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覚悟は出来てるかい?

 ケルベロスがリッチの配下にいるとは予想外だった。そもそもケルベロスというのは魔族の眷属であり、こんな不死者(アンデッド)がうろつくダンジョンにいる魔物ではない。大方リッチが俺達に対抗するために呼び出したのだろうな、それだけ高く買ってくれているというわけかい。



 高位の魔術師(ソーサラー)が永遠の命を目指し限りなく不死者(アンデッド)に近づいたリッチと犬らしい瞬発力にその三つの口から吐くブレスを武器とするケルベロスのコンビ、相当な脅威だ。向こうも同じ考えだろうが、とにかく連携を分断しなければどうにもならない。



 (リッチの全体攻撃呪文とケルベロスのブレス、まとめてくらったらゲイルやディストはあっという間にやられちまうからな)



 そう、このニ体が恐ろしいのは対多数攻撃を両方備えている点だ。それを理解しているからこそ、俺達五人も固まらずパッと散開した。相手の的を絞らせないこと、視点を散らし集中力を少しでも削ることが目的だ。それに対して向こうはどうでるか。



 "余と一対一と行こうか、ウォルファート・オルレアン! この地底でかくも手強き勇者と戦えるとは嬉しくてかなわぬわ!"



「そりゃあどうも!」



 ふん、願ったりかなったりだぜ。出来れば俺もリッチとはタイマン勝負に持ち込みたいと思っていたからなあ。ケルベロスはラウリオ達四人に任せるとするか。だが最初くらいは援護してやるよ。



 あらかじめ武装召喚(アポート)しておいたショートソード六本全てを、走りながらケルベロスを狙って照準を合わせる。この間にリッチが小手調べと言わんばかりに昨日と同じように呼び出した火炎弾をニ、三発放ってきたがこれはタワーシールドで防御だ。なんてことはない。



白銀驟雨(シルバースプラッシュ)! ラウリオ、犬は任せたぜ、大丈夫お前ならやれる!」



 当たったかどうか結果も見ずに狙いをリッチ一人に絞った。微かにギャン! という悲鳴が聞こえてきたのとほぼタイミングを同じくしてリッチが間合いを詰めてきた。接近戦か、やってやるさ。







 このリッチとの戦いに俺は一つだけ決めていたことがある。可能な限りバスタードソード+5の能力解放(オープンアビリティー)に頼らずに戦い勝つことだ。あれは便利だがある種ギャンブルだからな、使わずにこしたことはない。勿論、アリオンテとワーズワースとの戦いを見越して自分に枷を課したというのもある。



 (能力解放(オープンアビリティー)に頼っていちゃ復讐に燃えるあいつらには勝てねえ)



 そう思っていたからだ。そう感じていたからだ。そして、そう誓っていたからだ。



 あの時、俺は一度ワーズワースに追い込まれた。髪一重の差ではあったが多分僅かに負けていたと思う。水乃領域(アクアフィールド)を使って何とか逆転したに過ぎない。勿論勝たなければ次はないからこのリッチとの戦いにも危なくなったら容赦なく使うが、それはやはり最後の手段にしたかった。



 理由はどうあれ、アリオンテもワーズワースも俺に真剣勝負を挑むつもりでいる、それが分かるから真っ正面から叩き潰してやりたいからだ。







「だからてめえごときに手こずってられねえんだよ!」



 ほとばしる叫びは誰に向けてのものだったのか。右手に握りしめた魔払いを一閃させ、リッチが振り下ろした杖を止める。黒い闘気に包まれただならぬ気配を放つこの杖、恐らくリッチの魔力を高めるだけでなく直接攻撃でも相当なものなのだろう。本来打撃に向かないはずなのに刃から伝わった衝撃が重い。



 "ぬっ!? ならば!"



 最初の攻撃を止められたリッチが攻撃パターンを変化させる。右、左から黒い闘気を先端に集めハンマーのようにした杖を振るう。かなりの腕だ。身のこなしも振りも速い。だが--止められる!



 あえてタワーシールドを使わない。足裁きで最適なスタンスをとり、魔払いを振るいリッチの重い打撃を剣だけで受け止める。ロングソード+8、今一歩で聖剣と呼ばれる領域にまで鍛え上げられた名うての名剣は、俺の意志に見事に応えてリッチの振るう全ての攻撃を弾き返した。



 "な、くううっ!"



 おい、何を驚いてやがる。リッチよ、死霊王なんてぬかしてやがるがなあ。てめえは死ぬのが怖くて不死者(アンデッド)になることに逃げた臆病者じゃねえかよ。そんな奴に最前線で命張ってきた俺が。



 この勇者たるウォルファート・オルレアンが。



「ひけをとるわけがねえだろうが!」



 左足を踏み込む。右手は腰ごと引く。ちょうどリッチの攻撃を大きく弾き返し、奴の体勢は崩れている。やはり接近戦では俺に敵わないと踏んだのか、リッチが左手に早くも攻撃呪文なのか何やら魔力を集めているのが見えたが逃がすかよ。



 ヒュン......と軽い音を立てて横薙ぎに魔払い一閃。浅いがリッチを切り裂いた手応えあり。返す刀で左下から第ニ撃。剣の切っ先でのけ反ったリッチの右目の上辺りを切り裂いた。



「浅いか!」



 "ガッ!?"



 互いに短い言葉を漏らしたのも一瞬、悔し紛れにリッチが左手から放った攻撃呪文が俺を襲う。火炎なのか氷なのか判断がつく前に反射的に振るった三撃目で叩き落とした。空中で掻き消された呪文の余波で俺が更なる追撃を阻まれたのだけが、リッチの唯一の収穫だった。



 "ぬうう......"



 この隙に一旦距離を取ったリッチと俺が睨み合う。視界に入った俺の髪が銀色に輝いているのが分かった。そりゃそうだ、中々これほどテンションが上がる戦いは無い。本気にもなるさ。一連のせめぎ合いの間にケルベロスに放ったショートソードも念意操作で引き戻しておいた。リッチも前と同じように自分の周囲にメラメラと燃える火炎弾を呼び出している。



「接近戦には飽きたか、リッチさんよ」



 俺の言葉に挑発されたわけでもなかろうが、リッチの周囲の火炎弾が轟々と唸りを上げて俺を狙って飛んだ。黙って受けてやるわけにはいかねえな、それを迎撃する手段も構築済みだ。



護剣結界(ソードシールド)!」



 ショートソード六本を完全に守りに徹する術式、護剣結界(ソードシールド)。迫る複数の火炎弾を叩き落とすにはうってつけの術式と言える。僅かに弧を描きながら火炎弾が俺に迫る、だが半自動で動く小剣の防御がそれを許さない。六本全てが連動し、一個たりとも俺に近づけさせはしない。自分の術式とはいえ良く出来たもんだ。



 "ならば--閃熱(ブレイズ)!"



閃熱(ブレイズ)!」



 互いに使った攻撃呪文が被ったのはたまたまだ。掌から生まれた熱線が数条、暗闇を駆逐して真っすぐに飛ぶ。俺とリッチのちょうど中間地点でぶつかりあったニ発の閃熱(ブレイズ)は何とも表現しがたい炸裂音を立てて、オレンジ色の爆発と共に散った。放たれてから爆発まで僅か数秒、さすがに俺もリッチも呪文を使った後の一瞬の硬直を解くしかできることはない。



 短い攻防ではあるが、接近戦、遠隔武器による攻撃、呪文による遠距離戦と一通りこなした。技術的には接近戦で僅かに俺の方が上か。少なくとも総合力で負けている気はしない。



「序盤の手の探り合いはもう十分だろ、リッチさんよ。もし奥の手があるなら早めに出しとくことをお勧めしとくぜ」



 そう言いながら俺は数歩さりげなく間合いを詰めた。遠距離からの攻撃呪文の撃ち合いでもほぼ互角にやれそうだが、俺はリッチとは違い生身の人間だ。徒に長期戦に持ち込まれるとスタミナでは劣るだろう。多少のリスク覚悟でこちらが利のある接近戦でダメージを与えて、回避出来ない確信が持てれば聖十字(ホーリークロス)で止め--これが現状ベストに思えた。



 "ふ、ふふふ。さすが勇者。見事なり"



 リッチが不気味に笑う。まだその骸骨めいた顔には余裕がある。別の手があるのか、と考えた瞬間、俺の耳に重い物が叩きつけられるような音と獣の咆哮が聞こえた。くそっ、ケルベロスに誰かやられたのか。リッチから目は離さないがどうしても気にはなる。



 (いや、大丈夫だ。ラウリオ達なら何とかやれる)



 "仲間が心配かね、勇者よ。なんなら助勢しても良いぞ"



 俺の懸念を見透かしたようにリッチが声をかけてきた。その橙色の炎の目が細められる。



「ああ、お前を叩きのめした後で存分に行かせてもらうさ。おしゃべりしてる暇はねえんだ、そろそろ第二ラウンドと行かせてもらうぜ」



 "おやおや、心外だな。もう始まっているとも"



 リッチの言葉に心の中で警報が鳴る。ハッタリか。いや、ここ無名墓地(ネームレスセメタリー)は奴の住家だ。その最深部ともなれば外敵に対する攻撃手段が仕掛けてあってもおかしくない。迷う、しかしそれはほんの僅かの時間に過ぎない。相手の用意している手段が何だろうと--こちらの攻撃が通るならば今のうちに先手を取りつづけてやる。



 用心の為に護剣結界(ソードシールド)を自分の周囲に発動させながら、更に数歩間合いを詰めた時だった。



 (何? 何だ、これは)



 ぐにゃ、と急に視界が歪んだ。気のせいだろと思ったが、視界の中心にいたはずのリッチの姿が左右に揺れている。奴の鬼火のようにちろちろ燃える双眼だけがはっきりと見えていた。追撃どころか立っていることすらままならない。手足から力が抜けそうになり、たまらずタワーシールドの陰に隠れるように身をすくめる。



 "ふは、ふははは。言ったろう、ウォルファート。第二の手は既にうってあったと"



 リッチの声が脳に響く。何を奴は仕掛けてきていたんだ。急に視界がおかしくなり、手足の自由が利かなくなる。ならば何らかの幻覚でも見せられているのだろうがそんな暇は--なかったはずだ。



「ぐ......く、くそ」



 まさか目を合わせただけで俺に幻覚を見せられるほどなのか。いや、それなら昨日の時点で何かあっても良さそうなもの。多分原因は違う何かだ。

 その時混乱する頭を抱え、ガクガクと手足を振るわせて崩れそうな膝を必死で堪える俺の目の端に小さく赤い何かが写った。



 先程からリッチが放ってきた火炎弾の残滓とも言うべき火の粉だ。おかしい、本来もう消えているはずだ。それが何故こんなにはっきり、しかも多数空中を浮遊している--



 "かかったようだな、ウォルファート。余の声が聞こえるかね"



 リッチの声が微かに聞こえてきた。こいつ、まさか俺を罠に引っ掛けたのか。



 "火炎の中に隠して放った余の幻術--それが効いてきたようだ。ただの火炎弾が効かないのにもかかわらず何発も撃ってきた意図を見抜けなかったとは......"



 半分くらいは聞こえない。とりあえず分かったのはあの火の粉が俺を嵌める為の幻覚物質か何かだったってことくらい。くそ......力押しと思わせてこんな幻術も合わせて使うとは。見抜けなかった俺が甘かったか。



 "すぐには殺さん。己の過去の中でもっとも手酷い記憶を夢うつつの中で見よ。その精神をボロボロに引き裂かれた上で"



 落ちていく。堕ちていく。真っ暗に染まるのは視界だけじゃない。意識も心も黒く黒く閉ざされていく。

 自分の体がどうなっているのかも分からない。ああ、魔払いは握力が抜けて指から抜けちまったかな。右手がからっぽのような--いや、からっぽなのは全身かな。







 "生者としての命を終え、余の最強の呪操兵となり永遠の時を過ごせ"







 やめろという意志も消えた。セラ、シュレン、エリーゼの顔が一瞬浮かんでは消えた。



 代わりに浮かび上がってきたのは--



 --オレハ イチバン オモイダシタクナイ アイツヲ--

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