無名墓地へ別れを告げて
「大活躍でしたね」
「誰の話だよ?」
「勿論僕ですよ。なんたってケルベロスに一番ダメージを与えたのは、僕が作っておいた呪符ですからね!」
「ロリス、もう一回ダンジョンの底に帰るか?」
ぽっくぽっくと馬はゆっくり歩く。揺れる背中でこんなたわいもない話をしているのは、俺とロリスだ。
リッチから取り戻した帽子を被り直し、退魔師の女の子は「い、いやですう! 冗談ですよ感謝してますよ主にラウリオさんとかラウリオさんとかラウリオさんとかちらっと勇者様にも!」と宣ったので、ぺちっと軽く頭を叩いてやった。
「ひ、酷い! そんなことしたら低い背が更に縮むじゃないですか!?」
「なんで俺が最後にちらっと出てくるだけなんだこんちくしょー!」
「そりゃ勇者様いじるのが楽しいからです」
「きー! 助けなきゃよかったのか助けなきゃよかったのか!?」
見ての通り、俺達は元気だ。
先を行くラウリオがこちらを振り向いた。呆れたような視線を送っているが、俺はロリスの相手をしているだけだ。
俺は悪くないもんねー。そう思っていると、ロリスが馬を俺の横にぴたりと並走させた。なんだまだ何かあるのか?
「......ありがとうございました」
「はい?」
いきなり神妙に頭を下げたロリスに、俺の目が点になった。またおふざけかと思ったが、帽子を取って正式に頭下げている。
多分違うだろう。ショートカットにしている青い髪の毛がうなだれている。
「いや、ほんとはリッチに捕まった時はもう駄目だろうな~と思ってましたから。勇者様が僕や僕のパーティーみたいな下っ端を命を賭けて救いに来てくれたこと、絶対に忘れません」
おお、いつもと違ってえらい神妙だな。感心感心、けどまあ、ちゃんとお礼が言えるってのは素晴らしいことだ。
軽くうなだれるロリスの頭をくしゃくしゃと撫でてやる。
「たとえこの銀の聖戦の間だけとはいっても、俺達仲間だろ。お前らはたまたま俺の指示が必要だからそれに従っていただけだ。部下でも何でもない」
「そこまで僕のことを!」
「調子乗るな。ま、だからあんまり気にしなくていいぜ。それにお前らが捕まってくれたおかげ、って言ったらあれだけど」
俺が振り返った先には、めちゃくちゃ重そうな袋をかついだ馬が二頭のろのろ歩いている。まるで抗議の声をあげるかのようにヒヒーンといななかれてしまった。
「無名墓地攻略のお宝も手に入れたしな」
******
リッチを倒した後は、一言で言えば順調に後片付けしただけだった。俺とほぼ同じタイミングで、ラウリオがケルベロスの最後の首を飛ばしていた。
後から話を聞くと拘束されていたロリスからユーリやディストが呪符をもらい、それを活用したのが効いたそうだ。
退魔師は魔力の使い方が魔術師とは異なり、小道具を通して使うことが多いとは聞いたことがある。
道具を事前に作る必要はあるが、その分今回のようにストックがあれば本人以外でもすぐに使うことが出来るわけだ(ロリス曰く、物によっては本人が使わないと効果は薄くなるらしいけれど)。
そういう意味では、ロリスの貢献も間接的にあったとは言える。それは間違いないが、やはり一番の殊勲者はラウリオだろう。
結果的にケルベロスの三つ首全てを叩き切り、最後にその心臓にロングソード+3を捩込んだのみならず的確に指示を出し続けた。ユーリ、ゲイル、ディストの誰一人欠けずに戻って来たのが何よりだ。
「ケルベロスのブレスが飛んできた時はやばかったなあ、ゲイル」
「私の咄嗟に唱えた氷壁とディストの機転のおかげだね」
一番ピンチだったらしいケルベロスのブレス攻撃も、後衛二人が軽い火傷をしただけで済んだらしい。ゲイルが初級の氷系防御呪文を唱えブレスを弱めていた間に、ディストがゲイルを突き飛ばす。その反動で、ディスト自身は反対方向に飛んだ。
この見事なコンビネーションで最小ダメージに抑えたらしい。中々見事な回避方法だと思う。
「それでもラウリオが凄かったねえ。格好よかったよー?」
「いやあ、それほどでもないから」
ユーリに肩を叩かれたラウリオが照れながら笑っていたのが印象的だった。一番頑張ったのは本当だろう。戦闘の余韻覚めやらぬ顔には鬼気迫る物が宿っていたのだから。これで一皮剥けてくれればいいと思うよ。
******
ロリスらCパーティーの面々の憔悴具合が心配だった。
けど特に精神をやられたわけでもなく、憔悴していただけだったのは幸いだった。
どんな風に捕まったのかと聞くとやはり俺の推測通り、地下十二階を歩いていた時に偶然リッチに出くわしたのだという。
"たまたま散歩に出てみれば目障りなのがおるわ"
そう不機嫌そうに言われ、あっという間に倒され捕縛されてしまった、とロリスは面目なさそうに話した。
「ただですね。捕まっていた間、リッチが紳士的だったのですよ」
「まじで?」
「ええ。拷問は当然無かったし、動けないように拘束するだけでちゃんと三食出ましたしね。お手洗いも見張り付きで行かせてくれましたよ」
「へえ......意外だねえ」
俺は首を捻ったが、リッチが人質を丁重に扱う理由は分からなかった。
案外地の底で一人ダンジョンの主をやるのに飽きていただけだったのだろうか。単なる気まぐれだったのかもしれないが、意外に生前はいい奴だったのかもな。
もっとも人にあんな酷い過去の記憶を見せるような奴がいい奴ってのは、かなり無理があるかな......
今、馬二頭がかりで重そうに運ぶ袋の中には、無名墓地攻略のご褒美とでも言うべき財宝が詰め込まれている。
それらはリッチの座っていた玉座の下や、あの最後に戦闘した部屋の奥の倉庫に保管されていたんだ。
現在流通しているグラン貨幣だけじゃない。遥か昔の時代の流通貨幣らしき白金製の貨幣や色彩豊かな宝石の数々、それに魔法付与がかかった武器や鎧が何点か。
これを見つけた時は目が点になった。元々今回のクエストで見込んでいた採算ラインをこれだけで十分上回る。それは見ただけで明らかだったからだ。
武具や宝石の鑑定結果が出ないとはっきりした金額は分からないが、多分これだけで100万グランは優に超えるだろう。
何だか六週間もダンジョン潜っていたのが馬鹿馬鹿しくなるくらいだったが、結果論だ。
あれだけ稼げば、ギュンター公が考えている公共事業の初期費用にはなるだろう。王都の失業率低下にどれほど寄与するかは分からないが、現状よりはましにはなるのは確実だ。
それに今回のクエストに参加した俺を含めた十五人全員に臨時ボーナスも支払われる。個人的にも財布が潤うのは嬉しい。
(これで名実ともに無名墓地は攻略されたってわけだ)
視線を前に戻す。自分の首から鎖で下げたミスリル製の金属板を、左手で持ち上げた。財宝以外にあのリッチがいた部屋で見つけた物、それがこれ。
ダンジョンの象徴であり攻略の証ともなるだろうこの金属板には誰の筆跡かは知らないが"無名墓地に眠る全ての魂へ"と書いてある。
どんな思いでこれが書かれたのかは分からない。
王都に帰ってから慰霊祭の一つくらいはしないと罰が当たるかな? そう考えつつも、また金属板を首からぶら下げる。
馬の背に揺られながらいろいろと思うことはあった。
リッチが見せた俺の過去のこと。
久しぶりに鮮明に思い出したヒルダの顔。
俺を引き戻してくれた双子のこと。
あの二人に関わる全ての人のこと。
あのままリッチの誘惑に乗らずに済んだのは、俺がまだ何らかの形でこの世に縁がるからだろう。
シューバーとエイダの忘れ形見が、過去に引きずられかけた俺に"行くな"と呼びかけてくれたんだろうか。
もう一度振り返る。無名墓地はもう遥か遠くになり、目には見えない。
墓地とは亡くなった人を葬る場所だ。あそこに葬るのは過去の俺だけでいい。今ここにいるウォルファート・オルレアンには、墓地で眠る時期はまだ早いってことさ。
「ねえねえ、勇者様。今回のお礼に僕、勇者様に何かしたいんですけど何がいいですか。肩もみ、お酌、膝枕で耳かき何でもしますよ」
隣のロリスが話しかけてきた。ちょっと考えてから、俺は答えてやった。とびきり悪い笑顔でな。
「じゃあさ、可愛い三歳児の双子のお誕生日会でも出てもらおうか。あ、もちろん二人の面倒見つつ、一日中遊んでもらうからそのつもりでな?」
「え、えええー! そ、それは荷が重っ!?」
「やるんだろ、出来るロリスちゃんは当然な」
俺ってえらいよなあ、ちゃあんとシュレンとエリーゼの誕生日覚えているんだから。クエスト終了してきちんと間に合うように帰るなんて、ほんと父親の鏡だよな。おまけに遊び相手まで連れて帰るんだから。
当然俺も一緒に遊んでやるけどね。
******
王都に戻る途中、街道沿いの小さな村に宿泊する機会があった。久しぶりのベッドを堪能して、さて村を出るかと皆それぞれの馬に騎乗しようとした時だ。
俺は馬の鞍に一通の手紙が挟まれていることに気がついた。暇な道中にそれを開くと、こんな内容が結構な達筆で書かれていたさ。
"こちらもアリオンテ様を育成するのに忙しい。最低三年くらいはそちらを襲うことはないから好きにしていろ。魔族の名誉に賭けて不意打ちなんぞせん。また連絡する ワーズワース"
どこかで見張っていたのかよ、とため息を一つ。俺はその手紙を懐に捩込んだ。
敵討ちは正々堂々が奴らのやり方らしい。
もっともそうでないと、一々びくびくしながら生活しなけりゃならないから助かるけれども。とりあえずワーズワースの手紙を信用することにするか。ぴりぴりするのもしんどいし。
(そういや、アリオンテとワーズワースってどこでどうやって生活してんだろうな)
魔族二人で魔界にも戻らずに人間が幅利かすこの大陸で生活とか出来るのかね? ちらっと疑問に思ったけれども、まあ人を襲えば俺の耳に入るし、しばらく放置でいいか。白黒つける時までは普通に生活させてもらおう。




