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今日の夕食は賑やかです

「ふーむ。幼稚園ねえ」



 俺の手元にあるのは、午後の全体会議の目玉である王立幼稚園の設立について記された資料だ。紙数枚程度にまとめられたその資料はあくまで概要を綴った程度の物で、とても簡潔に内容が記されていた。



 要点を把握するため、もう一回自分で目を通しながら資料にメモを書き込む。今はもう夕方で自分の仕事は終わっていた。この程度の自由は許されるだろう。



・入園の対象は来年の中春の月から初春の月までの十二ヶ月の間に四歳になる幼児とする。性別は問わない。



・王都に住む貴族の子息に限定する。



・幼児達が日中過ごす施設については現在幾つか候補を探しており、年明けには決定する予定である。



・通う期間は三年とし(四歳から六歳)、卒園をもって幼稚園児の終了とする。



 重要そうな部分はこんなところだ。無料ではなく幼稚園に謝礼という形で月々一定の料金(月謝というんだそうだ)を払うことになる。この幼稚園に入るのは強制ではないものの、オリオス国王陛下がこの案に乗り気になっていることを考えると断る貴族はいないだろう。誰だって主の不興は買いたくはない。



 (貴族の幼児に集団生活を学ばせる機会を作る、か。いいんだけど一筋縄で行くかな?)



 職場の椅子にもたれながら俺はうーんと伸びをした。今まで貴族の子弟というのは家で家庭教師から学ぶことが普通だったんだ。ある程度の年齢--大体十歳前後かな--になるとより専門的なことを学ぶために、自分の学びたいことを教えてくれる師となる人間を訪ねるケースもある。



 でも幼児を対象として朝から夕方まで一緒に過ごさせるというのは今まで無かった。年齢が年齢だけに、学問ではなくお遊戯を通して横のつながりを広げたりすることが主な目的らしい。



 (とりあえず帰ってセラと話そう)



 慣れないことを一人で考えると疲れる。俺は机の上を簡単に片付けて帰ることにした。




******




 夕食の席で俺が幼稚園の件を話し始めた時、セラは注意深く聞きいっていた。まだ風呂に入る前の双子は、邪魔をしないようにメイドに相手をしてもらいながら別の部屋で遊んでいる。人手があると助かるよな。



「んんん、ということはですね。シュレンちゃんとエリーゼちゃんは来年の春からその幼稚園という場所に通うことになるわけですね?」



「そうだな。強制じゃないけど行かせない訳にもいかないだろう。それに行かせた方があいつらの為にもなりそうだし」



 俺の言葉にセラはちょっと悲しそうに顔を曇らせた。どうしたんだ、急に。



「それは私の二人へのお世話が足りないということでしょうか。一生懸命努めてきたつもりなのですが」



「!? いや、そうじゃねえよ! ただ、どうしても屋敷で過ごしていると交友関係が広がらなくて、シュレンとエリーゼも同年代の子供をお互いしか知らないことになりがちだろ。たまに公園で他の子と遊ぶことはあってもな」



 ふー、まさかセラが懸念することがそっちとは思わなかった。そりゃあ完璧ではないにせよ、双子の遊び相手としては十分以上にセラはよくやっていると思う。この夏、二人が同時に熱出した時などもメイドの手を借りながらよく看病していたし。



「だからシュレンとエリーゼが幼稚園に行くことがプラスに働くからって言ってもだな、それがお前の評価を下げることにはならない。それは心配するな」



「それならいいのですが。何だか私が至らないから幼稚園に行かせた方がいいとおっしゃったのかと思い、勘違いしてしまいました」



「はー、駄目だなあ勇者様は~。こんなに元気な三歳児相手に体を張って頑張っている可愛いセラちゃんを泣かしそうになって」



 右から聞こえてきた聞き慣れた声に、俺は口を開く代わりに視線だけ横目で飛ばした。声の主は「いつもながら美味しいですよね、このお屋敷のお料理」と全く気にしていない様子でパンに焼いた子羊の肉の薄切りを乗せている。そのはしばみ色をした瞳が、俺の薄茶色の目の視界の端で悪戯っぽくウインクした。



「アニー君」



「はい、何か? あっ、まさかあたしの今のウインクでドキッとしたとかそういう話ですか......そうなんです最近女らしくなったって職場(冒険者ギルド)でも噂なんですよ、ええ」



「君、いつからそこで飯食ってるのかね?」



「ついさっきです。お腹空いたし、今日はお姉ちゃんも帰り遅いからお屋敷で食べさせてもらおうと思って」



 凄くしれっとした顔でアニー・オーリーは答えてきた。そう、最近うちとオーリー姉妹の間で「5グラン払えば夕食勝手に食べに来てもいいよ」という協定が結ばれている。無料ではしめしがつかないということで、親しき仲にも礼儀ありと一応5グランが屋敷で供される食費代になっているんだ。だからアニーも今もふもふと二品目の季節の野菜の肉詰めクリームソースかけを食べているが、料理番にちゃんと金は払ったのだろう。



 そこには全く問題はない。

 俺が問題にしたいのは。



「俺に気配も悟らせずどうやって座った?」



「よくぞ聞いてくれました。今日ギルドで教わったスカウトスキルの隠密を駆使したんですよ。いやー、お屋敷の絨毯が厚いのも幸いしましたね!」



「......なんで一介の受付嬢がスキル習得してんだ世の中間違ってるぞ」



 いくら食事中でセラを相手にしていて注意を怠っていたからといってもだ。たかだかアニーの気配を悟ることが出来ないとは、よほど俺が腑抜けているのか。いや、まさかそこまで落ちてはいまい。



「変な男に見つけられないように最近は習得必須なんです。特に! あたしみたいな可愛い女の子にはもうわんさかと男が寄って--」



「あのー、アニーさん」



 聞かれてもいない熱弁を振るうアニーにセラが声をかけた。申し訳なさそうに、しかしはっきりとした口調で。



「この前いらっしゃった時、シュレンちゃんに獣人とドワーフにしか声をかけられないんだけどどうしたらいいかなって愚痴っていませんでしたか」



「......」



 どうも俺のいない間に遊びに来たことがあったんだな。セラの一言にアニーは黙り込み、無言でデザートに取り掛かり始めた。うん、ここで追い討ちをかけるほど俺は鬼じゃない。ただ年長者として一言言っておきたいだけだ。



「まあ元気出せよ、アニー。お前みたいにガサツで色気無くて元気だけが取り柄みたいな女でもいいって言ってくれる奇特な奴はどこかにいるからよ。いよいよダメなら俺が見合い相手を探し--」



「う、うるさいですよ! 自分の相手くらい自分で探しますっ!」



 あ、何か火に油注いだみたいだな。涙目になってやがる。悪いことしちまったな......まあいいか。普段俺がどれだけボロカスに言われているかを考えれば、多少やり返してもいいよな。



「アイラさんがラウリオさんとお付き合いされるようになりましたから、余計一人でご飯とか食べたくないですよね」



「ううっ、そうなんですよ。最近お姉ちゃん仕事帰りにラウリオさんと会うの楽しみにしててその笑顔見てると嬉しいんですけどっ、あたしは何なんだろうとか切なくなるんですよおおお!」



「で、うちに入り浸って飯食ってるってわけか。ちっ、しゃあねえな。ゆっくりしてけよ。どうせアイラは朝帰りなんだろうし!」



 セラの言葉に呻くアニー。そして俺は十分あり得る展開を説いてやっただけだ。しかし、それを聞いた瞬間アニーの目が白目になったのを俺は見逃さなかった。何をショック受けているんだこいつは。



「ち、違うもん。お姉ちゃん、ちゃんと寝るまでには帰ってくるって言ってたもん」



「いい年齢の若い者がいつまでもお手々繋いで仲良しこよしだと思うか? もしそう思っていたのなら、それはそれで問題があるんじゃね?」



「う、うーん、アイラさん真面目だけど無いとは言えないですよね」



「ええー、お姉ちゃーん! あたし一人で寝るのやだよおー!」



 こいつは二十歳にもなってこんなこと言ってんのか。セラの方が全然大人じゃないか。そろそろセラが双子を風呂に入れる時間になったので、とりあえずアニーの相手は俺がすることにした。あれ、おっかしいなあ幼稚園の話をセラと相談するはずだったんだが。



「セラー、悪いけどシュレンとエリーゼ頼むわ」



「分かりました、では」



 以心伝心とはよく言ったもの。セラは俺の意を汲み取りさっさと双子を風呂に連れていくため食堂から出ていった。「まだあしょぶー!」という悲鳴めいた抗議の声はいつものことだ。シュレンとエリーゼが最近生意気になってきた気がする、我が強いというか何と言うか。




******




「まあそういうわけで、シュレンとエリーゼは幼稚園という所に来年春から通うことになった」



「そうなんですね。ずっとお屋敷にいるわけじゃないんだ」



 はあ、やっとここまで話せた。延々三十分もアニーの恋愛絡みの愚痴を聞きながら相槌を打ち、ただひたすらうんうんと頷く作業を繰り返し何とか彼女の気持ちをなだめることに成功した結果だ。なんで女ってやつは自分から相談に乗ってもらっといているのにさ、こちらが意見を言うとムキになって否定するんだろうな。



 (だからこういう時は必殺うんそうだね攻撃!)



 うんそうだね、分かるよと根気よく繰り返す俺の善行を神は見捨てなかった。ぶっちゃけ俺の目は死んでいたが、壊れた機械のようにひたすら頷いた努力の勝利だ。



 そしてようやく本題に入ると、アニーは少し考えこむような顔になった。こういう時は黙ってこちらは聞き役に回ることにする。また恋愛関係で愚痴られるようなことさえ回避出来たらそれでいい。



「ウォルファート様が決めたことだからあたしは何も言わないですよ。でもどうなんだろうなあ。貴族の子供ばかり集めて遊ぼうって言っても、誰々ちゃんが誰々ちゃんをぶったとかが親の関係を悪くしたりとかありそうな気がする」



「無いことは無いだろうな。もっともそういう危険性を承知の上でやろうってことみたいだけどね」



 手元の杯から酒を飲み干しながら俺は答えた。酔う程に飲む気はない。アニーには甘めの蜂蜜酒を出している。もうすぐセラも双子を寝かしつけて来るだろうから同じ酒を既にグラスに注いでおいた。



「貴族の子供達が仲良くなったらどんな利益が生まれるかってのを考えてみたんだがな。ちょっと聞いてくれるか?」



「もちろんですよ、どうぞ勇者様」



「今までは各貴族が自分の子供を家の都合に合わせて育ててきただろ。勿論それは悪いことじゃなくて、それが各貴族の家の事情に対処できるような子育て、教育が必要だったからだ」



 ふんふん、とアニーは頷いて聞いている。俺は考えながら話を続けた。



「各貴族が好き勝手にやってるだけならそれでも良かったのさ。だけど王国になった今、ある程度全員が共通の知識や考え方を持っていることが必要になってきたんじゃねえかな。例えば両親は敬いましょう、とか弱い人は助けましょうとかな」



「遅くなりました、あ、私も聞いていいですか?」



「勿論」



 双子を寝かしつけ終わったセラに着席を促す。どちらか、あるいは両方にいじられたらしい銀髪を整えながら、セラは大人しく席に着いた。いいところで戻ってきたもんだ。



「貴族の子供っていうのは大概長じて国を支える要職に就く。仕事をする上で知識や働く意欲っていうのは勿論大事なんだが、その下にあるのは道徳心だったり心構えだったりするだろ。そういう根っこの部分では、出来れば皆同じ物を持っていて欲しいってことなんじゃないかと。それを幼稚園で教えようとしているんじゃないかと俺は思う」



「......うーん、おっしゃっていることは分かります。でも四歳の小さい子にそんな難しいことが分かるとは思えないのですけど」



「あたしもー。もう少し大きくなって学問的な事を覚える段階からでいいんじゃないかなって思うし。あ、セラさんもう一杯飲みます?」



 小首を傾げるセラにアニーはお代わりを勧めている。なあ、それうちの酒なんですけど勝手に飲まないでくれ。



「あ、じゃあ少しいただきます。あのウォルファート様、お聞きしてもいいですか?」



「いいぜ。今の段階だとまだ未定の事が多いけどな」



「ご家庭にいる子供が幼稚園に行くようになると、お母さん達は暇になってしまいますよね。お昼間何をするんでしょうか」



 うっ、そっち側の質問か。確かに幼稚園が出来たら子供だけじゃなく母親も生活変わるよな。それには考えが回っていなかった。しかしそれはセラがよく面倒見ているから思いつく質問なんだろう。



「うーん、普通はな、貴族に嫁いだ女性は子育てにそこまで熱心じゃないんだよ。乳母やメイドが中心になって面倒見てる場合が多いんだ」



「え、じゃあそのお母さん達は遊んでらっしゃるのですか?」



「まあ、貴族同士の横の繋がりって奴を保つには茶会やら観劇やら互いの家を訪ねてたわいもない話をしたりとかで忙しいのさ」



 俺の答にセラは憤慨したように眉を寄せた。シュレンとエリーゼを育てることに全力投球な彼女から見れば噴飯物らしい。おもむろにグラスを掴み一気に中の蜂蜜酒を飲み干す。その様子に俺もアニーも慌てた。



「ちょっ、いきなり飲んで大丈夫なのかよ?」



「セラさん無理しすぎ!」



「--無理なんかじゃないですよ。だって、私、シュレンちゃんやエリーゼちゃんがどれだけ可愛いかよく知ってます。そりゃ悪戯だってするし、私の言うこと聞かなくてかちんと来ることだってありますよ。だけど、自分の子供でもないのにあんな可愛いのになんで」



 更にもう一杯蜂蜜酒を煽り、少しむせながらセラが言った。目が座っている。



「貴族のお母さん達は自分がお腹痛めて産んだ子供を人任せにして遊んで、それで平気なんですか。私信じられないです」



「立場が違うって言っちゃえばそういう話なのよね......」



 アニーが複雑な顔をする。俺もセラの言うことは分からなくはないが、これは理解するしないの問題では多分ないのだ。そういう事実があるってことを自分なりに理解してストンと腹に落とすことが必要な時だってあるさ。

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