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躾もしますよ、そりゃあ

 俺お手製の玩具を喜んでくれるのはいいとして、一種類だけでは芸がない。更にもう一つ同じ"おうまさん"を作ったところでその日は時間切れとなったが、夜にもう一つ新しい玩具にチャレンジだ。



 (最初からあいつらが寝てから作り始めればよかったんだよ。邪魔されずに済んだよな)



 そんな疑問が胸中を掠めたが仕方ない。いつも正しい選択肢を選べるなら人間苦労しないのだ。と、その前にシュレンとエリーゼの作った落ち葉の絵を見てみよう。



「うーん、何が描いてあるかわからん......」



「貼付けるのが楽しいみたいで、とにかくぺたぺたと夢中になっていましたね」



 セラの言う通りなのだろう、そもそも三歳児にきちんと意味のある絵を期待するのは無理だし。作っただけ進歩だ、これはこれで一つの成功さ。



「ウォルファート様は芸術方面はお得意なのですか」



「凡庸としか言いようがねえ。歌くらいは人並みだけど、楽器も習ったことがないし絵は良くて並だ。少し工作くらいはしたことあるけどな」



 セラの質問に答えながら、自分の今までの芸術関係で完成させた作品を思い出してみた。うん、一つとして秀でた物は無い。そもそもそんなことに時間を費やす余裕が無かったので、考えたことも無かった。

 セラも全然なようだ。食堂の椅子に座り、彼女は右目を伏し目がちにしながら少し話してくれた。



「才能があるとか無いとか以前に、そんなこと考える余裕も時間も無かったです......強いて言うとしたらすごく小さい時に近所の友達と土いじりしたくらいですね」



「それを芸術と数えるのは無理があるよな」



「はい。でもこちらに来てからは、お屋敷に掛かっている絵を時折見たりするのは好きです。自分で描いてみようとは思わないですけれど」



 そう言いながら、セラは双子が作った落ち葉のアートを愛おしそうに触れた。シュレンとエリーゼに芸術方面の才能があるかどうかは分からないが、こういう遊びをやらせてみるのは悪くないと思う。小さい時は色々試してみないと偏った部分の才能しか育たないらしいし。



 (けど俺は--あいつらに戦闘技術を強いるかもしれないわけか)



 手元に集めた木の枝や落ち葉を何となく触りながら、俺は考える。そう、以前エルグレイと話した将来訪れるだろうアリオンテとワーズワースとの戦いにもし二人を動員させるつもりなら、必然的に剣なり魔法なりの技術を教えなくてはいけない。それこそ他の事をする時間がなくなるくらいに必死で。



 あいつらの実の両親が既に墓の下にいること、俺が義理の親であることなどもそのうち説明しなくてはならないだろう。それもそう遠くない将来にだ。気が重いなんてもんじゃない。



 急に黙りこんだ俺を訝しく思ったのか、セラが顔を覗き込んできた。「何でもない」と答え俺は第二の玩具作りに集中することにした。それは一種の問題の先送りに過ぎず、逃避であることは十分承知で。



 せっかく平和な時代になったんだ。厳しい戦闘技術の習得など、本人が望むかどうかも分からないのに無理にやらせたくはない。実の親がいないことで引け目を感じさせたくもない。けど俺にはどうしていいか分からなかった。




******




 手を動かすというのはそれだけで何かしらの精神安定効果があるらしい。しばし玩具作りに没頭している間に、俺は考え事を止めることが出来ていた。

 これには針金は極力使わない。なるべくまっすぐの木の枝を何本かは地面に水平に、何本かは地面に垂直に十字の形になるように重ねる。その重ねた部分を針金でクルクルと巻いて外れないように補強する。



 作業が進み何本かの枝の交差が出来た段階でそれを自分の部屋に持っていき、天井から伸ばした糸に引っ掛ける。そう、これは地面に置いて遊ぶ玩具ではなく、上から吊して見て楽しむ玩具だ。縦横に木の枝を組み合わせる必要があるだけに、机に置いて工作するのは早い段階で切り上げた。残りは実際に吊して作っていかないと作業がしづらい。



「ふう、まあ今日はこんなもんか」



 作りながらまだ双子が赤ちゃんの時にベビーベッドの上から吊していた玩具を思い出した。基本的な発想はあれと変わらないな。ファンシーな色や形をしていない分、こちらの方が大人の鑑賞にも耐えうるだけ作る側としては楽しい。一気に作れる物でも無いし、切りのいいところで一旦止めて寝るとしよう。








「ゆらーんってしてるー」



 シュレンが出来上がったそれを指差しながら言う。



「かわいー」



 エリーゼはやはり小さくても女の子なのか、これを可愛いと表現するらしい。可愛いというよりは芸術的と言ってもらいたいところだが、こればかりは言っても仕方ないだろうな。



「三日もかけて作った力作だぞ、あんまり簡単に触って壊してくれるなよ」



「パキッていっちゃうよねー?」



「ペキッていっちゃうよねー?」



 くっ、俺の気持ちが分からないのかこいつら......手の届かない高さに吊したため、ゆらゆら何とも気持ちよさ気に揺れるこの玩具--見た目は細い木が縦横上下に組合わさり幾何学的だ--は今は無事だがもし双子の手にかかったら最後だ。一瞬でドラゴンに粉みじんにされたゴブリンみたいになってしまうだろう。



 子供というものは破壊衝動でもあるのだろうか。危険な笑顔で俺の新作(面倒なので吊木細工と呼ぶことにする)を見ているシュレンとエリーゼを俺はこと繊細な物については危険視することにした。これは結構真剣に、だ。



「いいか、シュレン、エリーゼ? 人が一生懸命作った物は大切にしなきゃダメなんだぞ。お前らだって誕生日にもらった武装馬車やら生体人形(バイオドール)壊されたら嫌だろ」



 とりあえず教育だ。膝を曲げて目線を子供の目の高さに合わせてゆっくり噛んで含めるように言う。いくら玩具とはいえ、吊木細工は俺なりに真剣に作った。簡単に壊されたらたまったものではない。



 久しぶりに俺が真剣になったので双子はちょっと神妙な顔になった。最近人が本気の時を察するようになったのはいいことだ。長続きしないがな。 



「パパー、お人形さんみたいにはなおらないのー」



「あれは特別だからな。普通は一回壊れたら元通りには中々ならないよ」



 エリーゼが眉を寄せる。うん、あの回復薬(ポーション)与えたらやたらと肌が生き生きしてくる人形と一緒にしてもらっては困る。俺は未だにあれは呪物の類じゃないかと疑っているのだが、何故かエリーゼはあれが好きだ。一度外に持っていって周りの子供がびっくりして大変な騒ぎになったことがあったため、家の中でしか遊ばせていないいわくつきなのに。



「わからないけど......さわらない」



「シュレンもみてるだけー」



 全部が全部分からなくてもいいんだ。とりあえず人が真剣になっている時に聞いてくれたのでよしとするか。あー、親ってめんどくせーなーとも思うけどこんなもんだよな。



「ほら、シュレンちゃん。あの細い木からぷらーんて垂れてるの何か分かるかな?」



「なんか木? はっぱ?」



「そうね、みの虫さんの巣よあれは。じゃ、エリーゼちゃん、あの右の木に着いているふわふわしたものは何かな?」



「んん~、んーとねー虫さん?」



 セラが吊木細工を指差しながらシュレンとエリーゼにクイズを出し始めた。そう、バランスを崩さない重さを見定め、俺が吊木細工に何個か小さな物をアクセントとして吊しているのだ。木の実だったり、空になった虫の巣だったり、どれも自然の産物ばかり。ま、何も無いのも殺風景だしな。子供用ならこれくらいの飾りはあったほうが楽しいだろ。



 (そりゃ空のカマキリの巣だよ)



 いい線までいってたぜ、エリーゼ。何でも勉強だ。学べよ、幼子。




******




「......とまあこんな感じで手作りで玩具作ったりしてあげたんですよ」



「おお、凄いですね。手先が器用なんですな、羨ましい」



「イヴォーク侯は不器用過ぎるからな」



「そ、そんなことはないぞギュンター公!」



 図星だな、こりゃ。イヴォーク侯、人はいいけど大雑把だし。



 吊木細工を二人に作ってやった数日後、昼休みにイヴォーク侯爵とギュンター公爵と一緒に昼飯を食べていると、たまたまそのことが話題になった。あの後、枯れた藁を材料に小さな兵隊を編んだりしてやったことも話すと、二人は感心したような顔をしてくれた。まあそうだろう、二人ともシュレイオーネ王国のトップ5には入る有力貴族だ。自分で玩具を作るなんてするわけが無い。



「いや、別に褒められるようなことじゃ無いですけどね。俺がガキの頃は皆何でも手で作っていましたし」



「うんうん、そういうことは大事ですな。こう何というか親から子へ手作りの玩具を渡して心を育むという。さすがは勇者様です」



 豊かな灰色の髪を揺らしつつしきりに頷くイヴォーク侯は少し大袈裟だと思う。そんな彼にギュンター公はニヒルに笑った。



「真似して自分でも何か作ろうなどと思わぬ方がいいぞ、イヴォーク侯。確かこの前、自分で犬小屋直そうとして自分の親指をしたたかに金づちで叩いていたのはどこの誰だったか」



「あっ、だから先週指に包帯巻いてたんすか!? うわ、それはひくわー」



「いやいやいや、下男にやらせればよかったのだがたまたま留守にしていてな。帰ってくるのを待っているべきだったのだが、カーニイが早く直せと吠えるから仕方なくだな」



 ぷぷっ、イヴォーク侯可愛いとこあるじゃん。自分の飼い犬に頭が上がらずいそいそと犬小屋の修理に向かうところを想像して、思わず昼飯の兎のシチューをこぼしそうになっちまった。ちなみにカーニイてのが彼の犬の名前だ。真っ白なもふもふした毛が特徴の大型犬で人懐こい。シュレンとエリーゼとも遊んでくれる気のいい犬で、俺もたまに散歩させてもらっている。



「いいかね、イヴォーク侯。国の重鎮たる貴君が怪我を負うということは、貴君のみならずシュレイオーネ全般にとって損失なのだ。人には向き不向きがあるのだから不向きな分野は人に任せてだな」



「昼飯時にそこまで言わなくてもいいではないですか、ギュンター公......いやもうカーニイには吠えられるわ奥方には笑われるわ、戻ってきた下男には自分の仕事を取らないで欲しいと懇願されるわで大変だったんですから」



「ならば尚更だな、今後こういうことの無いようにしてもらわねば困るのだよ。君とも長い付き合いだが、些かそそっかしいところはちっとも変わっていないし。好きな女に恋文を書いて渡しにいったら、のっけから名前を間違えて書いていたせいで見事に玉砕したこともあったな」



「そ、それは酷いですね」



 イヴォーク侯とギュンター公の会話に割り込む形になってしまったが、言わずにおれない俺の気持ちも分かってくれ。それじゃ勝負以前に試合放棄というか明後日の方向に向かっているじゃねえか。



「くっ、下手に記憶力がいい友人を持つと苦労する。いいですかウォルファート様、ギュンター公はこうやって私をねちねちいじめる酷い男なんですよ! 騙されちゃいけませんからな!」



 イヴォーク侯が必死過ぎる。何だか哀れみが湧いてきちまう。だからその肩を軽く叩いて俺は暖かい--否、生暖かい視線を向けてやった。



「大丈夫です。俺、ギュンター公は事実を言ってるだけって知ってますから。それにそそっかしくてもイヴォーク侯が好人物だってのはよーく知ってますから、見捨てませんよ」



「泣けてくるな、二公一侯が揃い踏みで友情を暖めているなど中々見れるものではない」



「私を肴にして面白がってるだけじゃないですか、ギュンター公! い、いつか借りは返してやりますからな! とりあえず今日のところは勝負はお預けにしてやります!」



「それ--凄く負け犬臭がするんすけど」



 う、うーん。イヴォーク侯ってこれでも国の中では五指に入る貴族なんだよなあ。俺が言うのもあれだけどなんかそんな感じしないよな。ギュンター公はいかにもーな感じだけど。とりあえずそのいかにもーな公爵は落ち着き払って口元を拭き、俺達二人を見た。



「さて茶番劇はここまでにしてだな、仕事に戻るとしよう。午後一の全体会議は、確か総督府からの議題からだったはずだが」



 ギュンター公の言葉にイヴォーク侯が椅子から立ち上がりながら頷いた。一瞬で普段の知的で温和な雰囲気に戻っているのは流石といったところか。



「そうですね、かねてから考案していた王立幼稚園の件が最初の議題です。シュレンちゃんとエリーゼちゃんはまさに当事者になるので居眠りなんかしないでくださいよ、ウォルファート様」



 ん? ヨウチエンって何だ、それ。なんか子供に関係するのか? 俺の顔に疑問符が浮かんだのを見て、イヴォーク侯は小さく笑った。



「詳しくは会議で話します。一言で言えば親から幼児を日中預かり、適切な監督者の下で集まった幼児達が一緒に遊んだりする施設、それを運営する組織ですかね」



 何それ面白そう。

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