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俺、公園デビューします 2

 どうしてこうなった。俺の頭の中にはそれしか思い浮かばなかった。ただ無心で掴まり棒をひたすらギッコンバッタン、それしかしていない。



「「「もっとー! わー!」」」



 くわああああ! いくら俺が常人より腕力あるからってなあ、一度に十人近くも幼児がぶら下がった棒をひたすらギッコンバッタンと押して! 押して!! 押しまくるのは!!! いい加減しんどいわ!!!!



「ダメ! これシュレンの棒!」



「わーん、エリーゼがやってたのにー」



「「パーパー!!」」



 あーあ、シュレンとエリーゼの奴、自分達が掴んでいた棒を他の子に取られて泣いてやがんの。いいじゃんか、散々俺がやってやったんだからさあ。ちょっとは我慢しなさい。そんな俺の考えることなんかいざ知らず、子供達が我先にと掴まり棒に群がるのを見ている母親達は済まなそうにしながらも心底嬉しそうだ。



「ほんとに助かりますわ、この遊具中々女の腕力ではしんどいんですの」



「休日なら主人に頼めるんですけど、平日はこれで遊びたがる子供をなだめるのが大変でして」



「そこで軽々と掴まり棒を動かしてらっしゃる勇者様がいらっしゃったんで、ご迷惑かとは思ったんですが」



 俺の周りに集まった母親達が口々に言う。ああ、そうか俺の面は割れてるのか。公園以外でも普通に出歩いてるし、自分で言うのも何だがちょっとした有名人だから仕方ないか。



「んでご迷惑かと思っての次は? あ、それギッコンバッタンと......疲れた」



 もう三十分近く掴まり棒を動かし続ける俺は虚ろな目で母親達を見た。いや、これ結構きついわ。もうニの腕筋肉痛なりそうなんだけど。何で俺こんなことしてるのかな。何か断るいい口実を探すが見つからない......



「二人のお子さんを軽々掴まり棒で遊ばせているのを拝見したので」



「うちの子達も一緒にお願いしますと思いましたの」



「お願いしますわ、こんなこと頼めるの勇者様しかいないんですの!」



「はいはい、分かりましたよ」



 うん、まあ分からなくはないんだよな。確かに女の腕じゃちょっとこりゃきついわな。でもなんぼなんでもさあ、この数の子供を全部俺一人で支えるのはちょっとなー。



「良かったな、ケビン! 掴まり棒で存分に遊べて! お空のママも喜んでるぞ!」



「うん、パパ、たのしー」



 逃げ道塞がれた。くっ、さっきの親子か......駄目だ雰囲気的に抜けられん。というかあのケビンのパパ、男なんだから手伝ってくれたらいいのにと思ったが、見るとすげーやつれてて腕力は全然なさそうだ。こりゃもう腹括るしかないか。



 気合いを入れる為に一回掴まり棒をゆっくり下ろす。ブーブーと不平をもらす子供達に「すぐやってやるから」と言いながら、こっそり懐から取り出した回復薬(ポーション)を飲み干す。まったく高くつく子育てだな。



「パパだいじょーぶー? おくしゅりー?」



 エリーゼがピンクがったさらさらの金色の髪を揺らしながらこっちに走ってきた。すぐ後ろには、色彩的にはまったく似ていない黒髪黒目のシュレンがついてくる。ちょっとは心配してくれてんのか?



「シュレンもギッコンバッタンしゅる!」



「おう、心配ありがとな。でもお薬飲んだからだいじょーぶだ。ほら、他の子と一緒に掴まってこい」



 二人の頭を撫でて促してからポンとニの腕を叩いた。ま、仕方ないな。本気になりゃこれくらい--うん、なんか掴まり棒の周りに更に子供が集まって二十人くらいいるっぽいけど、こ、これくらいやれるっての。勇者様なめてんじゃねーよ。



「「「ウォルファート様頑張ってー! 素敵ー!」」」



「やります、やりますよお母様方!」



「「「きゃー、カッコイイー!!」」」



 これはあれか黄色い声援なのか。子供いるっていっても女って本質的に変わらないのかと拉致もないことを考えながら。



「ぬ、おおおおお......!」



 俺は全身の筋力を最大限に生かして掴まり棒を押した。




******




「「「ゆうしゃさま、あいあとー!! まーたーねー!!」」」



「ほんとにありがとうございました、子供達もこんなに喜んで」



「ほんといいパパですのね、うちの主人にも見習わせたいわあ」



「今度是非うちに遊びにいらしてくださいね」



「ハハハ、ソウデスネ。タノシミニサセテモライマス」



 うるせーほっとけと内心ぶちぶち言いながら、顔はスマイルの俺。あれから一時間近く掴まり棒に次々にぶら下がる子供達を一人で。たった一人で。壊れた機械のようにただひたすらギッコンバッタンしていた俺の両の腕は筋肉痛でプルプルしていた。「すぐに筋肉痛がくるのは若い証拠ですよ」なんてエルグレイがなぐさめてくれたが嬉しくも何ともない。



 多分途中から死んだ魚のような目になっていたと思う。そうでもしないとやってられん。とにかく尽きることのない遊びへの欲求をぶつけてくる子供達は普段堪能出来ない掴まり棒に大はしゃぎ。あまりに数が増えた為、掴まり棒からあぶれた子は俺の周りに集まり「まだー? まだー?」と大合唱さ。



 さすがに見かねたのか、途中からエルグレイが掴まり棒からあぶれた子供達を慣れない手つきと引き攣った笑顔で肩車してやったり、おんぶしたりとあいつなりに頑張ってくれたのは偉いと思う。いや、ほんと。



「あれ、僕何しに来たんでしたっけ......」



「考えんな、考えたら負けだ。頭を無にしろ、育児には時々理屈は通用しねえ」



 こんな会話をレベル70超の勇者とレベル50超の魔術師(ソーサラー)が平日午前中の公園で交わしてるんだぞ、平和ってすげーなーハハハハ......あ、その平和をもたらしたのは俺だったな。

 あー疲れた。途中でお母様方からの差し入れと称した回復薬(ポーション)の追加がなかったら、本気でバテてたかもしれん。



「パパー、汗びっしょりー」



「んー、いっぱい働いたからなー。ぼちぼち帰るか?」



 無邪気に俺の右袖を引っ張るシュレンに俺は答える。こんな服でいたら風邪ひくわ、帰ろう帰ろう。エルグレイはエリーゼと仲良くなったらしく「ちゅかれたからおんぶ!」という更なる責め苦を追加されていた。まあこいつも大概だよな。



「でも昔に比べたら、シュレン君もエリーゼちゃんも大きくなりましたねえ。見違えるようですよ」



「ん? そりゃまあ明日で三歳だぜ。言葉も増えたし足だって速くなったよ」



 エルグレイとそんな話をしながら、俺はシュレンの手を取った。子供らしい柔らかい手はまだまだ小さいけど、赤ちゃんの時はもっと小さかったな。「シュレン走るのはやいよ!」と嬉しそうに言いながら馬車が通る公道へ駆け出しそうになったので、慌ててそれを止める。油断も隙もない。



「ん、エリーゼは--あれ、寝そうだな」



「にぇむい......」



 仕方ないですねえ、とエルグレイはエリーゼを背負い直した。あれだけ遊べば当たり前か。おんぶしてほしかったのはそもそも疲れて眠たかったからか。まあエルグレイには悪いけど、このままおんぶして運んでもらうか。



 こういう時、屋敷まで近いと楽だよなあと思いながら俺達四人はゆっくり歩いた。なんかつい先日までダンジョンの暗闇で戦っていたのが嘘みたいな平和さだな。普段は歩かない平日の通りは静かな活気に満ちている。「たのしかったー」と満足そうなシュレンに「そうだな」と相槌を打ってやり、後ろを見ると小さな寝息を立て始めたエリーゼをおっかなびっくりでエルグレイがおんぶしていた。



 まあたまにはこんなのも悪くないか。もう二十人の子供の面倒見るとか勘弁だけどさ。




******




「それじゃ改めて。遅れましたが無名墓地(ネームレスセメタリー)攻略おめでとうございました」



「あ、そうかそれを言いに来たんだったな」



「ええ、すっかり忘れていましたけど」



 屋敷に戻り早めの昼飯を食べてから、俺達は顔を見合わせて力無く笑った。公園で巻き込まれて完全にエルグレイが何しに来たのか忘れていた。まあいいか、こんなもんだろ。



 あれだけ遊んだからだろう。双子はお昼寝に入り、すっかり疲れ果てた俺達はあいつら二人を寝かせるのはメイドに任せ、談話室で寛いでいた。やっと休みの実感が得られる。



「中々お子さんがいると休めませんねえ」



「そうだろ、実感したか?」



「自分でやって始めて分かりました。可愛い盛りですがね」



 足を組みながらエルグレイはハハ、と笑う。そういえばこいつもそろそろ子供がいてもおかしくない年齢のはずだけど。



「お前いくつになるんだっけ」



「今年で二十三歳です。もう歳ですねえ」



「それは三十一歳になる俺に対する嫌味ですか挑戦状ですか」



 若いっていいなーと素直に思ったね。エルグレイが手土産に持ってきてくれた茶菓子を頬張ると疲れた体に染みた。泣けるな、俺頑張ったもんな。



「いえ、やっぱり解放軍に入った十五歳の時とは違いますよ。いろいろ経験しましたからね」



「そりゃそうだな。お前あの時まだ子供みたいなもんだったし」



「否定はしませんよ」



 会話の話題は昔のことや無名墓地(ネームレスセメタリー)のクエストのこと、この先どうするかまで多岐に及んだ。包括的に話すなら適任だ、何故なら現状アリオンテとワーズワースのことはこいつにしか話していないからな。ワーズワースからの手紙のことを話すと「信じていいんですかねえ」と首を傾げた。



「俺は信じてもいいかなとは思ってるんだよ。正確に言うなら信じたい、だけどね」



「ぴりぴりしたまま毎日過ごしたくないからでしょ。ま、いいんじゃないですか。いつ襲ってくるか分からないまま四六時中神経質になっていたら、戦うより前に病みますよ」



「結構あっさりだね。もっと反対するかと思ったけど」



 俺の問いにエルグレイは肩をすくめた。



「実際問題、王都に居を構えるウォルファート様を襲撃して敵討ちなんて無理に近いですからね。三年、あるいはもっと期間が経過する内に諦めてくれるかもしれませんね」



「そうなったら楽は楽なんだけどな」



 俺は自分の命が狙われているというのに存外淡々としていた。勘に過ぎないがワーズワースのよく言えば実直、悪く言えば単純な性格からいって嘘は書いていない。奴は挑む時は真っ正面からを好んできた。知略を使いはするものの、性質としてはだまし討ちは出来ない真っ直ぐなタイプだ。だから闇討ちなどはないと信じている。



「しかし興味ありますねえ」



「ん?」



 短く問いかけた俺にエルグレイはニヤ、と笑った。凄く怖い笑みだった。



「あの"殲滅騎士"と我々に恐れられたワーズワースがアウズーラの息子をどんな風に育ててるかですよ。案外おねしょに困り果てたりホームシックになったアリオンテを持て余しているかもしれませんし」



「それって魔族でもあんの? 想像したらちょっと笑えるんだけど」



 ううむ。冷静に考えたらアリオンテには俺は直接の恨みは無い。あいつの父親がシューバーや他の仲間を殺したことはやっぱり許せないが、もし魔界に戻って二度と人間には手を出すつもりはないというならそれはそれでありかなとは思うんだ。



 けどあの時のアリオンテの殺気がこもった目を思い出すと--やっぱり望み薄だよなあ。ため息出るぜ。どうしよう。ワーズワースが子育てに疲れ果てて"もう敵討ちなんか止めましょう"とか言い出してくれないだろうか。



「いやー、一応子供には変わりありませんし、我々人間と体の構造が基本的に同じですからね。無いとは言えないのでは」



「そういう意味ではワーズワースの奴、人間の子育ての仕方をどこかで習っている可能性はあるな......首尾良く俺を倒しても友達とも打ち解けず、年上には反抗的で礼儀知らずじゃとてもアウズーラの後継者にはなれないだろうし」



 俺はふと炊事洗濯に追われながらアリオンテに必死こいて勉学や生活習慣や礼儀を教えるワーズワースを想像してしまった。鎧の代わりにエプロンを着けて、槍の代わりに教本を持った姿が目に浮かぶ。不憫さ満点だ。



「大変そうだな......」



「敵という偏見を外して見るのであれば、やたら真面目で責任感強い男という噂でしたからね......」



 何となくしみじみとした雰囲気の中、俺達の会話は終了した。明日の誕生日が早めの夕方からということを確認して帰るエルグレイは「セラさんによろしくです」と爽やかに去っていった。あいつもモテるだろうに。さっさと身を固めろってんだ、なんて言うと「ウォルファート様がちゃんと結婚するのが先では」と真顔で言われそうなので黙っておいたけれど。




******




 エルグレイを見送った後、俺はセラの様子を見ることにした。まだ双子は寝ているからメイドが側にいてくれればそれでいいな。



 セラが寝ている部屋は普段は使わない来客用の寝室だ。日当たりのいい三階にあるその部屋でセラは安静にしている。寝ているかもしれないので起こさないように静かに扉を開くと、ベッドの上で身を起こし枕元の水差しから水を注いでいるセラと目が合った。



「あ、すみません、こんなところを」



「熱引いたか?」



「おかげさまで。ちょっと咳が出るくらいです」



 窓から入る陽光に青い右目を輝かせながらセラは笑った。丈の長い長袖のゆったりした服に身を包んだ彼女は、半分ベッドに埋もれるようにして休んでいたようだ。



「まあ大した熱じゃなかったし、安静にしていればすぐ治るさ。何か欲しいものあるか」



「ん......あ、もし可能なら」



 少し考えこむようにしたセラが躊躇いがちに口を開く。



無名墓地(ネームレスセメタリー)のお話が聞きたいです。凄い冒険だったんですよね」



「本気かよ。別に面白くねーぞ?」



「そんなことないです。私、全然戦うこと出来ないから冒険者の人とか凄いなあと思っていて。遠いとこまで出かけて大変だったんだろうなあとか、シュレンちゃんやエリーゼちゃんと遊びながら気にしてました」



「あー、なるほどね。まあ双子もまだ寝てるからそれならいいか......」



 そういえば一昨日帰ってからセラとあまり話す時間なかったな。案外俺が留守の間、話し相手に飢えていたのかもしれない。メイドや料理番とも話はするだろうけど、話題が限られそうだし。



「そこそこ長くなるからかい摘まんでになるぞ? ほれ、ちゃんとベッド入れ。明日はシュレンとエリーゼの誕生日会なんだから」



「はい。フフ、私なんだか子供みたいですね」



「俺より十五歳も年下なんだから当たらずとも遠からずかな。じゃ始めようか」



 ベッドの横に椅子を持ってきた俺はそこに座った。自分のクエストの話をする機会は解放軍にいた時に皆の前で何度もあったので、話すこと自体は慣れている。一つ違うのはここは酒場ではなく、目の前にいるのが屈強な冒険者や兵士でもないことだ。時代の流れを感じる。



「でな、そのロリスって女の子が女なのに自分のこと僕って言うんだよ。変だろ」



「あら、男の子みたいです。きっと活発な方なんでしょうね」



「活発、うん、まあある意味ね」



 僕のこと呼びましたか! という幻聴が聞こえた気がして、慌てて頭からそれを追い出した。セラは大人しく俺の話を聞いている。ほんとにこんな話が面白いのだろうか。血生臭いだけだと思うんだが。



「やっぱりウォルファート様って凄いんですね。私、ウォルファート様に会えて幸せです」



 まあいいか。セラも機嫌良さそうだしな。明日の誕生日会に出てもらわないと格好つかないし早く元気になってくれよ。あれ、そういえば俺何か忘れてるような気がするんだよな。



 (あー、あいつらも来るんだ、そうだそうだ)



 すぐに思い出した。ラウリオとロリスも呼んだんだった。双子の誕生日会兼クエストの打ち上げも兼ねようって王都へ帰る途中で話したんだよ。しかし。



 (なーんかいやーな予感がするんですけど)



 うん、きっとこれはあの二人の女子のせいだ。そうに違いない。



「ウォルファート様、お顔の色が何だか優れませんけど大丈夫ですか? 汗も出てませんか」



 銀髪を寝る時に邪魔にならないよう一つに束ねながらセラが聞いてきた。そんな彼女に俺はばれないように無言でため息をつく。



 なあ、セラ。俺がいじられないようにするにはどうしたらいいんだろうな。

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