俺、公園デビューします 1
カーテンの向こうが明るくなっているらしいと半開きの目を擦りながら考えた。あ、そうかもう自分の屋敷にいるんだな。そう寝ぼけ眼で思いながら、俺はぐるぐると左肩を回す。最後にリッチに攻撃されてから六日ほど経過するが、迅速に治療出来たこともありもう回復したようだ。
(今日は休みでいいんだよなー)
自然と顔がほころんだ。あれだけ頑張ったのだから当然の結果かもしれないが、今日を含めて五日間は完全休暇だ。一昨日にクエストを終了して王都に到着した。ギュンター公にクエスト終了の報告をする為、軍事府に赴いたのが昨日だ(先に早馬で結果だけは連絡しておいたけど)。
「ご無事で何よりです、ウォルファート公」
「ええ、まあ」
「とりあえず休んでください。荷物運搬役の連中から既に無名墓地で得た財宝は受け取りました。今は集計に入ってますから、さしあたりすぐにやることはないです」
「分かりました。じゃ遠慮なく」
軍事府の事務局でクエスト終了を示す為の簡単な書類記入だけ終えて五日間の休日をもらい、その日の午後からのほほんと休みに入ったというわけだ。すぐ屋敷に帰ってもよかったのだが頭がボーッとして疲れていたので、適当な店でお茶してから帰ったのはご愛敬。屋敷に帰ってからじゃれつくシュレンとエリーゼの遊び相手を存分に勤め、久しぶりにゆっくりと椅子に座っての食事を摂り(泣けるだろ)風呂を堪能して寝たのだった。
今日は休みだ二度寝しようそうしよう。ささやかな誘惑に駆られ、俺は再びベッドに潜り込もうとしたのだが--
「「パパがいいーどーこー!」」
扉の向こうから聞こえてきた可愛くも騒がしい二重の声が、俺にそれを断念させたのだった......
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普段俺は王都に役職をもらい働いている身なので、朝から夕方までは屋敷にいない。必然シュレンとエリーゼがどんな生活をしているかはこの目で見ることはない。帰ってからセラからいろいろ聞くくらいだけど毎日そんなに劇的に変わったことがあるわけでもないし、正直半分聞き流していた。
勿論休日にはそれなりに一緒にいるぜ? だからどんなことをしているかは分かってはいたつもりなんだが、やっぱり俺も休みたいという意を汲んでセラやメイドがかなり双子を見てくれていたのだ。蔑ろにしていた程では断じてないが、リールの町にいた時ほどべったりではなくなっていた。
「で、今回五日間の連続休暇になりましたし家族サービスしますというわけですね、いやほんと偉いなあー」
「う、うーん、まあ思うところあってな」
後ろから声をかけてきたエルグレイに俺は振り向かずに答えた。そう、朝飯が終わって早速「遊べ遊べ」とシュレンとエリーゼが煩かったんだ。二人に急かされた俺は屋敷近くの公園に二人を連れてきたんだが、そうしたらそこにたまたまエルグレイもいたんだ。「無名墓地を攻略されたと聞きましてね、おめでとうと言いに来たんですよ」ということらしい。
「ほんと偉いと思いますよ、ウォルファート様。普通一ヶ月半もクエストやったら数日気が抜けるものなのに。中々お子さんのお相手とか出来ないですよ」
「お砂! お砂!」
「ほら、エリーゼ、靴脱いで。な、砂とか簡単に取れるから......えっと何の話だっけ?」
「パパ、ボール! 取って! はやく!」
「あ、じゃあ僕代わりに」
「やだ、パパがいい!」
「......すみません」
「シュレン、わがまま言わない!」
どうやら、明日が三歳の誕生日の双子を普段面倒見てない俺が一人で見ようなんてのが甘かったようだ。一人だけならまだしも二人いっぺんにとかきついよな。いつのまにかエルグレイも巻き込まれているし。
この公園、うちの屋敷から徒歩五分と近く二人のお気に入りの場所だそうだ(もっとも近い遠いに関係なく、子供が外出する時ってばたばたするから面倒なんだけどさ......)。伝聞なのは俺がセラから今朝聞いたからであり、俺自身は初めて来る。普通の町やら村やらなら魔物の出ない地域を区切り、そこで子供は外遊び出来るものなんだ。しかし王都のように外に出ようにも一々城門をくぐる必要があり、しかも敷地が馬鹿でかい為にそもそも城門まで行くだけでも一苦労なんて場所だってあるわけでさ。
そういう大都市には適度に憩いの場とするべく、芝生や遊具を備えた公園を設けようってのがシュレイオーネ王国の方針の一つらしい。都会には都会の悩みがあるってわけだ。
「なあ、エルグレイよ。あれなんて言うんだ」
「ああ、あれですか? 滑り台っていうんですよ。後ろの階段から高所に上って、そこからあの滑らかに磨かれた板に沿って滑り落ちるんです」
「へー、よく知ってるなあ。俺の生まれた田舎にはあんな洒落たもんなかったぜ」
ほう、滑り台っていうのか。子供の足でも上りやすいように短い間隔で作られた手すりつきの木製の階段が七段くらいか? それを上りきると台のようになっていて、階段と反対側にはこれまた手すりつきの滑らかな木の板が備えつけられている。木だと雨で腐るんじゃないかと思ったが、表面を加工しているのでそうそう簡単にはならないらしい。
シュレンとエリーゼがあれで遊ぶと言いはじめたので、ついていくことにした。他の子供も既に公園に来ており、元気に滑り台に群がっている。無邪気なもんだ。歓声が時折上がり、賑やかなもんだ。
「セラさんはどうしたんです。一緒じゃないんですか」
「いやあ、昨日風邪引いて倒れた」
双子がちゃんと順番を守って滑り台で遊ぶか見張りながらエルグレイに答える。この季節は公園に植えられた木々の緑が美しい。子供が外で遊ぶにはうってつけだ。
「え? それはまた可哀相ですね」
「俺が留守の間気を張っていたらしい。帰ってきて顔見たら安心したのか、熱出した。大した熱じゃないらしいけど」
「それだけウォルファート様を心待ちにしていたんですよ。可愛いじゃないですか」
エルグレイの言葉に俺は素直に頷けない。俺とセラは他人から見たらちょっと奇妙な関係だろう。血の繋がらない双子の養育をしてもらう内縁の妻として迎えてから、半年以上経過する。明日なき日々を背負っていたセラを救う形で俺がイヴォーク侯から貰い受けたが、このままでいいのかなと思わなくもなかった。
「ん、まあすごく素直だし双子には献身的に尽くしてくれるし、特に言うことはないけど」
「歯切れ悪いですね。正直、恋愛感情とか湧かないのですか」
「パパ見て見てー! シュレン、すべるう」
「エリーゼもー ぴゅーん!」
「おお、凄いなあ。いつのまにそんなこと出来るようになったんだよ」
エルグレイの質問が聞こえなかったふりをして、俺は滑り台で遊ぶ双子に拍手した。昔は立つことも出来なかったのに大きくなったもんだ。
わざとごまかしたな、と言わんばかりに苦笑するエルグレイの表情にも気付かないふりをした。
"恋愛感情なんてさ、俺が持てるわけないだろ。真っ平だよ"
ヒルダのことはエルグレイにすら話していない。正直に話すようなことじゃないからな。聞かされた方だって嫌だろ、こんな話さ。
今は俺のことをパパって呼びながら「パパも滑り台!」と叫ぶ双子に「いやー、俺は見てるからさ、もう一回行ってこいよ」って笑ってられる自分で十分。それ以上は望まないよ。
「まーだ遊ぶ気かい......」
「「掴まり棒!」」
公園に来てから一時間が経過した。シュレンとエリーゼはまだ遊んでいる。その動きのペースは落ちていない。途中で一度、心配したうちの屋敷のメイドが見に来たが俺が「大丈夫だから」と言うと水筒とおやつだけ渡して帰った。ある意味もっと頑張らなくてはならないようだ。頑張れ、俺。
二人が飛び掛かった掴まり棒という遊具を見てみる。地面から垂直に飛び出した棒Aの先端--それほど高くはない、高さ1メートルくらいか--に地面と水平になるように棒Bを渡した遊具だ。AとB二つの棒はネジで留められており、Bの片方を大人が力を押して上げ下げすると、もう片方にぶら下がった子供が梃の原理で上下するという遊びが出来る。うん、確かに楽しいだろう。しかしだ。
「エルグレイ、あれって大人が上げ下げしないと動かねえよな?」
「構造的に、はい」
「てことは、俺は横で見ていてノホホンとはしていられないってことかい」
なあ、俺の言葉に生暖かい目をして無言で"ガンバレ"っていうの止めてくれないか、エルグレイ。お前それでも一緒に解放軍で戦った仲間かよ。
そんな俺のジト目を受けて、エルグレイが慌てたように両手をこっちに向けてぶるぶる振った。
「いやほら、僕さっきもシュレン君にパパがいいって言われましたしね? やはり親子の団欒を邪魔してはいけないと思い、ここは泣く泣く身を引いてですね」
「ちっくしょー、うまいこと逃げやがってよ」
「まーだー!?」
「パパ遅いー!」
くっ、まっとうな文句言ってるだけなのにシュレンとエリーゼからは文句言われたぜ。一体どういうことなんだよ。頼りになるはずの魔術師は「腕力強化でもかけましょうか」と見当違いの助力を申し出るだけだし。
あの補助呪文は確かに腕力上がるけど、制御が効かなくなるから無理なんだよ。補助された俺が思い切りこの棒動かしたら、シュレンとエリーゼが雲まで飛んでいくわ。
双子はちょんと背伸びして横に伸びた棒に掴まった。あれ、いつのまにこの高さに届くようになったんだろうなあ。まったくこれじゃあテーブルの上に物置いていても触れちまうな。
「パーパー」
「はーやーくー」
「へーい」
しゃあねえ、飽きるまでやってやるか。ダンジョンではお前らに助けられたもんだからな。そーれっと。
「ギッコンバッタン」
「「きゃー! もっとー!」」
俺が軽く力を入れると、反対側に掴まったシュレンとエリーゼは上下する。そんなに楽しいのだろうか。めっちゃ喜んでいるんですけど?
「ギッコンバッタン」
「「おもちろーい」」
正直俺の力なら片手で動かせるんだけど、これ普通の人がやったら結構しんどくないかあ? この公園にもお母さん達が子供連れて遊びに来てるけど、俺の前にこの遊具使ってる人いなかったもんな。
何気なく首を回し周囲を見渡して、俺は今更ながら気がついた。もっと重要なことに。
「あ、あれ。よく見たら男ほとんどいねーじゃん。もしかして俺ら浮いてる?」
「そりゃそうじゃないですか。平日に公園でぷらぷらしてるお父さんてあんまりいませんしね」
エルグレイの言う通りだ。まあ少数ながら父親だけが子供連れて来ているケースもあるし、両親揃って連れて来ているケースもあるにはあるがその絶対数は少ない。偶然俺の後ろを通りかかった父親らしき若い男が息子さんと
「パパー、ママはいつ帰ってくるのー?」
「--ママはね、遠いお空のお星様になっちゃったんだよ。遠くから僕たちのことを見守ってくれてるんだ」
「えー、やだー僕ママに会いたいよー」
「ケビン! パパがお前の側にいるからな! 二人で強く生きていこうな!」
という嗚咽混じりの会話をしているのを聞いてしまい、不覚にも動揺しちまった。掴まり棒を押す手に思わず力が入り、ガクンと一際強く押してしまう。ケビンのお父さん、頼むから他でそういう話はしてくれないかな。
「「キャアー、ケラケラ」」
「危ねっ、ふー、わりいわりい」
やべー、シュレンとエリーゼに何も無くて良かったぜ。しかしだ、俺も男一人で双子連れてるってことは、妻を亡くした可哀想な旦那に見られてるのかもしれないな。なんだかぞっとしないんだけど。
いや、エルグレイがいるから男二人で子育てしてるように見えるってか。--いや、それはますます周囲の目が痛い。痛すぎるぞ。
どっちにしてもちょっといたたまれない気分になってきたぜ。セラの奴、何でこんな時に風邪引いてんだよお。恨むぞ。
「あ、ちょっと」
「何だよ、おい。俺今この遊具に忙しいの」
ぽんとエルグレイに肩を叩かれ、アンニュイな気分のまま振り返った。そして目が点になる。何故ならそこには--
「僕もー!」「俺もー!」「あたちもー!」
「「「掴まり棒やってー!!!」」」
目をキラキラさせたちびっこ共がテンコ盛りとなり、その後ろでお母さん達が済まなそうな顔でこちらを見ていたからなんだよ。嫌な予感に顔が引き攣る。一体何やらせる気だよ、ちきしょう!




