そりゃあ相性ってやつだろ
侯爵夫人のアドバイスを受け入れ、俺は早速新しい愛人......否、継続的関係を望める乳母を探すことにした。その日の午後には、もう面接まで取り掛かっていたのだ。いや、正直にいえば、侯爵夫人が手を回して段取りを組んでくれたおかげだ。俺にこの話を持ちかけた時点で裏で手を回していたというから、頭が下がる。
「実はね、ウォルさんが提案した形でお子さんの新しい母親を探さないなら、うちの親戚のツテで探してもいいな、とは思っていたのよ。あ、それはほんとにプロの乳母の方ね」
「その方では、先の案ほどには、継続的な関係は結べないんですよね?」
「そうね。腕や人格は折り紙付きだけれど。あとは、少し年齢がシュレンちゃんやエリーゼちゃんのお母さんにしては上になってしまうから、二人が大きくなってからは難しいかも」
夫人の言葉に俺は頷いた。今はまだ小さいからいいが、あと数年もすれば物の道理が分かる。今まで自分が母親と思っていた人間が、実はそうではないというのが分かる。それは避けられないだろう。ならばせめて傍から見て、不自然でない程度の年齢差に落ち着いてほしいなと思った。
俺にしてもさ、どうせ身近にいるならある程度若々しい女の方が好ましいなと思ったのは、仕方ないことだろ? 見逃してくれ。
「そういうプロの人は、二人が大きくなってから、マナー面などの教育係として雇えば済みますからね。確かにおっしゃる通り、母親役を継続してくれる人が今は重要だ」
夫人が愛人の面接用に準備してくれた部屋で待ちながら考えた。屋敷を見に行く予定は後回しにしてもらった。双子の面倒を見る方を先に固めよう。幸いイヴォーク侯も居候歓迎と言ってくれてるし、少しその言葉に甘えさせてもらうか。
シュレンとエリーゼを片膝ずつで支え、柔らかい絨毯に俺は寝転がった。膝を台にした形で、二人が宙に浮いたような格好になる。お気に入りの遊びだ。
「ほーら、鳥みたいだろ。飛べ飛べー」
俺がわざと面白がってそう言うと、二人の顔が柔らかくなる。さっきまでママ、ママとうるさかったのが落ち着いてきたようだ。無理もない、メイリーンにしてもアイラにしても、ほとんどつきっきりだったからな。
「ママくるの~」
「エリーゼ、ママほしー」
「そうだなあ、いい人くるといいなあ」
そう言いながら、俺はシュレンとエリーゼを危なくない範囲で、ちょっと膝で上に跳ね上げた。キャーと騒ぐ二人を、伸ばした手で素早くキャッチする。またキャーと喜ぶ。単純だな、子供って。
******
面接は難航した。疲れた。頭がボーッとする。
「......なんかダメっすね」
「おやつにしましょうか」
10人ほど面接した段階で一旦中止にした。午後一でスタートした時には、太陽も明るい日差しを投げかけていたが、今はもう夕方前の、ちょっと感傷的な光を斜めに差し込ませている。部屋の調度品がその光に浮かび上がり、妙に印象的だ。
眠いと騒ぐ双子に、メイドが毛布を持ってきてくれた。それをかけながら俺が二人をあやしている間に、侯爵夫人がお茶の用意を指示してくれる。ありがたい。
ちなみにシュレンとエリーゼには、梨が小さく剥かれておいてある。これ食べさせたら昼寝させよう。
面接が難航した最大の要因、それはシュレンとエリーゼの表情だ。いや、何も二人がやたらと暗いとかで面接者がひいたわけじゃない。ことごとく二人が面接者に懐かないのだ。
「割といいと思えた人もいたんですがね。初対面だからある程度懐かないのは仕方ないけど、ああまで拒否するかよ」
「子供なりに分かるんじゃないかしら。ほら、主人や私なんかは、双子ちゃんに近寄っても抱っこまではしないでしょ。メイドにしてもそう。だけど、知らない人に急に近づかれたら」
「怖いってことか......ううん、うまくいかねえな」
リールの町や王都までの旅の間、双子はそんなに知らない人に人見知りはしなかった。だが、いきなり環境が変わって、子供なりに警戒心が働いているのかもしれない。
くっそう、散々絨毯やら壷をいたずらしていたのに人間関係はまた別か。面倒だ。
とりあえずイライラしても始まらない。うとうとしている双子を横目で見ながら、何やら甘いクリームの含まれたパイを頬張る。俺はどちらかと言えば辛党だが、さすがにこれだけ神経使った面接が続くと、頭が疲れた。
「甘く見てたかもしれないです」
「お菓子の話?」
「違いますよ。新たな母親探しの話です」
パイをつつきながらの俺のぼやきに、侯爵夫人がぼけた。わざとか?
「なんだかんだいって、今までこいつからが育ってきたところ、地方でしたからね。いきなり大都会に来てびびってる部分あるのかも」
弱気になっているのが自分でも分かる。自分の仕事と双子の教育両方考えて王都に引っ越してきたものの、これまで暮らしてきたリールの町と王都は違う。
まだ二日目だが周りの人も変わったし、アイラとアニーもいない。そりゃ二歳児が不安に思っても仕方ないだろう。
これしきでめげる気は毛頭ないが、反省はしている。俺はまだまだ、大人の目線でしか考えてなかったってことだ。
「ウォルさん、あんまり心配なさらないでね。王都にどれだけ人がいると思ってるの、大丈夫よ」
「そうっすね、まだ10人面接しただけだし!」
侯爵夫人の言う通りだ、こんなの序の口だっつーの! 俺にはへこんでる暇なんかねーよ。しかしどうしても、イヴォーク侯にも夫人にも、変な丁寧語になっちまうな。爵位も立場も俺の方が上なんだけど、高位貴族相手のやりとりなんか慣れてないからか?
実は二人からはもっと堂々としてもいいと言われてはいるんだが......世話になってるのにエラソーにするのは気が引けるんだよ。それに侯爵よりエラソーに出来るのなんて公爵だけだからさ、俺が誰だか、周りにばれちまうだろうに。
残念ながら、面接二日目ももう一つだった。おかしい、どの面接者も侯爵夫人が事前に選別しているからか、受け答えもきちんとしているし見た目も水準以上の女性ばかり。しかし、シュレンとエリーゼになぜか受けが悪い。
一度など顔を一目見ただけで二人とも泣きだしてしまい、その時の女が本気で情けない顔になってしまいフォローが大変だった......俺は何も悪いことはしてないのに何故こんなことに。
あと大変だったのが、女によっちゃ過剰に自分の色気をアピールしてくる奴がいたことだ。そりゃ名目上は愛人だが、別にそっちの方は求めていなくてずっと双子に真摯に向き合ってくれさえすりゃいいのに。何を勘違いしているのか、俺に色目使ってくる女が多いこと多いこと。
「わりいんだけど、大人しく仕えてくれさえしたらいいからさ。衣食住は保障する。代わりにあんまり俺に構う必要もない」
わざわざこの台詞を言わねばならない場面が何回あったか。まあそれだけ切羽詰まってるんだろうけど、今回に関しては逆効果もいいところだ。
中には双子が僅かに好感持ったような人もいたし、俺も悪くないなと思う人もいたんで、一日目よりは多少手応えが無いことも無かったが決め手にかけていた。
「「やだー!」」
「そんなことばっか言われても俺だってやだー!」
「ちょっ、ゆ、いけない、ウォルさん落ち着いて!」
その晩、あてがわれた部屋に戻ってから、俺とシュレン、エリーゼは口を揃えてやだやだ言っていた。
俺は中々双子が懐く人が現れない状況に(というか、ここまで来ると双子がわがままを言ってるのではと思っているが)。
シュレンとエリーゼは、昼間会った面接者についてだ。まあ、分かっていないのだろうが、「お前ら気に入った人いないのかよ」と俺が聞いても首を横に振るばかり。
そこにアニーが口を突っ込んできたってわけさ。ちなみにアニーは、昼間はアイラに付き合ってお仕事探しだ。俺の知人ということもあり、イヴォーク侯爵がアイラとアニーの仕事については、何かと骨を折ってくれている。
アイラの方は既に何件か商会での仕事を見つけてきて、それを検討しているところらしい。順調で結構なことだ。
「そんなこと分かってらあ! けどこの二日間で30人面接して、ぴんとくる女いないんだぞ。愚痴の一つも叩きたくなるって!」
「あー、まあ、お気持ちはわかりますけどね。やっぱりゆ、失礼、ウォルさんがそんな荒れてたら、双子ちゃんだって神経質になっちゃいますよ。ですよね?」
「ちっ、そりゃそうだがよ......」
「でしょう? ね、あたしがシュレンちゃんとエリーゼちゃん見ていてあげますから、息抜きしてきたらどうですか? 煮詰まった顔していたらいい考えも浮かびませんよ!」
アニーの奴、気の利いたこと言うじゃねえか。片目をつぶり、ぐっと親指を立てたこいつがこんなに眩しく見えたことは無かった。「んじゃあ頼むわ」と答えて、サクッと俺はその場を抜け出した。いやあ、悪いねシュレン、エリーゼ。大人の息抜きタイムってやつだよ!
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(あー、だりい。ダメだ、飲みすぎた)
目覚めは最悪だった。それもそのはず、泥飲だ。イヴォーク侯爵家が屋敷内にわざわざ造ったバーに出向いて、客員待遇なのをいいことに何本かボトルを空けさせてもらった。
その報いはテキメンで、一夜の陶酔は一晩明けたら二日酔いだ。息抜きどころじゃねえ、行き過ぎた。
シュレンとエリーゼは俺の隣でまだ寝ている。昨日は、アニーかアイラが寝かしつけてくれたんだろう。頼りにしちゃいけないのは分かっているが助かった。
とりあえず二日酔いの頭では話にならないので、双子が起きる前に酔いを覚ますために、こっそりとベッドから起き上がる。まだ夜明け前らしく、カーテンの隙間からは朝の光は漏れていない。
(万が一起きても屋敷内なら大丈夫だろ)
そう考え、上着を羽織って部屋からそっと出る。まだ廊下には誰もいない。シンと静まりかえった屋敷の気配は、その重厚さも相まって自然と俺の足を静かに運ばせる。嫌みにならない程度に豪華な装飾が施された壁に、落ち着いた色のタペストリーがかかっていた。
いい趣味だなと思った瞬間、酔いで視界がグラリと揺らぎ思わず「うえっ」と呻いた。ま、吐かずには済んだからいいんだが。
屋敷の広い裏庭に回る。確かこっちに井戸があったはず、と記憶をたどりながら低い茂みを回り込むとあった。石造りの井戸がある。冷たい井戸水を滑車で引き上げて胃の中に注ぎこむと、意識がはっきりしてきた。
「あー生き返るわー」
はあ、とため息。濡れた口許を手で拭い、顔もばしゃばしゃ洗っていると、ふと人の気配がした。
顔を上げると、しんと冷えた朝の空気を挟んで立つ人の姿が目に入る。最初は早朝番のメイドかと思ったがすぐに違うと気づいた。
まず服が違う。イヴォーク侯爵家に仕えるメイドは濃紺の上下(下はスカートだ)に白いエプロン姿だが、こいつは生成りのシャツにパンツルックだ。なんだかどこかの農夫のような素っ気ない格好だ。
青みがかった銀髪は長く、白い細面の横を流れて朝の微風に揺れている。多分、女なのだろう。
「すまない、邪魔したか。今どく」
「......勇者様、ですよね?」
女の声にギョッとした。この屋敷内では、まだ俺が勇者ということは秘密だ。侯爵夫妻を除けば執事しか知らないはずだ。何でこいつ知ってるんだ?
女が一、二歩近づく。パンツの先から覗く足がやけに細いなと理由もなく思った次の瞬間、そいつはいきなり地面にガバッと伏せた。まるで平伏するかのような縮こまりように、どうすればいいのか分からず俺はただ眉をひそめるだけだ。
「まさか、こんな偶然の再会があるなんて! 貴方に救っていただいたこの命、今日まで保っていた意味がありましたわ!」
え。何なの、俺こんな人知らないんですけど。う、でも、いつまでもこんな姿勢ではいつくばられても困るし。とりあえず立たせるか。
「あ、あのさ。とにかく立ち上がったら? あとゴメン。君、誰?」
俺の言葉に、女ははっとしたように顔を上げた。初めて彼女の顔をきちんと見る機会に恵まれたんだが、澄んだ水のような青い目をしていた。
ただし、もったいないことに右目しか見えなかった。顔の左半分はその銀髪に隠されていたからだ。顔に傷でもあるのかもしれない。
「そ、そうですよね。いきなりこんなこと言われても困りますよね......すみません、私、勝手に勇者様が自分のこと、覚えていてくれると勘違いしていて」
「何となく想像つくんだけどさ、俺が昔助けた人の中に君いたんだな? あと確かに俺はウォルファートだが、勇者様って呼ばないでくれ。わけあって隠しているんだよ」
言いながら、俺は不躾にならない程度に女を観察した。よく見たら女という年齢じゃないな。女の子だな。十八歳よりは下だと思う。
その割に顔立ちなんかは整っているし、言葉遣いはしっかりしているんだが、雰囲気がまだ危うい少女のそれだ。
だが、ちょっと興味を惹かれたのも事実だ。こう、何て言えばいうのかな、生命力を感じる。腐っても勇者だ、何となくだが、生き物が発する気配や大体の力は分かる。この子から感じる命の気配はみずみずしく、ここちよさを感じるんだよな。
立ち上がり俺を尊敬の眼差しで見つめる銀髪の女の子に、幾つか質問してみる。
「イヴォーク侯爵家で働いてるのかい?」
「はい」
「名前を聞いてもいいか」
「セラといいます。姓はコートニーです」
「幾つ?」
「十五歳です。あの、七年前に助けていただいた時は八歳でした。覚えてらっしゃらないですか......」
女の子--セラの悲しそうな声に、俺は首を横に振った。七年前といえば、魔王軍としょっちゅうどんぱちやってた頃だ。結構な数の人々を助け出したり解放していた。
セラもきっとその一人なんだろう。しかしあれだな。どうも直接の命の恩人らしい俺を、今でも心底尊敬してくれているようだ。
これはもしかしてはまれば。いや、はまってほしいぞ。




