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推して参る

 攻撃呪文や防御呪文、補助呪文は数々あるし、もちろんその全てを習得するのは不可能といっていい。いまだにきちんと魔法について体系だった学問が成立していないという問題があるからだ。そのため魔法についてその原理を理解し、どんな呪文を習得していくかは個々の冒険者ギルドごとに伝えられる口伝と本人の試みに頼るしかない。何とも不便だろ?



 ちなみに魔法というのは自然界に浮遊する魔力を体内に取り込み、それを消耗して何らかの現象を生み出すこと全体を指す--とされている。呪文というのはその個々の特定の現象を生み出す方法と考えればいい。呪文の方がより個別的な概念なわけだ。



 でだ。何が言いたいかというとだな。

 普通呪文というのはある程度の魔力を体内に備蓄出来て、かつそれを発動したい呪文の形式にする技術が出来るならば基本的に誰でも使える物なんだが、中にはある特殊な条件を備えた人間しか使えない呪文がある(余談だが魔力が高い=備蓄できる魔力量が多いってこと)。一般化出来ない突然変異の産物のような呪文というわけ。そしてその特殊な呪文は、ある種の敬意を込めて呪文使用者(スペルユーザー)固有呪文(エクストラスペル)と呼ばれるんだ。





 俺が使える聖十字(ホーリークロス)はその固有呪文(エクストラスペル)に当たる。どういう条件が揃えば習得出来るのか今も分からないんだが、ある朝目覚めた時に天啓のように「使えるんじゃね?」と閃いたのさ。



 攻撃呪文の中でも珍しい聖属性、そしてとてつもない出力で放たれる光の十字架は既存の魔法概念を吹っ飛ばす程の破壊力を秘めていた。消費魔力が大きいし、真っすぐにしか飛ばない=広範囲攻撃には向かないという欠点はあるにせよ、俺の切り札ともいう攻撃呪文だ。そんな呪文を真っ正面から受け止めれば無事で済むわけがない。例えそれが暗黒闘気でがっちがちに身を固め防御に徹した死霊の王といえどもな。



「ちっ、削りきれなかったか」



 "グ......グオオオォ こ、これほどとはな"



 切り札の聖十字(ホーリークロス)の白く輝く裁きの光にリッチが飲み込まれた瞬間、俺は勝利を確信した--訳ではなかった。いや、防御が間に合っていないなら例え冥府の力に支えられるリッチであってもその体力を削りきれたのだろうが。流石に俺の魔払いすら受け流すだけの暗黒闘気を集中させて防御に回ったリッチはしぶとかったということだ。



 それでも奴の黒ローブは裂け、その左腕はほとんど消滅している。腕一本犠牲にして逃げきったということならばやはり戦闘センスあるな、こいつ。さっきまでは俺が幻術を打ち破ったことに狼狽していたようだが、聖十字(ホーリークロス)のダメージで目が覚めたらしい。唸りながらもその声に覇気が戻ってやがる。



「よお、リッチさんよ。俺の魔力はさっきので打ち止めだ。もう一欠けらも残っちゃいねえ」



 どうも今感じている頭痛はリッチの幻術のせいで体内に備蓄した魔力が無駄に放出された副作用でもあるらしい。全く忌ま忌ましい話だと思いながら収納空間から取り出した回復薬(ポーション)を一気に煽る。気休めだが無いよりましだろう。



 "ふん、余にそれを教えてどうする勇者よ? どのみち余の左腕を奪ったのだ、ただでは済まさんぞ......!"



 俺が回復薬(ポーション)を煽る間--せいぜい十秒未満だが--消滅した左腕を右腕で抱えながらも必死で応急手当をしていたリッチが応じる。どうやら聖属性による攻撃は不死者紛いのリッチには思ったより激痛らしく、自分の暗黒闘気を注いで止血のようなことをしている。人間ならさしずめ火傷の後に冷水で冷やすようなものか。



「俺もてめえもここからが本当の意味での」



 そう言いながら数歩後ろずさった俺は視線をリッチから動かさないまま、軽く右足の踵を床に叩きつけた。カン、と乾いた音と共にくるくると剣身を踵で弾かれて舞い上がった魔払いを再び右手に納める。



「命の削り合いってだけの話だよ--嫌なもん見せてくれた礼、倍返しにしてやるぜ!」



 "それはこちらの台詞だ......!"



 カッと憤ったリッチが右手一本で魔法杖を振りかざした。それが分かっていながら俺は前に向かって突進する。リッチに言った通り、俺はもう呪文が使えない。回復薬(ポーション)を飲んだとはいえ、さっきの幻術による疲労もまだ残る。矢継ぎ早に放たれるであろうリッチの攻撃呪文をかわして何とか出来る自信は無いんだ。だから俺が出来るのはとにかく間合いを詰めての接近戦。これ一手だけだ。





 恐らくリッチならばほとんど無詠唱で呪文が使えるはずだ。よほど強力な呪文ならば溜めも必要だろうが、時間稼ぎの護衛もいないのにたらたら詠唱する余裕もない。連発で突き放してくるはず、それを凌がなくては勝機が無い。



 念意操作でショートソードを手繰り寄せる。六本は今の俺にはしんどいな。不安ではあるが三本だけ操るか。全くこれじゃあ、ヒルダを殺したあの雪の夜から進化してねえよな。走りながらそんな自嘲が俺の口元を歪める。



 "闇氷柩(ダークコフィン)"



 リッチの魔法杖が光った。聞いたこともない呪文が発動する。身構えた俺の前後左右に突如、暗い青色に染まった氷塊が出現した。結構でかい、一つ一つが俺の身長より高いし幅もある。そこから吹き付ける冷気が俺の警戒心を煽った。



 "--圧迫し、余の標的を永久不変の氷像と化さん!"



「おわわっ!?」



 リッチの掛け声一つでその不気味な氷塊は次々に俺に押し寄せてきた。自ら振るう魔払いでバリバリと氷を砕き、小さいやつは三本のショートソードで半自動迎撃(セミオートリアクション)させるがそれでも後方からの分が手に余る。バキバキと氷にぶつかられた箇所が痛み、更に動きを鈍らされていくのはヤバい。

 まずい、空気自体が冷気を帯びて俺を包みこもうとする。手足の感覚がこのままでは失われ--



 (くっ、こんなところで凍り果ててたまるかって!)



 綺麗な形では無理だと判断し、一番氷塊が手薄な斜め左後ろに体ごとぶつかって包囲網を突破した。背中や肩の各箇所が薄い氷の膜に覆われ、ひりつくように痛みやがる。軽い凍傷に見舞われてしまったようだ。だがダメージよりもむしろ、リッチに近づくのが容易ではないことが分かった方が手痛い。



 更に追撃の攻撃呪文が飛んでくる。多分初級の爆発系の攻撃呪文だ。暗黒闘気を魔力でコーティングして球形にして飛ばして来ているというのは回避しながら分かったが、分かったからといって事態が好転する訳でもなかった。



 魔払いで一つ、いや二つ、眼前に飛んできた黒い球を切り捨てる。コンマ何秒の差で左右から挟み打ちのように襲ってきた奴は、必死の思いで前に転がってかわす。そこで頭上から降り注いできた黒い球が四個見えた。やばっ、これ間に合うのか。



「くそったれ!」



 瞬時に反応したショートソード三本が一個ずつ綺麗に迎撃してくれた。暗黒闘気と魔力がブレンドされた爆発が宙で拡散し、その余波だけが俺に届く。とりあえずこれは問題ない。だが残り一個はもろに俺に直撃--



「ハアッ!」



 いや、ぎりぎりこちらが突き出した左の手の平が間に合った。滅多にやらない手の平に闘気を集めての防御だ。みしみしと左腕が軋むし指が痛む、だが直撃よりはましだろうよ。それに痛みに足を止めている暇はないしな。



 跳ね起きる、次の攻撃を繰り出そうとするリッチの姿が見えた。まだ少し距離はあるしこっちのダメージも無視できない段階に来てるが、希望が見えてきた。走りながら痛む左腕を伸ばす。二呼吸、それだけの時間が稼げるならば間に合うさ。



武装召喚(アポート)! 刀!」



 ぎしぎしと痛む左手で収納空間から呼び出した刀の柄を握りしめた。鈍い銀色の刃は緩やかに湾曲し、血に飢えた獣の牙のようにも神聖な儀式を司る霊具にも見える。右手に魔払い、左手に刀の二刀流。これが俺の今取れる最高の多段攻撃だ。



 "カアアアアッ! 火炎柱(フレイムピラー)!"



 三度リッチの呪文が発動する。俺も知っている攻撃呪文だ。奴の足元から回転しながら立ち上った火炎がその名の通り燃え盛る柱のようになった。メラメラと燃える火炎の柱が五本、それが俺とリッチの間に立ち塞がる。これを突破しなけりゃどうしようもねえならやってやるまでだろ!



 向こうももう小細工はしない、全ての柱を一斉に俺に向かって殺到させる。轟音を上げながら足元から吹き上がる火炎に巻き込まれれば、まずは勢いに飲まれて皮膚が切り裂かれ、そこから侵入した火炎に骨まで貪り尽くされるだろうな。だがな、今の俺なら何とか行けるぜ。



「一剣一刀、ウォルファート・オルレアン推して参る!」



 俺を包囲しようと左右に分かれた火炎の柱を魔払いと刀で切り裂く。ステップを踏みながら横切りの回転を止めず、そのまま二本、三本と炎を叩き切り剣圧で舞い散らせていく。流石にこちらもノーダメージとは行かないが、だが俺を焼き切る筈の灼熱の炎の柱はそのほとんどが二刀流の餌食となり掻き消えた。



 "チィィッ!"



 業を煮やしたリッチが杖を突き出した。ま、いい判断だよ。火炎柱(フレイムピラー)をなんとか交わして体勢が崩れた俺を狙おうってのはな。けれどここからでも技を繰り出せるのが俺の二刀流の真骨頂なんだよ。



「接近戦では俺の方に分があるって忘れたのかよ」



 先端に宝玉の付いた魔法杖は当たればそれなりに痛い。あくまで当たれば、だがな。回転を止めずに左手の刀でリッチの杖を上から下へ跳ね返す。素早く引いたリッチの動きは悪くない。しかしその時には右手の魔払いが唸りをあげていた。



 手応え。どこを切った、見えてなかった。いや、畳みかけろ。チャンスだ。



 ヒュッと鋭い呼吸音を口から吐き出しながら更に俺は二撃目、三撃目を繰り出す。攻撃呪文に耐えきってようやく掴んだこの間合い、逃がすわけには行かねえからな。



 "クハッ、ぼ、防御がまにあ......"



 リッチも体捌きと杖で必死に俺の連撃をかわそうとする。だがそれが追いつかない。元々左手に防御用に暗黒闘気を纏って戦うスタイルなのだろう。あれが自在に使えるなら、いかに俺の二刀流であってもそれほどの差は無い。ありえないとは思うがこちらの斬撃を掴みとれるなら、むしろリッチが有利な場面も作れるだろう。



 しかし右手に握る魔法杖のみではいかに粘ろうともたかが知れている。防戦に徹するリッチを少しずつだが魔払いと刀の刃が掠る、刻む、切り裂く。左--刀の横一文字斬撃、右--魔払いの肩を狙っての袈裟がけ、そうかこれはかわすか。だが--ならば次!  



「シッ!」



 刀でリッチの魔法杖を下から上に弾く、よし奴の手からもぎ取った。そこへ間髪入れずその刀の軌道に重ねるように、右手の魔払いを下から切り上げる。必死で身を捻りかわすリッチ、なかなかやるがそれはお見通しだ。先んじて左足を軸に左回転--冷たく光る刀が回避した先のリッチの胴を切り裂いた。



 "グハッ!? ま、まだだ、まだ余は"



 その言葉を言い終える前に魔払いが唸りをあげてリッチの左脇腹に食い込んだ。魔払いの剣身が白く輝き、不死者を下す喜びに震えた。まったく頼りになる剣だ。一瞬遅れて黒い霧のような血が噴出し、リッチが悶える。そこに更に俺は魔払いと刀を叩きつけた。丁度奴の首の下に"X"の字を描くように一剣一刀が(はし)ると、明らかにリッチの膝が落ちた。



 "ま、負けてたまるものかあああ!"



 ダウンを取ったと思った時には、膝をついたはずのリッチが大きく跳ねた。結果論ではあるが膝がたわんだことを利用して後方への跳躍力へと変えたのか。それは僅かな隙に過ぎない、それでもリッチには十分だっただろう。その右手の人差し指の長い爪先に魔力を燃やした輝きが灯るのを俺は見た。ああ、あれを止めるのは間に合わないなと察した瞬間にはこちらも別の手を打つ。



 "電撃槍(ライトニングジャベリン)!"



白銀驟雨(シルバースプラッシュ)!」



 リッチの放った投げ槍状に形成された電撃は俺の左肩を貫いた。刺し傷自体を更に電撃がえぐるという手酷いダメージに喉から声が漏れる。だが俺は笑っていた。なぜなら俺の放った三本のミスリルのショートソードがリッチの首、胸、腹にめり込んでいたのが見えたから。



 "......ナ、ソ、ソンナ、バカナ。余がこのリッチが、敗北など......"



 呪詛の言葉を吐きながら前のめりにリッチが倒れた。もし暗黒闘気が張れたならばショートソードぐらいなら防御出来たろうが、流石の死霊王も消耗が激し過ぎたか。まだ立ち上がるかもなと痛む左肩に顔をしかめながらしばらく見張っていたが、リッチの目の炎が消えていることに気づいてようやく警戒を解く。



 念意操作には魔力はいらない。あの時磨いた技術がヒルダの幻影で俺を陥れようとしたリッチに最後の止めを刺すとはな。何とも皮肉な話だよ。



「永遠の命なんてありえねえんだよ、リッチ」



 呟きながら不意にさっき見た幻影を思い出す。雪の中倒れ伏したヒルダとダンジョンの床に倒れ伏したリッチ。ほとんど同じような姿勢だ。これはあれか、リッチが最後に見せた嫌がらせか。あるいはただの偶然か。



 (ま、どうでもいいけどさ)



 とりあえずリッチは倒したな。後は向こうで戦っているラウリオ達がどうしているかだけなんだが......大丈夫だよな。

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