相談に乗るのも勇者の仕事さ
Cパーティーの五人がリッチの手に落ちたという衝撃の事実に、俺を含めた残り十人の雰囲気は重かった。ここまで順調に来たのに何故、という気持ちは多かれ少なかれ全員が持っている。だが救いは誰も見捨てて逃げ出そうとはしなかった点だ。
これがシュレイオーネ王国直轄のクエストであること、大半は国王軍兵士であり忠誠心が厚いことなどが要因だろう。だがそれでもヘマをした奴を見捨てよう、と少なくとも表だっては誰も言い出さなかったのは賞賛に値する。相手が死霊王リッチとくれば恐怖してもなんら不思議ない相手なのだが。
「今更だけど皆勇気あると思ったね」
その夜、明日行くメンバーを決めてダンジョンに潜る準備をしながら、俺はラウリオに話しかけた。リッチの言葉通りなら、明日の朝目覚めてから潜っても十二時間近く余裕はある。無理に疲労困憊した体で挑むよりは一晩明かしてからの方が--という決断に沿った形だ。
そして回復薬や麻痺毒用の毒消しなどを選びながら俺はラウリオに話しかけたんだが、奴は小さく首を横に振った。
「いやあ、そりゃあ違いますよ、ウォルファート様」
「え、何でだよ。普通に考えたらリッチだぞリッチ。逃げてもおかしくない相手、というか逃げるしかねえだろ」
「内心逃げてもおかしくないかなって皆思ってる部分あると思いますよ。けど」
そこでラウリオはちょっと言葉を切った。軽く頬を擦りながら俺の方を見る。
「ウォルファート様がいる限りは大丈夫って信じてるからじゃないかな......少なくとも僕はそうです」
「んん。ああ、まあ多少はそう、かもな」
気付かなかった。考えて見ればあのアウズーラを倒した俺がいるのだ。これ以上力強い戦力はない。そしてラウリオは更に穿った見方をするじゃないか。
「ここでもし逃げたら、勇者様に剣の錆にされると思っているんじゃないですか? その方がリッチよりよっぽど怖いです」
「俺ってそんなに怖がられてるのかよ!」
「いや冗談ですって冗談」
やれやれ、こんな冗談が言えるくらいならとりあえずラウリオは大丈夫そうだ。しかしその朗らかな声とは裏腹に微妙に口元が引き攣っているのを俺は見逃さなかった。やっぱ緊張してるのか。
明日リッチが自分の宮殿と称する地下十三階に挑むメンバーは俺、ラウリオ、戦士一人、スカウト一人、魔術師一人の五人だ。俺とラウリオは実力的に当確として残り三人の組み合わせはかなり迷ったが、最終的にはバランス重視で各クラス一人ずつを選んだ。選択次第では戦士無しで魔術師が二人という火力重視の組み合わせも有り得た。けれど、そうなると前衛が手薄になる。相手がどう来るか分からない為、慎重に考えた結果だ。
この五人の内、俺がリーダー、ラウリオがサブリーダーとなる。恐らくリッチとの直接対決の時には俺がリッチの動きを封じ、リッチの取り巻き(多分いるだろう)を残り四人で蹴散らすことになるだろう。俺とリッチが睨み合いになる可能性は高い。つまり俺以外の四人がどうリッチの取り巻きを蹴散らし数的優位を作り出すかは、四人をまとめるラウリオの双肩にかかっている。もちろん俺も出来うる限りの戦力は取り巻きの方に回したいが、相手が相手だからな。
去年の秋、リールの町から王都まで俺や双子達を護衛してくれた時にはラウリオの戦いぶりを間近で見る機会は無かった。だが森の往復中での戦いぶりを見る限り、かなり使える方だ。レベルは現在28。いい線いっている。今年で二十三歳というから二十二歳になるアイラより一つ上。"付き合っちゃえばいいのに"とどうでもいい考えが浮かんだけれど、今はそれどころじゃないな。
「ラウリオ・フェルトナー」
「は、はい!?」
フルネームで呼ぶとピッと背筋を伸ばしてラウリオは答えた。野営用のテントの中なのに何を畏まってやがるんだ。
「お前、自分が壁にぶちあたってるからイマイチ自分の実力に自信ないだろ? 正直に言っていいぜ」
「う......正直に言えば少し」
やっぱりな。見ていて分かるんだよ。戦っている最中にここで踏み込めばってところでそれをしない場面が何個かあったからな。ま、ラウリオだけじゃなく結構な数の冒険者や兵士がぶちあたる壁なんだけど。敵陣に踏み込む明日を控えて話しこむのもどうかなと思ったが、聞いてみるとラウリオは正直に話してくれた。
レベル25くらいまではぽんぽんとレベルアップしてきたこと。けれどそこからいきなりレベル上昇が厳しくなったこと。この一年で1しかレベルが上がっていないことなどを静かに話してくれた。
これは別にラウリオが凡人というわけじゃない。むしろレベルがここまで上がる前にやられてしまったり、事情により引退してしまう人間の方が普通だ。年齢を考えるとかなり優秀な方だと思う。
けれど話し続ける彼の表情は冴えなかった。
「ほんとは僕も勇者様みたいになりたいって思ってました。もっと強くなりたい、皆に尊敬されたいって。でも--いくらやってもやっても伸びないんです」
自分の両手に視線を落としながらその手を握ったり開いたりしている。まるで飼っていた小鳥が逃げておろおろする子供のようにも、自分の中の焦りをどう処理していいか分からずにイライラする年相応の青年のようにも見えた。
一言で言うならば俺やエルグレイが特殊なのだ。俗にレベル30の壁というがそれを超えられる人間は少ない。やたらめったら成長に時間がかかる。なんでこんなに頑張っているのにレベルアップしないと焦る。歯がみする。理不尽だと怒る。
そして最後には諦めて心が折れる。伸びないことを受け入れ現状維持で満足するならまだいいが、絶望してそのまま引退してしまう者もけして少なくはない。それはもう本人のスタンス次第としかいいようが無かった。
「うーん、これを俺が言うと嫌みになりそうだけど」
「はい」
準備の手を止め、俺はラウリオに向き直った。レベル70後半まで伸びた(これ以上はどうか知らないけど)俺が30手前で行き詰まっている彼に何を言ってもなあ、という気にはなるが......
でもだ。ラウリオにとって俺が一つの目標なら、何にも言わないのも薄情じゃねえか。
「俺はお前が壁を乗り越えるのを応援は出来ても、直接的には助けてはやれない。すまん」
「いえ、そんな。その言葉だけで十分ですよ」
「ん。でもな、例えお前がこれ以上伸びなくてもだからって卑屈になることも自信喪失することもないと思ってんだよ」
俺はテントの中にまとめた荷物に寄り掛かった。ザックいっぱいに詰められた服や体を拭く為の布はいいクッションだ。それに背中を預けたまま視線を少し落とす。
「俺がお前をBパーティーのリーダーにしたのは腕だけの問題じゃない。こいつなら責任を持ってパーティーメンバーの命を預けられると判断したからだ。これが一つな」
ピッ、と俺は指を一本立てた。ラウリオは黙って聞いている。微かに夜風がテントの天幕を揺らす音だけが聞こえた。
「もう一つは、仮にここでつまずいたとしてもそれを自己否定の材料にして今の自分に制限かけることはないってことだ。踏み込めるはずのところで踏み込みが足りず、自分が押しているのにわざわざ回りくどく攻める。これはもったいないよ」
「分かっちゃうものなんですか、勇者様」
「分かっちゃうものなんですよ、ラウリオ君」
顔を見合わせて俺達は小さく笑う。
「伸びるか伸びないかは将来の自分に対する期待だ。それより先に今の自分を信じろ。二十三歳でレベル28になってるなんて十分過ぎるだろ。努力もしてきたんだろ。積み重ねてきたお前の剣を信じてみろよ」
「......そうですね。すぐには無理かもですけど、頑張ってみます」
「お前なら出来るよ」
「じゃあな、先に寝るからな」とわざと軽く言って、俺は横になり目を閉じた。「おやすみなさい」という彼の返事が聞こえたような気もするがすぐに寝ちまったのでよく分からない。
俺の言葉なんかでラウリオが長年抱えている悩みが解決するのだろうか。いや、それは甘いかな、でも信じてくれる人間がいるってのは悪いことじゃないと思うんだがな。
******
(夜明けか)
目覚めた俺がまず思ったのはそれだった。天幕の隙間からこぼれてくる清浄な白い日光が眩しい。思ったよりよく眠れた。気分上々、絶好調だ。隣を見るとラウリオは先に起きたようでもぬけの殻だった。
んー、とうなりながら、体をごろりとテントの床に転がして手足を伸ばす。縮こまった四肢に血が行き交う感触があった。顔でも洗うかと起きてテントを出たところで戻ってきたラウリオと鉢合わせだ。
「おはようございます、ウォルファート様」
「おはよ。早いな」
俺の返答にラウリオはただ黙って頷いただけだ。その目の光が強い。少なくとも不安そうではない。
「二度は言わないからな。頼むぜ」
「任せてください」
ふん、いい面構えだ。ラウリオの悪い点は考え過ぎる点だよな。例えレベルが頭打ちでももっとやれると俺は見積もっていた。対リッチ戦でラウリオがどこまで踏ん張れるかで戦況は左右されると言ってもいい。頑張って欲しいところだ。
「ウォルファート様、ありがとうございます」
「馬鹿、礼には早過ぎる。ロリスらを助けてからにしろよ」
俺の横を歩きながら頭を下げたラウリオの後頭部を軽くぽんと叩いてやる。あんなアドバイスくらいいくらでもしてやるよ。だからさ、あのふざけた死霊の王とやらに一泡吹かせてやろうぜ?
「おし、全員集めてきてくれ。これが今回のクエスト"銀の聖戦"の総決算だ。さくさくCパーティー救出してこのダンジョンクリアしてやろう、OK?」
「はい!」
返事も元気にラウリオは他のテントへと駆け出した。それを見送って俺は朝日に照らし出される無名墓地の不気味な入り口を眺める。もうこんな陰気くさい場所十分だよなあ。早いとこロリス達を救出して屋敷戻ってシュレンとエリーゼの顔でも見るか。あいつら俺がいないからさぞかしセラの手を煩わしてるだろうしな。
無名墓地に踏み込む前にちょっとした儀式をしておいた。ダンジョンに踏み込む全員がそれぞれの獲物を掲げ、空中でそれを合わせる。剣やダガー、杖がカチンと音を立てる。自らの命を託す武器を重ね合わせ、五人全員が決意を新たにした。朝日が俺の魔払いの刃を煌めかせ、一瞬だけダンジョンの闇を払う。
目指すは地下十三階か。リッチよ、死霊王の宮殿とやらがどんなもんか見せてもらおうじゃないかよ。




