが嘘をつくはずが無かった。



「二人はどこにいるんだ。俺が話してくる」



「今は子供部屋です。不用意に近寄らなければ攻撃はしてこないので、メイドの方に見てもらって私がここに来ました」



 その言葉の後半を、俺は半分聞き流していた。あいつら、怒ってんだなということさえ分かれば十分だった。セラに初級の回復呪文である治癒(ヒール)をかけてやる。情けないことに俺は回復呪文はこれしか使えない。それでも子供に噛まれた傷くらいなら、瞬時に治せた。



「とりあえず塞がったか」



 それだけ言いつつ子供部屋に急ぐ。治ったばかりの右手を気にしながら、セラが追ってきた。



「どうされるんですか、ウォルファート様」



「どうって決まってるだろ。二人と話すんだよ。ちょっと俺も落ち着いたから大丈夫だ」



「で、でも! お気持ちは分かりますけど、危ないですよ。凄く今シュレンちゃんもエリーゼちゃんも機嫌悪くて!」



「機嫌悪いのは当たり前だろ、今の今まで信じてたもんが急に無くなったんだ。ここで俺が逃げたら--あいつらの気持ちのぶつけどころがねえだろうが」



 セラが俺を心配してくれるのはありがたい。だが、これだけは譲れない。

 ただの勘だけど、双子が荒れているのは悲しいからじゃないかと思う。一応俺を父親だと考えていた拠り所が無くなった不安感などもあるだろう。



「入るぞ、シュレン、エリーゼ」



 子供部屋の扉を有無を言わせず開けた。と思ったら、部屋の隅の方に縮こまっている双子がこちらを向いたのが見えた。メイド二人に見守られており、小康状態ってとこか。

 めちゃくちゃに不機嫌なのが伝わる顔だな。赤ちゃんの時によくこんな顔してたな、と思い出す。



 言いたいことがあってそれが溢れそうになっているのにどう表現していいか分からない時、あんな表情になってたっけな。

 勿論赤ちゃんの時より二人とも大きくなっているから、まんま一緒じゃないけど。でも泣きべそかきながらも悔しいような悲しいような顔しているところは変わらねえんだな、と変な部分で感心してしまう。



「お前らは怪我してねえよな、と思ったけど引っかかれたりしたってか」



「うう......面目ないです、ウォルファート様」



「いつもいつも使用人の分際でいじらせてもらってるから、こんな時くらい役に立とうと思いまして。お二人ととにかく話くらいはしようと考えたんですが」



「やだっ、近寄るな! って言われて、うちらが伸ばした手を思い切りはたかれたり、引っかかれたりして」



「近寄ることもままならぬままアタシ達、セラさんがいない間おやつもあげることも出来ず、ほんとにお二人を見ていただけという体たらく......」



 落ち込む二人に「気にすんな、こりゃ親の仕事だ」と言ってやり部屋から出す。ま、あれくらいの擦り傷ならすぐ治るさ。ちょっとはこいつらも懲りて俺をいじるのを控えるようになるかもしれないけど、まあそれはいい。



 今はとにかく、このぶんむくれたシュレンとエリーゼと話し合わなくちゃな。どうすればいいのか全然分からない。だが、この場で何とか出来るのは俺だけだろう。

 しかし改めて見ると、随分泣き腫らしたらしく二人とも目が真っ赤だ。いくら子供でも、あれだけ泣いたら顔が腫れるんじゃなかろうか。



「「来ないでっ!!」」



 俺が向き合った瞬間、息の合った金切り声が飛んできた。耳にキンとそれが響き、その鋭さに驚く。いや、でもこんな程度で怯んでいたら駄目だろ、向かい合わなきゃ。



「なあ、シュレン。エリーゼ。怒ってるのは分かる」



 俺は膝を落とした。目の高さを二人の顔の高さに揃えた。背後でセラが緊張しているのが気配で分かる。大丈夫だ、心配すんな。伊達に俺だって四年もこいつら見てきたわけじゃないんだ。



「パパじゃないパパ嫌い!」とシュレンが叫んだ。うっ、けど仕方ねえよな。



「皆嫌い! 嘘つき!」と今度はエリーゼから攻撃が来る。うわ、本気で子供に嫌われるってきっついもんがあるな。



 痛々しいまでに鋭い目つきとそれに負けない尖った言葉、そしていつもの二人なら絶対使わない態度。時折癇癪を起こすことはあっても、三歳を超えたあたりから、段々考えを言葉と態度で示せるようになったから、感情的になる場面は減っていた。

 けど今のこいつらは、もう剥き出しの激情をそのまま叩きつけている。



 メイドが差し出したミルクが払われたのだろうか、二人の足元の絨毯が白く濡れていることに気がついた。仕方ない、こうなったらシュレンとエリーゼが落ち着くまで好きにぶん殴らせてやるか。ひとしきり暴れたら、疲れてこちらに耳も傾けてくれるだろう。



「嘘つきか。そうだな、今まで本当のこと言わなかったのはお前らの為を思ってってのもあったけど......確かにそう言われても仕方ないよな。ごめんな」



 なるべく穏やかに言ったつもりだった。けれど二人からは言葉による返事はない。返ってきたのは空のコップ(ミルクが入っていたやつか)が二つ、それが思い切り俺に投げつけられた。わざと避けずにいると右肩と左腕に軽い衝撃があり、ミルクの白い飛沫が服にこぼれた。



 (全部受けてやるか)



 セラに噛み付いたことを考えたら、こんなの序の口だろ。ちょっとやそっとで壊れる勇者様じゃねえんだ、思い切りぶつかってこいよ。

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