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色々と考えなくちゃいけねえんだよ

「噂には聞いていたんですが、本当に子育てされているんですな」



「ええ、まあ。うお、行儀よくしろよお前ら」



 イヴォーク侯爵の感心したような呆れたような視線を浴びながら、俺はシュレンとエリーゼに夕飯をやっていた。せっかくなので、侯爵夫人が用意してくれた小綺麗な服に二人を着替えさせようとしたんだが「やだー!」の一声でそれは叶わず、俺は大変居心地が悪い。

 すいません、と謝る俺。笑って気にしないでと言ってくれる侯爵夫人は人間出来ていると思う。





 とりあえず初対面の挨拶が済んで一段落したところで、早めに晩飯になったわけだ。「こみいった話もあるから」と使用人を最も信頼できる執事一人に限定して給仕させてくれたイヴォーク侯爵には感謝しておこう。どれだけ偽名使っても話の内容が内容だからな。



 旅の最中に出た大量の汚れた服も洗濯してくれるというので、ありがたくお願いする。幼児用の手や口を拭く布なんかは何枚あっても足りないくらいだから、数が多い。



「あ、布おむつは後で俺がやりますから」と言ったら「何を言ってるのですか、ゆ......ウォルさんにそんなことさせられませんよ!」とイヴォーク侯爵に言われてしまった。



 何でもイヴォーク侯爵、いい年して剣と魔法の冒険潭に目が無いそうだ。実際に家宝の武器を持ちだし家出しかけたこともあった、と笑ったその目尻には年相応の小皺があり年齢を感じさせたものの、俺からすると微笑ましい。

 ま、それなら実際に10年に渡り大冒険して大魔王を倒した俺なんか見た日には、そりゃあ緊張するわな。




「いや、久しぶりに一流というかさすが侯爵家の晩飯ですね。このパンだけでも十分美味いし、おっとエリーゼ、スープで遊ばない、ハイハイ」



 我ながら俺は器用だと思う。子供二人同時に面倒見ながら、隙を見て提供された晩飯を口にしているのだから。アイラとアニーの姉妹はお疲れみたいだから、ラウリオと一緒に卓についている。

 もっとも正面に侯爵夫人がいるため、緊張しているみたいだが。「そんなに堅くならなくてもいいわよ」なんて言ってくれちゃいるが、まあ無理な話だわな。



 そもそも貴族というだけで、ざっくり全人口の3%くらいしかいなかったはずだ。その貴族も上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵に分かれるのだが、上の二つ、つまり公爵と侯爵は別格のような存在感がある。不文律として、この二つはよほどの功績が無いと爵位が認めてもらえない。いわば、伯爵と侯爵の間に事実上の壁がある。



 (まあ、この爵位ってやつも差異や与えられ方が曖昧なんだがな)



 エリーゼの口元を拭きながら、これまでの貴族のあり方について考えた。そもそも、この大陸には国という制度が無かった。ただ何となく各地方や地域毎にいる有力者が別の大陸--東の海の向こうの大陸なのかもしれない--から伝わった貴族という階級と、その中の五つの爵位を使うようになったのだ。それが二百年ほど前と記録には残っている。



 普通は、貴族の爵位はその貴族が属している国から与えられるものだ。だが各地域ごとに分裂していたこの大陸の場合、爵位は地域ごとの有力者が面白がって名乗るようになった。

 まあそれでもだ、あんまり最高位の公爵がいることはおかしな事態だと気づいたのだろう。貴族に名乗りをあげた連中達がある程度の基準を話し合いで設け、妥当と思われる爵位にそれぞれ落ち着いたってわけだ。そりゃどう考えても自分より弱い奴が"公爵様でござい"と偉そうな面していたら、面白くないよな。



「パルザード家が国王の座についてた可能性も、あったんですよね」



 貴族の成り立ちを思いだしつつ、俺はイヴォーク・パルザード侯爵に話しかけた。イヴォーク侯は興味深そうに、シュレンが口の周りをひき肉の肉汁だらけにしながら食事をしている様を見ている。

 この人、自分で子供に食事の手助けしたことなんかないんだろうな......ま、それが高位貴族なら普通だが。



「んん、そうですね。確率1/5のくじ引きだったし、今となってはならなくてよかったなという気もしますがね」



 イヴォーク侯爵は気負いなくそう答えた。初対面時のあわてふためいた様子はどこにもなく、落ち着いて答えるその姿は、やはり名家中の名家の当主としての気品がある。



 シュレイオーネ建国時、国王を選ぶ際に有力貴族の中から国王を選出することになり、その際に公爵家から三人、侯爵家から二人が候補になった。パルザード家はその二つの侯爵家の中の一つなのさ。侯爵家は大陸全土でも二桁も無いが、その中のトップクラスというわけ。

 ま、ぶっちゃけ初対面時は"大丈夫かこの人?"と思ったが、今こうして話すとやはり知性と気品が感じられる。ただのお人よしで国王候補になれるわけはないよな、そりゃ。



「奇妙に見えますかね?」



「何がでしょう、ウォルさん」



 俺の問いにイヴォーク侯は律儀に偽名で答える。雰囲気的に、俺がただ者ではないというのは執事さんにはばれているとは思うが、まあこれも慣れの問題だし。



「仮にも全人類を危機から救った張本人が、血の繋がらない双子を引き取って自分で育てているのがです」



「率直に言いますと、少し肩肘張りすぎかなとは思いますがね」



「張ってるつもりは......ちょっとはあるかな」



 イヴォーク侯の言葉に俺は苦笑した。「お水こぼれた!」とわめくシュレンをなだめながら、どう答えるべきか言葉を探す。



「ま、成り行きでこいつらの親になっちまったわけですけど、何て言うかな、ここで逃げたら負けかな、というような気もちょっとはあるんで」



 エリーゼが「にんじんいやー、パパー」と顔をしかめるのを「じゃあ他のも下げちゃうよ? いいのかなー」と軽く脅しながら答えた。その際でも、腰を落とし視線を合わせるのは忘れない。大人が子供と話す場合のコツだ。



「意地っちゃ意地です。でも俺以上に、シュレンとエリーゼはやっぱきっつい境遇になってる。だから俺一人くらいは味方でいてやりたいな、なんて考えちゃうんですよね」



 自分の気持ちを言葉にするのは難しい。語彙が足りないのか、表現力の問題か。そして言いながら、俺は大魔王の息子と側に立つ長身の魔族を思い出す。

 なあ、ワーズワースよ。お前がアリオンテに抱く感情も俺が双子に抱くそれと似てるのか。血の繋がった親がいない子供を育てるのってのは、時に悲しいよな。



「......偉いですな、ウォルさんは。きっと二人とも分かってくれますとも」



 イヴォーク侯は少し目を眩しそうに細めながら答えた。シュレンの黒い癖毛もエリーゼのピンクがった金髪も、どちらも俺には似ていない。そんな三人のやかましい食事風景は、この男にはどう映っているんだろうか。



「ふう、正直に言いましょう。私はウォルさんと二人のお子さんの当面のお世話を担当する役に回った時、しめた! と思ったのですよ」



「利用価値があるからだろ。世界を救った勇者が戦友の遺児を必死に育てている。こんな美談そうそうないからな、いい宣伝材料になる」



 つい砕けた口調で俺は侯爵に言ってしまった。それも俺が侯爵の考えが読めるからだ。そして次に何を言うのかも、おおよそな。



「ええ。まことに浅はかな、卑しい考えですがその通りです。ウォルさんの王都での生活を援助するのが私ということをさりげなく噂として流せば、パルザード侯爵家の評価も上がるとね」



 それを俺は咎めようとは思わない。利用できるもんはとことん利用する。それはそれで正しいからだ。



「んで。今はどう考えてるんですか」



「シュレンちゃんとエリーゼちゃんに誠意を尽くしている貴方の態度を見て、考えが変わりましたよ。パルザード侯爵家の評価は結果として上がるかもしれませんが、それはそれ。私はウォルさんと双子ちゃんの生活を、誠心誠意バックアップさせていただく。しかし、それを政治的に利用しようとするのは止めましょう」



「いいんですか、それで? 別に俺達は構わないですがね」



「甘いかもしれませんが」



 そこでイヴォーク侯爵は一度言葉を切った。エリーゼのスプーンの持ち方を直している俺を見る侯の視線は優しい。



「親子の情を政治の材料に使うのは、やはり気が引けますからな。私が色気を出すことで、ウォルさんにいらぬチョッカイを出す輩が出ないとも限らぬしね」



「恩に着ますよ」



「おんー?」「おんってなあにー?」



 俺の返事に双子が追随する。飯も終わったので、俺は二人を食事用の席から離しながら教えてやった。



「恩てのはな、人から受けたありがたいことだ。覚えておくように、って無理か」



 苦笑する俺に、シュレンもエリーゼも不思議そうな顔を向けた。「おん!「おん!」と楽しそうに口に出す二人を、ようやく食事が終わったアイラが向こうに連れていってくれた。これでようやくゆっくり飯が食えそうだ。そう思いながら一息ついた俺は、イヴォーク侯に声をかけた。



「ま、正直お荷物だとは思いますが、よろしくお願いします、侯爵」



「いやいや、止めてくださいよウォルさん。貴方は我々の恩人です、それに仮にも公爵位だ。王都での面倒くらい軽いもんですよ」



 櫛をきちんといれたグレーの髪を撫で付けながら、イヴォーク侯はそう答えてくれた。とりあえず、お互いに信頼関係を築く最初の一歩は踏み出せたかもしれない。




******


 

 

 翌朝、久々の快適なベッドを後にする。シュレンとエリーゼの着替えをしながら、さしあたりやらねばならないことを頭の中でまとめていた。大きく分けて四つある。



 一つ、これから住む屋敷を決める。

 一つ、双子の乳母を決める(実はこれが一番不安だ)。

 一つ、新たに王都で働く上で、必ず顔を会わせねばならない人達に挨拶に行く。

 一つ、ワーズワースに壊されたタワーシールドを修理に出す。



 どれも必要だが、敢えて優先させるなら屋敷と乳母か。挨拶回りも必要ではある。しかし、俺の今の仕事は常時いなくてはならないような立場ではない。昨日イヴォーク侯からも「生活基盤が整うまでは、無理しなくても大丈夫と他の方も理解しております」と言われた。

 あまりその言葉を鵜呑みにするわけにはいかないが、とりあえずそれを信じるとしよう。



 タワーシールドの修理は何かのついででいい。すぐに必要なわけでもないし、どこかに出たついでに武器屋に寄れば済む話だ。この際だから、何か追加機能を付けてもらうことも考えるべきなのかとも思うが、緊急性はないな。



「よっし、服着れたな。朝飯食べに行くか?」



「パパー」



「なんだ、シュレン?」



 イヴォーク侯爵夫人がくれた真新しい子供服に袖を通したシュレンが、不安そうに俺を見る。エリーゼは俺の服の裾をギュッと掴んでいた。ああ、何やら不安感が押し寄せてくるんだけど。



「アイラママはー?」「ママがいいー」



「あ、あのな、ママはそのなんだ、今はちょっといないだけでな。ほら、腹減ってるだろうし、あっち行こうあっち!」



 こっちに訴えるような視線で問いかけてこないでくれ! シュレンとエリーゼの不安と不満が半々の声が耳に痛い。俺のごまかし方はあまりに不器用だった。我ながら酷い。だが仕方ない、これもしばらく耐えなければなるまい。



 そう、もう今日からアイラは乳母じゃない。本人と話した上で、契約は昨日ですっぱり解消したんだ。




******




「ほんとによろしかったのですか?」



 シュレンとエリーゼに、もらった朝ごはんを食べさせている時だった。

 二人を警戒させないように慎重に、侯爵夫人が俺に声をかけてきた。ちなみにアイラがいないので、俺一人で双子の面倒を朝から見ているのだが、やはり単純に倍の時間がかかる。あっちこっち動き回ろうとするから倍以上だろうか。



「ああ、アイラを昨日付けで乳母から外したことですか。うん、まあいつまでもあいつを縛り付けていてもね」



「それは分かりますけれど、ウォルさん大変そうよ」



 侯爵夫人は眉をひそめながら頬杖をついた。四十代半ばの品のいい女性だ。イヴォーク侯と並ぶに相応しいなと思う。いまだ女として年相応の魅力を保つのは貴族の奥方として当然といえば当然なのだが、最近高貴なご婦人には会っていなかったから気が引けるな。



「いつまでも頼りにしてられないんで。あいつも王都に着いたら新しいこと始める覚悟で来たのだし、大丈夫です」



 食べ終わったエリーゼの口元を拭きながら答えた。ちょっと強がっているけどこれは本音だ。事実、朝ごはんの準備と片付けを屋敷のメイドにやってもらっただけでもかなり助かる。

 ちなみに、侯爵から"ウォルさんは友人"ということで屋敷の使用人には伝えてもらっている。大概の細かい用事は、こちらが頼めばやってくれるそうだ。いやあ、感謝感謝。



「それならいいのですが......確かに、お二人ともう会わないわけでもないですしね」



「ですよ。もっともアイラに懐いてたこいつらの機嫌が悪いのは、悩みの種ですけど」



 俺の言葉通り、シュレンもエリーゼもちょっと不機嫌だ。現に今もメイドが機嫌を取ろうと玩具を持ってきてくれたが、見向きもしない。どうもアイラが側にいないのが気に入らないらしく、ぶーと頬を膨らましている。困ったな......そのうち諦めるだろうけれど。



「やっぱり、母親役の人間が代わるというのは子供にはしんどいのですよ。今回は致し方ないとは思いますけれど、なるべくならこれ以上は乳母の変更がない方がよいと思います」



「それは分かってるんですけど」



 侯爵夫人への返事が苦々しい響きを帯びる。そんなことは百も承知だ。けれど永久継続の契約なんて無理だ。なるべく長く勤めてくれそうな人をお願いするしかないが、事情や環境の変化でどうしようもないことはある。



「「パパーパパー」」



「よしよし、ほら泣き止めよ? 天国のパパとママに笑われちまうぜ」



 泣きべそをかいた双子を二人まとめて抱っこした。そんな俺達に「これは一つのアイデアとして聞いてほしいのよね」と侯爵夫人は小さく笑った。



「--ご結婚されては?」



「言われるような気はしてましたが。嫌ですね」



「妻帯されるのがですか、ウォルさん。それとも、義理の子供の世話を押し付けるみたいで気が引けます?」



「前者と後者が6:4ですね。いや、おっしゃることは分かりますよ」



 そうなのだ。侯爵夫人の言う通り、もし俺が結婚してしまえばすべては丸く収まる。仮に俺に妻ができたとすれば、自分の血を分けた子供でなくても双子の面倒は見るだろう。離婚でもしない限り、その親子関係の期間はずっと続く。こと二人を育てるというだけなら理想的だ。



 ただし、人生は子供の養育のことだけで決まるわけでもない。俺にも感情はある。

 俺の渋い顔を見た侯爵夫人は、一旦自分の考えの押し付けを止めたようだ。「うーん、ウォルさんがそうおっしゃるならねえ。そうねえ、どうしたらいいかしら」と腕を組んで考え始めた。事情を詮索されないのは助かるが、それより俺はエリーゼが耳を引っ張って痛いので、そっちに気を取られていた。



「あ、あの~いろいろ考えていただけるのはありがたいんですけど、今日屋敷を決める為に外出するんですよね?」



「そうだわ! いい手がありましてよ!」



 エリーゼに耳を引っ張っられながら、俺が遠慮しつつも声をかけた時、侯爵夫人がぽんと手を叩いて小さく叫んだ。その目が輝いている。



「何です、いきなり!?」



「ウォルさんがご結婚が嫌なのは、一人の女性に縛られたくないからかしら? それとも家と家のお付き合いが面倒? もしそれが理由なら」



 有無を言わさない勢いで侯爵夫人が話しかけてくる。その目が興味本位ではないので、一応聞いてみるかと姿勢を正した。話の中身はアニーと似たり寄ったりなんだが、シュレンとエリーゼのことまで含めてなら、聞いてみる価値はあるかな。



「子供が好きでやきもち妬かない、絶対隷属の愛人を抱えれば問題ないのよね」





 おい、ちょっと待て。そんな都合のいい存在がいるわけないだろう。




******




 とりあえず、気分を変える為に屋敷の庭を散歩しながら侯爵夫人の話を聞くことにした。シュレンとエリーゼは、屋敷の隅に眠っていた乳母車とかいう四つ車輪がついた子供用の乗り物に乗せてみた。大人が後ろから押せるように握りがついた棒が突き出しており、俺がそれを押してやると進む仕組みだ。



「ふわー、おしょと!」「ごとんごとーん」



 よかった。どうやら機嫌を直してくれたようだ。綺麗に刈り込まれた植木の合間の散歩道を縫うように歩く。乳母車か、こりゃあいいや。



「ウォルさんは特定の人と恋愛関係になるのは、遠慮したいのよね?」



「まあ間違いではないですね、ちょっといろいろあったんで」



「いいわ、確認したかっただけ。それでも全く問題ないのよ」



 厚手のストールを肩にかけ直しつつ、侯爵夫人は満足そうに頷いた。大丈夫だろうか。しかし聞くだけ聞いてほしいという夫人の態度もあり、とりあえず耳を傾ける。




 いわく、こういうことだ。

 この王都も一見華やかだが、栄華が開花しかけるその裏では隠したいような悲しい事実もある。その一つが魔王軍に家族を奪われた人々の存在だ。約二年半前に俺が討伐したわけだが、まだ当時の傷は癒えておらず親や連れ合い、子供を無くした人が王都に流れ着いてきている。その対処に、行政側が頭を悩ましているらしい。



 すぐに働く気力や技術がある者はまだいいが、なかなかそれらが備わっていない人もいる。そういう恵まれぬ人々は、王都のスラム街に居着いてしまうか、あるいは親族の家に厄介になっていたりするわけだ。何ともせちがらい。



 ま、こういう側面は俺も薄々察していたから、そんなに驚きはしなかった。戦争からの復興がそう簡単になるわけないのだから。しかし話の流れが、何となく見えてきたような。



「言い方は悪いのは承知だけど、そういう立場にある人を愛人という形で抱えたなら、何の文句も言わず、ウォルさんの双子ちゃんの子育てに邁進してくれましてよ。他に行くべきところが無いのですから、それこそ涙を流して喜びますわ」



「う......確かに、そういう立場ならやってくれそうですがね」



 なんだか足元を見るようで気が進まない。しかしだ、侯爵夫人の意見も一理ある。いわば時間を持て余し、明日への希望がない人間の雇用対策を兼ねている。埋もれた人材の有効活用とも言えるし、そんな立場にある女性なら、俺が他に女を作ろうが飲みに行こうが文句は言うまい。



 (まあなあ、全てを解決してくれる方法なんてないよなあ)



 双子にとっては、これ以上母親代わりが変更されるリスクを避けられるメリットもあるし、俺も新たな人間関係を結ぶ手間を省けそうだ。そこまでどん底の人生に落ち込んでいる人間なら、安定した生活の保障を約束すれば、相当頑張ってくれるのではなかろうか。



「人助けと思うべきなのかねえ」



 俺の独り言。それはぽつりと晩秋の空気に溶けて、消えてゆく。



 なんだかんだいって、俺は勇者という地位につき、それに見合った実力がある。もちろん努力もしたが、すくなくとも努力しただけ結果として跳ね返ってきた。人々からの尊敬も、結構な金額になる財産も手に入れた。

 ただ、世の中にはそれが叶わない、望めない底辺で喘いでいる人もいるという事実は確かにある。そういう人をそこから救い出して、少なくとも暖かい寝床と食事を保障するのであれば、こちらの願いを聞いてもらってもいいのかもしれない。



 底辺よりはまだましだろうさ。例えそのうち、人生に不自由を感じたとしても。



「そんなに窮屈な思いして生きているんですか、そういう人達は?」



「そうね、親戚中たらい回しにされて肩身が狭い人もいるし、誰を頼っていいか分からず、自暴自棄になる人もいますわ」



 侯爵夫人の少し湿った返事に俺は決意を固めた。乳母車を止めて、目をパチクリする双子に向き合う。



「ママを決めようか、な、シュレン、エリーゼ」



 俺の言葉に、双子はにこりと笑ってくれた。意味は分かってはいない、だろうな。

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