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こんにちは、王都と侯爵様

 王都へ入る直前で、俺達を護衛してくれた兵士達とは別れた。結局彼らが戦う機会はなかったが、旅の途中で安心感を与えてくれただけで十分だ。それにもしかしたら、武装した兵達の姿を見て逃げ出した山賊や低級な魔物がいたかもしれないし。



「勇者樣、いろいろとありがとうございました」


「アイラさんもお元気で! アニーさんも早く王都に慣れますように」


「シュレンちゃんとエリーゼちゃんの成長を楽しみにしていますよ」



 なかなか気持ちのいい連中だよな。貴族の私兵というから最初はちょっと胡散臭く思っていたんだけど、どいつもいい奴らだ。「落ち着いたらまた稽古つけてやるよ。またな」と別れ、ただ一人案内役として残ったラウリオに先導されるように王都の裏門へと近づく。もう馬車もないから徒歩だ。シュレンとエリーゼは俺とアイラが抱き、アニーはラウリオの隣を歩いている。



 事前にラウリオから聞いていたがいやはや、これが王都の城壁か。近づくといやが応でもその高さが強調される。まだ建設途中の部分があるから完璧ではないらしいが、それでも10メートル近い石の壁は威圧感たっぷりだ。

 しかも岩を適当に積み上げただけじゃなく、隙間を特殊な粘土で埋めて強度を高め、さらにその上から小さめの石のパネルを張りつけている。これだけしっかりしていれば、下級竜(レッサードラゴン)くらいの魔物までなら早々侵入は許さないだろう。



 ちなみに下級竜(レッサードラゴン)といっても、魔物全体でいえばかなり上のクラスだ。普通に人里に現れる位の低位の魔物では攻め込むとっかかりすらないだろうぜ。



「おっきーおうちー」



「おうちー!」



「こらこら、騒ぐなよ。ま、気持ちは分かるけどな」



 俺の腕の中でシュレンが暴れ、それに呼応するようにエリーゼも騒ぐ。二歳四ヶ月にもなると本気で暴れると結構力あるんだ。現にアイラがエリーゼの振り回した手に叩かれ「あいたた」と顔をしかめている。いやー、痛いよなそれ。だけどもうすぐ交替だから辛抱してくれよ。



「でかくなりやがったよな、こいつら」



 俺達の前にも人は並んでいる。裏門と便宜上呼んではいるが、こいつは通称で騎馬で通行しない旅人や農民、驢馬に荷を載せた行商人などがこちらの門から通る。その列に並びながらアイラに声をかけた。



「ほんとですよね。でも私、シュレンちゃんやエリーゼちゃんと遊ぶの楽しかったですよ。もちろんゆう......」



「お姉ちゃんダメダメ。周りの人にばれちゃうから」



「だな。ナイスフォロー、アニー」



 思わず俺を勇者様と呼びかけたアイラ、その姉を止めたアニーをほめてやった。そりゃこんなとこで言われたら大騒ぎだ。幸いがやがやと煩いので早々気付かれはしないだろうが、念には念だ。

 しかし何と言うつもりだったのだろう。アイラに"勇者様で遊ぶのは楽しかった"と言われたら絶望過ぎて死ねる。せめて"勇者様と一緒に働けて"くらいであってほしい。



「そうでしたね、ウォルさん。すいません」



 言い直したアイラに頷いてやる。そう、今は勇者ウォルファートではない、状況が安定するまで俺はウォルという偽名を使うことにした。安易な名前だが仕方ない。そうそう長い間俺が王都入りしたことは隠せないだろうが、しばらくは伏せておきたい。



 (爵位持ちだから色々恩恵はあるんだが、あんまりそれをちらつかせるのもなあ)



 ワイワイと落ち着かない双子を見ながら、そんなことも考える。そう、公爵という貴族の最高位をいただいた俺には何かと特典がある。名誉称号なので恩給こそないが、例えば競争率の高い土地の抽選等でこっそり順番を優先してくれたり、商店で割引してくれたりだ。

 なんだかんだいって貴族の方が楽に生きられるのは楽でそれは俺も存分に活用するつもりなんだが。



 問題は、俺の公爵位の恩恵の上に成人したシュレンとエリーゼが胡座をかくようになったら困るという点だ。人間楽を覚えればそれに頼り堕落する。頭が良ければまだ救いはあるが、楽な環境に浸った人間が自分を鍛えるのは中々に難しい。これはまだ先の話だけど、おいおい考えていかねばなるまい。



「うーん、結構待ちそうですね。ここは僕が特権を使用しますか」



 列がそれなりに長くなっているのを見たラウリオが、苦笑しながら懐に手を入れた。許可を求めるような視線を向けられる。混雑していた場合のシナリオ発動、OK、ラウリオ。さくさく行こうぜ。

 俺が頷いたのを認めたラウリオが、さっと懐から金属のメダルを取りだしながら大声を張り上げた。



「すまない、道をあけてくれないか! イヴォーク侯爵の使いで遠方から帰ってきたものだ、通してもらえないだろうか!」



 ラウリオの張りのある声に反応した周囲の人々が、ぎょっとしたように目を見張る。ついで彼が掲げた獅子の紋章が刻まれたメダルを見て、ザッと道を空けてくれた。無人の野を行くが如しとはいかないが、俺達が先に行くのは当然とばかりに快く譲ってくれる。



 (便利だねえ、高位貴族の使いって名目は)



 もっとも嘘じゃないんだけどな。ラウリオが仕える主人のイヴォーク・パルサード侯爵、この人が今回の俺の転居の責任者だ。とりあえず彼を頼ることになる。多少人の注目は集めることになるのにそれじゃ裏門からこっそり入る意味が無いって? はは、ま、そうだな。



 だがしかし、正門から入る場合は基本は騎馬ないし馬車で入る人しかいないわけで、そういう人は最初からそこそこの身分のある人なのが普通だ。顔もさらさなくてはならない。そして通例として、正式名称の名乗りが必要な代わりにその人の身分に応じた挨拶が行われる。それに正門から王都に入った人間はすぐに上の方に報告される。

 要は正々堂々という態度を入る側も受け入れる王都側も必要とされ、またそれを誇りにしている。



 今回のように要人の使い及びその同行者という形で裏門から通れば、さくさく先に行かせてくれるのを黙認してくれるというだけになる。ま、あんまり公には出来ない人が高貴な方々を訪ねる、あるいは呼ばれる場合もあるからその抜け道って形だ。



 そうやって無事に裏門を通過した俺達は一息ついた。振り返りながらアニーが少し不満そうに口を尖らせる。



「問題なく入れたのはいいですけど、なんかこそこそしてるみたいでちょっと......」



「花より実だ、歓待する人々にもみくちゃにされたくはないだろ」



「それはそうですね。はあ、それにしてもここが王都か。すごく綺麗な場所ですね」



 俺の言葉に納得しながらアニーが感嘆の声をあげた。彼女の言う通り、門を抜けた辺りは広場となっており、様々な格好をした人々が歩いている。まだ建築途中の家や空き地があるのは、歴史の無い都なので当然だ。正門をくぐり通りに馬を進めているのは騎馬兵の小隊だろうか。多分王都周辺の警戒でもしているのだろう。



「パパ、りんご」



 アイラにおぶわれたエリーゼが小さな指をぴっと伸ばす。見ると一軒の屋台の店先に、なるほど、赤いりんごが所狭しと並べられていた。どれもつやつやと光り美味そうだ。果物専門の店なのか、他にも見たことの無い果物が並ぶ。リールの町とは比べものにならない品揃えだ。



「んー、今日特別だぞ。ラウリオ悪いけど一個買ってきてくれ。後で払う」



「あはは、それくらい僕が払いますよ。エリーゼちゃんへのプレゼントですから」



「あー!」



 ラウリオがエリーゼを構うのが面白くないらしく、シュレンが怒る。こいつもりんご好きだからなあ、仕方ない、シュレンにも買ってやるか。ご機嫌取りも大変だぜ。そしてりんご一つの値段ですらリールの町の倍はしたことに、俺は目を剥くのであった。さすが都会だ、物価も高い。




******




 とりあえず、目指すイヴォーク侯爵の屋敷へはすぐに着いた。ラウリオがさくさく案内してくれたおかげだ。何だかでっかい屋敷の門とそこから玄関まで続く白い石畳しか覚えていない。というのも、さすがに俺も侯爵位持ちなんていう大人と会うのは久しぶりで緊張していたからだ。



「あの、ウォルさん? 何緊張してるんですか? 公爵位持ちですよね貴族トップの方ですよね?」



 俺の緊張を見てとったラウリオが屋敷の玄関を叩きながら、見かねたように俺に話しかけてくる。俺の緊張が分かるのか、シュレンとエリーゼまで「こあいこあい」と言ってやがる。ああ、お前らはいいよな。りんご食べてご機嫌だから口だけで済むし。



「しゃあねえだろ。公爵様だって言っても名誉職だからさ。貴族的なマナーもしきたりも付き合いも、ほとんどねえんだからよ......おまけに双子生まれてからは育児中心生活だったし。まあ、リールの町で少しは建国の手伝いしたけどさ」



「ちょっ、しっかりしてくださいよウォルさん!?」



「大丈夫ですか、右手と右足が同時に出てますよ?」



 正直びくびくしている俺にアニーとアイラが話しかけてきた。ああ、情けない、しかしだ、実際勇者の力と知識が役に立つのは戦場ないし事務仕事の場面であって、魑魅魍魎の虚々実々の駆け引きが行われる貴族社会での生活には役に立たない。

 いや、別に俺が頭悪いとかでは無いと思う。今まで経験してきたこととは別の知識や常識がこれからは必要とされるんだなと、このイヴォーク侯爵の屋敷を見ていたら痛感しただけだ。




「いやいや、そこはバーンと胸を張ってくださいよ!? ウォルさんはもう賓客中の賓客ですからね?」



 屋敷の中に入れてもらった後も、妙に気後れしてキョロキョロしてしまう。そんな俺にラウリオが発破をかける。

 俺が勇者だと気づいている使用人はどうやらいないようだ、それがせめてもの救いだったが、今度は物珍しさからちょろちょろするシュレンとエリーゼが気になる。あっ、止めろ! その年代物っぽい壺触んな! 



「ふあふあー」



「よだれー」



「ああああ!? 何なめようとしてんだ、絨毯なめるなー!」



 はあ、全く目を離すと危ないぜ。廊下にひかれためちゃくちゃフカフカの高そうな絨毯の房飾りを口にしようとしやがった。おかげで、俺達とすれ違うメイドにくすくす笑われたぞ。



「いやあ、なんか双子ちゃんの方が遥かに度胸があるわあ」



「ねえ、アニー。何も分かっていない二歳の子供と比べるのは無意味よ」



 後ろからついてくるアニーとアイラも多少緊張気味ではあるが、俺よりはましだ。ああ、情けねえ。シャキッとしやがれウォルファート!

 


 そんなこんなでバタバタしつつも、ラウリオは一際大きい扉の前に俺達を案内した。扉の前で待機していた召使いに「お連れしました」と彼が声をかけると、心得たもので召使いは丁寧に扉を開けてくれた。

 うん、客の素性がわからなくても賓客ならば丁寧にもてなすというのは、やっぱり良い召使いには必要な心がけだよな。俺はそんな関係ないことを考えて、この部屋の中で待ち構える侯爵閣下とのご対面から気をそらそうとする。



 (あー、長旅でくたびれた服で会うのいやだなあ、顔も薄汚れてるしなあ)



 心の中で独り言、しかし腹を括ろう。俺が堂々としなければ、ここまで馬車の旅に耐えてきた双子まで舐められる。それはあんまりだ、可哀相だ。覚悟を決めて、シュレンとエリーゼの二人を抱っこしたまま部屋に入った。



「ええええええええ遠路はははははははははははるばばばばばばばばるるるるっ、おうっ、舌かん......」



「ちょっと、あなたしっかりなさい!」



 入室した俺の耳に飛び込んできたのは、音程を外しまくった男の声と呻きだった。それに続く同年代らしき女の声に、思わず「はあ?」と間が抜けた返事をしながら声の主を今一度視界に捉える。



 普通なら渋いナイスミドルと言われるであろう、くすんだグレーっぽい髪の紳士がなぜか床につんのめっている。

 めくれた絨毯から、こちらに走り寄ろうとして蹴つまづいたと分かる。身なりも立派だし、体格もごく普通の中年男性......なんだが、体勢が体勢だけに威厳の欠片もない。その後ろで呆れたような顔をしている同年輩の女性は、多分この男性の奥方なんだろうな。



「えーと、イヴォーク侯爵でいらっしゃいますか......」



 部屋の中に他にそれらしき人物がいないので間違いなかろう。「大丈夫ですか、閣下」と恐る恐る呼びかけるラウリオの言葉で、俺は自分の推測が正しいことを確信した。



「ひゃ、ひゃい! こりゅはめったたたたままにゃあとこりょをわみゅし......」



「......あがっているんですね」



 紅潮した頬、まるで回っていない舌から明らかだ。これが侯爵? 噂でしか知らないが、シュレイオーネ王国を支える重臣が一人の? 偉そうにしてくれとは言わない。しかし、もちっと威厳とかあっていいんじゃね?



「あなた落ち着いて、ほらお水。勇者様に初めてお会いしてあがるのは分かるけど、普通じゃないわよ?」



 イヴォーク侯爵の背中を叩きながら、奥方らしき婦人がこちらにすまなそうに頭を下げる。"勇者"という単語を発する時だけは声をひそめていたが、分厚い扉は俺達が入室してすぐ閉められていた。中々用心深い。



 (大丈夫なのかしら、あの方)


 (お姉ちゃん、失礼だよ!)



 背後でひそひそ囁くアイラとアニーの気持ちはすごく分かる。よーく分かる。とにもかくにも、まずは王都での生活の足がかりとなる人がいきなりこけていたら不安にもなるだろうというのは。

 しかし、俺達の緊張を見越してわざと道化に徹したのかもしれないじゃないか。だからさ、あまり笑ってやるなよ。



「お初にお目にかかります、イヴォーク侯爵並びに侯爵夫人。ウォルファート・オルレアンです。こちらではしばらくウォルとお呼びください」



「おめー」「おめ?」



 簡潔な俺の挨拶に追随するシュレンとエリーゼ。普段なら慌てて黙らせるが、どこまでも普通ではないこの初対面の場に置いてはむしろ似つかわしく思えるから不思議だ。

 ようやく姿勢を正しごほんと咳ばらいしたイヴォーク侯爵が、双子の姿に相好を崩した。



「可愛いお子さんですな、ウォル......さん。おみぐるしいところをお見せして失礼いたしました、イヴォーク・パルサードです。遠路はるばる王都までお越しいただき、恐悦至極に存じます」



「ご厄介になります」



 良かった、どうやらまともな人だった、と安堵しながら俺は軽く頭を下げた。とにもかくにも無事に挨拶も出来たし、出来ればましな服に着替えたいなあ。双子のおしめも換えてやりたい時間帯だし。

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