職場の俺はちょっと違う
王都での俺の仕事は何となく漠然としている。いや、やることはある。あるのだが、仕事の範囲が複数の部門にまたがるので特定しづらく、また勤め始めて一週間程度の為、内容が固まっていないのだ。
「ウォルファート様はさしずめシュレイオーネ王国全体の相談役ですな」
「持ち上げても何にも出ませんから!」
俺達を馬車で屋敷に迎えにきたイヴォーク侯に答えながら、俺はセラの為に少し横にどいた。エリーゼを膝に抱いたセラは「すいません」と答えながら、おっかなびっくり馬車の椅子に腰掛けている。無理もない、今まで馬車なんて高価な乗り物に乗る機会なかっただろうし。
「いやあ、しかしこうしてみると見違えるようですね。良かったね、セラ」
「ありがとうございます、侯爵」
イヴォーク侯が目を細めて褒める通り、セラは中々の物だった。公に俺の職場を訪ねる以上、質が落ちる格好は出来ない。その為、アイラの働く生地屋から購入した生地で急いでドレスをこしらえたのだ。深い緑色のドレスは腰の辺りが細く絞られる流行のデザインだ。
「セラ、きれー。服ふかふか」
シュレンがドレスの裾を容赦なくばんばん叩くのを、俺はやめさせようと必死だ。ちなみにシュレンは俺の膝の上だ。こら、暴れるなよ。
そうやってバタバタしながらも馬車はごとごとと進む。適当にイヴォーク侯に話を合わせつつ、俺は今日の仕事とセラと双子の訪問を同時に考えていた。
先程、イヴォーク侯が言った相談役という言葉はあながち嘘でもない。とりあえず出来てから一年少々の新興国であるシュレイオーネは国の制度自体がしっかりしつおらず、組織も未発達だ。現時点の俺の業務範囲は王国を支える専門機関である府(総督府、軍事府、会計府、立法府など業務範囲によっていくつかに別れる)の観察及び、そこから寄せられる相談へ答えてやることになるのだろう。
どこの部門にも属していないといえばいない、ただ宙ぶらりんでは格好がつかないので一応軍事府に籍は置いている。砕けた言い方をすれば、軍事府所属何でも相談屋といったところだ。
(さーて、双子を見せたらどんな顔をするやら)
軍事府で共に働いている連中の顔を思い浮かべた。"勇者"という肩書きと公爵位にブランドバリューがあるため、最初は俺におっかなびっくりだった奴らも、俺が気さくなのが分かったからか普通に接してくれつつある。
とはいえ「ご家族をお連れしては?」などといきなり言い出せるような勇気がある人間は、軍事府にはただ一人のみ。
軍事府筆頭ギュンター・ベルトラン公爵しか言えないだろうね。
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「わざわざお越しいただき恐縮です、さ、どうぞおかけください」
豪華さと機能美を兼ね備えた広い部屋に招かれた客は、誰でもその部屋の主に多少なりとも畏怖の念を抱くだろう。そうならないのはオリオス国王陛下と俺くらいなもんだ。
あ、いや忘れてた。まだ物事がよく分かっていない二歳児もだな。
「「おあよーございましゅ」」
「おはようございます。始めまして、シュレン君、エリーゼちゃん」
「すいません、まだ上手に話せなくて。セラ、お前もほら」
促した甲斐がありたどたどしいながらも部屋の主--ギュンター公に挨拶した双子、それに安堵する暇もなくセラを促す。ハッと気づいたように慌てて頭を下げるセラに、公は丁寧に「ギュンターと申します。お会いできて光栄です」と挨拶した。
貴族らしい優雅さ、本来それに相反するようなピシッとした規律正しさが両立する男。それが俺がギュンター・ベルトランに抱く印象だ。
(王国の屋台骨って単語がぴったりだぜ)
イヴォーク侯から聞いた公爵のあだ名が頭に浮かぶ。そのイヴォーク侯は俺達を軍事府まで送ると去ってしまった。彼も自分の仕事があるので仕方ない。
俺が今日セラと双子を連れてくる羽目になったのは、そもそもギュンター公が言いだしたからだ。会議の終盤に公がちらりと言いだしたその件に軍事府に勤務する職員らが食いつき、断り切れず連れてくることになった。
ま、単に好奇心から言いだしたならいいんだぜ?
だがこの切れ者で知られるギュンター公が口にすることには、何らかの意図があるって考えるのが自然なんだよなあ。イヴォーク侯の売りが誠実な人柄と堅実さとするならば、ギュンター・ベルトランは代々続いてきた公爵家出身のプライドとそれに裏打ちされた頭の回転の速さと勇敢さが売りなんだから。
そんな俺の考えはさておき、シュレンとエリーゼは俺達の許しを得た上で、執務室の中のいろいろな物に興味を示し始めた。「これなーにー?」とシュレンが指差したのはフクロウの剥製だし、「かーいー! かーいー!」とエリーゼが騒ぐのは魔法で保存加工された花だったりする。まったく何にでも興味を示すのはいいことだが、触らないように注意するこちらは気が気じゃない。
「はは、元気がよろしいですな。さすがは勇者様のお子さんだ」
「すんません、やんちゃ盛りで目を離すとすぐに」
快活に笑う公爵は機嫌は良さそうだ。シュレンとエリーゼが部屋でいろいろ探したりふざけたりする様を見ている。セラも必死に二人の後を追うがギュンター公の手前、バタバタと追うのも出来ず、結果後手に回っている感じだ。というか子供を連れてくる環境じゃないよな。
ダークブラウンの髪を丁寧に撫で付けまるで猛禽のような鋭い風貌を持つギュンター公だが、意外にも双子の悪戯には寛容だった。自分が呼んだ手前、注意するのもためらわれるのだろう。けれども、部屋に置いてあった鉢植えをエリーゼが面白がって土をほじくり返しても特に何も言わないのは、寛容を通り越している気がする。
「おい、セラ。二人を連れて中庭か軍事府の職場でも行ったらどうだ。こいつら何やらかすか分かったもんじゃないぜ」
「そ、そうですね。すみません、それではこれで失礼いたします。あっ、シュレンちゃん、エリーゼちゃん待ってー!」
俺に答えてギュンター公に腰を折るセラだが、挨拶の暇もなかった。たまたま軍事府の人間が執務室を訪れた瞬間にシュレンとエリーゼが扉の隙間から逃げやがった。「うわわわっ!」と抱えていた書類を落っことしかけたその不幸な職員の足元を、小さな二人がけらけら笑いながら走っていく。
「追いかけますね!」
そう言って双子を追ったセラは腹をくくったらしい。まなじりをあげて部屋から飛び出した。「ごめんなさい!」と職員に声をかけながら。
「ふふ、ほんとに元気な子達ですな。よくご自分で育てようと思ったものだ」
ま、どうぞと俺に座るよう促しながらギュンター公は自分も椅子に座った。やれやれ、ガキ共がいなくなってようやく普通に話ができるよ。というか今日全然仕事してないんだけどいいのか。
改めて公と向き合う。一応俺も公爵位なんだが、もとは平民だから公爵位が板についていない。はっきりいって勇者の肩書きにつける見栄えする勲章だ。けどギュンター・ベルトランは違う。骨の髄まで良くも悪くも貴族な男だ。しかも実力を兼ね備えたな。
今だって黒を基調とした礼服に痩せた長身を包んでいるが、それなりに鍛えているのが俺には分かる。さすがに魔王軍が闊歩していた時には自ら軍を率いて戦っただけのことはあるわな。剣もそれなりに使えるという噂は本当らしい。五十歳近いのに元気なこと。
「仕事は慣れましたか、ウォルファート公。いろいろな案件が相談に持ち込まれて大変だと思いますが」
「まだそんなに量がないのでたいしたことはないですね。ま、正直ギュンター公の下についたのは正解かな、と」
「よしてくださいよ。組織上、籍を軍事府に置いているだけですからね。勇者様が私の部下なんて恐れおおいにも程がある」
肩を竦めるギュンター公の表情を窺った。ダメだ読めないな、まあ俺をこけにしているとは思わないが、少々面白くない程度には思ってるかもだが。
これはギュンター公だけでなく貴族全員に言えるんだが、勇者の俺にどう接するべきなのか判断しかねている部分があるんだ。王都に着いた初日にイヴォーク侯が言ったように"勇者"という名前だけで自然と尊敬を集める。純粋な戦闘力だけでも一軍に匹敵する。俺、ウォルファート・オルレアン公爵が望むと望まざるとに係わらず、周りの人の注目を集めるんだ。良くも悪くもな。
「まあねえ、けど王都での処世術なんてちっとも知りませんからね。そういう意味ではベルトラン公爵は先輩ですよ」
わざわざ家名付きの名前で呼んだ皮肉まじりの返答に、ギュンター公は苦笑した。俺の言いたいことが分かったらしい。
「まあ、ウォルファート様の存在は衆目の注意を集めますからね。私でよければどうぞなんなりと」
「ありがたく」
さて、ここまでは探り合いといったところだ。こんな話だけなら別にセラやシュレン、エリーゼを呼ばなくても出来るわけでさ。しかしこっちから水を向けるのもしゃくなので、適当に話を合わせるに留めておく。
そのあと二十分ほど双子をどんないきさつで育てることになったか、リールの町でどんな生活をしていたかなどを話し「そろそろあいつら家に帰しますよ」と俺が答えた時だった。ギュンター公が片手をあげてそれを制し、低い声で聞いてきたんだ。
「ウォルファート・オルレアン公爵にお聞きしたい。公はお二人の進路をいかにするか既に決めておられるか」
それまでとは打って変わって厳しい面持ちのギュンター公の問いに、俺は数瞬思案した。この時脳裏を過ぎったのはアリオンテとワーズワースの顔だ。シュレンとエリーゼの人生を大きく左右しそうなあの二人にどう対処するかで双子の進路--何を学ぶか、何になるか--も決まる。
「まだ小さいですからね、何とも」
「そうですか。いえ、あのシューバー殿の遺児で勇者様の義理のご子息ならば......やはり期待してしまうのですよ」
「そうですか、それは......光栄と思うべきなのかな」
「率直にいえばスカウトしたいのです。将来的に軍事府に、ね。もし確約していただければ、幼年期から支援は惜しみませんよ。あの二人にはそれだけの可能性がある」
なるほど、これが今日双子を呼んだ目的か。直接自分の目で見て素質の有無や活発さを見たかったのだろう(年端も行かぬ段階でどこまで分かるかはともかく)。
あとはそれに加えて二人に顔を売っておきたかったんだろうな、まったくちゃっかりしてやがる。けど、この人の責任範囲が軍事府筆頭だけじゃないってことを考えたら、あともう一つくらいは理由あるだろ? "王国の屋台骨"だもんな。
「だけじゃないでしょ。この新興王国シュレイオーネの成長の象徴として二人を売りだしたいって部分も当然あるだろうに」
俺の問いが生んだのは僅かな沈黙。別に気まずい様子でもなくギュンター公は鉄面皮のまま、俺をまっすぐに見てくる。いい根性してるよな、この人。
「見抜かれていましたか。そうですね、正直それを含めてあの双子ちゃんには魅力を感じますよ。見目もよろしいしね」
「そりゃどうも。けれどねえ、王都に沈澱する不満の矛先反らすためにあいつらを祭りあげて偶像化しようってのはさ。どうにも性に合わないね。成長の象徴なんていう前向きな理由よりそっちの方が深刻だろ、ギュンター公」
返事はない。つまり肯定ってことか。まあなあ、まだ未整備な部分が多々あるシュレイオーネの中心地たるこの王都。流入する難民問題だけじゃない、旧制度から新制度への切り替えにより不利益を被る連中もいれば、地域によってばらばらな復興状況や税の不平等などの問題もある。
これらの問題対処には時間がかかるのは当たり前だし、各府の職員も精一杯やってはいるんだろうが不満の膨張率の方が高いってことなんだろ。直接的に民衆の反乱決起なんて極限状態にはならないにしても、潜在的な不満は国という大きな組織の成長率のダウンにつながる。だからその不満を反らすために、例え一時凌ぎにしても偶像を求めるギュンター公の考えは分かる。
分かるが、しかし納得出来るかは別だね。
「それをやりゃああいつら、始終注目されて窮屈強いられるわけだが。それはどうでもいいと?」
「それに対しては出来る限りの対処はする所存ですよ。将来の確約のみならずお二人が成長する間、金銭的な面しかり最高レベルの教育も用意出来るかと」
「仮にそうしてもらったとしてもさ、そんな注目されたんじゃ友達と遊ぶ暇もなくなるだろ? 逆にさ、あんた自分の子供が国の期待の的になって自由を手放す羽目になっても、それで納得出来んのかよ。なあ、ギュンター公」
イラッときて口調がいつものそれになったのは悪いと思う。だが俺は。勇者の俺は人々から期待され、注目され続けることがどれだけプレッシャーになるか知っている。軍を解散した今はともかく、現役時代はそりゃあきつかったさ。自分の行動が見張られているような錯覚に荒れたこともあったしな。
「ごもっともですな。ウォルファート様が親の立場からそうおっしゃるのも予想しておりましたし、お気持ちは分かります」
そう答えたギュンター公の表情は苦渋に満ちていた。この人も本当はこんなことを言いたくなかったんだろ。それは分かるよ、立場が時には嫌な決断もしなくちゃいけないというのは。
ただ、シュレンとエリーゼが戦闘技術を身につける必要がほんとに出てきた場合、あまり軍事府との関係を悪くしたくないのも事実なんだよな。今回のギュンター公の誘いは断るにしても、一つくらいは貸しを作ってやるのも悪くないか。この人が苦労している理由も分からないわけじゃあないしね。
「まあ断ってばかりじゃなんだから俺から一つ提案がありますよ。聞いてもらってもいいですかね?」
「もちろんですよ。ウォルファート公の話を聞きもせず断る者がいると?」
先程までのちょっと気まずい雰囲気を忘れたように俺とギュンター公は笑顔で向かいあった。パッと気持ち切り替えて関係維持するのも大人の技術だ、そうだろ?




