暗中の死闘と洒落こもうか
力の差が圧倒的なら一人対多数でも一人の方が勝てる。だがその差がそれほどでもないならば、普通は多数側が勝つ。相手を包囲して注意力を削ぎ、焦りを生ませればそれだけでいかなる相手でも100%の実力を発揮出来なくなる。数で圧倒するのは戦いの基本だ。
しかし、それを覆すことが不可能なわけではない。相手が多数であるという利点を生かすことが出来ないように工夫すれば何とかなるものだ。
「退き気味に戦え! けして乱戦に持ち込ませるなよ!」
指示を飛ばす。この闘技場まで続いた道に呪操兵を引きずりこむように、俺達は緩やかに後退していきながら戦う。もし無理に前に押し込めば広い闘技場の中心辺りで戦うことになる、そうなると相手が数の利を生かして半包囲してくるリスクがあった。それは避けなければならない。
(しかし言うのは簡単なんだがな)
だが皮肉なことに、人間血気盛んになっている時は自然に足が前に出る。そういう時は戦意も高く実力を発揮しやすい。逆に戦術的判断でも後退すると弱気になりやすいという不利が生じる。つまるところ前進か後退の二択は、布陣とメンタルがもたらすトータルの利益を考慮して行うことになる。
今回は数的不利を覆すために弱気を承知で後退し、包囲される危険を低下させた。つまるところそういうことだ。相手の前衛を突き放すようにして一時後退する。狭い道に逃げこんだところで間合いが開いた。タイミングよくゲイルが火炎球を唱え、前に詰めようとする呪操兵の戦士数人を火炎の爆発に包みこむ。
オオオ......と何とも言えない叫び声が火炎の中から聞こえてきた。一撃では倒せないがそれなりにダメージを与えたようなのでまずは成功。だが間合いが開いたということは、敵も攻撃呪文を使えるということさ。ラウリオとユーリと入れ替わるように俺は前に出る。
「やれるもんなら」
"火炎球"
「やってみな!」
ほら来た、敵も馬鹿じゃねえな。せっかく魔術師がいるのだから攻撃呪文が使えるなら使うよなあ。ほら、しっかり狙えよ、俺が的になってやるさ。魔法杖を振り下ろした魔術師から、轟々と燃える一抱えはありそうな火炎球が放たれた。空気を引き裂いてそれが数個まとめて俺に向かってくる。別に黙って耐えても何とかなるが、対応策があるなら使うよな。
「氷槍」
俺が唱えたのは氷系の攻撃呪文だ。ガリードエイプ戦と同じように地面から青白い氷の槍が噴き上がり、飛来してきた火炎球を串刺しにしていく。赤い炎は青白い氷に散らされダンジョンの闇を華やかに彩った。運よく一個だけ俺の氷槍の迎撃を免れた火炎球があったが、それはタワーシールドで受け止める。シールドの表面で火炎が爆散し強い衝撃と共に火の粉が散った。ふん、これしきで倒れるかよ。
「ウォルファート様、前、出ます!」
「せっかく引きずりこんだんだ、数的に一対一ならぼこぼこにしてやれ」
ラウリオが火炎球を受け止めた俺に並んだ。呪操兵の前衛がしびれを切らしたらしく通路に殺到してきたのを見たのだろう。中々いい判断だ。ユーリと並べばそう簡単には突破されはしないだろう。それならば、俺はこの間にサポートに回るぜ。
繰り返し空中から天鷲豪槌で敵後衛を牽制していたショートソード六本を念意操作で動きを変える。頭上ばかり気にしていていいのか? 何の為に何度も天鷲豪槌しかしてこなかったと思っているんだ。
「足元がお留守なんだよ、群狼疾牙!」
ショートソード六本が呪操兵の隙間を縫うように地面すれすれまで高度を下げた。まるで叩き落とされたようだが、地上から僅か10センチ辺りで止まり、そこから無作為に前後左右に六本のミスリルの刃は超低空からの攻撃を足元に繰り出し始める。
足首や膝を切り裂かれれば、いかにリッチに操られる呪操兵でも倒れ機動力を失うさ。まさに天を行く鷲と対を成す地上で猛威を振るう狼の牙、それがこの群狼疾牙だ。
後方の呪操兵達が倒れ始める。狭い通路に誘導したのが幸いだったのか、俺達五人とショートソードで挟み撃ちに出来たため完全に向こうは混乱した。俺の魔払いが、ラウリオのロングソード+3が、ユーリのハルバードが敵の前衛を一人一人倒してゆく。ディストに守られたゲイルが唱える攻撃呪文が更に敵の被害を増やす。その間に暴れる群狼疾刃は防御力の弱い足元を狙い、機動力を奪っていった。
******
「よいしょっ!」
掛け声と共にダガーが銀光を描いた。深々と背中に突き立ったそれは呪操兵の戦士最後の一人を棒立ちにさせた。その硬直から生まれた隙をついて、ユーリがハルバードで止めの一撃を見舞う。
ドウ! と鈍い音を立てて呪操兵が崩れ落ちる。火炎に囲まれた闘技場の床、そこに生前は冒険者だった哀れな成れの果てが転がる。ジクジクと床に流れる血が無惨だが、こうなっては仕方ないだろう。今倒したこいつが最後の一体だった。戦闘終了だ。
「いいとこ取っちゃって」
「スカウトが逃げ回ってばかりってのは心外だからなあ」
ダガーを拭きながらディストが答える。敏捷性に優れるスカウトならではの背中に回りこんでの一撃だ、ゲイルの前に立つだけではなくこんな不意打ちもこなせるとはなかなか。白兵戦は武装の手薄さや体力の問題から無理そうだが。
「ディスト、あれリッチ相手に決めてくれ。俺が楽できる」
「無理言わないでくださいよ、ウォルファート様......俺のこんなダガー+1が通じる相手じゃないでしょ」
呪操兵からこぼれた金を回収しながらディストに話しかけたが拒否られた。いやあ、やっぱり無理かよ。俺が注意ひいてる間に物陰からサクッとやってくれたらなあ、と思ったのだけれど。
しかし呪操兵には存外粘られたな。さすがに頭の中身まで腐っているそこらの不死者とは違い、生前の記憶が体に染み付いているのかパーティーバトルのやり方が理性的だった。
まっ、戦い自体はこちらが簡単に回復薬で治療できる浅手の傷を負っただけだから問題はない。俺もゲイルもそれほど魔力を消耗してはいない。先を行くとしようか、と思ったところでラウリオに声をかけられた。
「今の僕達の戦いってリッチに見られてましたかね?」
「そう考える方が妥当だな。奴のお膝元の地下十三階だ、この闘技場のどこかから監視して、高見の見物だろうよ」
いいとこに目をつけたな、ラウリオ。実際それは俺も考えた。しかし完全に手の内を隠して倒すには、呪操兵二十体は手強過ぎたんだ。まあたった一戦で手の内を全てさらすほど俺達の手札は薄くはないし、必要経費と考えればいいさ。
闘技場を円周場に囲む炎の一角がふいに消える。そちらが次の舞台への道らしい。そうあたりをつけながら俺はラウリオに更に説明した。
「ベドウラク相手に使った聖十字も見られていた可能性はあるなあ」
「ええっ、じゃあ駄目じゃないですか!?」
「そらまあそうだけどさ。久しぶりに使うから、練習も無しに本番迎えたくはなかったんだよ。それに」
カツン、カツンと俺のブーツが固い床に足音を立てる。全く気が滅入りそうだよ、この生者を拒むような暗い地下は。
「分かったからって止められる代物じゃねえよ、俺の聖十字はな」
自信過剰かもしれないがまともに当たればどんな対魔障壁だろうが、それに暗黒闘気を併用しようが貫くだけの自信はある。特に聖属性だけあって不死者には効果絶大といっていい。リッチといえども体力の半分近くは削れる自信がある。
だからせいぜい首を洗って待ってろよ、死霊王よ。
闘技場を後にしてまたもや両脇を青い炎が燃える道を行くこと十五分、俺達は一つの扉の前にたどり着いた。途中、ロープに引っ掛かった相手に何やら浴びせかける罠があったが、これはディストが不自然な道の段差に気づき事前に解除出来た。段差の陰にうまく隠れるようにロープが張ってあったのだ。ふう、この足元が薄暗い中でも罠の存在を見切るとはスカウトさまさまだな。助かったよ。
「で、ついにそれっぽい扉の前に着いたわけなんだが--ほんとにここでいいんだよな」
首を捻る俺。苦笑いするラウリオ。
「い、いいと思いますよ。しかしリッチめ、ほんと人をおちょくってますよね」
ラウリオの言葉は冗談ではない。俺達の眼前にはいかにもな黒い重厚そうな扉があり、金属の彫刻がその表面に刻まれているのだがその彫刻にまたもや極彩色のインクでメッセージが書かれている。それはこう読めた。
"歓迎! 勇者様ご一行! 地獄への片道切符、あなたの命で販売いたしますよ!"
「舐めてるわよね?」
「ブラックユーモア過ぎる」
「地底にいると暇で仕方ないんでは」
ユーリ、ディスト、ゲイルの三人も微妙な表情だ。まさか死霊王とも言われる不死者の上位種からこんなメッセージでおちょくられるとは予想していなかったらしい。まあ意訳すれば"お前を殺す"としか書いてないから笑えないんだけど。
リッチの言っていた二十四時間のタイムアップにはまだかなり間がある。時間は十分だが、ロリスらが何か洗脳やらさっきの呪操兵にさせられるための儀式に供されている恐れもあった。早く助けるにこしたことはない。それにリッチを倒せば自然に無名墓地の攻略になるはずだ。Cパーティー救出と合わせて一挙両得といくか。
「開けますぜ」
扉に鍵がかかっていないことを確認し、ディストがその手にグッと力をこめた。体重を預けられ、重そうな扉も渋々内側にゆっくりと開く。ギギッときしみながら開いた扉から俺達は中に走り込む。扉が開いた瞬間に超強力な攻撃呪文が降り注ぐ可能性もあったのだが、それはなかった。やれやれ、神経が細りそうだ。
駆けこんだ先はさっきと違い四角い大きな部屋。これまでの暗闇が大部分を支配していた空間と違い、滑らかな石材が床、四方の壁、天井を構成しそこにぽつぽつと光を放つ石が埋め込まれている。光苔よりむらはあるが全体的には明るい。少なくとも、ボウッと燃える火炎しか光源がなかったさっきまでの道よりはだいぶましだ。
そして何より俺達の目を曳いたのは、真っ正面に据えられた鈍い黄金色の巨大な玉座に座る王冠を被った黒衣の不気味な骸骨顔--リッチと、その左手の壁に手足を壁に拘束されぐったりとうなだれるロリスらCパーティーの五人だった。ギョッとする。いや、だが身じろぎしているのが見えたから命は無事なようだ。顔色は当然悪かったが、とにかくここから出してやれば何とかなるだろう。
"来たか、勇者とその仲間共よ。余の地底の宮殿は気に入ったかね?"
「ああ、真っ黒けの静かな場所でさいっこーだよな。ついでにご丁寧なお出迎えどーもありがとうございました」
俺の皮肉にリッチは片頬を歪めて笑った。骸骨めいた不健康そうな顔が歪み、カタカタカタとその歯が鳴る。
"フフフ、呪操兵達では準備運動にもならなかったようだな。感心感心......"
「ごたくはそこまでだ。今すぐロリス達を返せ。さもなくば」
"死霊王たる余に命ごいせよと? 断じてNoだな"
それだけで十分だった。ゆらりと黒い瘴気を漂わせながらリッチが玉座から立ち上がる。昨日俺とやりあった時は素手だったが、今日は右手に杖らしき武器を握っている。一応用心はしているようだ。それを確認しながら、ちらりと左側の壁に視線を走らせる。ロリス達を助け出す為にはやっぱりこいつをのさないと無理だな。いや、それもそうだが気持ちの問題としてぶちのめさないと気が済まねえぜ。
リッチが配下も引き連れず本人一人しかいないのが気にかかったが、それならそれで全員で叩いてやろうと思った時だった。
「うっ!? な、何だ、あの獣は!」
左に散開しようとしたラウリオが動きを止める。その目はリッチが座っていた玉座の背後の空間に向いていた。玉座の陰となり明かりが届かないそこは--ちょっとした闇の溜まり場のようになっていたんだ。
「え......あれ、まさか」
右に回りこむように走りかけていたユーリも。
「おいおい、まじかよ」
油断なく周囲の様子を探っていたディストも。
「さすがに死霊王直属の部下、というところですか......」
恐怖を必死で抑えこもうとしているゲイルも。
全員の視線が玉座の背後からのそりと這い出してきた巨大な獣に向く。それは常識外れにでかい犬だった。青か紫色が混じった黒い毛皮のその犬は、まるで牛並の巨体だ。何よりの特徴はそれに加えてその頭が三つあることさ。石炭みたいにギラギラと赤く燃える目とごっつい牙を備えた犬の首が三本並んでこちらを睨んでいる光景を想像してみな。さしもの俺もゾクッと来たぜ?
「ケルベロスかよ、リッチさんのペットは素敵なわんちゃんで羨ましいねえ」
"賞賛には及ばんよ、勇者。こいつも腹が減っておるからなあ。皆まで言わせるなよ?"
俺の視線とリッチの橙色の鬼火めいた目がぶつかった。なるほど、役者は揃ったってわけかよ。申し分ないね。




