アニー・オーリー 2
「キャー!」
「アニーちゃんだー!」
あたしを出迎えたのはけたたまし......もとい、可愛らしい幼児の声だ。玄関へパタパタと走ってくる二つの小さな姿に寒さで凍えた頬も緩む。
「こんばんは、シュレンちゃん、エリーゼちゃん。いい子にしてたー?」
「してたー」
「あたちたちいい子ー!」
冬用の暖かい服を着てころころとした双子ちゃんは本当に可愛らしい。最近はしゃべる言葉も少し増えてきた気がする。ええと、今は二歳と八ヶ月かな。生まれたばっかりの頃はほんとにちっちゃかったのに今はあたしの腰の高さまで頭が届く。すごいなあ、子供って。
「ごめんアニー。どいてくれないと入れないのよ」
「あ、お姉ちゃんごめんね」
あたしの後ろから声をかけてきたアイラお姉ちゃんを屋敷の中に入れてあげる。久しぶりにアイラお姉ちゃんと顔を合わせた双子ちゃんは、もじもじと恥ずかしそうな感じだ。あたしの時とえらい様子が違うな。
「シュレンちゃん、エリーゼちゃんこんばんは」
「あい......」
「こんばんはー」
腰を落として挨拶するアイラお姉ちゃんに対してすごくシュレンちゃんは気が引けるような様子を見せている。エリーゼちゃんの方はそうでもないようだけど。
まあセラさんが来て彼女に懐いてくれたのはいいけど、それまでお姉ちゃんがママと呼ばれていたからね。混乱させたらいけないから二ヶ月くらいアイラお姉ちゃんと双子ちゃんが会わないようにしていたんだ。お姉ちゃんも新しい仕事で忙しかったし、普段は離れに住んでいるからそんなに難しくなかったけれど。
「はい、こんばんは。ちゃんとご挨拶出来るのね。えらいな」
そしてちょっともじもじが続く二人の小さな体を優しく抱くアイラお姉ちゃんの顔は--ほっとしたような、ほんの少し寂しそうな何とも言えない顔なんだな。
******
普段、お姉ちゃんとあたしは勇者様のお屋敷と同じ敷地内の離れに住んでいる。でも時々はお屋敷に呼ばれて一緒にご飯食べることもあるんだ。つかず離れずの距離感てやつ? 今日はラウリオさんも来るっていうから、双子ちゃんもいれたら全部で七人、結構大勢だね。
「アイラさん、アニーさん、ようこそ。寒かったでしょ? ほら、シュレンちゃん、エリーゼちゃんこっちにいらっしゃい」
「お邪魔します、セラさん」
「こんばんは!」
お姉ちゃんに続いてセラさんに挨拶しながら、あたしはそっと彼女の顔を見る。輝くような銀髪から覗く青い右目が神秘的だなあ、すごい美少女だぞ。ウォルファート様、ロリでないなら先物買いしたんだろうか。
「おう、まあ座れよ」
「お二人はこちらへどうぞ。火に近い場所の方がいいですね」
ウォルファート様は相変わらずぶっきらぼうというか素っ気ない。それに比べてラウリオさん、紳士だな......よし、一言言ってやるんだー。
「うう、ラウリオさんの言葉が身に染みるなあ。ウォルファート様が冷たいから余計に」
「な、なんだとー! 俺は普通だ冷たくないぞ、その言葉取り消せアニー!」
「あっ、そうですよねすぐに熱くなるとこもあるしね! さすがだなー勇者様はー。三十歳になっても血気盛んな若者の気質をお持ちで! よっ、色男!」
「それでうまいこと言ったつもりかよ、単に浮き沈み激しいのをおちょくっただけじゃねえか」
ふん、とそっぽを向きつつもウォルファート様は椅子をこっちに寄越してくれた。なんだかんだいって優しいんだ、この人。
「ありがとうございます。じゃ遠慮なく」
「あなたはちょっと遠慮しなさいよ、アニー」
アイラお姉ちゃんは固いなあ。ま、そんな感じで今宵の晩餐会は始まったのでした。
「あっちで遊びましょうね、シュレンちゃん、エリーゼちゃん」
食事の終わった双子ちゃんがセラさんに連れて行かれた。絵本読みたいとエリーゼちゃんは言っている。けれど積木がしたいとシュレンちゃんは言っている。二人別々にやりたいことがある時、セラさんどうしてるんだろう。他人事だけれど心配だ。
「セラ頼んだ。風呂入れる時は今日はメイドの手借りて」
そう言って三人を見送ってから、ウォルファート様が「あっちで話そうぜ」と談話室へとあたし達を案内した。貴族のお屋敷にしては大きくないらしいけど、それでも部屋がたくさんあるなあ。ふかふかした絨毯が敷かれ、既に暖炉に火がいれられた談話室の穏やかな雰囲気はなかなかいい。貴重品らしい下等竜の革製ソファの座り心地も極上だ。
そんな居心地いい空間にいると食事の満足感も手伝って眠くなりそうだけど、今日はそうも言ってられないんだよね。薄茶色の髪をかきあげながら、ウォルファート様がラウリオさんに話しかけている。どうでもいいけどウォルファート様、ちょっと髪切ろうよ。うっとうしい長さになってるよ。
「ラウリオ、兵の練度はどうだ」
「いい感じですよ。対アンデッド戦用に向けて皆気合い入っています」
向かい合わせで話しこむウォルファート様とラウリオさん。あたしは何故そんな話をし始めたのか知っているけど、アイラお姉ちゃんは事情が分からずキョトンとしている。仕方ない、優しい妹であるあたしが助けるとしようか。
「ウォルファート様、ちょっとお姉ちゃんがついてこれてないから説明させてもらってもいい?」
「お? あ、そっか。すまん、頼む」
アイラお姉ちゃんがおいてきぼりになっているのに気がついたらしく、ウォルファート様が慌てて謝った。権威を振り回さないのがこの人えらいなあ。よーし、勇者様に直々にお願いされたのだ、お姉ちゃんにわかりやすく説明するぞ。
「えーとね、まずこの王都にも色んな問題があって。それが一般の人々の不満の種になっているという話がギュンター公爵から勇者様に話されたのよ。最初はその不満の矛先を反らす為にシュレンちゃんとエリーゼちゃんの二人を偶像化したいとギュンター公爵は言ったんだけど、勇者様は反対したわけ」
その後、ウォルファート様が頭を悩ませるギュンター公爵に提案した計画はずいぶんと乱暴、いや大胆な案だった。
この王都の南東に馬の足で三日ほど行った場所、そこは鬱蒼とした森になっていた。特別な森ではないもののゴブリンや小型の魔獣の住家になっており、冒険者以外は誰も近寄ろうとしない。しかもそれだけじゃない。その森の奥深くには更に危険な場所が潜んでいる。
「無名墓地ってお姉ちゃん聞いたことあるでしょ? あそこを攻略するんだって」
あたしの言葉にアイラお姉ちゃんはぎょっとしたような顔になった。ウォルファート様とラウリオさんの顔を見ると、二人ともうんうんと頷いている。
「なんであんな無名墓地みたいな危険なところにわざわざ行かれるんです? それにギュンター公爵が懸念されていた民衆の不満と何の関係があるんですか?」
「そっから先は俺が話すわ。要は王都に流入してきた難民に近い人間にうまく回すだけの仕事がないこと、もっと端的にいえばだな、そいつらに金がないことを緩和すれば不満も収まるんじゃねと俺は考えたわけだ。真っ先に思いつくのは国が主導で行う公共事業--農地開拓や潅漑設備工事な--を行ってそいつらを労働力として雇うこと。もう一つは、王都の周りの割に平坦な土地を開墾させて農地をそいつらに与えてやるこった」
話を奪われたあたしは黙って聞くのみ。ここからが美味しいところだったのにな。あたしの心中など知らないまま、ウォルファート様の話は続く。
「けど公共事業やるにしても開墾にしても、今の王国の予算には余裕がない。当たり前っちゃ当たり前だ、国として成り立ち始めてまだ一年余。財布が潤ってるわけがないのさ。そこで俺が考えたのが無名墓地の攻略ってわけだ」
そこで一拍置いてウォルファート様は全員を見渡した。
「あの無名墓地とその周辺の森を、王国直轄の軍と有力な冒険者で攻略する。倒した魔物から得られる金は勿論、不死者が生者から奪った金品やまだ手付かずの財宝が目当てだ。それを換金して公共事業などの展開の原資にする。失業率低下はそこからスタートだ」
そう、だからあたしは不死者について調べていたのだ。ウォルファート様が不敵極まりない作戦を立てていることを教えてくれたから。もちろんこれには理由がある。あたしに種明かしする代わりに冒険者ギルドに登録している冒険者の中で対不死者戦経験が豊富な冒険者を何人か見繕ってほしいと頼まれたのだ。
「ギルドマスターに正式に依頼しちゃダメなんですか?」とあたしが聞くと、「俺が公的に頼むと大事になるから面倒なんだよ、アニーが調べてくれた奴らにこっそり声をかける」とウォルファート様は渋い顔で言ったんだよね。多分、国が冒険者ギルドに何か依頼するとギルドが手数料を請求してくるから、それが嫌だったんだろうなあ。この辺りは国とギルドの微妙な力関係があるみたいだし、深くは突っ込みたくないけれどね。
「ま、そういうわけでしてね。僕もその攻略隊に参加するんですよ」
「ああ、そういう事情でしたか」
口を挟んだラウリオさんに、アイラお姉ちゃんが納得しつつも心配そうな顔をする。まあただの魔物じゃなくて不死者だもんなあ、しかも無名墓地って年に何人も行方不明者出しているところだし心配にもなるよね。
「ふん、心配すんなアイラ。これを俺が発案して国の議会に提案したのは去年の秋だ。既に三ヶ月近く経過している。その間ずっと攻略準備に時間を費やしてるんだぞ。俺も参加するしな、これ以上準備万端なクエストはねえよ」
「えっ、ウォルファート様直々に行かれるのですかっ!?」
「お姉ちゃん、心配なのは分かるけれどさ。ウォルファート様だよ? 大魔王さえ倒したあの勇者様だよ。大丈夫だよ」
一瞬取り乱したアイラお姉ちゃんもあたしの言葉に冷静になったようだ。「そ、そうよね。むしろ最大戦力のウォルファート様が行かれた方がいいのよね」と自分を納得させるように言いながら手元の紅茶のカップから一口啜る。それに合わせてラウリオさんも紅茶のカップを持ち上げながら言った。
「攻略が目的ではありますが、ダンジョンとなっている無名墓地の最深部まで行くと限ったわけではありません。端的にいえば、今回のクエストでは一定以上の収入が確保出来れば成功なんです。危険が低い浅い階だけ回ってもそれが達成されれば帰還することになりますし」
「そういうことだな。ま、この作戦は実戦機会が少ない王国軍の兵の演習も兼ねている以上、適度に厳しい戦闘はこなしてもらうけどな。ラウリオ、あてにしてんぞ?」
ウォルファート様の言葉にラウリオさんは表情を引き締めた。黒褐色の短めの癖毛に同色の目が精悍なラウリオさんだが、普段は優しげな顔つきだけにこういう真剣な顔になると印象が変わる。内心あたしは感心したくらいだ。
「はあ、なんだかすごい作戦ですね。魔物からお金をぶん取って公共事業に使うって素晴らしいんだか何なんだか......」
「ま、いささか乱暴な手ではあるけど仕方ねえよ。人間金がなくて腹が減ってる状態じゃろくなこと考えねえ。あの難民紛いの連中が暴動起こす前に何とかしてやんなきゃな」
アイラお姉ちゃんのため息まじりの感想に、ウォルファート様が答える。この人だけはお酒だ。ほんとよく飲むよね、勇者様。そして一つ気になっていることがあったのであたしは手を挙げた。
「質問でーす。いつ無名墓地に向かって出発するんでしたっけ?」
「春になったらだな。大体二ヶ月後、それまでは遠征準備に費やす」
「そっか、うーんじゃあ間に合うかなあ」
あたしの言葉にウォルファート様は首を傾げる。鈍いわあ、この人。何のことを言ってるのか全然分かってないみたい。だからあたしが言ってあげないとダメなんだって。
「初夏の月の八日でしょ、シュレンちゃんとエリーゼちゃんの誕生日! 皆でお祝いしたいんだから、その日までには戻ってきてくださいね!」
「......あー、あーあー、そうだな! もちろんだとも、もうちゃちゃっとクエストなんか片付けてばっちり間に合うようにするって、うん!」
ダメだこの人。絶対双子ちゃんの誕生日忘れてたわ、目が泳いでたし。あーあー、ラウリオさんもアイラお姉ちゃんも黙って下向いちゃった。ほんとにもー、無事に帰ってこなきゃ許さないんだからね!




