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ダンジョンへごあんな~い

 その日、ダンジョン入口近くに持参したテントを張りしばらくの間の野営地を作った俺達は一晩をそこで明かした。本格的にダンジョン攻略、というかダンジョンに踏み込んだのは翌朝からだ。



 まず十五人を五人ずつ三つのパーティーに割る。便宜上、A、B、Cとパーティー名をつけてCはダンジョンに入らず野営地に残すことにした。これは野営地に置いてある荷物番だ。数は少ないものの森から時折迷いでてくる魔物がいるため、そいつらに貴重な荷物が荒らされるのを防ぐ役目を担う。



「打ち合わせどおり、今日はAとBだけがダンジョンに入る。まずは上層階からだ。初日だ、けして中層階以降に踏みいるな」



 攻略しつくされたわけではないが無名墓地(ネームレスセメタリー)はかなりマッピングもされているダンジョンだ。地下一階から四階までを上層階、五から八を中層階、九から十二までを下層階と呼ぶのが普通になっていた。もし地下十三階以降があれば、また別の呼び方がつくのだろう。



 きちっと命令して俺は自分の率いるAパーティーのメンバーの顔を見渡した。はっきり言って戦力的には俺一人が突出している。一人で中層階の一番下、8階までなら十分行けるのだが(グラン)を効率的に稼ぐなら使える人手は多い方がいい。



「ウォルファート様、先に行かれますか?」



「ああ。ラウリオ、お前らBパーティーは後だ。俺達が入って適当に時間経過したら来い」



 俺はそれだけラウリオに声をかけた。俺抜きならこいつが一番レベルが高い。確か28だ。普通にやってりゃそろそろ頭打ちになる頃だが、密かに今回のクエストで限界突破の手がかりくらい掴ませてやりたいとは思っている。そして当然ながらBパーティーのリーダーだ。Cパーティーのリーダーは退魔師(エクソシスト)に任せてある。



「いいかな、僕らは留守番だからね! 勇者様とラウリオさんが帰ってくるまで入っちゃ駄目なんだからね!」



「......なあ、ラウリオ」



 元気のよい退魔師(エクソシスト)の甲高い声を聞きながら俺は思った。薄紫色の帽子を被り、ショートパンツから元気よく生足を剥き出しにしているあいつ。勿論今回のクエストに直々に引っ張ってきたから知ってはいるが--違和感がある。



「はい、何でしょう?」



「最近は女の子でも自分のことを僕と呼ぶのか。流行ってるのかありゃ」



「たまにいますよ、そんなに目くじら立てなくても」



 落ち着き払ったラウリオの返答に、俺はやれやれと首を振った。自分で自分のことを何て呼ぼうが勝手だが、もしエリーゼが大きくなってから"僕"なんて使い出したら、俺は多分嫌な顔をするに違いない。草場の陰でシューバーとエイダも泣くぞ。



「んじゃまあ気を取り直して、と。行ってくらあ。お前らついてこい」



 Aパーティー残りの四人に声をかけ俺はダンジョンへと足を進めた。「銀の聖戦(シルバージハード)開幕う!」と背後で誰かが叫んだのが聞こえて気が抜けそうになったけれど。




******




 日が射さないダンジョンの中とはいえ、一寸先は闇というほどの真っ暗闇ではない。その理由は通路に張り付く珍しい植物にある。

 光苔ですか、と一人が呟いた。その通り、自ら発光する苔の淡い黄色い光が通路の所々を照らしてくれていた。弱いとはいえ無いよりは全然ましだ。



 元は全域が石で覆われていたのだろうが、所々土肌が露出している。無理もない、無名墓地(ネームレスセメタリー)が出来てから数百年が経過していると聞いている。いつからダンジョン化したのかは知らないが、まともに手入れもされない石材がこれほど残っているのがむしろ驚きだ。



照光(ライト)



 パーティーの魔術師が一つ呪文を唱えた。ポウッと二つ、手の平に乗るくらいの光球が生まれダンジョンの空間を照らす。光苔の頼りない光だけでは視界が確保出来なかったので当然の行動だ。やはり明るい方が不安も少なくなるしな。



 俺の他には戦士(ファイター)二人、スカウトが一人、魔術師が一人だ。スカウトだけが冒険者であとは王国軍所属の兵。立場は違うが打ち合わせはしてきたからな、連携は大丈夫だろう。



「攻略はかなりされてますし、なんせ地下一階なんで罠はないと思いますがね」



 俺の隣を行く中年のスカウトが全員に注意を促した。彼が伸ばした指の先、土が露出した天井からぽたぽたと水滴が落ちている。何とも言えない黒っぽい嫌な色の水だ。



「ありゃ汚染された水です、弱い毒性があるので当たらないようにしましょうや。あ、水溜まりも注意してくだせえ」



 そう言いながらスカウトは、自ら先頭に立って通路の左半分に広がる水溜まりを避けながら進んだ。それに続き俺達も水溜まりを回避する。こういう自然の脅威についても、スカウトは敏感に危機察知する。罠を外したり偵察を主な任務とするだけに、こういう方面でも能力を発揮するんだ。やっぱ一人はいた方が安心だわな。



 通路の幅はまあまあ広い。三人くらいなら余裕を以って並べるし、武器も振るえる。しかしダンジョンは久しぶりだが、やっぱりこの陰欝な雰囲気は好きになれねえな。敵が危険なのは勿論だが、いくら明かりをつけてもどこかしらの暗がりから何か良からぬ者が自分達の後をついて来るかのような......そんな不気味さがある。



 (心理的に逼迫した状況に追い込まれやすくなる、ま、慣れるしかねえが)



 なるべく精神的にタフな連中を連れてきたが育成の名目もあるため年齢が十代の若い兵もいる。まだ潜って十五分くらいしか経過していないが、表情が固い。



「おい、そう固くなるな。ダンジョンの雰囲気にのまれるなよ。大丈夫だ、上層階で負けるようなやわな訓練はしてねえよ」



 俺の小声でのハッパにその若い戦士(ファイター)ははっとしたように頷いた。「ありがとうございます」という声は思いの外強い響きだ。大丈夫そうだな。

そうして二つほど通路を曲がり、ダンジョンの空気にそろそろ慣れてきた頃だった。



「敵でっせ、勇者様」



「分かってらあ。やるぜ、お前ら」



 前方を照らす魔法の光に浮かび上がった物、それは本来動かぬはずの白い人骨だ。ぱっと見、全部で六体のスケルトンが姿を現した。虚ろな何も映さない黒いだけの穴の目、すかすかの肋骨。しかし一応人型は保っているので、二足歩行の武器持ちだ。棍棒や錆びたショートソード程度だが素手より余程気が利いている。



 しかしな、いかに今回のクエスト初の不死者(アンデッド)との戦いとはいえ、五ヶ月もかけて準備してきたクエストだ。飲まれる心配などない。



 戦士(ファイター)二名が勇敢にも武器を抜いて切りかかる。いい動きだ。さっきの若い方も盾を持ったスケルトンに自分の獲物--銀のロングソード--を叩きつけ、敵の体勢が崩れるや否や下段からの切り上げでダメージを与えている。



 (問題なさそうだな)



 それを横目で見ながら、俺は武器も抜かずにスケルトン二体を引き付けその攻撃をかわしていた。鈍いぜ、生き物じゃないから気配は読めないが振りがでかすぎるから動きが容易に察知出来る。それにスピードがない。欠伸が出ちまう。



「あらよっと」



 一体のスケルトンの横薙ぎを軽くかわし、その頭部を右の掌底でぶち抜く。いかに命がない魔物とはいえやはり頭部をやられるのは痛いらしく、首を失って背後にぶっ倒れた。手足をがしゃがしゃやってるからそのうち起き上がるだろう。



 もう一体がちびた手斧を振りかざす。あーあ、言わんこっちゃない。そんな大振りじゃあ、今から攻撃しますよってわざわざ教えてくれてるようなもんだ。ため息をつきながら俺は横に回り込み、その腰辺りを蹴った。バランスを崩したスケルトンはちょうどスカウトの前辺りに無防備な背中をさらす。「どもー」という声と共にスカウトの短剣(ダガー)がスケルトンの背骨をかっさばき、次の一撃は右腕の骨を断ち切っていた。+1の魔力付与(エンチャント)されたダガーだっけ、あれなら不死者(アンデッド)にも十分効くよな。



「さすがに一階でどうこうってのはないよなー」



 順当な結果にホッとしつつ、ようやく立ち上がった首無しスケルトンに向けて軽く呪文を一発。素手でもどうにでもなるんだが、中層階以降の戦いを考えての試運転だ。不死者(アンデッド)相手に一番効果的なといえば聖属性の--



白光矢(ホワイトアロー)



 俺の右手から一直線に伸びた光の矢はスケルトンを貫いた。音もなく崩れ去るスケルトンの骨は半分灰化している。よし、問題ない。聖属性初級の呪文に過ぎないが、俺のレベルで使えば雑魚相手には余りある威力だ。切り札の聖十字(ホーリークロス)は滅多なことでは使うこともないだろうし。



 見れば他のスケルトン達も全滅していた。対してこちらは無傷だ。幸先よく完封勝利だが、この先が長いことを考えると浮かれるわけにもいかない。魔物が落としていった(グラン)を数えると全部で140グラン。うーん、まあスケルトン六体ならこんなもんか。



「地上でゴブリン相手にちまちまやるよりは全然ましっすね。でもこんなのはした金なんでしょ?」



「そらそうだよ。ほれ、次に備えろ。この先の部屋入ればまた来るぞ」



 パーティーメンバーの一人に答えながら俺はもう次の戦いに意識を切り替えていた。俺が資金稼ぎにダンジョンを選んだ理由の一つに、敵の出現頻度の高さがある。地上だと魔物の住家と呼べるような地域に踏み込んでも、あまり連戦は発生しない。見晴らしの効く地域なら例え敵に遭遇しても逃走するだけの暇がある。



 だが、かなり広いとはいえこの無名墓地(ネームレスセメタリー)のようなダンジョンは面積辺りの敵の密度が高い。ダンジョン全てが魔物の生息に適しているからかもしれん。それに視界が利きづらいため索敵が地上に比べて難しく、発見した瞬間からいきなり戦闘という可能性が高い。



「事前に教えたこと思い出せよ。いいか、この部屋みたいに」



 通路を歩き一つの扉の前でメンバー全員に声をかけながら、俺は武装召喚(アポート)でショートソードを一本呼び出した。さすがにこの部屋に入るには無手ではやばいからだ。え、なんで知ってるかって事前にこのダンジョンの地図を手に入れているからに決まってるだろ。事前準備は万端さ。



「魔物のたまり場になってる場所があるから、そこではまとめて稼げるって寸法だ! 行くぞ、びびるなよ!」



「おおっ!」



 気合いを入れるためどやしつけながら、俺は錆びた扉を乱暴に蹴破った。そのまま乱入する俺にパーティーメンバー全員が続く。薄暗がりの占める視界に点在、いや、まとめて存在するのは標的たる不死者(アンデッド)の群れ。



 ざっと数えて二十匹以上か、これだからダンジョンてのは油断ならない半面稼げるんだよな! いるわいるわ、スケルトンに動く死体のゾンビ、半透明の人型の影みたいなやつはゴーストだ。不死者(アンデッド)のポピュラー御三家揃い踏みってか。



 敵の反応も速い。だが事前にこの場所を知った上で踏み込んでいる俺達はもっと速い。というか単純にレベルだけ考えてもこちらの反応速度の方が上なので、こちらが上回って当然だ。

 後衛の魔術師が唱えた火炎球(ファイアボール)がいきなり炸裂する。俺やエルグレイには遠く及ばないが、それでも下級の魔物を散らすには十分だ。感情がない不死者(アンデッド)だ、動揺することこそないものの純粋にダメージを与えられて、隊列を乱されている。当然戦力はがた落ちさ。



 そして俺達がこの部屋の敵を駆逐するのにはものの三分もかからなかった。回収した(グラン)は500グラン丁度。よし、この調子でどんどん行くぜ。

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