お誕生日会ですね 2
エルグレイとラウリオの趣味の悪い、もとい個性的なプレゼント以外にも皆からプレゼントを貰った双子はご機嫌だ。それはそれとしてセラが手配した玩具は簡単な木工パズルのようなものだった。20ピースほどに分かれており全部を上手くはめると--
「何故俺の姿が現れるのかな」
「あの、今ウォルファートアートって言ってウォルファート様を描いた絵画や彫刻がすごく人気なんですよ。この玩具もその一環です」
セラの返事に俺ははたと気がついた。そういえば軍事府で働くようになってからのどたばたの最中に軍事府お抱えの御用商人が「ウォルファート様の姿を使った玩具など作ってもよろしいですか?」と聞かれ「はいはい」と忙しさに任せて頷いた気がする。そうか、あの結果がこれか。
「ウォルファート様のお屋敷の者ですと告げると三割引きしてくれましたよ。優しいですよね」
「普通は版権元が欲しがる時は無料にしてくれるけどな」
まったくしっかりしてやがる。けどその商人からはちゃんとプレゼントも届けられていたから笑って見過ごしてやるか。
初夏に盛りを迎える青い水仙をメインに据えた一抱えもある大きな花束がそれ。三歳児の目は惹かないけれど、おめでたい日の屋敷を華やかに飾るには役に立つ。こういう心遣いって結構大事なんだよな。愛想笑いとしたたかさが商いの秘訣ってな。
「これはイヴォーク侯爵からです。どうぞお収め下さい」
「あ、悪いねラウリオ。ほら、二人ともこういう時は何て言う?」
「「あいあとー!」」
元気よくお礼を言えたシュレンとエリーゼの頭を撫でてやる。ラウリオは大役を果たしたと言わんばかりにホッとした顔だ。職場絡みのプレゼントはなるべくご遠慮いただいているんだが、イヴォーク侯とギュンター公からだけは断り切れず受け取ることにしたんだ。さて、そのイヴォーク侯からのプレゼントはというとお手頃な大きさの熊のぬいぐるみがニ体だ。
黒い熊と白い熊のペア。なかなか愛らしいぬいぐるみだ。よかった普通で。あ、でも問題は使う側の方にあったりするよな。
「シュレン白がいい!」
「やだ、エリーゼも白ー!」
これだ。かわいそうなことに黒い熊のぬいぐるみはぽつんと床に置き去りだ。「ほら、二人とも。黒熊ちゃんがかわいそうでしょ? 皆で一緒に遊びましょうね」とセラがなだめているが時々子供って理屈が通用しないからな。
「あはは、ああいうのリールの町にいた時にもありましたよね。二人とも譲らない時は譲らないからなー」
「へー、双子だからっていつも仲いいとは限らないんですね。僕ちょっと意外です」
懐かしそうに話すアニーにロリスが反応する。最初角突き合わせていてどうなるかと思ったが、収まってくれて何よりだ。二人がいい友人になればこういうお誕生日会も子供を祝う以外に役立って満更悪くないなあと思う。
「だからロリスさん。ウォルファート様をいじるこつはね......」
「教えてもらっていいですか! 今の僕の一番の関心なんですよ!」
「待てい、お前ら」
駄目だ。やっぱりこの二人が会うとろくなことがない。頭痛がしそうだ。セラがこうなったらどうしようといらん心配が湧いてくる。
「皆さん、デザートの時間ですってー」
そんな俺を救ってくれたのはアイラの声だった。ナイスタイミング、この問題児共もデザートという言葉にパッと会話を止めてテーブルに向かう。アイラ、お前よくやったぞ。
「ちょうどいいから二人でウォルファート様の横に座ってケーキ食べさせてあげたらいいじゃない。ね?」
「さすがお姉ちゃん!」
「おお、それは面白そうですね! 僕が右、アニーさんが左、膝にはセラさんなわけですよね!」
その瞬間、俺の精神が灰のようになったのは言うまでもないだろう。アイラ、お前だけは信じていたのに。
だが奴らの企みは寸前で回避された。馬鹿でかいお誕生日祝いのケーキがテーブルに供されると皆口を揃えて「シュレンちゃん、エリーゼちゃんお誕生日おめでとー!」と今日の主役を祝うことに集中したからだ。訳が分からないなりに双子も楽しそうにニコニコして「ケーキ食べたいー」と言う。子供っていうのはいるだけで何となく大人を引き付けるもんだってしみじみ思ったね。
「シュレンちゃんにはあたしが食べさせるんだから!」
「じゃ、僕はエリーゼちゃんに! うお、もうほっぺたがぷにぷにしてたまらん可愛さですね!」
「駄目ですよ二人ともー。私が食べさせてあげるんですからね?」
アニーもロリスも諦めろ。普段面倒見てるセラにこういう場面では一日の長がある。もっとも二人は黙っておとなしくしていわけではない。すぐに手で掴もうとしてセラに注意されたりもするんだけど。
「あっち、大きいの!」とシュレンが目を輝かせたり。
「あ、駄目ですよ、シュレンちゃん。それは他の人のです。あっ、エリーゼちゃんお口の周りべたべただし」とセラが慌てたり。
「二つ食べるー、もっとー」とエリーゼが口の周りだけではなく髪の先にもクリームの白い跡をつけて、周囲の人間が笑いつつもそれを拭いてあげたり。
賑やかだなあと思いながら、俺は普段は口にしない甘いケーキを小さく切りわけて自分で食べた。まあたまにはこんな日があってもいいか......少なくとも酒は飲まないから肝臓には優しいしな。「パパもケーキ食べようねー」「いっしょ、いっしょ」と双子が寄ってきて大人しく食べることはすぐに諦めたけれどね。でもお前らが満足ならそれでいいや。
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お誕生日会が無事にお開きとなり皆が帰った後は何だか物悲しい。いつもの状態に戻っただけなのだが、それまで非日常の賑やかさに支配されていた場が通常に戻り招待客も帰ってしまったからな。アイラとアニーは同じ敷地内の離れなので、お隣りさんみたいなもんだけど。
普段と違う興奮状態で過ごしたっぷりと皆に遊んでもらったからか、シュレンとエリーゼは疲れたのだろう。さっさと夜の早い内に寝てしまった。終わってみると一年前のリールの町にいた時はこんな賑やかなお誕生日会は開いてやれなかったし、良かったと思う。俺とアイラ、アニーとああそうだ、メイリーンと彼女の旦那を呼んだんだっけな。
「お茶が入りました、ウォルファート様」
「お、すまん」
普段着に着替えたセラが持ってきてくれた紅茶を受けとる。メイドに言えばお茶くらいすぐに持ってきてくれるのだが、夜遅くなるとセラは自分でやろうとする。彼女なりの気持ちの区分があるのだろう。「美味しいですか?」「ああ」とたわいもない言葉を交わし、双子が寝ている隣の部屋で差し向かいに座った。
一応セラの扱いは内縁の妻という関係なので、親密な仲となっても別に道徳的に問題はないのだろう。むしろそうならないとおかしいとさえ言える。だが彼女をそう扱うのは俺の心が拒否した。セラにしてもそういう覚悟があるのかどうかは知らないが、俺を誘惑しようという素振りはない。
正直ホッとする。もともと身よりもなく不安定な立場だったセラは無欲だ。一度俺は何か欲しい物ないか聞いたことはあったが「十分過ぎて思いつきません」と笑われてしまった。
確かに元々はセラは難民崩れとして王都に流れ着いた身だ。俺は恩を着せる訳じゃないが、向こうがこちらを恩人と考えてくれているのはそれは有り得る話だ。何とかイヴォーク侯に庭仕事要員として拾ってもらって食いつなぐ毎日だったみたいだしな。
「セラ、お前新しい服欲しくないか?」
「もったいないお言葉です、ウォルファート様」
紅茶のカップを受け皿に戻しながら改めて聞いてみた。返事は穏やかな笑みと一緒に帰ってきた。
「今回のクエストの報酬が入ったからさ、どっちみちちょっとパッと使いたかったんだよ。俺も新調したい服あるし、一緒にどうだ?」
「そこまで言っていただけるなら--はい、喜んで。ありがとうございます」
嬉しそうにはにかみながらセラが頭を下げる。サラサラとこぼれる銀髪は部屋を照らすランプの明かりに僅かにオレンジがって見えた。育てるって意味じゃ俺にとってはセラもシュレンもエリーゼも同じなのかな、と思いつつこいつは話が分かるから違うかと思い直す。
まだ休みは続くので、早速明日仕立てに行くことにしようと決めた。アイラが働く生地屋なら生地の購入から始まり、仕立てまでやってくれたはずだ。せっかくだから行ってやるかと考えながら、俺はまだ開けていなかったプレゼントの包みを手元に引き寄せる。
青と白のストライプの鮮やかな紙に包まれれた平たい四角形のプレゼントだ。それを見たセラが小首を傾げた。
「あら? ギュンター公からのプレゼントですね」
「ああ。ちょっと配達が遅れて開ける暇が無かったからな。今見てみようと思って」
「何でしょうね、割と大きいですけど」
セラと話しながら俺は包みを注意深く外していく。ほどなく現れたプレゼントに俺は表情を緩ませた。脇から覗きこんだセラも「あら」と微笑む。
縦60センチ、横80センチ程の長方形の額の中、二人の子供がこちらを見ている。もちろん本物じゃない。素人の俺が見ても分かる高度な技術で描かれたシュレンとエリーゼの油絵だ。うちの屋敷の庭らしき場所で仲良く手をつないでいる双子が実に自然な顔で描かれている。季節は冬なのだろう、絵の中の庭の所々に白い雪が積もっていた。
「へー、上手いこと描けてるなあ。けどあいつらこんな絵を描かせてくれるほどじっとしてないのにどうやったんだろ?」
「ニ、三回は私達も公爵閣下にはお会いしていますから、その時の記憶を基にでしょうか? それにしてもそっくりですね」
ちょっと会っている間の記憶を頼りに描いたのだとしたら、ある意味ギュンター公は天才だ。二人の姿は特徴をきちんととらえており微笑ましい。ややいかめしい感じが否めないギュンター公には双子も懐くというわけにもいかず、ちょっと敬遠しているのだが公自身は双子のことを悪くは思ってはいないのだろう。
俺はギュンター公の私生活はあまり聞いていないが、息子さん夫婦は王都から離れた場所で生活しているらしい。孫の一人や二人いるとしても中々会えないだろうから、シュレンやエリーゼを見ていると孫を思い出して何とも言えない気分になるのかもしれない。
「あの人ああ見えて割と優しいからな」
もう一度絵を見てからまた絵を包装紙に包んだ。明日どこに飾るか決めよう。しかし双子は自分が描かれた絵なんか見たことないよな。びっくりするかもしれないな。そんなことを考えていると、寝ているシュレンとエリーゼを見に行ったセラがあいつらの寝室から顔を覗かせた。手招きしてるが何だろう?
部屋を静かに横切り俺もそっと二人の様子を伺う。幼児用のベッドに仲良く並ぶ二人の顔が薄明かりの中でうっすら見えた。でもベッドで寝ているのはシュレンとエリーゼだけじゃない。
「早速ぬいぐるみ持ち込んでるのか」
「黒熊ちゃんも気に入ってくれたみたいですね。良かった」
すやすやと寝息を立てる二人の間に挟まれるように、イヴォーク侯からのプレゼントの白と黒の熊のぬいぐるみが並んでいる。仲良く並ぶのはうちの双子だけではなく、ぬいぐるみもらしい。離れ離れにならなくて良かったな。明日になったらよだれでベトベトだろうから早速洗濯しなきゃいけないかな、と思いつつ俺はセラを促しそっと寝室の扉を閉めた。




