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新生活の始まりってやつです

「私知りませんでした」



 目の前のアイラが俺を見据える。その表情はひどく真剣で、どこか突き放したようにも見える。



「大丈夫よ、お姉ちゃん。あたしも知らなかったんだから」



 アイラの隣に座るアニーも沈痛な表情だった。よく似た姉妹に凝視され、俺はたじたじとなる。そんな俺の背後から声がかかった。馴染み深い男の声だ。



「まさかしばらく見ない間に、ウォルファート様が幼女趣味(ロリコン)になられているとは。嘆かわしい!」



「嘆かわしいですよね、エルグレイさん!」



「ほんと信じられなーい、ありえなーい、恋の神様ルー・ルオン様への冒涜ですよ!」



 しばらくぶりに会ったというのにエルグレイの奴、俺に冷たいじゃねえか。しかもアイラも今まで一緒に働いてきた俺よりエルグレイの方につきやがるし。アニーはまあ、いつも通りだな。こいつはこういう奴だ。諦めた。



 俺達四人がいるのは真新しい屋敷の一室。つい昨日運びこまれた綺麗なクリスタル製の机を囲み、和やかに会話をしていたはず......だが、なぜか俺の吊るし上げになっている。どういうことだ、こりゃ。



「仕方ないでしょう、ウォルファート様。愛人がたったの十五歳では幼女趣味(ロリコン)と呼ばれてもね。いくらシュレンちゃんとエリーゼちゃんが気に入ったからといっても十五歳! 十五歳!」



「連呼すんな、エルグレイ! 誤解を招くような表現は止めろ取り消せ今すぐに!」



 目を剥く俺の耳に、この居間の扉をノックする軽い音が飛び込む。続いて扉越しに「シュレンちゃんとエリーゼちゃん、お休みになりました。あの、勇者様。私は同席した方が」という若い、いや若すぎる女の声。



「いい来なくていい寝ろ今すぐ速攻絶対入るな」



「わかりました、おやすみなさい」



 俺の有無を言わさない返事に、エルグレイもアイラもアニーもどこかニヤニヤしている。人の悪い笑いだ。



「......何だよ、気持ちわりいな」



「新しい愛人を放置プレイですかー、こんなところで油売っていていいんですか勇者様~ほら、愛しのセラちゃんが若い身体をほてらせて貴方をベッドでお待ちかね~」



「とりあえずアニー君」



「はい、なんでしょう」



「お前明日から家賃二倍な。異論は認めない」



「横暴!! なんという暴挙でしょうかこれは!! 権力をかさにかよわい女の子からお金をむしり取るなんて、こんな非道なことが許されるんでしょうか世も末だー!」



 これ以上ないほどわざとらしく天を仰ぐアニーを見ながら、俺は思った。勇者って何なのだろう。俺はいつまでこいつらのからかいの対象なんだろうか。



 セラ・コートニーを愛人という名目で半永久的に双子の母親役に採用してから、ちょうど二週間。俺達は賑やかだった。




******




 セラと初めて会ったその日、ピンときた俺は侯爵夫人に話を聞いてみた。彼女の説明によると、一年ほど前に屋敷の前でぐったりと座りこんでいたところを見つけたらしい。身寄りもないようなので、庭仕事や雑用などを任せていたのだという。



「ちょうどメイドは足りていたから、そっちの方では雇えなかったのよね」



 そう言いながら侯爵夫人は"ほんとにこの子を試すの?"といいたげな顔になった。

 無理もない。いかに仮の母親役とはいえ、あまりに若すぎるし、賢そうとはいえ教養なども未知数だ。働きぶりは平均よりやや上らしいが、力仕事などはほっそりした体つきが示す通り苦手らしい。



 (というよりは、あっちの方を心配してんだろうな)



 そう、いかに母親役をやってくれればいいとはいえ愛人という立場だ。俺がその気にならないとは限らないし、そういう時に寝室を共にできるような女の方がいいのでは、と暗に侯爵夫人は言いたいのだろう。



 確かに遊ぶのを公認されているなら、たまには手元の愛人と寝るのも悪くない。束縛さえされなきゃいいんだから。面接で過剰に色気をアピールする奴らはさすがに敬遠したが、多少はそういう目で見ていたのは否定しない。



 だが面接をやってもやっても、シュレンとエリーゼの気に入る女が現れない状況が苦痛になってきた。とにかく二人が好意的に感じる女ならいいや、と俺は考えを変えたんだ(そりゃまああんまり見た目があれとか、話し方が疑問符付きだとお引き取り願っただろうが)。



 で、結果は見ての通り。何故か双子はセラをいたく気に入り、俺は彼女をイヴォーク侯爵から譲り受けたってわけだ。命の恩人だということで心酔しているらしいセラは、従順に俺の頼みを聞いて双子の世話に邁進している。とにかく肩の荷が下りたって感じ。



 そこからはトントン拍子で物事は進んだ。新しく俺達が住む屋敷も決まり、そこでの生活が始まったってわけさ。

 アイラとアニーはせっかくなので、屋敷の中庭にある離れに住んでいる。一応相場よりかなり安い家賃で住んでいるが、まあケジメみたいなもんだ。




******




「あいつら元気だよなあ。飲むか?」



「ありがたく。新しい仕事も決まりましたし、毎日が充実しているんでしょう」



 今日は王都に戻ってきたエルグレイをうちに呼んでの軽いパーティーだった。ま、座談会と呼んだ方がいいレベルのささやかなもんだったけど、それでも久しぶりに会うエルグレイと話すのは面白かったし、アイラとアニーも楽しめたようだ。散々俺をいじり倒した姉妹は離れに戻り、男二人で高い酒でも飲むかって寸法だ。



 何人か使用人も雇った。派手に言い出しはしないものの、俺が勇者だってことも秘密にしないことにした。一応屋敷には見張り役を務めてくれる侍従や使用人もいるし、滅多なことはないだろうと思う。

 それに自分が悪いことをしてるわけでもないのにこそこそ偽名を使うのは、いい加減嫌になったんだ。いつかはばれるしな。



 (ま、時々うざいやつもいるんだが)



 ポンと音を立てて酒のボトルの栓を開けながら苦笑する。俺がウォルファート・オルレアンだという事実が明らかになると、その情報は静かに広がった。最初はまさかという反応が多かったようだが、それが静まると数日間はどっと屋敷の周りに人だかりが出来た。



 けど、丁寧に挨拶して手を振ってやったら満足したのか皆帰ったね。中には毎日のように会いにくる奴もいて、「ものほんの勇者様だ!」「すげー、ほんとにいたんだな!」と人を珍獣扱いする有様だったが、まあ笑い話さ。



 そんな雑談も交えながら、エルグレイと酒を酌み交わす。用意しておいたつまみを適当にやりながらお互いに近況報告したり、俺のこれからの生活について話したりだ。

 昼間に真面目な顔で話すより、夜に酒が入った方が真剣に話すこともある。だから人間てのは面白い。



「そうか、アニーは真面目にやってるのか。正直心配だったんだが」



「まだ冒険者ギルドの駆け出し受付嬢ですけどね。明るいし可愛いしで、出だしは上々のようです」



「びっくりしただろうな、まさか、お互い王都の冒険者ギルドで顔合わせるなんて想像してるわけねえし」



 俺の言葉にエルグレイは「まったくですよ」と笑った。そう、エルグレイが俺を訪ねてきたのは冒険者ギルドでアニーと偶然出くわしたからだ。



 一週間ほど前からアニーは冒険者ギルドに勤めるようになったんだが、ギルド長にお茶を持っていった際に、その場にいたエルグレイと顔を合わせたのだという。



 「あーっ!」



 「え、何故アニーさんがここに」



 という第一声が飛び交い、ギルド長はポカーンとしていたらしい。ちなみにアニーが持っていったお茶はお約束通り、驚いた際に床にぶちまけられた。粗相だ粗相。



「アイラは服の生地屋で働くようになったし、地固めは済んだってところだな」



 そう言って俺はグラスから酒を煽る。飴色のきつい酒が美味い。生地そのものを見る目なんかあるのかと俺はちょっと心配だったが、アイラが言うには運び屋時代に少し商品に触れる機会があったんだそうだ。「実はその時から興味あったんですよ」と穏やかに笑うアイラは幸せそうだった。



「とりあえず収まるところに収まった、というところですか。しかしウォルファート様、セラさんでよかったんですか? 先ほどの我々の戯れは別としてもね」



「別に問題ないさ。とりあえずシュレンとエリーゼが慣れてくれる人間が最優先だ。さすがに十五歳とは俺も思わなかったがな」



「形だけとはいえ、よく十五歳の女の子を愛人にしましたよね。しかし呼び方がよろしくないな」



 そこまで言って、エルグレイはうーんと唸りながら腕を組んだ。さっきから結構飲んでいるのに顔は白いままだ。先天的に酒に強いらしい。髪も明るい灰色だし、全体的に雰囲気が軽い。見た目だけならエルグレイがこの大陸で十指で入る魔術師とは、誰も思わないだろう。



「ああ、確かにちょっと外聞が良くないよな。セラを他の人間に紹介する時に誤解されるのも嫌だし」



「内縁の妻でどうです? 正式認定こそしていないものの、事実婚ということで。それならある程度ウォルファート様の評判も傷つかないし、セラさんも体面保ちやすいのでは」



 ぐい、とまた一口酒を干してからエルグレイが提案してきた。なるほど、内縁の妻ね。まだそれの方が双子の母親らしいか。

 あいつらがでかくなってからの話にはなるが、セラがどういう経緯で母親役やっているのか俺が説明しなきゃいけない時はくる。まだ"愛人"よりは"内縁の妻"の方が、子供には受け入れやすいだろう。言葉の綾だけれど、意外にこういうのは大事だと思う。



 エルグレイに礼を言い、奴のグラスに酒を注いでやる。どうでもいい話を交わしながら飲む内に、一つの事柄が不意に頭に浮かんだ。

 リールの町から王都までの旅の途中で出くわした因縁の相手と、そいつが連れた厄介そうなチビの顔がアルコールが回った頭の中に浮かぶ。



 (アウズーラと戦ったエルグレイになら話してもいいんじゃないか?)



 (いや、しかし。俺一人で始末すればいい話じゃないのか?)



 (でもよ。ほんとに俺一人で成長した大魔王の息子とその副官を相手に出来るのか)



 自分の頭の中でいくつもの声が響く。自問自答。今こんなことを考えるくらいならあの時容赦なく止めを刺せばよかったんだと思うが、後悔先に立たずだ。水乃領域(アクアフィールド)使用の反動もきていたが、やろうと思えば出来たはずだった。



「どうかされましたか。さっきから黙りこんで」



「ちょっと、な。なあ、エルグレイよ。お前聞いても他人に漏らさないて誓えるか」



 低い声で聞く俺に、無言で腹心であり友である魔術師は頷いた。さすがにこれ以上一人で抱えるには重い事柄は、酒で緩んだ俺の自制心を破って口から飛び出した。



「俺達が二年半前に倒した大魔王アウズーラの息子と、奴の副官ワーズワースと会った」



「......ほう......それはそれは」



 エルグレイがグラスを握りしめる。無意識の内に漏れた魔力に反応したのか、飴色の酒に浮かぶ氷が瞬時に蒸発し薄い白煙となった。そのうっすらとした白いもやを挟み、俺とエルグレイは改めて向き合う。



「話してやるよ。どういう事情であいつらと関わったのかな」




******




 エルグレイには洗いざらいぶちまけた。旅の途中、ワーズワースに偶然発見されたこと。一人になった時に戦いを吹っかけられたこと。追い詰めたものの、アリオンテに通せんぼされて気勢を削がれて引き返したことなど全部話した。



 エルグレイはその間黙って聞いていた。透明度の高い水色の目は、グラスと俺を時折往復していた。俺が全て話し終えた時に酒を注いでくれ、ついでに手酌で自分のグラスにも注ぐ。



「今話したことで全部さ。タワーシールドは修理に出した、もうじき手元に帰ってくる」



「いやはや、何と言うべきかな」



 一見噛み合わない俺とエルグレイの会話。そりゃあいきなり仇敵の名前が出れば言葉にも詰まるだろう。だから俺は彼が話すのを待った。



「僕はその場にいなかったからなあ、なんで止めを刺さなかったんですか、なんて後からいくらでも言えるし」



「言われるのは覚悟していたよ」



「気持ちとしては言いたいんですがね」



 そこで一旦言葉を切り、エルグレイはグラスを揺らした。新たに入れた氷がカランと軽い音を立てる。それをしばし弄びながら再び話し出す。



「無理に追い込んでその息子--アリオンテか、を逆上させて、潜在能力を引き出していた可能性もあったわけだし難しいところですよ。ワーズワースとアリオンテを見て、自分と双子ちゃんに重ねてしまったウォルファート様の気持ちも理解出来なくはないし」



「ああ」



 俺の返事は短い。長い付き合いだ、エルグレイの本当に言いたいことくらいは分かる。つまり"何故そこで倒さなかった!"だ。

 戦いに情けは無用、殺れる時に殺らないと自分が殺られる。戦場の鉄則だ。それを口に出さないのは、単にエルグレイが俺もそれを分かっていながら実践出来なかったのを知っているからに過ぎない。



 二人とも沈黙していた時間は多分一分か二分かそんなものだろう。だがその沈黙は重かった。長年共に戦ってきた戦友の視線がひりひりと痛い。



 魔王軍に殺された人の数を考えれば、俺の行動は甘いと言わざるを得ない。あの二人から見た俺がアウズーラの敵ならば、俺やエルグレイから見たあの二人は人類全ての敵だ。少なくとも敵だった。その観点から見ればあそこで退くべきではなかったのだと思う。



「仕方ないでしょう、今更問うてもね。とりあえず、ウォルファート様が無事でよかったですよ」


「いいのか、それで」



 口を開いたエルグレイの意外な言葉に、俺は顔を上げた。魔術師(ソーサラー)は穏やかな笑みをこちらに向けている。



「アウズーラを倒した第一功者のウォルファート様にこの件でとやかく言う資格は、誰にもないですよ。ただ問題は次です。もしアリオンテが成長して挑んできたら......勝てるんですか?」



「やるしかねえだろ。いつになるか分からねえが」



「ま、そうですね。このまま永久にその機会は来ないかもしれないし、数年後かもしれないし。けどね、多分ウォルファート様一人じゃ勝てませんよ」



「言いたいことは分かるさ。俺一人じゃ成長したアリオンテとワーズワースの二人相手は無理だ。強すぎる」



 言いたいことは百も承知だ。俺が例えブランクによる錆び付きを落としたとしても、自分と同格の相手二人と戦うなど無謀極まる。死にに行くようなもんだ。しかし、頭に浮かんだ手は、やや口に出すには躊躇われた。



 けれど、ここで言い出すべきなんだろう。感情を理性で捩じ伏せ俺はぼそりと吐き出す。



「シュレンとエリーゼを鍛える、か」



「妥当でしょう。十傑の一人、あのシューバーの血を受け継ぐ双子。その受け皿にウォルファート様や私が剣や魔術を叩き込めば、どこまで育つか。それこそ歴代最年少のトップクラスも夢ではありますまい」



 俺もそれは考えなかったわけじゃない。シュレンとエリーゼから見れば、アウズーラは自分の父親の直接的な仇にあたる。

 エイダだって出産直後の出血多量で亡くなったが、あれもシューバーが亡くなったことが精神力を奪っていたからと考えられなくもない。つまり、アウズーラは間接的にエイダを殺したことになる。



 アリオンテはそのアウズーラの息子なのだ。二人から見れば、憎くないわけがなかろう。



 アリオンテが俺を狙い、シュレンとエリーゼはアリオンテを狙う。復讐の刃がリンクし互いを付け狙うことになる。



「それが正しいかどうかはともかく、一つの現実的な手ではあるな。検討するよ」



「気が進まないようですね?」



「血生臭いからな」



 エルグレイに俺は背を向けた。武器を手に取るにせよ魔術を志向するにせよ、それは戦いを生業とすることにかわりない。せっかく大魔王を倒し平和が戻ったというのに、わざわざそんな道に進まなくてもいいだろうと思う。



「ま、それも少し先の話ですよ。実際に確かめてみなければ、二人にその気や適性があるかもわかりませんからね。それよりもまずは目の前の子育てです」



「あー、いいよなー独身は気楽でなー」



「いえいえ、もう内縁とはいえ妻帯されたウォルファート様は立派だなあと、本当に心から思ってますから、うん」



「くっそう......ああ、俺は立派だよ。立派な俺は今度職場にシュレンとエリーゼを連れていくんだよ」



 俺の自棄気味な言葉に、エルグレイがガタッと音を立てて立ち上がった。目を丸くしてやがる。



「へー、それはまた面白そうですね! ついにウォルファート様も公に双子ちゃんを紹介すると?」



「面白くねえよ! あいつらがどうしてもシュレンとエリーゼに会いたいっていうから仕方なくだよ!」



 そう、三日後にそれは迫っていた。双子と勿論セラも連れての、俺の職場見学並びにあいつらを同僚達に紹介するという胃の痛くなるようなイベントが。

 


 やばい、すごい逃げたいんですけど駄目ですか。そうですか。

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