セラ・コートニー 1
シュレンちゃんとエリーゼちゃんの二人を見ていると思う。
子供の手ってこんなに小さくて暖かいものなんだと。
そして二人には私のように苦労はしてほしくはないな、と。
時々どう対処していいか分からなくて困る時もあるけど、私は幸せだ。
ウォルファート様のお側にいて、こうして可愛い双子ちゃんの笑顔を見ることが出来るのだから。
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シュレンちゃんとエリーゼちゃんの三歳のお誕生日会が無事に終わった翌日のこと。
前日にウォルファート様が服を仕立てに行くぞ、とおっしゃってくれたので、そのお言葉に甘えさせていただくことにしました。
今でも私の感覚から言わせていただければ相当いい服をいただいているので何の不満もないのです。
でも、ご好意を無下にお断りするのも却って失礼に当たるから。
それに率直に言えば、服の仕立てなど初めてなのでちょっとドキドキしています。
非日常という物は人の心を浮き立たせると思います。
こういう感情が生じるあたり、私も女なんでしょうか。
いや、まだ女の子ですけど、色んな意味で。
「すみませんがよろしくお願いいたします」
「「ごゆっくりー。デートですねうふふふふ」」
屋敷のメイドの方達に出かけ際に挨拶したら冷やかされてしまいました。
え、デートだなんてそんな......でもウォルファート様と二人でお出かけなんて貴重な機会ですよね。シュレンちゃんとエリーゼちゃんがお店に長時間いると、中々落ち着いて生地の見立てや採寸が出来ないんです。
なのでお昼寝の間に出かけることにしたんです。
「うーん......」
「どうしたのですか、ウォルファート様?」
「十五歳も年下の女の子とデートしたら犯罪だよなと思っただけだ」
「べ、別によろしいんじゃないですか。私は一応お側にいることを許された女ですから」
難しい顔をしながら横を歩くウォルファート様の言葉に、私は少し顔を赤らめてしまいました。
嫌ですね、こんな風に二人でお出かけするだけで意識してしまうなんて私何を考えているんでしょう。
私とウォルファート様はそんな関係なわけないじゃないですか、うん。
ウォルファート様は私の右側を歩いています。背が高いなあと少し視線をあげて私はその横顔を見ました。
歴戦の勇者というと、とても厳めしい方を連想してしまいますが、ウォルファート様はどちらかというと細面の端正なお顔です。
ちょっと吊り目で時折見せる鋭い視線くらいしか、戦いに関わる者を連想させる要素がありません。
体格も長身ではあるけどそんなにガチガチに筋肉がついているわけじゃないですし。
いつだったかウォルファート様が魔王軍と戦った時のことをシュレンちゃんとエリーゼちゃんに話していたことがありました。
双子ちゃんは「パパちゅよいねー」と言っていましたけど、私は不思議な感じがしました。
パッと見ただけだと、失礼ながらそんなに強そうでも頑健そうでもないのに。
どこにそんな力が潜んでいるんだろう。
そのサラサラした薄茶色の髪と同色の瞳を視界の端に収めながら、その時のことを思い出していました。
でもニの腕や手などはやっぱりある程度しっかりしていて分厚いから、男の人だなと思います。
私は双子ちゃんを二人同時に抱えるのは全力投球して短時間が精一杯ですが、ウォルファート様は楽々ですものね。
「重いんだよ、お前ら」とか文句は言ってますけれど。
「あれ、何か俺の顔についているか? さっきからちらちら見てるみたいだけど」
「いえ、何も。すみません」
「別にいいけど見て楽しいもんじゃねーだろ」
ウォルファート様に気付かれてしまったみたいです。うーん、でも私はウォルファート様のお顔好きなんですよね。ご本人には恥ずかしくてとても言えませんけど。
今日のお出かけの目的地である生地屋さんは商業区の一角にありました。大通りに面した大きなお店です。
うう、緊張します。こんなお店来たことないですもの、場違いじゃないかしら。
「お邪魔しまーす、おーい、アイラいるかー」
あっ、私がお店に入るのを躊躇っている間にさっさとウォルファート様が扉を開けてしまいました。
中に呼びかけながらひょいと入っちゃった。その背中についていくしか私には選択肢がありません。き、緊張するなあ。
「あら、いらっしゃっいませ。お店に来るのは初めてですよね、ウォルファート様もセラさんも」
アイラさんです。
灰色の制服の上下を来てにこやかな笑顔で対応してくれました。お仕事だからというのもあるのでしょうが、この人が声を荒げたり怒ったりする場面が想像出来ません。
妹さんのアニーさんは......いえ、そう、元気がいい、そういうことですよね。
「お前ちゃんと店員してるんだな」
「それはそうですよー、真面目に働いてるんですから」
自分から来ているのにのっけからウォルファート様が酷いことを言うので、アイラさんがすねたふりをしてしまいました。
あ、でもこの人真面目な顔だけでなくこういう顔しても美人です。
ウォルファート様はそんなアイラさんに今日の用件を話し始めました。
「確かこの店、生地の購入から採寸までしてくれるだろ。俺とセラに一着ずつお願いしたいんだ」
「畏まりました。ご要望は? 実際生地を見ながらの方が分かりやすいでしょうか」
「それもそうだな。ちょっと見せてくれるかい」
ウォルファート様とアイラさんが話している間に、私はキョロキョロとお店の中を見回しました。
服の生地を販売していると聞いていましたけど、採寸したりお仕立てもしているようでお店の半分くらいはそういうスペースになっています。
貴族らしき人が生地の説明を他の店員さんから聞いて頷いている一方では、普通の平民らしきカップルが嬉しそうにどんな服を作ろうかと話しています。
お客様の層が広いのでしょう。
「セラさん、こちらへどうぞ。私が案内しますね」
「あ、はい。すいません」
アイラさんに声をかけられ、私は様々な色の服の生地が並べられている棚の前に移動しました。
くるくると長い円筒形に丸められた布をさっと数点引き出しながら、アイラさんが私に説明をしてくれます。
「どんな服を着たいかで生地の種類も変わりますから、まずはその希望をお聞きしますね。セラさん何か好みありますか?」
「あ......すみません、こういうお店初めてで私よく分からなくて」
そうなんです。
ウォルファート様のお屋敷に移ってからいろいろと服はいただいているのですが、いただけるだけで満足なのでどんな服を自分が欲しいのかよく分からないのです。
前はほんとにボロボロの何とか服と呼べる最低ラインの物を着ていただけでしたから、それじゃなければ何でもいいと私は満足していたのです。
そんな困った様子の私を見てウォルファート様は仕方ない、というような顔をしながら、ポンと私の頭に軽く手を置きました。
「いろいろアイラに教えてもらえよ。ま、今まで経験したことないから分からなくても仕方ないさ。恥ずかしがることじゃねえよ」
「はい、分かりました!」
私の返事にアイラさんは「任せてね」と頷きました。頼れる店員さんの顔をしています。格好いいですね。
「俺は俺で自分の服用に生地見てくる。後でな」
「特に説明いりません?」
「これでも目は肥えているつもりでね」
ウォルファート様はアイラさんに答えながら男性用の服の生地売り場に行ってしまわれました。
ちょっと寂しいですが仕方ありません。
私がアイラさんと話している間にずっと待つ訳にもいかないのですから。
「じゃあ始めましょうか。夏を迎えますから女性用の夏服についてご説明します。軽い気持ちで聞いてくださいね」
「よろしくお願いします、アイラさん」
わあ、何だかわくわくしますね。
女の人用の服ってどんなものがあるのでしょうか。
せっかくアイラさんが教えてくれるのだからちゃんと覚えなくては。
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「一通り代表的な女性用の夏服をご紹介したのですが、どうですかセラさん? 何かお気に召した型の服はありました?」
「どれも素敵ですねえ。迷ってしまいます」
私は本気で悩んでいます。
短い半袖のサマードレス、袖がない軽快なノースリーブのドレス、肩から胸元までがドレープと呼ばれる波のように服の生地が多重に重なったチュニック、膝上までスリットが入ったちょっとセクシーなロングスカート......その他にも色んな型の服が世の中にはあるのですね。
うーん、素敵過ぎてどれも眩しいです。
「何だか私なんかが着ていいのかなってちょっと思ってしまいますね」
「何言ってるんですか、セラさん。あなたすごく可愛いんだから自信持って!」
「そ、そんなわけないじゃないですか。私、お洒落でもないし勇者様に拾ってもらうまでほんとに貧しかったし--可愛いわけないです」
アイラさんは多分私が可哀相だから言ってくれるんだと思います。
でも私は自分を可愛いなんて思えません。
背も高くないし、流行の服や化粧もきっと似合わないです。
いえ、そもそもそういう物は自分にはもったいない、縁の無い物だと思っています。
「それに--私、左目見えませんし」
そう。だから私の視界の左側はいつも暗いのです。
もう慣れはしましたが不便だな、と感じることはやはりあります。
それに両目がきちんと見える人がやっぱり羨ましいし、見えない左目を髪で隠す自分の卑屈さが時々疎ましいのも事実でした。
それを思うと気持ちが沈んでしまいます。
アイラさんはそんな私を見て何故か優しい、けど少し悲しそうな顔をしています。
別にアイラさんが気にすることではないのに何故でしょうか。
「そっか、今まで自分を振り返る余裕もなかったもんね。でも女の私から見てもセラさんはとても可愛らしいわよ。だから--」
そう言いながらアイラさんは生地の一つを取り出しました。
銀色の細い糸で丁寧に織り込まれた生地です。生地が揺れる度に色合いが青みを帯びる時があります。
どういう構造なのか分かりませんが、思わず手に取りたくなるような素敵な色合いをしています。
「もしセラさんがよければ、今回は私の方で服の型を決めてもよろしいかしら。この生地を使って貴女の魅力を最大限に生かす服を仕立てさせていただきますから」
「よろしくお願いします」
よく分からないですけど、アイラさんが私に親切なのは間違いないです。
だから私は全面的にアイラさんにお願いしてしまうことにしました。
これ以上の幸せなど別にもういい、十分間に合っていますけど......でもほんのちょっとその銀色の生地を見て私の髪の色に似ていると思い、触りたくなった感情までは否定出来ません。
その後、私はアイラさんと採寸担当の店員さんと一緒に服を作る前の事前準備として身体の色々な部分--肩幅、腰回り、腕の長さ、足の長さなどです--の採寸を行いました。
アイラさんがウォルファート様に「びっくりするほどお似合いの服にしてみせますからね」と言っていたのは覚えています。
「セラ、お前どんな服にするの?」
「あ、全部アイラさんにお任せしたからよく分からなくて。でもアイラさんすごく親切でした」
少し風が出てきた帰り道、ウォルファート様に私はそう答えながら風に流されそうな髪を押さえました。
私の銀色の髪と同色の生地を使った服、それが出来るのは二週間後だそうです。
私なんかが着てもいいのかな、と気が引ける部分はありますけど......でもやっぱり楽しみです。
「あいつが見立ててくれるなら間違いないないだろ。出来上がりが楽しみだなー」
「プ、プレッシャーかけないでください!」
ウォルファート様は人が悪い笑いを浮かべています。もう。




