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セラ・コートニー 2

 二週間は何事もなく経過しました。

 アイラさんからの伝言を受け取り、私一人で出来上がった服を取りに行くことになりました。

 ウォルファート様の服はお店の方がお屋敷まで届けてくれるとのことです。



 どんな服があの素敵な生地から出来ているのかとワクワクします。

 でもそれが自分なんかに似合うのかと心配にもなります。楽しみなような逃げたいような複雑な気持ちのまま、私は二週間前に訪れたお店の扉を開きました。




******




 その日、私に生じた感情を何と言えばいいでしょうか。

 それは今まで感じたことの無い晴れがましい、心浮き立つようなもの。

 羽化した蝶がサナギの皮を破り棄てて飛び立つ瞬間にはこのような気分なのかもしれません。



「どう? 凄く似合っていると自分でも思わない、セラさん」



「--はい、ええ、よく分からないですけど、でも」



 私の背後から肩に手を置いて話してくるアイラさんに答えようとします。

 私の目の前にはお店にある大きな姿見があり、そこには私が写っています。そう、二週間前にアイラさんが見繕ってくれた新しく仕立てられた服を着た私の姿が。



「--私、この服凄く好きです。ありがとうございます」



「そんなに喜んでいただけると店員冥利に尽きるわ。着る人がいいと服も喜びますから」



 アイラさんの言葉が耳に優しく届きます。私はまじまじと姿見に写る新しい服を着た自分を眺めました。

 身体にタイトなワンピース......というのでしょうか。スカートと上衣が一体化した服です。

 裾は膝上くらいまであって、そこに凝った刺繍がされてあり程よいアクセントになっています。

 袖は夏用なので無くそのままだと肩が剥きだしなのですが、ワンピースと同じ生地で仕立てられた半袖の上着を着ているので少し安心しました。



 上着はスタンドカラーと呼ぶらしい襟が立った形をしており、袖を通すだけの形です。

 ボタンは無いので前で留めることは出来ません。こちらも襟と袖に凝った刺繍がされています。

 生地の銀色をそのまま生かしているのか、ワンピースも上着もお日様の光を反射して艶やかに光っています。

 アイラさんが結ってくれた私の髪の色と同じ銀色の生地はこうして見るととても綺麗でした。



「こんなに素敵な服をありがとうございます、アイラさん。大切に着ます」



「あら、セラさんはお客様ですからお礼は言わなくていいのよ。私は似合うと思う服を考えてそれに合った生地を選んだだけ。そして後はうちの店の腕の仕立て職人の腕のおかげね」



 笑顔で答えるアイラさんの後ろで、前掛けをした男の職人さんがウンウンと頷いています。

 無口な方なのでしょうか、何も言いませんが私を見て満足そうです。私がその方にお礼を言うとようやく口を開いてくれました。



「いいさね、お礼なんて。ほんとにいい服ってのは着た人が笑顔になった時に一番輝くもんだ。俺もあんたみたいな笑顔が素敵な女の子に服を仕立てられて光栄だ」



「というわけでセラさん。早速お屋敷に帰ってその服をウォルファート様に見せてあげたらどう? 今日着てきた服はうちの店から届けさせますから。ね?」



「え、で、でももし途中で汚したらと思うと怖いです。せっかくのこんな素敵なお洋服なのに」



「なーに言ってるの。服は着て初めて意味があるのよ。それにその生地、そんな簡単に汚れないわ。銀烏(シルバークロウ)の羽根から作った生地なんだから、そう見えてとっても丈夫なのよ」



 アイラさんの言葉に私は恐る恐る頷きました。

 ほんとのことを言えば私もこの服を着た自分がどう見えるのか、ちょっと興味はありました。

 今まで自分なんか別に服に縁の無い人間だと思っていましたが、この服を着ると何だか勇気が出てきます。



「ありがとうございます、アイラさん。大切に着ます」



「うふふ、勇者様がびっくりする様子が目に浮かぶわね。お代はまとめてお屋敷に付けさせていただきますからよろしくお願いします」



 アイラさんが開けてくれたお店の扉から外に出ます。石畳に反射する初夏の陽射しは明るく、それも私の浮き立つ心を後押ししてくれます。

 数歩踏み出してから振り返りもう一度私は丁寧に頭を下げました。



「それでは失礼します。今日は本当にありがとうございました」




******




 お屋敷までの道は舗装されているので歩き易いです。

 なるべく日陰を通りながら帰ったらウォルファート様にどう言おうか考えます。

 "似合いますか?"でしょうか。

 いえ、"服、ありがとうございます"が先ですよね。まずはお礼を言わなければなりません。



 それにいくら私がこの服を好きでも他人の目から見ても似合っているかどうかは別問題なのです。

 アイラさんは似合うと言ってくださいましたが、店員さんだからお世辞で言ってくれただけかもしれませんし......何だかこんな風に考えてしまう自分がいじましくて嫌になりますけど。



 通りには色んな方がいます。

 屋台を囲む若い方、それに対応する店主さん。

 お仕事なのか通りに停めた馬車に荷物を押し込んでいる力がありそうな男性。

 仲睦まじく手を繋いで歩く夫婦、遊びの途中らしき少年少女の集団。

 普段私はシュレンちゃんとエリーゼちゃんと一緒に出かけるので、ちょこちょこ動く二人に気を取られて通りの様子に気を配る暇がありません。

 なのでこんな風に普通に歩いているだけでもそれなりに楽しいです。



 王都に来た時を思い出し、今と重ね合わせます。

 あの頃の私は今よりもっと痩せていて、汚れていました。いえ、姿形よりも中身が--心が問題でした。

 明日があるかどうかも分からず、ただ目の前の空腹が満たされることにしか関心がありませんでした。

 さもしいと一言で断じてしまえばそれまでですが、ですがあの環境で他に何を考えられたでしょうか。



 ふと喉が乾いたので屋台に寄ることにしました。

 搾った果汁を薄手の木のカップに入れて飲ませてくれるお店です。

 お小遣としていただいているお金から1グラン貨幣を取り出し、店主に渡します。



「おっ、おねーさん綺麗だからおまけしとくよ! ほら、これも!」



「あ、ありがとうございます」



 あれ。オレンジ色の果汁がなみなみと注がれたカップの他に、小さな果物の実をいただきました。

 赤っぽい皮は剥かれてそこから見える白い半透明の果肉が何とも涼しげです。

 汁が飛ばないように慎重に口に含むと、透き通るような甘味が喉をするりと抜けていきました。



「これ美味しいですね。おじさん、どうもありがとうございます」



「いやあ、お安い御用だよ」



 お礼を言うとおじさんは照れ臭そうに鼻の頭を掻いていました。いい人そうです。飲み終わってカップをおじさんに返し帰ろうかとお屋敷の方を向くとフ、と視線を感じました。

 右側--私は左が見えませんから必然そちらに決まっていますけれど--の方、どこかの商店の陰から若い男の方が二人、私の方をちらちら見ていることに気がつきました。



 何だろう、道でも聞きたいのでしょうか。

 もしそうなら私はお役に立てそうもありません。いつもシュレンちゃんやエリーゼちゃんを連れて歩く時は決まった道しか歩かないのです。

 変な人達ですね、と思いながらお屋敷の方へ歩き出そうとした時、その人達が近づいてくるのが見えました。



 (えっ、何ですか。私、何かしましたか?)



「あ、あのーすいません。どこかでお会いしませんでしたか?」



「も、もしよかったら俺達とお茶でもどうですか、その、お話だけでも」



 私が焦って何も言えない内に二人同時に話しかけられてしまいました。

 えーと、悪い人達じゃない気はします。身なりもそれなりにきちんとしていますし言葉遣いも丁寧です。

 でも--困ります。私、これからお屋敷に帰らなくてはいけないのに。



 でも断ろうにも勇気が出なくて「え、あの」ともごもご言っていると片方の人が笑顔を向けてきました。

 悪意はなさそうな、だけど重みのない軽い笑顔。



「まあほら、立ち話も何だし暑いしね? 俺らお茶くらいおごるからさ、かわいいおねーさん」



「あー、わりーけどそいつうちの子なんだよな。他当たってくれねえかな」



「ふぁ!?」「だ、誰ですか、あんた」



 二人の男の人は急に聞こえてきた声に振り向きました。私は驚いて何も言えないまま、よく見知った声の主をじっと見つめます。



 最近また伸びてきた薄茶色の髪をうっとうしそうに左手で払いながら、やる気なさそうに右手はポケットに突っ込んだままのその人は「セラ、お前何こんなとこで油売ってんだ。遅いから心配して見にきちまったじゃねーか」とけだるそうに声をかけてくれました。



「うちの子?」「この女の子のお父さん?」



 二人の男の方は互いに目を見合わせています。

 ああ、そうか。この人達は勇者様の顔を知らないのですね。知っていたらもっとびっくりしますものね。

 だから私は少し驚かしてみることにしました。



「ウォルファート様、すみません。新しいお洋服を頂いたのが嬉しくて、つい寄り道してしまいました」



「え!?」「いいっ!?」



「はー、全く俺の顔も知らないなんてもぐりもいいとこだよなー。兄ちゃん達、他当たってくんないか?」



 ウォルファート様の名前を聞いてビックリしたように二人は固まってしまいました。

 その肩をポンとウォルファート様が軽く叩くと、全然力なんか入ってなさそうなのに二人はぺしゃんと石畳に膝を着いてしまいました。呆然とした顔をしています。



「ほれ、帰るぞ......全くアイラの奴が無駄に気合い入れていい服作るから変な虫が寄るようになっちまったじゃねーか」



「あのー、変な虫って何ですか? あ、すみません、お洋服買っていただいたのにウォルファート様にお礼を申し上げるのを忘れていました!」



 尻餅をついた男の人達は放っておきましょう。

 ちょっと早足のウォルファート様に急いで私は追いつきます。ようやくウォルファート様は私の方を見てくれました。

 怒っているのでしょうか、少し眉根が寄っているのを見てしまい、今まで新しい服を来て膨らんでいた気持ちがペシャンとなりそうです。



 けど私の頭をポンと叩いて笑ってくれたウォルファート様の言葉がそんな私の気持ちを軽く、晴れやかなものに戻してくれました。



「似合うじゃん。お前そんな服来てうろうろしたら男の一人や二人に声かけられるの当たり前だろーが。元はいいんだからよ。アイラもアイラだよな、一人で帰してんじゃねーよ」



「......似合ってます? 私、この服似合ってますか?」



「おう、よーく似合ってるよ。よし、帰るか。シュレンとエリーゼにも見せてやらねーとな」



「はい!」



 私、単純だと思います。



 でも生まれて初めてちゃんと服を着て似合うと自分でも思うことが出来て。

 それを一番大事な人に認めてもらえたのですから。


 

 今日くらい少し浮かれてもいいですよね?




******




 あの新しい服を着て帰った後、お屋敷の中は一時騒然としました。

 メイドの方や料理番の方達が私を見てワイワイと褒めてくれたのです、というか、ひたすら褒めそやして仕事の手が止まってしまったのです。



「セラ様かわいいいいい!」



「私お持ち帰りしたいいいい! あの銀髪と同じ色の生地のよく似合うことタマランハアハア......」



「はしたないわよ、貴女達っ! ほら、仕事に戻って--うっ、ダメだわ、セラ様が美し過ぎて力が抜けそう......ハァ」



 ち、ちょっと皆大袈裟です。

 困りました、こんなことになるなんて。

 寄ってきたシュレンちゃんとエリーゼちゃんがほえーと口を開けて「キレーねー」と言ってくれたのは素直に嬉しかったのですが。



「あーもう、お前ら仕事戻れ! ほら、まだ窓拭き終わってねーんだろーが!」



「やーね、ウォルファート様ったら焼きもちやいちゃって」



「どうせセラさんに変な虫が着くからって内心気が気じゃ無いくせにね。僕賭けてもいいですよ」



 メイドの方達を仕事に追いやったウォルファート様に背後から近寄り冷やかしているのはアニーさんとロリスさんです。

 二人とも今日はお仕事が早く終わったみたいでお屋敷に遊びに来ていたのですね。

 あっ、ウォルファート様が怒っています。



「お前らうちにきて俺をいじってそんなに楽しいかこのやろー! 今日という今日はしばいたらあー! そこに並べえ!」



「うわあ怖いなーおっかないなーけど楽しいなー勇者様をいじるのはー」



「アニーさんはこんなスリリングな遊びを一つ屋根の下でやってきたのですね、僕羨ましいな! もっとやりたいハアハア!」



 アニーさんの白っぽい金色の髪とロリスさんの青い髪が屋敷の角を曲がり、そのあとをウォルファート様が追うのが見えました。

 楽しそうにキャーキャー言う声が聞こえてきて、私はつい吹きだしそうになってしまいます。



「セラどーしたのー?」



「エリーゼおやつほしいー」



「はい、そうね。二人ともいい子にしていたからおやつにしましょうね」



「「わーい! セラだいすきー」」



 こんなシュレンちゃんとエリーゼちゃんの笑顔が私は大好きです。

 今日は素晴らしい一日だと思いつつ、私はおやつを用意しながらお部屋にある姿見をちらっと見てみました。



 銀色の髪の女の子が同じ色の服を着ています。

 とても柔らかな表情をしたその子はパチリと右目をウインクしてくれました。

 うん、私少しずつですが--自分に自信を持っていけそうです。

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