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どうせ俺はいじられる運命ですよ

 パチパチという音が耳に届く。暗闇を通して届くその小さな音が聞こえてくる方向は赤い。火だ。赤々とした焚火の火の色が視界の一角を占めていた。



「あー、疲れたなあ」



 草の上に横になった。焚火の周りで他の奴らは談笑している。楽しそうだが、俺はただこの数日間でくさくさした神経を癒したいだけだ。ダンジョン探索して魔物を倒し続けるのは、例え無傷としても楽な仕事じゃない。俺にしては珍しく、酒も飲まずに寝転がると良く晴れた夜空に広がる星が見えた。



 黒いビロードの上に雪の結晶を放り投げたような、なんて柄にもなく考える。春真っ盛りのこの季節にはちょっと似つかわしくないかもな、なんて俺がしみじみ物思いにふけっていたのにさ。



「ウォルファート様! なんでそんなところにいるんですか、皆で飲もうよ!」



 あ、やっぱり呼ばれた。若い女の声だ、目をやらなくても誰なのか分かる。面倒くさいので放っておくと、とてとてと草を踏む足音がしてから小柄な人影が夜空の星を俺の視線から遮った。



「それとも何ですか、僕とは飲めないんですか。それってすごく失礼ですよ僕だって女の子です冷たくされたら傷つくのにっ!」



「あのさ、俺ごろごろしたいの。もう三十路なの、お前らみたいに若くねーの」



 やる気のない俺の返事に女--いや、女の子か、年齢的には--は首を傾げた。栗鼠を思わせる大きなクリッとした目が印象的なその子の名前はロリスという。姓は聞いたような気もするが覚えてないな。



「いや、そんな馬鹿な。僕が聞いた話だと、ウォルファート様は十五歳も年下の女の子を嫁にもらう夜の勇者だっていうことなんですけど」



 飛び起きた。誰だそんなデマをこの僕っ娘にも吹き込んだ奴は。あ、一人しか心当たりねえぞ。



「ラウリオ、お前何をデマ流してるんだ! ちょっとこ、い......いや、いいわ」



 俺の叱責混じりの呼びかけは途中で消えた。焚火の側で荷物に寄り掛かったまま、眠りこけているラウリオの姿が見えたからだ。Bパーティーのリーダーを務めて精神的にも疲れているのだろう。それを叩き起こす程、俺も鬼ではない。



「というわけでウォルファート様、きりきり動いてあっちで飲みましょうよ。僕も話したいこといろいろあるんですよ」



「それは真面目な話か、不真面目な話か。話によって聞いてやらなくもないぞ」



「何言ってるんですか? 冒険者がたまの休みで弾けているのに真面目な話なんか何でしなきゃいけないんですか? 不真面目な話一択スペシャルオンリーアイラブユーですよ!」



「そうか、よく分かった」



 俺は諦めた。夜空に思いを馳せるのも諦めた。この年若い退魔師(エクソシスト)に俺と同じような感性を持つよう期待するのも諦めた。だから若い奴らに合わせて飲んでやることにしよう、物分かりのいい年長者を演じてやろうじゃないか。そう決めたんだが。



「さすがウォルファート様、話が早いです。ささ、僕のお酌で勇者様の夜の武勇伝なんか話してくださいバンバン話してくださいいやもう好きなだけ!」



「畜生、お前ら俺をいじってそんなに楽しいかこのやろー!」



「もう、怒っちゃイ・ヤ☆ 勇者様☆」



「でもそんなお顔もス・テ・キ♪」



 にやにや笑うロリスに一言言ってやろうと声を荒げた俺だが、両脇に陣取った二人の若い女に何故かしな垂れかかられた。二人とも国王軍の兵士だ。普通に腕は立つんだが酒が入っているせいか、普段と口調が違う。ねえ君ら、なんでそんな衿元はだけてるんだよ、こら首に手回すな酔っ払い共。



「やはりウォルファート様ってもてるんですねお子さんいても溢れ出る男の魅力そのキラキラ具合が僕の目には眩しい! たまらないですよ!」



 ロリス、間違いなく言えるのはな。



 お前が協力関係にある人間じゃなかったら、即この場で叩き斬っているところだ。




******




 俺が計画した無名墓地(ネームレスセメタリー)攻略は一ヶ月半を大体の目安にしている。その大半は次のような九日間を1クールとしてそれを繰り返す形だ。



 最初の六日間はダンジョンに潜る。一日に3パーティー中2つが潜り、潜らないパーティーは野営地で荷物の番だ。この六日間が終わると次に一日かけて森を引き返し、そこで王都から補給物資を持ってきた隊とおちあい、食糧やその他の物資を受け取る。この時、ダンジョンで稼いだ(グラン)を補給隊に渡す。クエストが終了した時にまとめて渡してもいいんだが、それだと不運にも俺達十五人が全滅したらそれまでダンジョンで稼いだ分もパーだからな。そこは安全運転だ。



 そして一日だけ森から少し離れた場所で休息だ。補給隊は酒やらちょっとした嗜好品も持って来てくれるので、適度にこれらを楽しみ心身を休める。そして次の一日はまた森を抜けて無名墓地(ネームレスセメタリー)への移動日ってわけさ。



 六日ダンジョン+一日移動+一日休息+一日移動で都合九日間が1クール。これを繰り返す。補給隊がいて本当によかったと思うわ。普通は長期間ダンジョン篭り切りになっても全部自前で物資を確保しなければならないから、どんなに頑張っても二週間がぎりぎりだ。それ以上の期間をまたぐならば、一回近くの村や町に戻って補給し直してから挑まなくてはならない。現に無名墓地(ネームレスセメタリー)に挑む俺達以外の冒険者も何組か見かけたが、大体十日くらいで一旦引き返していた。



 全く国所属で良かったよ。補給隊派遣が無ければとてもこんな継続的にクエストを続けられないのだから(発案したのは俺だけどな)。



 今は丁度第4クールの休息日、明日にはダンジョンに戻り最後の第5クール目に挑もうって日だ。ああ、もちろん最後の第5クールだけは、攻略に六日間費やしたら完全撤退してもう戻ることはない。言うなれば今日の宴会は総仕上げ前の最後の休息になる。




*******




 (だから俺も少々のことでは目をつぶるつもりではあるんだけど)



「ラウリオさん、何で寝てるんですか? はっ、まさか僕のあまりの可愛さに目が眩んで!」



 ロリスよ。がちで寝ているラウリオに絡むのは止めろ。さすがにかわいそうだ。

 あれから多分二時間以上が経過し、皆そこらで三々五々突っ伏して寝ている。森から少し外れたこの平原は見晴らしもよく、見張りさえ立てておけば奇襲の危険は少ない。だからこんな宴会もできるのだが。



「ぼちぼちお前も寝たらどうだよ、明日は移動日なんだぞ」



「えー、だって寝るのがもったいないじゃないですか」



「元気だね、君。羨ましいわ」



 振り返り満面の笑みのロリスに声をかけながら、俺は毛布を自分に巻き付けた。春とはいえ、夜になるとそれなりに寒い。しかしロリスは相変わらずショートパンツ姿だ。スカートよりましかもしれんが寒そうだな--と思うのは俺がおやじだからか?



「よくそんな太もも剥き出しで寒くねーな、風邪ひくぞ」



「平気ですよ、僕若いですもん。というかしっかり見るとこ見てるんですね、さすが夜の勇者様です」



「見たくて見てるわけじゃあねえ、あとガキにも興味ないから安心しろ」



 無愛想に答えながら、俺は火の側にかけていた小さな鍋を木の棒でこちらに引き寄せた。熱くなった蓋を慎重に開ける。中身の液体を錫で出来た二つのカップに注ぐ。キョトンとしているロリスに湯気を立てているカップの一つを押し付けた。



「酔い醒ましに飲んどけ、ホットミルクだ」



「あ、ありがとうございます」



 なんだ、意外に素直じゃねえか。とりあえず静かになったので助かった。



「ねえ、ウォルファート様」



「あん?」



「お子さんいるのってどんな感じなんですか? 僕も後学の為に聞いておきたいんですよ」



 ちょっとトーンの落ちた声でロリスが聞いてきた。何で俺に聞く、と思ったが独身者が圧倒的に多い冒険者ならば周りに聞く相手もいないのだろう。



「......俺の場合は実子じゃないからさ、ちょっと普通とは違うと思うぜ?」



 そう断った上で俺は正直に話した。シュレンやエリーゼを育てるのがどんだけ苦労したか。片方が風邪引いたらもう片方にも漏れなく感染、しかもそれが俺やメイリーンにも感染とかあったな。ありゃ地獄絵図だったとしみじみ言うと「うわあ......」とロリスはため息混じりに反応した。



「やっぱり大変ですか? 僕もいつか自分の子供が欲しいんですけど、覚悟がいるんですねえ」



「大変だと思うぞ。ま、そうだな、産んだら自分の好きな事とかは諦めろ。子供に人生を捧げる覚悟が必要だ」



「うおっ、そ、そこまで」



 ロリスが顔を引き攣らせる。言い繕っても良くないので言える時に言ってやるのが身のためだ。ああ、でも双子が転がりこんでこなかったら俺は何していたんだろうな。酒と女にかまけて廃人化していたかもしれない。少なくともその可能性はあるな。



「僕はですね、今は退魔師(エクソシスト)やってますが、これでお金稼いだら引退しますよ。そして結婚して子供産みたいんです」



「ああそう。いいんじゃね?」



 何とも可愛らしい夢とすら言えない願望を口にするロリス。俺は相槌を打ってやるだけで良かった。メイリーンを見ていたから分かるが、女性の子供が欲しいという願望の強さは相当だ。個人差はあるみたいだがな。しかしアイラやアニーはどうなんだろうか。そういうことを話したことねえな。



「ウォルファート様は将来の夢とかあるんですか?」



「夢ねえ。そういうくすぐったいもんはどっかに置き忘れてきちまったよ」



 微かに甘いホットミルクの熱を舌に感じながら俺は呟いた。焚火の熱が心地好い。



 十八歳から二十八歳までの十年という月日を、俺は戦場や商会運営に費やした。もともと平凡な村に生まれた平凡な若者が勇者の素質に恵まれて一旗上げるかと決意した結果だ。悔いはねえ。けどたまに思うこともある。世界は平和になったが俺自身は何を得たのかと。

 勇者としての名声、他に並ぶ者もいない強さ、公爵位。ああ、双子も屋敷もそうか。だけど、もしあの十年を他の平凡だけどいい意味で普通に生きている連中と同じように過ごせたら?



 (もしかしたら......俺も普通の幸せってやつに縁があったかもしれねえな)



「ウォルファート様? どーしたんですか、急に黙りこくっちゃって」



 ロリスの声を胸の奥底に沈めながら、俺は彼女の顔を見ずに答えた。



「何でもねえよ。ただ若いっていいなって思っただけだ。ロリス、幸せが欲しいならそれを強く心の中で思え。自分の中に焼き付けろよ」



 何が幸せかすら忘れちまった俺みたいになりたくなければな、と心の中で付け加えて俺はゴロリと寝転がった。少し向こうの方で退魔師(エクソシスト)の女の子が同じように横になる音がした。いい子だ、もう寝る時間だよな。いい夢見るんだぜ。



******



 最後の第5クールが開始された時、俺はつけていた帳面をめくっていた。今日は俺が率いるAパーティーは地上で荷物番だ。ラウリオ率いるBパーティーとロリス率いるCパーティーがダンジョンに潜っている。そろそろこの"銀の聖戦(ジハード)"も終盤だ。下層階と呼ばれる地下九階以下にも潜ると2パーティーとも宣言しており、俺もGOサインを出している。



 忘れがちだがこのクエストの目的は資金稼ぎだ。ぼちぼち着地点を予想しなくてはならない。これまでに費やした経費を超えて、尚且つ公共事業の原資に使えるだけの利益を出しているのか、ここまで稼いだ(グラン)と使った(グラン)を計算して比較する。



 何気に不死者(アンデッド)対策の銀の武器やら食糧補給の費用が馬鹿にならない。勿論その分は十分カバーできるだけの(グラン)は稼いでいたが予想より大分少ない。第4クールが終了した時点で確認出来ている範囲で約18万グランの利益だ。まだ未鑑定のドロップアイテムが何点かあるからその鑑定金額次第でもうちょい上がるだろうが、これだと予定の二分の一にもならないだろう。



「くっ、継続的に他のダンジョンを荒らして稼いで国庫に入れればまだやる価値あるんだけどなあ。単発じゃ厳しいかあ?」



 舌打ちしながら帳面から目を離す。この第5クールは慣れたこともあり、積極的に下層、つまり地下九階から十二階を対象に戦う方針にしているので稼げることは稼げるだろう。それでもここから一気に倍とかは無理だ。最後だからもう休み無しに3パーティー全部潜ることも考えたが、荷物番は必須なのでその考えは捨てる。森からはい出た魔物にやられて食糧が無くなれば撤退しかない。そいつはあまりに格好悪い。



 (いやしかし、Aパーティーが休みの時に俺が単独で潜ればある程度はカバーできるか?)



 そのアイデアを思いついた時はまだ昼前だった。ぶっちゃけ中層階の底、つまり地下八階までなら俺一人で行って帰ってこれる自信はある。長期間に渡るクエストなので全力を出すのは控えていたが、もう後を考えなくてもいいならやるべきかもしれない。だが俺が欠けたら大問題になるので安全マージンは取るべきだな。



 ここまで考えたなら地上で待っている意味はない。早速最低限の準備だけして、他の連中に声をかける。



「悪いが俺一人で潜る、地下六階目処に戻るから心配すんな」



 ええっ、とAパーティーの奴らが驚いたが俺が本気なのが分かったのかすぐに黙った。ま、確かに余裕残しで俺が第4クールまでこなしているのを見ているからな。納得せざるを得ないようだ。



「気をつけてくださいよ、ウォルファート様」



「あったりまえだろ。死なねーよ、こんな場所でよ」



 副リーダー格のスカウトにそう答えて俺はサクサクと無名墓地(ネームレスセメタリー)に単身足を踏み入れたのさ。










「行くぜ、"魔払い"!」



 手持ち武器の中で最強のロングソード+8、通称"魔払い"。その柄を握り俺は名だたる名剣を一閃した。ダンジョンの黒い澱んだ空気を切り裂く一撃、それに胴体を真横に切断され俺の目の前の黒い影が悲鳴をあげた。



 シャドウキーパーと呼ばれる魔物だ。怨念が凝り固まり両の手がカマキリのようになった黒い人型の影の魔物は、音も無く自分達の領域に踏み込んだ人間に近寄りその生命力を刈り取ろうとする。俺が倒したのはさっきで四体目だ。しかしまだ沸いてきやがる。



 ウアァアアと恐ろしげな声をあげながら、二体のシャドウキーパーが俺を左右から挟み撃ちしようと迫る。それを前に転がりながら避けた俺は振り向きざまに魔剣を斜めに斬り上げた。避けられるわけもない。シャドウキーパーのふわふわした不気味な体の中心部分を必殺の刃は確実に破壊した。



「てめーで最後だ! あの世に戻れ!」



 そしてそのまま残る一匹に強引に剣を縦に切り落とす。力ずくに見えるが一応これでも剣の軌道を計算して一撃目から二撃目を無理なくつなげてはいるんだぜ。この攻撃を喰らえば大抵の敵はおだぶつだ。特に対不死者(アンデッド)に高い効果を発揮する"魔払い"ならシャドウキーパーには相性がいい。



 結果から言おう。塵しか残らなかった。刃に裂かれた魔物の体はボウッと黒く光ったかと思うと四散し、最後には床に落ちた塵となっちまった。



 ふう、と俺は息を吐いた。かなりブランクは取り戻した実感はある。今戦えば全盛期に近い実力はあるだろう。このまま衰えていくのかとちょっとびびっていたが杞憂だったようだ。人間やりゃあできるよな。



 ここは地下六階。今倒したシャドウキーパーを含めて自分一人で五十体以上は狩った。数え漏らした敵もいるから実際はもっといるかもしれない。7,000グラン以上一人で稼いだのでぼちぼち帰ろうかと、ダンジョンの小部屋の一つで簡易休憩を取りながら考える。



 今日を除けば後五日でクエストはおしまいだ。まだこの無名墓地(ネームレスセメタリー)が攻略されていないことを考えると、未踏破の階があるのだろう。それを無理して見つけに行くべきか? 答は否。確かにそれが出来れば未発見の財宝も手に入るしクエストの成果は上がるだろうが、無理矢理探さなくてもいいだろう。予定の六割から七割の利益しか出なくても死者ゼロで戻れば格好はつく。



 気付け代わりに回復薬(ポーション)を飲み干し立ち上がった。ぼちぼち戻るか、と部屋を出かけた時--



 バチバチと火花が散りそうな感覚が俺の肌を走った。同時に警戒心が最大値にまで駆け上がる。開けかけた部屋の扉から横っ跳びに離れ、部屋の隅を背にする。この時既に武装召喚(アポート)でショートソード六本を呼びだし自分の前に展開させていた。正体不明だが絶対何かが近くにいる、間違いねえ。





 "おやおや......驚かせてしまったようだ"





 誰もいないはずの部屋の中心から声がした。

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