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芸術の秋っていうだろ?

 振り返れば秋の空、というか秋の風景そのものが広がっている。とうに夏の空気は過ぎ去り、代わりに透明感のある秋の空気が辺りを包んでいた。



「はっぱ拾っていー?」と俺に聞くシュレンは三歳四ヶ月。もう立派に幼児だ。



「あかきいろ--えーとおれんじ!」と落ち葉を指差すエリーゼも当然三歳四ヶ月だ。シュレンと同じようにパンツを履いているので、髪が長くなければ男の子と同じように見える。これくらいの年齢ならまだ性別の差が体格には出てこないか。



「いいぞー。その代わり帰ったらお手々洗うんだぞー」



「「えー」」



「えーじゃないの!」



 最近口達者になったなあと思いつつ、俺は木の実を拾い始めた。合わせてなるべくまっすぐで丈夫そうな小枝も拾う。何に使うかって? すぐに分かるさ。



 王都郊外の開墾地の脇に残された小さな雑木林、そこには俺達以外にも親子連れが何組か同じようにうろうろしていた。キノコや果物を取りに来ている人もいれば俺達みたいに自然の落とす芸術(ちょっと気取った言い方だが)を拾いに来ている人もいるようだ。



 手にした荒い織目の布袋に拾得物をほうり込む。落ち葉と土が重なった雑木林の匂いは自然の滋味を感じさせ、何となくホッとさせるものがあった。密度の低い木立から漏れる陽射しが斜めに前を行くシュレンとエリーゼの姿を照らしだし、その背中は生まれたばかりの赤ちゃんのそれとはもう違うなと思うと、ちょっと感慨深くなる。



 (はっ、すっかり親の気分に!)



 いかんいかん、家庭の色に思考が染まっているな。別にそうなりたいわけでもないのだが、どうしても子供に合わせる形になるからだろうか。



「ウォルファート様ー、お昼にしませんかー」



「そろそろいい時間ですよー」



 背中から聞こえてきたアイラとラウリオの声に振り返った。「「おひる!」」と双子も動きを止めて俺の足元に寄る。現金だ。



「分かった、今戻る」



「「パパ、だっこ」」



 え。まじで。



「「だーっこ!」」



 うん、戻るだけなのにあっさり戻らせてはくれないらしいな。諦めた俺はシュレンを右肩、エリーゼを左肩に乗せた。あー、重い。いつからこんなになったんだ?



「抱っこしんどいからこれでいいよな? ほら、暴れると落ちるからなー」



 俺の言葉にキャイキャイと双子は笑った。甲高いその笑い声に俺も小さく笑ってしまう。無邪気なもんだ。




******




 この雑木林の横の開墾地はついこの間まで完全に荒れ地だった。俺やラウリオにより四ヶ月前に攻略された無名墓地(ネームレスセメタリー)から奪取してきた財宝を元手に、この荒れ地を王都にたむろする難民達に開墾させる試みは今のところ上手く行っている。彼らは岩や土を運ぶ荷車や鍬などの農作業具も無いから、それらを買い与える為に無名墓地(ネームレスセメタリー)で手に入れた財宝が使われたというわけだ。



 まあ俺は直接この開墾作業には関わっていないので今こうして野外で呑気にピクニックしつつ、開墾地を眺めているだけに過ぎないのだが。

 それでも最近王都の中の危険な区域が減ったような気はする。スラム街に巣くっていた連中がこうして開墾作業に従事し、それに合わせて王都の近隣に寝泊まりするようになったからだろう。幾分過密状態になりつつあった王都も少しはましになったようだ。



「ラウリオさん、どうぞ」



「いえ、アイラさんからどうぞ」



 もっとも目の前の二人はそんな俺の高尚な考えなどまるで知るよしも無く、イチャイチャしてやがる訳だが。



「シュレンもーいー、あそぶー」



「エリーゼ、おにーちゃんとおねーちゃんのじゃましていいー?」



「あ、じゃあシュレンちゃんはお口の周りとお手々拭いてからねエリーゼちゃんはそんなことしちゃダメよ」



 小さい口でお昼ご飯を食べ終えた双子に同時に話しかけるセラは凄い早口だった。そうか、子供はこっちの都合考えずに話しかけるから二人相手にしようとすると二倍の速度で話さなくてはならないのか。ある意味小さい時の方が楽......いや、赤ちゃんの時はあの恐怖の夜泣き攻撃と理由不明のぐずつきがあるから、あれはあれできつかったか......



「おっきくなったわねえ」



「あんまりそればっか言ってるとばばくせーぞ、アイラ」



 そうなのだ、最近アイラは双子に会う度に大きくなったと言うのだ。気持ちは分かる。一年ちょっととはいえ、母親代わりに面倒を見てきたのだから思い入れもあるだろう。だけど親戚のおばちゃんみたいな感じがするので、あんまり聞いているとげんなりするんだ。



「えっ、ひどいですよ! 素直に思ったことを口に出しただけなのにー!」



「俺も思ったことを口にしただけだぜ? おあいこだよなー、な、お前もそう思うだろラウリオ」



「え、あ、はい、いやでもその」



 わざと意地悪くラウリオに振ってやったらあたふたしてますね。そりゃー付き合い始めの彼女は大事だろうけど、剣の道の大先輩たる俺にも逆らえないもんなー。ふう、普段アニーやロリスにいじられているストレスがラウリオに向かっちまったようだ。許せよ青年!



「あらら、ラウリオさん困っちゃって。ほら、気を取り直してくださいな。アイラさんに限っておばさんくさいなんてことありえないですから」



「セラさんは人間出来てるわ......どこかの誰かさんとは違いますよねー」



「さーて、どこの誰だろうねー」



 セラが場をとりなすように水筒に入れたお茶をラウリオに渡すと、それに感心したアイラが俺の方をジト目で俺を睨んだ。俺? 勿論素知らぬふりさ。どこかの誰かさん出ておいでー。



「だれらろうねー」



「だれあろうねー」



 面白がってシュレンとエリーゼが俺の真似をし、それが可笑しかったのか一拍置いて皆で笑った。子供って場を和ませるって言うけど本当だよな。たまにすんげえ凍らせる時もあるけどな。




******




 家に帰ってきた俺は子供部屋の机に持って帰ってきた戦利品の一部を置いた。今日の目的はピクニックが半分、これからやる工作が半分だ。普段シュレンとエリーゼの玩具は既製品を買っているんだが、たまには俺が作ってやろうと思ったのさ。



 そもそも俺がガキの頃なんて子供用の玩具なんて周りに売ってなかったからな。見よう見まねで年上の子が作る玩具を参考にし、工夫して自分で作るしかなかった。物が無ければ創意工夫で何とかして、高級じゃないけど他に二つとない玩具を作る、それが当たり前だったんだ。



「パパ、なにしてるのー。シュレンみたい」



「エリーゼもみーたーいー」



「うっ、あのな、今からお前らに玩具作ってやろうとしてるんだ。だからちょーっと邪魔しないでくれるかなー」



「「やだ、みーたーいー!」」



 あー、やっぱりこうなんのかー。こう、なんで子供ってのはお前らの為に大人がいろいろやろうとしてるのにそれを邪魔しようとするんだろう。そういや昔リールの町にいた時には、せっせと洗濯物畳んでるのにそれを片っ端から二人が笑いながら蹴散らすから頭にきて軽くデコピンしたこともあったな。今となっては懐かしい思い出だ。



 それはともかくとして、俺にも二人を遠ざける作戦はある。頼むぜ、とセラに目で合図すると彼女も心得たものですぐに分かってくれた。双子達の背後に近寄りガバッと二人の頬にかさかさした落ち葉を当てる。



「キャー!?」「ビックリしたっ」



「はーい、いい子だからシュレンちゃんとエリーゼちゃんはあっちで私と落ち葉で遊びましょうねー。これを使って絵を描くの、楽しいからねー」



 流石にもう一年近く二人の面倒を見ているだけある。セラも慣れたものだ。二人を上手に誘導して部屋の片方側に連れていく。その左手に持った厚手の紙には木から採取した粘着力のある蝋が付けてある。これに好きなように落ち葉を貼付けていけば、落ち葉の色や質感を生かした天然のお絵かきの出来上がりってわけ。子供にも簡単に出来るから楽しめるだろう。



 さて、セラがあれで二人を引き付けている間に俺は工作に取り掛かるとするか。使う素材はありきたりの物ばかり。拾ったドングリ、細い木の枝、落ち葉は先程の収穫品だ。補助的に必要になるために針金も少し持ってきている。



 (じゃ、まずあれから行くか)



 ガキの頃よく作った玩具を頭の中で想像して組み立てる。あの時は針金は村に一軒だけあった鍛冶屋から貰ってきたんだっけな。今はちゃんと修繕用に屋敷にストックしてある物を使うことが出来る。些細なことだけど俺も少しは偉くなったのかもな。



 やや大きめな木の実を二つ選び、表面を軽く布で磨く。その二つに細い針で穴を開けてそこに針金を差し込む。ちょうど丸い木の実と木の実が針金でつながった形だ。針金が抜けないように穴は小さめにして、針金を差し込みながら穴にギリギリと捩込むようにしないと後で外れてしまう。



 (これを胴体にして、後は脚と首と......最後に尻尾と顔だな)



 やることは単純なんだけど、手が大きくなった今の方が難しい気がするな。まあ何とかなるだろ。







「よーし、一つ出来た!」



 三十分ほど秋の落とし物と格闘した後、ようやく俺は工作を一つ完成させた。久しぶりということを考慮すればよくやったような気もするし、大人になって手先自体は器用になっていることを考えると遅い気もするがまあいい。二つ目はもっと早く出来るはずだ。



 俺の声を聞いてシュレンとエリーゼがこっちを向いた。そろそろ落ち葉のお絵かきにも飽きが来た頃だったのか、とてとてと俺の方に走ってくる。しかし手が糊と葉っぱでぐちゃぐちゃなんですけど!



「お約束ってかー、ほーら先に手洗いに行かないとお馬さんが遊んでくれないってさ」



 俺の言葉にシュレンとエリーゼは目をパチパチさせた。真っ先に気がついたのは双子の後ろから机の上を見たセラだった。「あら」と小さな声をあげて、そちらの方に双子の視線を誘導する。



「あっ、ちっちゃいおうまさん!」とシュレンが顔を綻ばせればエリーゼも「かーいいねー」と顔をくしゅくしゅとさせて笑った。



 そう、さっき俺が作ったのは木の実、針金、木片などから成る玩具の馬だ。首、胴、四本の脚など長い部分に針金を使っている。顔や脚の先に木片を針金にくくり付けて、それぞれのパーツに見立てている。耳は落ち葉を糊で貼付けただけだからきっとすぐに取れてしまうだろうけど、尻尾は繊維質の多い草の枯れ葉を使って針金で胴にくくり付けているからそれなりに丈夫なはずだ。



「うん、おうまさんだな。だからきちんと手を洗ってから触れよ。おうまさんがばっちい手はやーだって言ってるからな」



 早く自然素材で出来た素朴な馬は魅力的に映るのだろう。早く触りたそうなシュレンとエリーゼだったが、俺の言葉に渋々ながらも従った。セラが「すみません、お水持ってきてくださいますか」とメイドに声をかけている間も感心なことにじっとしている。よしよし、聞き分けがいいな。



「シュレンがあそびたーい」



「エリーゼがあそびたーい」



「だー! 仲良く二人で使うの! なるべくもう一つ早めに作ってやるから!」



 前言撤回するよ。やっぱこの年齢の子供に自分以外の子供のことも考えろってのは無理があるな。

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