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思い出話ってやつなのさ 1

 俺が勇者というステータスを授かったのはただの偶然だった。もともと山間の小さな村にしがない農民夫婦の長男として生を受けた。当然、武芸も魔法も手ほどきなんか受けたことはない。



 巷ではアウズーラなる魔族が現れ、多数の町や村をその支配下に治めているという話もちらほらと俺の住む村まで聞こえつつあったけど、どこかそれは現実味がなかった。まあ、普段は外部との交流も近隣の小さな町としかないようなそんな閉鎖的な村だ。世間から隔絶されたような場所にいれば平和ぼけもするよな。



 だから俺もずっとこのまま村で育ち、親父の畑を継ぐんだろうと思っていた。そう、あの日が来るまでは。





「なあ、ウォルファート。お前、天賦の才能って信じる?」



 仲間の一人からその言葉を聞いた時、俺は苦笑いしてそれを否定した。いや、そういう物に恵まれる人も確かにいるんだろう。だけど、それは極一握りの人間だけに許された特権だ。

 俺にある才能なんてほんのちょっと剣が使えて村の青年の中でなら頭がいい、そんな程度だ。天賦の才能なんてあろうはずがない。



 だから。



「そんなもんに恵まれた人がいるならお目にかかりたいよ」



 そう答えるのが普通だよな。




******




 しかし、皮肉なことに俺には天賦の才能とやらがあった。十八歳の時、用事があり町に出かけた時に、冗談半分で冒険者ギルドで行われていた潜在能力の測定会に参加したんだ。今思えばどこまで正確に本人の伸び白を測定出来るのか怪しいもんだけどね。



 ぶったまげたね、俺も周囲の皆も。俺の住んでいた地方では普通は武芸や魔法にそれなりに長けた人間でも限界レベルが30いけばかなりいい方だった。

 まあ大抵は20半ば、全然ダメならレベル10で打ち止めなんて奴もいた。そんな前情報がある中で俺が示した可能性はレベル50を超えていた。それ以上は成長曲線が読めないとかではっきり分からなかったが、とにかく俺が特別なのははっきりしていた。



「親父、お袋。俺普通じゃないらしいわ」



 家に帰ってから両親にそう言うと二人からは怪訝な顔をされ、笑われたことは今でもよく覚えているよ。

 けれども測定会の話をしたら、渋々ながらも俺が一種の天才であることだけは理解してくれた。多分この時俺は浮かれていたんだと思う。平凡という楔に縫い止められた自分の人生を変える機会が巡ってきたのだということに。



 「俺、家出るから」


 

 その一言でおやじとおふくろを振り切り、外の世界へと踏み出した。猛烈に抵抗されたけど自分の気持ちに嘘はつけない。仕方ねえ。



 俺はまず、村を統治している貴族に嘆願書と冒険者ギルドの俺の可能性を記した正式な証明書を送った。それが認められ駆け出し勇者としての第一歩を踏み出したというわけだ。




******




 そうして一年余りが経過し、俺自身のレベルも上がりぼちぼち自分のパーティーだけではなく、軍と呼べる規模にまで手勢を増やしたいなと考え始めていた頃に俺は出会ったんだ。俺の恋愛観を変えたあの女--ほんとに好きで、同じくらい憎くてたまらない女に。



 夏の終わりの頃だったと思う。でかいクエストを終え、短い休暇を取っていた俺が一人で街をぶらぶらしていた時に裏通りでごろつきに絡まれていた一人の女を助けた、それが全ての始まり。はっ、今から思えばずいぶんありふれた出会いだ。どこの三文芝居だよと今の俺なら笑うだろう。けど、その時の俺は若かった。馬鹿だった、どうしようもないくらい純粋だったのさ。



「怪我ない? 大丈夫かい」



「だ、大丈夫です。助けていただいてありがとうございます」



 赤っぽい金髪を後ろでまとめ、ふわりと額に垂れた前髪の下には翡翠のような緑色の目が煌めく。非の打ち所がない美貌の女の子だった。貴族とまではいかないにせよ、結構上等な服を着ていたからいいとこのお嬢さんなんだろうなと思いながら路地にへたり込んだその子に手を貸してやったんだ。



「す、すみません......腰抜かしちゃったみたいで、足が言うこと聞かなくって」



「ああ、じゃあ仕方ねえなあ。家まで連れていってやるよ、ほら」



 当時汚れを知らなかった俺は、背中を貸してその子をおぶってやった。親切八割、下心二割くらいの背中でも助けられた女の子には英雄の背中に見えたんだろうよ。結果的に英雄になるのはもっと後の話だったんだがな。



 俺自身、ちょっと勇者らしい活動が軌道に乗り始めたところで調子に乗ってたてのもあったのかな。年頃の男女がある種偶然が引き寄せた出会いとやらを経て、男が女を背負って家まで連れていくなんてことになればさ。互いの名前に加えて身の上話の一つや二つくらいするだろうよ。



 夏の終わりだ、夕方になれば生温い残暑の名残が宵の始めの風に乗って肌をなぶる。けどその日はそれだけじゃなく、俺の首に回された白い細い腕と夏用の衣服の生地越しの柔らかい肌の感触が俺を高揚させていた。



「私、ヒルダっていうの。今日はほんとにありがとう」



 少し砕けた口調で女の子--ヒルダが言った。耳元で囁くようなその口調にちょっとビクッとしたのは内緒。



「ウォルファート。まあ、なんていうか冒険者だよ」



 そんなに恋愛ごとに慣れてたわけでもない俺の口調はヒルダより無愛想で。それは自覚していたから、少し自己嫌悪して。それでも何だか背中に感じる重みと暖かさが貴い物に思えて。





 それが俺--当時はオルレアンの爵位をもらう前だからウォルファート・シリル--とヒルダ・ヌーノバイツとの出会いだった。





 ヌーノバイツ家は俺が拠点にしていた町の行政官を代々受け継いでいた家だった。町の名士という奴、上から数えて五番目くらいにはなるそんな家。今から思えば別に貴族でもない田舎町の役人に過ぎないのだが、少しは名を上げてきたとはいえ所詮はしがない冒険者の俺から見れば格上もいいところだ。



「ふーん、君いいとこのお嬢さんなんだね」



「そんなことないわ。うちの家も昔の伝統を守るだけの古い家よ。貴族でもないのに格式重視したり、そんなに偉いのかしらってよく思うもの」



「でも所詮根無し草の俺から見たらすごいと思うぜ?」



 ヌーノバイツ家に着いた時、そんな会話を交わしたのは覚えている。ああ、俺とは釣り合わない女だなと思いながら「ありがとう」という言葉と共に背中から下りたヒルダに「じゃあな、俺はこれで」と声をかけて立ち去ろうとした時だった。



 (え?)



 背中から抱き着かれたと分かったのは、柔らかい感触を背中に感じてから数秒後。俺の肩甲骨の辺りに女の顔が当たっていて、視線を落とせば俺の腰の前にしっかりと回された小さな両手が組み合わされている。その左手の中指に夏の終わりの夕日に煌めく金色の指輪があることに気がついた。



 (よろけた、とかじゃないよな......)



「ね、ウォルファートさん。もしね、嫌じゃなかったら」



 背後からの声に俺は首だけ捻ってヒルダの顔を見た。すっと差し込んできた夕日に照らされた彼女の緑色の目は息を呑むほど魅力的で--



「また、会えないかな。私、ちょっとあなたのことが気に入っちゃったみたいなの」



 そんな言葉を囁く唇がとても蠱惑的だったのは腹立たしい程に今でも覚えている。




******




 会うべきじゃないのは理屈では分かっていた。

 今の俺、ウォルファート・オルレアンがあの時の俺、ウォルファート・シリルに会うことが出来たなら拳の一つと共に止めてやりたいくらいだ。だけど馬鹿な俺はまんまとはまったのさ。



 クエストの合間を縫うように俺とヒルダはこそこそと会っていた。普段は家で行儀見習いをしていると笑う彼女が貴重な自由時間を使って俺に会いに来てくれるという事実が嬉しかった。仲間には「止めておけば?」と言われたけど、俺の気持ちはヒルダしか向いていなかった。



 一つだけ懸念があったけれどな。なんであの時俺はあそこで止めなかったんだ。



「君、婚約者いるんだろ。俺と会っていていいのかよ」



 出会ってから一ヶ月、三回目のデートの帰り道の途中だった。道端の屋台で買った焼き栗を剥いてやりながら、俺はボソッと吐き出した。ヒルダは何も言わない。その左手の中指には金色の指輪が変わらず存在感を示している。



「気にしなくていいわ。あなたに迷惑はかけないから」



 町の真ん中を流れる川のほとりに俺達はいた。辺りには俺達と同じように二人で歩くカップルや親子連れが何組かいて、秋の穏やかな陽射しの中でそれに相応しい穏やかな雰囲気を醸し出している。けど、川を見下ろしながら落下防止の冊にもたれかかるヒルダの声はどこか投げやりで似つかわしくない。



「よくねえだろ。俺が黙っていたらこのままどうするつもりだったんだよ」



「お互いに気付かないふりしたまま--あなたが私を連れ去ってくれたら......なんてどうかしら」



 俺は言葉を失った。そんなこと出来るかよ。ヒルダのこの妙に尖った言動は多分親への反抗、このまま婚約者と結婚して家庭に入ってという予定調和の人生への抵抗って奴か。俺はちょっとした遊び相手に過ぎないよなと自嘲した。ま、流れの冒険者なんてそんなもんだ。



「後腐れのない遊び相手としちゃ俺は合格かい、お嬢さん」



 小さく震えそうになる自分の声を抑えた。ああ、そりゃそうだよな。もともと立場が違うんだから。俺が勝手に好きになったのが悪いんだから--



「ううん」



 俯いてヒルダが首を横に振った。そうか、俺は遊び相手としても失格なのかと肩を落とした時、ヒルダの右手は俺の左手を取り彼女の金髪がことんと俺の左肩に乗った。心臓が跳ねそうになる。何だよ、この気まぐれな可愛い生き物は。



「遊び相手に本気になりそうだから私困ってるのよ。悪い人ね、ウォルは」



 とびっきり魅力的で切なくて美しい笑顔が俺の視界に入る。俺の左手が勝手に彼女の左肩を抱きしめた。








 愛おしいという気持ちがダメだっていう理性を超えちまったことを自覚した。



 気持ちに蓋をするには俺もヒルダも若すぎて馬鹿で純粋過ぎた。



 その晩一緒に過ごした二人は夜明けの月を見上げていた。体温が残るシーツの中で交わした甘美な頼りない睦言。



「信じていいんだよな、ヒルダ」



「信じさせて、ウォル」

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